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第7章 東京都の地方制度の沿革

御厨 貴

序 首都とは何か

 東京には東京の気分がある。東京の気分は今よくない。なぜか。“国会等移転”とか“首都機能移転”とか、何となく東京のすわり心地を落ちつかないものにするような議論が、半ば本気で半ば本気でなく展開されているからである。
 事柄の本質が今一つ見えないのには理由がある。何であれ“移転”の反対論者はきわめてはっきりしている。東京都庁に東京都議会。図式的に言えば都政は明確にノーだ。では都政に対するに国政はイエスなのかといえば、さにあらず。国政もはなはだおよび腰で、首都機能の一部の移転といったきわめて限定的な移転論しか展開していない。ノーと言う都政だけがあって、あとは恐る恐るやってみて、事態が進めば一挙にという感じなのだ。
 これではそもそも“首都論”が見えてこない。都政はどうやら、東京が首都の座をすべりおちて一地方と化すのがいやらしい。今のところ都政の恐怖は、その一点につきる。だが問題はそこにある。かつて都政は一度たりとも明確に首都とは何かという“首都性”の議論をしたことがあるか。あまりにも自明のことと考え、東京が首都であることの意味を探求することはたえてなされたことがなかった。
 なるほど都政と国政との間に「首都圏委員会」なるものが存在したことはある。しかし都庁行政機構をいくら見渡したところで、その中には「首都局」や「首都企画室」はおろか「首都部」も「首都課」さえないではないか。都政が首都なるが故に置いた機構といえば、かつてオリンピック準備のハードの都市整備のために「首都整備局」を設けたことを唯一の例外として、今では外国との接待のために外務省からの出向者が占める「外務長」ぐらいのものであろう。
 なぜそうなのか。実は、東京の首都性は「都知事」の座にのみ集中して現われているからだ。鈴木俊一前都知事が述べるように(注1)、都知事は「市長」として首都の顔であると同時に、「知事」として東京の顔であるという二重の顔をもつ。これは1943年の東京府と東京市との戦時合併に基づく東京都の誕生以来、東京都知事にのみ課せられた

 

 

 

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