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河川のような水中の沈水植物群落や浮葉植物群落から、ヨシを含んだ抽水植物群落を経て、陸上の植物群落へと移行するような特にわずかな距離のなかにダイナミックな環境傾度の変化を持つような立地では、それぞれのタイプの群落を保護するだけでは十分ではない。なぜなら、帯状に変化するそれぞれの代表的な群落のまさに移行帯的な部分に多くの特徴的な種を含んでおり、そのことによってその地域のβ多様性を高めているからである。これまでも一部の希少種については、浦和市田島ヶ原のサクラソウのように、生育地の囲い込みによる保護・管理が行われてきた。しかし鷲谷による一連の研究の結果(鷲谷・矢原1996)、サクラソウ保護のためにはサクラソウの繁殖に必要不可欠な送粉昆虫であるマルハナバチの個体群が維持される必要があり、そのためにはサクラソウ以外の種の多様性が高いことが必要であることが明らかになっている。つまり、サクラソウ一種を保護するにもサクラソウ生育地の周辺に多様な種が生育できるよう、多様なハビタットが形成されていること、つまりβ多様性が高いことが必要とされているのである。現在、浦和市はサクラソウ保護のために帰化植物の除去や草刈りなど多大な努力を払っているが、残念ながらマルハナバチのいなくなった田島ヶ原ではサクラソウは実を結べていない。
大沢(1995b)はある地域の森林の多様性を保全するためには、一個の森林が単独で保護されることだけでは十分でないと述べている。これはある地域の森林は相互に住み分けながら多様な生育地の中で共存しており、傾度的に変化する環境の中では、相互の関係の中で個々の森林も維持されているからである。Keddy(1990)は遠心的群落配置(Centrifugal Community Organization)と呼ばれる生態学的モデルを用いて、湿性立地での群落傾度に沿った植物種の住み分けのパターンを明快に図示している。このように今後は湿原の再生(大窪1996)や、地域多様性の保全のためには単純に特定の種や地域を保護するといった意識だけでなく、生態学的理論に基づいて、地域の時空間的な群落な変化を保証するような方法が工夫される必要があるだろう。

 

 

 

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