4. まとめ −保全上の問題と関連して−
本研究で明らかなように、荒川下流域ではヨシを優占種とするヨシ原そのものが、今すぐに失われてしまうといった現状にあるとは考えにくい。しかしながら、最近は生物多様性保全の重要性(鷲谷・矢原1996、樋口1996)が認識されるようになり、河川環境の変化によるヨシ原群落の構造や生物多様性に与える影響を軽視してはならないだろう。
まず第一に冠水のような自然攪乱が減少することによる影響が考えられる。ヨシそのものは比較的水分環境に対する適応幅が広いために、ほとんど冠水することがなくなっても、そのことによって急速に消失することはないが、従来ヨシ群落内に出現する、スゲ類などの湿生植物が減少し、多様性が低下する。またこのことはヨシ群落からオギ群落やセイタカアワダチソウ群落などより乾性立地に適した群落への遷移を進行させる危険がある。本研究でも見られたようにセイタカアワダチソウやノイバラがかなり侵入して、乾性遷移が進行したようなプロットもいくつか認められた。また今回の調査は夏〜秋にかけて行なったために出現はなかったが、ノウルシ、ハナムグラ、ノカラマツなどの希少種の減少にもつながるだろう。第二は周辺の土地利用変化による影響である。最近では高水敷のような河川周辺の立地が畑地などに転換されて利用されることが多くなった。このことによって肥料などから流出する栄養塩類の影響が考えられる。一般的に富栄養化が進むと好窒素性の帰化雑草のような種が侵入して多様性が低下することが知られているが(奥田1991)、本研究でもカナムグラが侵入していた立地では土壌中の窒素が高いなど、やや富栄養化の影響が考えられた。さらに土地利用変化は、ヨシ原の分断化によって多様性を低下させる。単純に植物群落の多様性といっても、3つの異なるレベルに分けられる(Whittaker1965)。1つは個々の植物群落内の種多様性を表すα多様性、2つ目は環境傾度に沿った群落組成の変化の程度を表すβ多様性、3つ目は両者の総合的な結果としてみられる多様性で地域全体にどれだけの種が存在するかといったフロラの多様性を表すγ多様性である。種レベルでの希少種の保護や、自然保護区のように特定の地域を囲い込んで保存することにより、α多様性やγ多様性の保全は可能となるが、研究や具体的な方策が最も遅れているのがβ多様性の保全である(大沢1995a)。
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