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9. 「不登校は予防できる」講演録
講師:三池輝久
2006年 師範塾親学フォーラム・イン福岡 講演
「不登校は予防できる」
熊本大学医学部発達小児科教授 三池 輝久先生
 不登校の予防は私が二十年間、関わってきた話ですがこれは非常に分かりにくいのです。何故ならば「本人が原因を理解出来ていない」という事があるからです。自分でもどうしていいか分からないし他人に説明が出来ない、とにかく自分の能力だけが落ちていくという事があります。この能力低下は生命力の低下なのですがそれに伴う学習機能の低下なのです。だから学生にとっては致命傷で勉強が出来ない、頭に入りづらくなってしまう傾向があります。それから奇妙な言い方をしますが「不登校状態というのは慢性疲労症候群だ」と私は申し上げてきました。とにかく理由があって学校へ行かないように見えるかも知れませんが実は本人にも理解出来ていない、問われれば色々と理由を上げるという事なのでしょうが、私は今までに約三千人の不登校者に会ってきましたが誰一人として明確に納得出来る理由を挙げた子はいませんでした。一週間に一度の割合で登校する子もいて学校にいる時には非常に元気そうに見えてしまうのですが、エネルギーを作る生産性が悪い人もいます。普通の人は必要なエネルギーを前日に全て作れるのですが、不登校の生徒はエネルギー生産過程の代謝異常が起こってしまっていて普通の人の五分の一くらいしか作れないので百パーセント作るのに五日もかかり、全てを使い切る間は元気なのですが補充しながら活動する事も出来ないので使い切ってしまうと次の日は駄目になる、そんな奇妙な状態があるので非常に分かりにくいとご理解頂きたいと思います。
 子供達は眠りを削ってがんばっている、例えば家族間でトラブルが起こっていて心配事があると子供は活性化した脳を何とかして解決しようと努力し、それが眠りに入る時間をずらし始めるのです。遅く寝ても学校や会社に間に合うためには社会的強制力で決まった時間に起きなくてはなりません。ここに「断眠時間」という脳の休息時間を削る事が起きてそれが慢性的になった時に問題になってくるのです。要するに不登校状態というのは自分の脳の機能を保つ事が出来なくなるような状態に至ってしまった非常に浅くて長い睡眠状態で、これを私は慢性疲労症候群と呼んで来た訳です。責任があって色々と思い悩んで一生懸命解決を図るというがんばりがあったり部活を土日も休まないというハードなやり方があったりしますが、これは子供達を虐待している事と同じなのだと考える人は極めて少ないのです。鍛えれば鍛えるほど子供は元気になるだろうと思っているのが一般的なのですがそれは大きな勘違いで、がんばった分の脳の働きを元に戻すという意味で休養を取らなければなりません。なかなか難しいところではあるのですがそれが出来ないのであれば子供が疲労困憊して来ているところをきちんと見ておいて頂きたい、それをやらずに「働くだけ働け」というのはどうでしょうか。不登校は食事の問題もありますが眠りにつく時間が遅くなって睡眠時間を減らしてがんばっているという状態が必ずあります。だから怠けているのではなくて非常にがんばり屋で負けず嫌いな面を持っている子が多い、そしてがんばっているうちに疲れ果てて倒れてしまうのです。
 短い時間で自分の脳機能をしっかりと保つ事が出来る方もいらっしゃいますが一般的には睡眠が六時間を切るとまずいだろうと言われています。私の知り合いで一番睡眠の短い人は三時間です。また、四十代以上の方を調べた結果、七時間程度眠っている方が一番長生きしている事が分かっています。十時間以上眠る方は疲れていらっしゃると元気が返ってきた気がしないという事があるかも知れませんが長い睡眠が必ずしもよい睡眠とは限りません。浅くて長い睡眠は子供達が持っているものなのですが、これになってくると疲れやすいなど社会生活が少し大変になってきます。脳は自らの情報処理能力を保つために眠る訳で、よりよい眠りは健康によって作られるのですが、これには仮説があってシナプスの神経伝達物質を蓄積しないようにしてしまう、理由はグルタミン酸が蓄積し過ぎるとその後ろにある神経細胞の破壊に繋がるからです。神経統器からミトコンドリアの複製が行なわれる可能性のある細胞体にミトコンドリアが戻っていって複製が成されているのだと言われています。ミトコンドリアはエネルギーを作るところですがそれがもし壊れていけばエネルギー代謝がどんどんおかしな事になっていくのです。また、神経伝達物質は色々な形で使われていますが偏って使われた時に全ての細胞群がまた同様に働けるように分配するのが睡眠の役割だとも言われています。睡眠は予想外に重要な事ですが睡眠時間が短い人もいれば長い方もいるので自分に必要な睡眠時間を確保しないと脳は苛立ってきます。お母さん達は子供が寝ないと嫌になる、子供をきちんと寝かしてやらないといけないのに興奮した子供はなかなか寝ません。よく眠る子供を持ったお母さんは幸せですがそれも全く問題がないとは言えません。とにかくよく目が覚めるお子さんは眠らせてやらないとお母さんの方が参ってしまいます。
 眠りの重要性をお話してきましたが、子供達も含め現代人は眠りがおかしくなっていてこれは世界的にその傾向にあります。特に韓国は色々な問題が起こってくるのではないかと私は懸念しています。日本は韓国に追い着かれるのではないかと思っていましたが伸び率にも影響があると思います。それほど中・高校生の睡眠時間が短くて競争が激し過ぎるのです。目覚し時計は脳にあるという事ですが、思考する部分に負荷がかかり過ぎて時計機能がずれ始めていくのです。松果体はメラトニンを分泌する部分ですが、ここも活動して眠りにメリハリを作るホルモンです。結論を申し上げると不登校状態になったり無気力になったりするのはどうも脳の発達の中にあるようなのです。視床下部に生命維持装置のようなものがあるのですが、このあたりの働きがどんどん落ちていっているのです。生態リズムによって維持されるべきものがおかしくなってしまった事によってこれに支えられていた大脳皮質の働き、特に前頭葉系がよくないようなのです。前頭葉は統合的な部分を担っていて「見る」「聞く」といった単品としてはよいのですが、統合して出す「コミュニケーション」というところでおかしくなってくるのです。「情報網」が分断されやすくて成績はいいけれどどうも人とのコミュニケーションがおかしい、自分の立場を理解していないという事が起こってきます。「脳科学と教育」は不登校や学力低下の背景には方法論ではない、意欲のようなものや生命力そのものが落ちているのではないかという事から始まったのです。
 脳の発達の上で睡眠のリズムと質というものは予想外に影響が大きく、それがしっかりしていると子供達の脳は安定している事が分かってきました。地球の上に住んでいる私達は本来、二十五時間で活動しているのですが二十四時間に合わせてきた経緯があります。太陽の光でリセットされると言われていますが実際には社会の強制力というものが大きいと思います。リズムには「睡眠覚醒」と「深部体温」、ホルモンのリズムに分けられますがこの二つがかみ合っていると色々な活動性が上手くいくけれど狂ってくれば行動力や思考力が落ちてくるのです。体内時計を作っているのは「時計遺伝子」というもので現在、十個ほど発見されているのですがこれによって二十四時間の生活を繰り返す事が出来ます。何となく朝起きが苦手だし勉強に手がつかないといった小学校五・六年生の少し問題が起こり始めてきた子供達はこの時計が一、二時間ずれ始めているようなのです。本来、深部体温は三、四時には一番低くなってくるのですが五、六時にならないと脳が冷えてこなくなっているのです。すると七、八時に目覚めていた脳が九、十時に目覚めるという事になってきてしまう、このずれを抱えながら子供達は何とかがんばっているのです。しかし十分な心身の活動準備が出来ていないために午前中はどうしてもぼんやりしてしまう、そしてやっと午後から元気になるのです。元々、人間は二十五時間のリズムを持っている訳ですが同じようなリズムで生活をする学生も出て来ています。起きている時は元気なのに決まった時間に起きることが出来ないのでその結果、学校に通えないのです。時計がずれて朝起きの準備が出来ていないにも関わらず社会的な強制でどうしても起きなければならない、そうやってがんばっているうちに色々な機能が混乱して駄目になってしまって日常生活が送れなくなってしまったというのが不登校なのです。これが未だに難しくて学校の先生方からは何とか出て来られないかというメッセージが寄せられるのです。
 メラトニンの出方は三歳くらいがピークで年とともに段々と出なくなっていきますので飲用してよく眠れるようにするという事もあります。私も二時くらいに寝て朝起きが出来ないタイプだったのですが今は早寝が出来るようになってきました。睡眠の発達する時期に睡眠リズムは作っておかないと幼稚園、保育園の頃から子供に苦労させる事になってきます。子供の脳に重大な影響を与えてしまう可能性がありますから少なくとも三歳頃までにきちんと早寝早起きのリズムを作っておいて頂きたいのです。韓国の中学生は平均睡眠時間が四時間台、中学一年生でも五時間半くらいです。韓国民族が四、五時間の睡眠で済む人達ばかりだとは思えませんので私は絶対に脳機能、特に心がおかしくなるのではと懸念しています。日本では子供達を連れて深夜、コンビニに行ったりカラオケに行ったりしている人もいますがそんな事をやっていたら子供は絶対に変になります。睡眠は大人にとっても大切ですが子供にとっての重要性を認識して頂く必要があるのです。乳児は一度寝ると何度か目が覚めてもまたすぐに寝てしまうのですが機能が狂ってしまうと三十分、一時間は起きています。そうなってくるとお母さんが鬱になってしまい、つまりがんばる神経が疲労困憊してセロトニンが枯渇していくのかも知れません。そして夫婦間の不和が起こりやすくなって虐待も起こってきます。それから四人に一人はADHD(注意欠陥/多動性障害)の診断をされるようになっていきます。ある子供は一歳半の乳児検診では非常に元気で何の問題もなかったのにご両親がスナック経営を始めてから子供の面倒を見る人がいないので店に連れていかれたために見ていても大変なくらいの多動傾向が出ていました。ADHDやアルペルガー症候群といった脳のコミュニケーションの問題にしても睡眠障害が根底にあるかも知れないというのは昔から言われてきた事なのです。「脳を守る」という意味でも子供に十分な睡眠を与えるという事を親御さんはやって頂きたいと思います。脳の働きをきちんと保っておいてくれないと躾は出来ませんし勉強どころではなくなるのです。


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