第2節 事業の軌跡
(1)次世代高速船「テクノスーパーライナー」の開発研究
経済の世界規模での発展・拡大とともに、流通・輸送分野でのさらなる大量輸送化、時間短縮が強く望まれてきた。従来の輸送手段である航空機、船舶、トラックにはそれぞれ一長一短があり、費用対効果の面からの使い分けがなされている。船舶の利点は大量貨物を一度に運べることであるが、この船舶の持つ利点に加え、技術開発により、新たな「海上輸送の高速化」という利点を付加する必要に迫られていた。
こうした時代の要請から、1989年に造船7社(※1)がテクノスーパーライナー(TSL)技術研究組合を設立し、蓄積された技術の活用と先端技術の導入などによる、次世代高速船の開発を開始した。
TSLの開発目標は、速力50ノット(時速約93km)、貨物積載1,000トン、航続距離500海里(約930km)と設定された。この目標に向かって、1989年から1995年までの7年間、官民一体となり、要素技術から実海域模型船を用いた総合実験までの研究開発の結果、TSLの建造および運航技術が確立された。
TSLの研究開発では2つの船体が造られた。船体重量を支える浮力、揚力、空気圧力のうち、浮力と揚力を組み合わせた揚力式複合支持船型(船名「疾風」)と、浮力と空気圧力を組み合わせた空気圧力式複合支持船型(船名「飛翔」)の2船型である。「飛翔」はシップ・オブ・ザ・イヤー'95を受賞。将来の高速海上輸送システム構築の可能性を示したことと、人々に夢を与えるなど社会的インパクトの強さが受賞の理由だった。
現在、「飛翔」は、静岡県の防災船として災害時の救援救助活動用に改造され、平時は清水港と下田港を結ぶカーフェリーとして活躍している。
2002年には実用化促進に向け、TSLの保有・管理等を受け持つ新会社が設立され、2005年には実用化第1号船として小笠原航路の就航が予定されている。小笠原TSLの就航により、片道25.5時間が16時間に短縮されるなど、島民生活の利便性の向上や地元経済の活性化が期待されている。
※1 造船7社:石川島播磨重工業(株)、川崎重工業(株)、住友重機械工業(株)、日本鋼管(株)、日立造船(株)、三井造船(株)、三菱重工業(株)
実海域実験船「飛翔」
(2)情報技術で世界をリードする造船業 〜造船CIMS・造舶Web
造船CIMSの実現
1989年から始まっていた(財)シップ・アンド・オーシャン財団による造船CIMS(※1)の開発研究は、2期5年の「造船CIMSパイロットモデルの開発研究」「造船CIMSフレームモデルの開発研究」をテーマに、造船各社から派遣された若手技術者による専任チームの集中的な開発研究を経て、各社がそれぞれ独自にCIM導入を進めた。
しかし、自動車産業などと比較して造船が個別受注産業で同時並行作業の比率が高く、高度なシステム技術が要求されることがCIMの効果拡大の阻害要因になっていることから、1994年度から3年間「組立産業汎用プロダクトモデルの開発研究」を行い、さらに1997年度からは「高度造船CIMプロジェクト」を再び専任チーム方式で行った。
この結果、技術的には造船所内の設計から製造現場に至るまでの設計情報をコンピュータで一貫処理できるシステムが完成し、造船所の船舶建造工程とコストの大幅な削減が可能となった。
※1 CIMS:Computer Integrated Manufacturing Systems=コンピュータによる統合生産システム
造船会社の設計室 全てコンピュータ処理されている
情報技術の活用による効率化は、船用品製造業の分野でも進められた。それまで、造船所と舶用機器メーカー間の設計図、仕様書等は個別に作られ、図面などの情報も、紙ベースで行われていた。そこで、この分野についても情報技術の活用による効率化を図るため、1998年度から3年間、(財)シップ・アンド・オーシャン財団によって「舶用機器の設計・技術情報の交換の高度化に関する開発研究」が行われた。
これは、インターネットを介して、舶用機器メーカーと造船所が標準化された設計情報を交換することで、情報の再入力、再利用による時間とコストの低減を目指すものであった。
この成果として誕生した世界初のウェブサイト「造舶Web」は、2001年3月に設立された(株)造舶ウェブによって、同年4月から運用が開始された。
サービス開始時点で造船・舶用機器メーカー約100社が参加、舶用主要製品60品目以上が登録された。
数年内には、舶用機器のほぼ100%を標準化し、さらに韓国・欧州などの造船産業も参加する日本発のe-ビジネスのグローバルスタンダード化実現を目指している。
日本の造船業は、情報技術を駆使し、21世紀も世界の造船業をリードし続けることを目指している。
造船Webサービスの概要
欧州と極東を結ぶ代表的な航路は、マラッカ海峡を通過してスエズ運河を経由する「南回り航路」だが、ベーリング海峡、ロシアの北方沿岸、バレンツ海、北海を通過する「北極海航路(NSR:Northern Sea Route)」は、南回り航路のわずか60%程度の航程である。
航路環境は厳しいが、商業的航路としての魅力は捨てがたく、北極海経由で欧州と極東を結ぶ航路啓開の試みは、かつての欧州列強諸国が極東貿易への関心を深めていた15世紀の大航海時代から行われてきた。しかし、北極海の過酷な自然を克服する造船技術と航行支援システムの構築には、近年の技術発展を待たねばならず、また、ロシア側の海域は冷戦時代には旧ソ連の戦略上の事由から外国に対して閉鎖されていた。
その後、ペレストロイカを契機に、1987年にゴルバチョフ書記長(当時)の北極海国際化宣言で、NSRは国際航行海域に開放され、通年運行の可能性について研究する機運が生まれた。日本財団は、ロシア・ノルウェー・日本の3カ国による国際プロジェクト、国際北極海航路計画(INSROP:International Northern Sea Route Program)の開発研究支援に着手した。
1993年から1995年までのPhaseIで「北極海の自然条件と氷海航行技術」「NSR啓開が自然、生態系および社会環境に及ぼす影響」「NSRの経済性評価」「NSR啓開に関わる政治的・法制的背景」について個別的な調査研究を行った。次いで1996年に中間評価と第2期計画の必要性、研究方針、課題優先度等を検討したうえで、1997年、1998年の両年にわたりPhaseIIを行った。PhaseIIでは、研究成果の統合、北極海の地理情報システムの構築、NSR運行シミュレーションによる総合評価などを行った。
INSROPは、NSRおよび周辺海域に関わるプロジェクトとしては過去類例のない規模で、かつ幅広い視野での国際共同研究事業となった。NSRは、ロシア領海内の航行が中心となるため、ロシア側での自由経済の市場原理についての理解なしには、啓開があり得ないのも事実ではある。しかし、INSROPによる研究の結果、夏季はもちろんのこと、冬季でも砕氷船の支援があれば、技術的には通行可能であることが明らかになり、NSRの啓開に大きな一歩を踏み出した。
INSROPの成果は、1999年、ノルウェーのオスロで利用者や政策決定者等を対象に国際フォーラムを開催、周知したほか、オランダの出版社から「INSROP Integration Book」が刊行された。
北極海航路は南回りの60%の航程
砕氷船の先導で氷海を進む氷海商船
(4)超大型浮体構造物「メガフロート」で海洋空間を有効活用
国土が狭い日本では、近年、社会構造や経済活動の変化、科学技術の発展に伴い、海洋空間の開発・利用のニーズが高まり、その利用は埋め立てなどの沿岸域開発から、さらには沖合域へと向かっている。
水深の深くなる沖合域や、軟弱地盤の場合には、埋立工法の代替として浮体工法による「超大型浮体構造物メガフロート(※1)」の技術開発が求められた。造船・鉄鋼など17社(※2)がメガフロート技術研究組合を設立し、1995年から2000年までの6年間で、官民協力し、基盤技術と空港利用などの技術を確立した。
メガフロートの特徴は、1)埋立方式に比べ海洋環境負荷が小さい、2)水深や海底地盤に左右されない、3)拡充・移動・撤去が容易、4)短工期かつ低コスト、5)広大な内部空間の利用、6)地震・津波・台風に安全対応できることなどである。特徴の一つである工期の短さを示す具体例として神奈川県横須賀沖でのメガフロート設置がある。
横須賀沖の海上に設置された浮体空港モデル建設は、同時並行で造られた鋼製ユニットを現場で次々に接合することでわずか3カ月間の工期で完成した。6基のユニットを接合してできたこの浮体空港モデルは、長さ1,000m、最大幅121m、高さ3m。1999年8月10日に世界最大の浮体人工島としてギネスブックにも認定され、また現代の「国引き」として大きな話題を呼んだ。
浮体空港モデルを使っての航空機による計器進入試験や離着陸試験をはじめ、さまざまな実証実験も行われた。その結果、4,000mクラスの大型空港実現の可能性が確認された。海洋環境面でも、流況・水質・底質・生態系への影響などがほとんどなく、理想的な工法であることが確認された。
その後、横須賀沖のメガフロートは分断され、全国各地で浮体式防災基地をはじめフェリー桟橋、海釣り公園、駐車場として再利用されている。
一方、入念な試験を行った空港施設利用については、関西国際空港建設の際は、実績がないことから実現に至らなかったが、現在、羽田空港再拡張建設、沖縄県・普天間基地の代替建設において、メガフロート工法の実用化が検討されている。
※1 メガフロート:ギリシャ語で巨大という意味の「MEGA」と、英語で浮体という意味の「FLOAT」を組み合わせた造語で、海に浮かぶ巨大な浮体構造物を意味する。
※2 17社:石川島播磨重工業(株)、今治造船(株)、(株)大島造船所、川崎重工業(株)、川崎製鉄(株)、(株)神戸製鋼所、(株)サノヤス・ヒシノ明晶、(株)新来島どっく、新日本製鐵(株)、住友金属工業(株)、住友重機械工業(株)、常石造船(株)、(株)名村造船所、日本鋼管(株)、日立造船(株)、三井造船(株)、三菱重工業(株)
メガフロート防災実証実験(1,000m浮体空港モデル)
メガフロートローパス実験(1,000m浮体空港モデル)
メガフロート全景(1,000m浮体空港モデル)
(5)日本人の生活を支える 〜マラッカ海峡の航行安全支援
マラッカ・シンガポール海峡は日本の生命線である。日本人の生活を支える石油のおよそ80%が、この海峡を通り輸入されている。日本財団では、この重要な海域の安全を確保するため、1968年以来、灯台の設置、航路標識の敷設、水路調査など海峡の航行安全の施策をさまざまな角度から支援してきた。同海峡への支援の費用合計は、既に総額100億円を超えている。2001年には、マラッカ海峡内の航路標識の敷設と維持管理を行うための設標船ぺドマン号(900トン)をマレーシア政府に対し寄贈した。
これら(財)マラッカ海峡協議会を通して実施してきた資金的、物的支援のみならず、1996年7月に(社)日本海難防止協会シンガポール連絡事務所を開設し、現職海上保安官の出向を受け、航行安全のための知的・人的支援も開始した。同連絡事務所は、現在「ニッポン・マリタイムセンター」という名称で、アジア海域における海上交通・海洋環境等の情報収集を行うとともに、マラッカ・シンガポール海峡の航行安全に関する日本の現地協力センターの役割を果たしている。
また、本財団では、マラッカ・シンガポール海峡の未来永劫の航行安全を確保するため、海峡の安全維持にかかる費用負担の新しい枠組みづくりの提案を、沿岸国、利用国、国際機関等に行い、マラッカ海峡利用者会議の開催を呼びかけている。
マラッカ海峡の安全を守る設標船「ペドマン」
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