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第2節 事業の軌跡
(1)大規模災害におけるボランティア救援活動への支援
ボランティア元年
 1995年1月17日未明に発生した阪神・淡路大震災は、日本におけるボランティア活動の歴史を大きく変えた出来事であった。学生や会社員など、これまであまりボランティア活動に縁がないと言われた人々が、わき上がる思いのままに行動し、機能不全に陥った被災地の行政に代わって救援活動を行った。まさに「ボランティア元年」あるいは「ボランティア革命」などと呼ぶにふさわしい出来事であった。
 
現地入りし活動状況を調査
 大震災の発生当日から、NGOや国内のさまざまボランティア団体から支援要請を受け、日本財団はただちに被災地のボランティア団体の活動状況調査を行った。
 現地では、被災地の行政や自衛隊等による復旧活動とともに、多くのボランティアがいたるところで救援活動に汗を流しており、その数は1日2万人以上とも言われた。しかし、被災地でのボランティア活動が新聞やテレビなどで評価され出したのは、震災発生後かなりの日数が経過してからであった。当初は、ボランティアによる救援活動が実際にどういう状況であるのか、メディアでは全く伝えられていなかった。
 
阪神・淡路大震災後の街の様子
 
顔の見える支援
 被災地のボランティア団体の調査でまず行ったことは、大震災以前から交流のあった神戸在住のボランティア団体の安否確認であった。同時に、支援要請のある団体を回り、助成金の手続きなどについて打ち合わせを重ねた。
 また、支援要請がないボランティア団体からも情報を収集し、行政機関や避難所など現状の把握に努めた。
 その後、被災地でのボランティア活動は緊急救援から避難所や仮設住宅へとフィールドを変え、本財団も最後の仮設住宅が撤去されるまでの数年間、多くのボランティア団体と行動を共にし、市民の立場から被災地の復興に貢献した。
 本財団からは4年間にわたり累計104件1億5,200万円の助成を行った。
 また、これとは別に「阪神・淡路コミュニティ基金」から182件8億円が助成され、さらに大震災直後の兵庫県に対しては、災害見舞金として3億円が拠出されている。
 
ボランティアによる炊き出し
 
中学校の校庭で救助物資の配給
 
生かされた教訓〜ロシア船籍タンカー重油流出事故への対応
 1997年1月2日、ロシア船籍の重油タンカー「ナホトカ号」が中国からロシア極東に向けて日本海を北上中、悪天候のため沈没した。
 その後、船首部分が漂流を続け、同年1月7日に福井県三国町に流れ着いた。その際、積荷のC重油6,000kl以上が海上に流出。この重油を回収するため、真っ黒に染まった海岸で、バケツリレーなどをする地元の年老いた海女や漁師の姿がマスコミを通じて報道された。その状況から、この地域に全国から多くのボランティアが駆けつけることが予想された。
 そこで、本財団は同日夜に、すでに神戸から現地入りしていた阪神・淡路大震災救援で活動していたボランティア団体と連絡を取り合い、緊急支援についての協議を行った。そして、三国町の安島地区にプレハブによるボランティア受け付けのためのセンターを設置したのである。センター開設は週末だったこともあり、全国から1,000人を超えるボランティアが現地に駆けつけた。
 難しいとされるボランティアセンターの立ち上げが大きな混乱もなく順調にできたことは、コーディネートする側も、されるボランティアの側も、阪神・淡路大震災から多くのことを学んだ結果である。このボランティア団体との連携も2年前の阪神・淡路大震災を通して築かれたものである。
 本財団では、こうしたボランティア活動に対し6件1,590万円の助成を行うとともに、三国町に対して災害見舞金として500万円を拠出した。
 
ロシア船籍タンカー重油流出事故でのボランティアによる海岸漂着油の除去活動
 
募金の性格が変わった
 福井県三国町のボランティアセンターは3月末まで約3カ月間開設し、数万人のボランティアが参加した。センターの運営にはかなりの費用がかかったが、全国から寄せられた募金等で十分賄うことができた。この資金集めや物集めにはインターネットが大いに活躍している。
 阪神・淡路大震災の場合は、寄付金はすべて行政や日本赤十字社などに寄託され、その多くは被災者への義援金などとして処理された。従ってボランティア団体への活動資金としては使用できないものであった。大震災後、寄付をする側の意思がある程度反映されることも必要ではないかとの意見も多くあり、その使われ方などについて議論を呼んだ。
 今回の寄付金集めでは、最初からボランティア活動の支援金として使うためと宣言して集めたことが特筆される。大震災以降、災害支援に対する国民の意識は大きく変わり、そのことがこの重油災害でのボランティア活動で立証されたとも言えよう。
 
繰り返される自然災害への即応
 ロシア船籍タンカー重油流出事故以来、6年の間に北関東・南東北大雨水害、有珠山噴火災害、東海豪雨水害、芸予地震災害、高知県西部豪雨水害が続き、それぞれのボランティア活動に対し緊急支援を行った。
 特定地域の救援に、多くのボランティアが駆けつけるという状況が予想される場合には、阪神・淡路大震災やロシア船籍タンカー重油流出事故の経験から、最初に「活動拠点・通信設備・輸送手段」の確保を行うことが重要で、いわゆる「ひと・もの・かね」は後からついてくることを学んだ。
 支援のスキームは、まずは災害後速やかに本財団の職員が災害現場に入り、ボランティアセンターの立ち上げとボランティアの参集状況を確認のうえ、ボランティアセンターなどに対し活動のための助成金を交付するというものである。加えて、ボランティア活動用としてポンチョ、Tシャツ、ガムテープ、防塵マスクなどの物品も即時送付する。
 そして、緊急に資金支援ができるよう従来の支援のスキームも変化をさせてきた。ボランティア団体からの申請主義を廃し、現地入りした職員からの情報を元に本財団側で支援先団体の選定、支援内容や金額の決定を行い、速やかに資金を交付する方式へ改善したことである。
 こうして、国内自然災害に対する即応体制が整ったのである。
 
北関東・南東北大雨水害で壊れた家屋
 
各地から集まるボランティアの受付を行うボランティアセンター
(2)高齢者や障害者の自由な移動を支える「移送サービス」の普及
高齢者・障害者の外出を支える移送サービス
 我が国で身体に障害を持つ293万人のうち、約20%にあたる約60万人が独自の歩行が困難であり、介護を必要とする高齢者「寝たきり老人等」は、65歳以上人口の20.3%の254万人にもおよぶ。将来推計では、2025年には「寝たきり老人・痴呆症・虚弱高齢者」が520万人に増加しようとしている。(※1)
 このような社会情勢の中、2000年4月には介護保険制度が導入され、民間事業者、NPOが競うように各種サービスを提供し始めた。一方、障害を持つ人たちの自立した社会参加が叫ばれて久しく、ここ数年来メディア等の影響もあり、ようやくそうした考え方が一般的になりつつある。
 そして、今まで自宅などに閉じこもりがちであった高齢者や障害者の自由な外出に対する欲求は以前よりも増えてきているが、現状は適切な交通手段が少ないために外出を我慢している人も多く存在する。最近は、バリアフリーデザインなど社会のさまざまな段差(物的・制度的・心理的・情報)が取り除かれ、アクセスは確保されるが、高齢者・障害者が自由に目的地まで行くには、アクセスだけでなくモビリティ(移動)の確保が不可欠となってくる。
 こうした個々人のニーズに応じたモビリティを確保し、高齢者・障害者の外出の機会を拡大し、社会との窓口をつくる重要な役割を果たしているものに、ボランティア団体・NPOが行う「移送サービス」がある。
 「移送サービス」とは、「高齢者・障害者など外出行動の困難な人に対して、リフト付車両などによる、介助も含めたドア・ツー・ドアサービス」のことである。欧米などではSTS(Special Transport Serviceの略称)とも呼ばれているこの移送サービスは、日本においては長年にわたり、ボランティア団体・NPOの活動によって支えられてきた。
※1 参考資料:(財)運輸政策研究機構「スペシャルトランスポートサービスに関する調査研究報告書」(1999年)
 
福祉車両の配備事業
 日本財団では、公共交通機関が高齢者・障害者にとって十分に使いやすいものに至っていない現状を打破するべく、1994年から移送サービスの普及活動に取り組み始めた。
 まずは、移送サービスを行っているボランティア団体・NPOに対して、送迎用の車両(福祉車両)配備を開始した。
 しかし、事業開始当時は、市販の福祉車両も種類は多くなく、必ずしも利用者本位で製造されている車両ばかりではなかった。
 そこで、本財団では、利用者にとってより使いやすい、快適な福祉車両を製造してもらうために、利用者の声を、直接各自動車メーカーへフィードバックし、時には日本財団特別仕様の車両も設定するなど、福祉車両開発に強力なリーダーシップを取ってきた。
 現在では、国内自動車メーカーのほとんどが、普通乗用車の新車を発表するのと同時に、同車種の福祉車両も発表するほどに、車両開発の意識と市場の拡大が進んでいる。
 1994年から始まった配備事業は、先述の介護保険制度の導入と相まって、年々需要が増え続け、これに対応するべく、1999年からは本財団環境福祉課でも車両配備事業を重点事業として掲げ、2001年までの間、累計で3,930台の福祉車両を全国に配備している。
 
高齢者や障害者の外出をサポートする福祉車両
 
団体の育成
 ハードである福祉車両の配備をどれだけ進めても、それを使う団体の能力が伴っていなければ、本当に利用者のニーズには応えられない。
 そこで、移送サービス団体の能力向上を目指して、そうした団体が企画する勉強会や講習会に積極的に資金支援を行った。
 同時に、この移送サービス事業を全国にさらに普及、発展させる目的で、本財団自らが実務家、学識経験者の協力のもと、ボランティア入門テキスト「私たちにもできる!移動・移送サービス」を作成し講習会を企画、実施した。
 
今後のネットワークの可能性
 移送サービスの普及には、サービスを行う団体を有機的につなぐネットワーク、相互協力体制が不可欠であるため、1998年には移送サービスを行う団体が中心となって発足させた「移動サービス市民活動全国ネットワーク」へ支援を行った。
 しかしながら、全国的なネットワークを機能させるには、やや時期尚早であったようで、その後は都道府県の各地域ごとにネットワークが誕生してきている。こうした動きにも本財団は積極的に関わり、各ネットワークと協働してイベントや講習会を実施している。
 今後も、各団体の育成や地域ネットワークとの協働事業を通じて、高齢者や障害者の自由な移動、外出手段を提供し、公共交通機関との連携を構築していく。



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