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IV−(1)パネルディスカッション(第1ラウンド発言要旨)

 

[基調講演]

 

行政苦情救済制度の現状と動向

 

片岡 寛光

(早稲田大学政治経済学部教授)

 

なぜ今、われわれは、「市民にとって望ましい行政苦情救済制度」について考えなければならないのか。それは、究極的には人間の尊厳を守って行くことにあると思う。人間の尊厳とは、、各人が自分の自由意思に従って行動することにあり、近代市民社会は、各人がそのように自由意思に従って行動し、結果に対して自己責任を負うことによって成り立っているわけである。したがって、政府といえども個人の尊厳を侵すことができない不可譲の権利を保障して、近代的立憲主義が市民社会の原理として成立しできたわけである。

ところが、市民社会が発達してきて、市民社会が複雑化の度合いを増し、同時に科学技術が発展してくると、各人が主体的に行動しようと思っても必要な知識能力に欠けるところが多くなってくる。やがて、政府が国民に代わって様々な規制、誘導を行って、人々の環境を調整し、そして、社会的な不可侵性を吸収していかなければならないという事態が生じてきたわけである。その結果、社会に対する政府の介入が過剰になり、今日のように行政改革が叫ばれるような事態になってきた。

しかし、行政改革を行い、規制緩和、地方分権化、民間委譲を達成して政府がスリムになったとしても、政府が存在することには変わりがない。私の恩師デュワイト・ワルドーは「政府なくしては文明はない」と言っている。たとえば、日本より一足先に行政改革を手掛けたアメリカ、イギリスがどれだけ小さな政府の達成に成功したであろうか。日本の公務員数(国・地方を含めて)は450万人程、人口比率で35%である。これに対し、アメリカは人口比7.1%、イギリスは7.7%である。小さな政府になったとしても、政府は存在するわけである。

その政府によって営まれる行政は、社会的な存在を共有している人々の共通のニーズを充足するために設定された公共目的を実現していくことにその本質があるといえる。この公共目的を達成するためには、人々の力を結集しなければならない。そこで、政府が権力を持って目的達成のため動員していくことになる。政府は、国民に奉仕するものであるけれども、同時に国民との間に緊張関係をもたらす性格を持っていることは理解しておかなけばならない。

具体的に言えば、国民にとって、政府は遠い不可思議な存在である。政府を通じてモノを供給する場合、市場を通じてのそれとは異なり、消費者主権の原理が働かず、どう

 

 

 

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