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          日向研究室 中田 敦


神崎煉瓦ホフマン式輪窯

 1996年冬、ホフマン窯の削査を行うために現地に赴いた。目的地のコンクリートエ場に着くが、煙突群があるだけで窯自体は見あたらない。長い月日の間に土砂と草に覆われてしまっていて、それと認識することが出来なかったのだ。その姿はすでにその役目を終え、自らを静かに眠らせた小さな古墳ともいえるものだった。そこから生える数本の煙突たちも大きく身をねじらせ、長年の風雨に削られ続けるだけの日々からの解放を願うかのようである。生産手段としての建築。その意味を取り上げられた姿にはノスタルジーとともに一種の無惨なものが漂う。
 小さめの入口をくぐり内部に入る。壁面から天井へと積まれた煉瓦は曲面を描いている。その曲線も歪みを見せ、今にも崩れそうな感じである。煉瓦が降ってこないことを祈りながら奥へ進む。古墳の印象が強いのか、あるはずのない何物かを期待する気持ちを拭うことができない。懐中電灯の明かりを頼りに闇の恐怖と実ることのない期待に高揚しながらとりあえず中を1周してみる。一部では崩落が起きていて、確かに窯が滅びようとしていることを知る。煉瓦で作られた曲面をもつ空間というのは普段なかなか目にすることも出来ない。ある程度時間を感じさせられるものとなるとなおさらである。そこを体感できるというこういった機会はそうそうないことで、大いに創造力を刺激された。かつては大勢の労働者が出入りし、高温の炎を内に灯し続けた記億も時の流れに流されようとしているのか、煉瓦たちが語る物語も終わりを迎えようとしている。煉瓦が再び人々に語っていきたいのか静かに眠りにつきたいのかはわからない。しかしその観衆となる最後となるかもしれない機会を与えられたことは幸運に思う。

北吸浄水場配水池

 北吸配水池は海の見える小高い山の上、市民プールの脇に2棟並んでたっている煉瓦造の建物である。屋根部は約22mの鉄骨トラス組でトタン葺き。内部には縦27.2m、横20.25m、深さ5.6mの貯水槽がある。槽内部には4.5m間隔で左右交互に導水壁がたっており、水が蛇行して流れるようになっている。
 上屋は倉庫的な外見にしては丈が低く、側面には、柱間ごとに小さな窓が開けられている。幅広のものと縦長のものがリズムよく並べられ、古い方の第一配水池では窓の位置の上下も替えるといった凝ったことをしている。後に建てられた第二配水池の方は窓の高さをそろえていて、簡素な印象を受ける。正面入口上部は煉瓦がアーチ形に積まれ、この建物の外観を構成する童要な要素となっている。
 内部に入るとまず空間の大きさに驚く。外から見える上部建物の高さからは創造できない空間がそこには広がっていた。水のたまっていない貯水槽の底がはるか下に見える。そこに石張りの内部からのびる大きな煉瓦の導水壁。その煉瓦は建物内部のものだからか、未だに美しい壁面を保ち、煉瓦も時を経た深みを持っていた。壁の最下部には4つのアーチが施される。人がそこを歩くとき続くアーチが程良い意匠となり、壁によって作られたジグザグの路は心地よい迷宮と化す。
 この配水池は大きな可能性を持っている。壁が持つ味わいは深く、十分な高さと広さを持ったジグザグの路は様々な用途に対応すると思われる。最初の役目を終えても「まだ出来る」と訴えかけているようだ。煉瓦は古びるほどに深化し、人を感慨に耽らせる。ここの煉瓦はそこから、新たに繰り広げられる風景を創造させる力を持ったものであった。

 

 

 

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