(2)社会的入院
その病院の改善に取り組む中で、社会的入院の背景がわかってきた。最初の1〜3ヵ月は月に1,2回の面会は来るものの、1年と続かない。いろいろな所から入院してきているが、家族との縁が完全に切れている二家族の方で、その病院に入れるときには、死ぬまでは引き取らないという認識があるようだった。しかし、高齢者は何とか家に帰りたい。もう家が既にない人でも帰りたいという気持ちを持っている。特別養護老人ホームもあったが、待機者が700名くらいおり、3,4年待たないと入れない状態であった。そしてそれを待たずに体調が悪くなって亡くなられる方が多かった。このような高齢者の状況は、他の医療機関でも似たような状態のようだった。しかし私は、やはり医療が持つ機能として、その地域における健康と文化の発信をする機能を医療機関が持つことが正しいのではないか。他にもって代え難い特別な医療技術を持つならともかく、そうでなければ地域における文化・健康センター的な機能を果たす場所になるべきだと考えた。若月先生の地域医療は、そういう面では非常に評価できるのではないかと、まず、地域の方々に話を聞いてみると、「駅前にあんな何とも知れん病院があるので困る」という声が聞こえてくる。木造で兵舎のような建物、冬は完全冷房、夏は完全暖房。丸々太ったネコが何十匹といて、患者さんのふとんの中で暖房のかわりに寝ている。志賀島という非常にきれいな漁港からリヤカー部隊が魚を持って売りにくると、患者さんが一斉に出てきて、七輪をおこして魚を焼く、という、栄養管理も何もない状態であったが、ともかくまともな病院にするためにどうするか。まず職員の大胆な改革を始めた。高齢の職員には定年制を就業規則の中に盛り込んだ。当然摩擦は多く、相当きつい思いもしたが、病院再建のため、やる気のある人とない人を整理した。そして地域の人たちとは、病院祭りを中心とした地域の祭りを計画し、これは非常に成功して、今では8万人ぐらいを集める町の祭りになっている。その中で、病院を少しきれいに建て直し、前庭でもちつきをしたり、展