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条件の整った療養者並びに家族に取ってはそれなりの対応が出来たのではないかと一応の評価を与えられるものと思われる。

B.鴨川市における試み

前述の如く鴨川市は人口わずか3万1千人弱の小都市であるにもかかわらず計1,500べットを超える病床を有する医療過密地帯と成っており、市内の5つの病院の特徴も種々で、三次救急救命センターの認可を取っている個人の総合病院の他、内科専門病院、精神科を含め地域住民に古くから親しまれている中規模の病院と、中規模の老人専門病院、更に当院の様に急性期から慢性期に到るまで幅拡く対応する一般病院と、地域内で自然と病院の色分けが成されており、お互いの機能連携さえ図れれば、自然と患者の流れを作る事が出来る地域であると言えると思う。

そしてこれら医療機関が各々独自で工夫して当地域の不充分な福祉施設や社会資源の欠乏も補っていた為。過去の行政は住民に対する配慮や細かい施策を欠き、社会資源の拡充の努力を怠っていた感が否めなかった。そして私達は在宅医療を進めて来る内で当地域の在宅療養者をサポートする社会資源があまりにも少な過ぎる事に気付き、住民に代わって行政側に社会資源の拡充を促す様に成って来ていた。

さて、この様な社会的な背景下に民間の総合病院が福祉施設の運営に乗り出し、昭和63年には特別養護老人ホーム"めぐみの里"が建設され、多数の要介護老人の施設ケアが可能と成り、当地域の高齢者ケアの幅が非常に拡がって来た。そして同時に開始されたデイサービスとショートステイは地域社会に高齢者ケアの在り方を再認識させるに充分な社会資源として当地域に加わったのである。

そして平成4年12月にはこの"めぐみの里"に市から委託された在宅介護支援センターが併設され、新しい地域住民への総合サービスセンターが確立されたかに見受けられた。しかし実際には相談内容の多くが施設ケアに関する事で、真に在宅療養で悩んでいる療養者や家族の声は少なく、又相談をする側からは、相談が直接社会資源の活用に結び付く事が少なく又時間もかかり過ぎるとの事で思った程の実績を上げるには至らなかった。
この様な背景の下で鴨川市では平成6年4月より保健福祉総合会館(いわゆる"ふれあいセンター")を開設し、保健と福祉の壁を取り除き、一体と成って住民サービスを図れる様に機構改革が行われた。この施設の大きな特色は創設と同時にB型のデイサービス事業を開始した事で、行政としての在宅療養者に対する新たな、しかし確実な対応への決意と姿勢が示されたものであった。

ただあえて難点を上げれば、独立した組織として医療機関から離れた地区に建設された為に医療が希薄と成る傾向が有り、創設当時より課題を有してのスタートと成ってしまった事は残念であったと言える。ともあれ虚弱老人を対象としたデイサービスである以上、何らかの形で医師が係わりを持たねばならない為、毎週必らず国保病院から医師が訪問し、利用者の健康チェックや、利用中に生じたり気付いたりした事の問題処理や、本人並びに家族への対応を果たして来た。幸いにして開設後2年6ケ月を経過した現在まで、特にトラブルも無く順調に運営されて来ている。そして、開設後1年経過した平成7年4月よりは、センター専属の理学療法士が採用と成り、本格的な利用者を対象とした集団リハビりが開始され、同時に在宅りハビリも試みられる様に成り、当地域独自の地域リハビリが始動して来ている。現在は当地域の高齢者のリハビリは現在自分が生活している自宅で、しかも自立をサポートする形での生活中心の地域リハビリが極自然に成される地域作りを目指して新たなる工夫と努力を傾注している段階である。

さて、この様な歩みの中で前述した"ケアワーカーの集い"を通じて、住民からの相談窓ロの統一、一本化と情報の一元化の要求が高まって来た。そしてこの意見は私達国保病院での過去10年間の在宅療養サポート活動を通じての反省とも合致した為、私達も強く市側に主張し、要望を提出するに致った。

しかし、当初は市側の対応は冷たく、既に特別養護老人ホームに業務委託を行っているのでその必要性は認められない。その上、1日24時間、1年365日体制の対応は行政の仕事では無いとの回答であったが。私達は特養委託の結果を1年間の実績で示し、同時に市側に寄せられている住民からの要望に差が有る事を示した上で更にその上、土曜日、日曜日、夜間、休日のすべての時間外の対応を国保病院で引き受ける事を条件に、再度強く行政主導の在宅介護支援センターの開設を市に促したところ、最終的には市長の英断で開設が決定し、平成7年4月より仮

 

 

 

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