
(2)保全のための方策と問題点
植物をとりまく環境は常に変化している。植物自身もまわりの環境を変え、周囲の環境の変化のなかで、新たな生育地をみつけて生きつづけてきた。ある生育地の遷移が進み、そこが生育に適さなくなっても、周辺に新たな生育適地が生み出されることによって、地域全体としてその種の存続が可能になっていた。例えば、前述のカワラノギクは、丸石河原での生育には適応的だが、より一般的な植物と競合するマイルドな環境では、個体群を長期にわたって維持できない。近年のように河川の上流に治水ダムが建設され、河原の石が一気に押し流されるような増水がめったに起こらなくなったり、河川水が富栄養化すると、丸石河原には徐々に細粒の土砂がたまり、より一般的な土地に生える植物が侵入して植被を増し、カワラノギクの生育環境が失われることになる。したがって、こうした生育環境の維持機構を保全することが、種の保護にとっても最も基本的、かつ重要である。カワラノギクの保全のためには、洪水が必須なのである。 しかし、今日ではこうした生育環境の維持機構は、開発と人為的な環境の制御が進んだために、ほんど期待できなくなった。とはいえ、カワラノギクのように生育立地の破壊と再生が繰り返されるなかで生きてきた植物にとっては、洪水の制御は致命的である。カワラノギクは絶滅させないためには、人間にとって都合の悪い洪水と、カワラノギクにとっては必要な洪水の折り合いをどこかでつけなければならない。 カワラノギクに限らず、保全のための原則は保護対象とする植物種を含む植物群落を自生地の環境ごと保全するとともに、その群落の維持機構を明らかにし、機構そのものを保全することである。 もちろん、絶滅危惧種では個体数そのものが減少しているから、種個体群や遺伝子に関する情報も欠かせない。こうした情報を総合し、種の保全のための科学的・技術的側面を担うのが保全生物学である。 近年、保全生物学的研究は絶滅危惧種や天然記念物を対象に、徐々に成果があがりつつある。しかし、いまだ研究者も少なく、1種についてだけでも多面的な情報を得るには相当な時間と労力がかかる研究ゆえに、保全対象の多さに比べて研究は進んでいない。何より、研究が完成した時点で保護対象が消滅していたのでは元も子もない。研究を進めつつ、とくに生育環境の維持機構については、ある程度の見通しのもとに、具体的な保全策を試してみるといった柔軟な対応が求められよう。
前ページ 目次へ 次ページ
|

|