はじめに
異性愛にもとづく男女の結合と性別分業を受容してなりたつ核家族が、「近代家族」の典型的な姿であるとみるならば、離婚の増大、非婚姻カップル、子どもを生まないカップル、同性愛カップルなどに代表される「非家族的現象」の増大は、ポスト核家族時代におけるひとつの「家族の危機」を意味することになるのであろう。 「家族危機」の起因あるいは状況分析における家族社会学の理論的視点は多様であり、現代家族の再定義をめぐる議論にみられるように、家族社会学自体のイデオロギー的検証と新たなパラダイムの構築が今日求められるものである。 「家族危機」の現われ方において、日本の非家族的現象の様相(子どもの非行、登校拒否、家庭内暴力など)が西欧諸国と比較してやや異なることを指摘するむきもある。しかしながら、第二次大戦後の日本の家族は他の先進諸国と同様に、核家族化、単身世帯の増大、世帯規模の縮小、出生率の低下など、家族形態が変動の方向をたどってきていることは確かである。出生率に関していえば、日本は「1.57ショック」に引き続く「1.53ショック」を経験し、急速な高齢化とも相まって、社会の世代的再生産の将来の見通しに危機感をもたらしており、家族政策に対する関心が深まってきていることが指摘される。 現代家族による典型的な国としてしばしば引き合いに出されるスウェーデンは、他の先進諸国の出生率が著しく低下し続けた1980年代に高出生率を記録し、世界的にユニークな発展を遂げてきた。なぜ人が子どもを生み、生まないかということを分析することは、さまざまな要因が重なりあうため容易ではないが、それゆえに、家族危機を社会問題の家族問題化あるいは家族生活をサポートするシステムの不備という視点から把握することの重要性が指摘されるように、家族存立原理と家族をとりまく社会制度の歴史的変動過程の関連において分析される必要がある。 この報告書は、この基本的な視点に立つものであるが、分析理論そのものの検証が目的ではない。福祉国家スウェーデンにおける出生率の動向を、第二次大戦後の家族形態と社会・家族政策の発展に関連づけながら体系的に記述し、考察するものである。このことはまた、スウェーデン福祉国家のキーワードをなす、「労働」と「家族」がどのように発展してきたかという考察でもある。社会的存在としての人間の発達を保障する「労働」と、情緒的な発展を保障する「家族」は、一人の人間にとって必要不可欠なものとしてとらえられるものである。 文中使用されるまぎらわしい定義について、いくつか断っておきたい。まず、「家族」と「一世帯」であるが、これらの概念はあらためていうまでもなく明瞭に異なるものである。共同居住し家計をともにする生活共同単位をさすのが「世帯」であり、これに対して基本的に婚姻を基礎として生じる血液関係によって結ばれた親族集団を意味するのが「家族」である。しかしながら、スウェーデンにおける家族概念は本来のそれよりも幅広く使われることが通常であることから、本報告書においても理論的なそれではなくむしろ実際的な定義として使用されるものである。また、家庭という言葉も家族と同意義語としてときには使用するものである。
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