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講義7 女性と子どもの人権を守る〜関係機関とのネットワーク
講師:中村明美さん 認定NPO法人 ウィメンズハウスとちぎ理事長
1. 向かい風に立って
 ウィメンズハウスとちぎの10周年の記念誌に、「NO!」とあらがったときから女性たちに逆風が吹く、と言う内容の巻頭文「逆風に立つ」を掲載しました。理不尽な社会の仕組みに、「ノー」という女性に対しては援助のハードルが高い。そうした女性のためにシェルターをつくったのです。
 シェルター活動をしている人は感じていることですが、いいことをしているから、といってすべての人が後押しをしてくれるわけではありません。たとえば、シェルターから、公営住宅に優先的に入居できるように申し入れると、このシステムを作ったら、簡単に女性たちが家を捨てて出て行くのではないか、という不安を抱くのか、規則をたてに微妙な抵抗がある。見えないところで、「逆風」が吹くのです。
 少子化や離婚率の高まり、母親による子どもの虐待などがマスコミなどで騒がれると、女性たちの地位の向上や自立への流れがこのような社会問題を起こしているのではと、内心、考えている人が少なくありません。シェルター活動が家庭崩壊や離婚を促進していると考えている人たちが意識的にか、無意識的にか起こしているジェンダー・バッシングがあります。
 そういう風が吹いたときにも、恐れず、ひるまず逆風に立ち向かっていかなければならない、という思いを表現しました。
2. 「生きにくさ」の共有
 シェルターの運営にはそれぞれの特徴があり、続けていくための理念があります。たとえば、アパートを持っていて被害者に無料で入ってもらえば、親切な人が個人的に感謝されるだけです。シェルターは資源です。そこに行けば、人が代わっても同じサポートが受けられる。自分たちの理念に従ってサポートすることがシェルターには必要です。
 私たちはシェルターを危機からの脱出だけではなく、「ひとりの女性たちが抱えてきた生きにくさを他と共有するところである」と位置付けています。当事者だけでなく、私たちも同じになる可能性がある、また、社会の中で同じ生きにくさを抱えている存在である−が、私たちの基本的な考えです。
 ウィメンズハウスとちぎの組織は、正会員152人、賛助会員293人。運営費は会費とカンパにウェイトがかかり、イベントなどでPR用の発信をしなければなりませんが、シェルターを運営していると、それは、もろ刃の剣です。収益活動や被害者への情報発信は片方では加害者にねらわれかねない。
 宇都宮市は狭いところ。東京や神奈川と比べると2倍くらいの労力がかかる。福祉事務所など所在地を調べるのは簡単だし、相談に訪れたことも夫に知られかねない。シェルターもだれがやっているか、すぐ分かる。DV問題に強い弁護士や医療機関など人的、社会的資源も都会と地方では圧倒的に違う。ボランティアも危機意識が共有できる意識の高さが求められます。そのようなボランティアを集めるのも大変だし、シェルターの運営には苦労があります。
3. 組織と活動
 事務局は代表と事務局スタッフの3人。そのほかに、20人ぐらいのボランティアスタッフは、グループ相談を受ける人、認定NPOや助成金などの申請にかかわる人、バザーやイベントのボランティア、引っ越しなどのサポートをする安全な男性ボランティアなどです。裁判所や病院などへのアドヴォケイトは危険な状況が分かる人でなくては頼めません。
 シェルターでは、確実に安全に暮らしてもらうためのケアをします。保護命令が出たり、安全が確保されても自分で暮らすのが不安な人たちのためにあるのがステップハウス。会員の持ち家を借りているが、ここでアルバイトをしながらお金をためて、自力でアパートを借りるまでなど、長期ケアができます。
 県からの電話相談委託を受けています。
 
 DV相談では、次のような相談があります。
・暴力の原因が自分にあるのではないか。
・自分のやり方を変えて夫の暴力を辞めさせたい。
・やさしいときの彼が本当だと思うので、離れる決心がつかない。
・DVがあるので、離婚したいが夫が応じてくれない。
・「出て行け」と暴力を振るわれるが出て行くにもお金がない。
・暴力から逃げたいがどうしたらよいか分からない。
・暴力で逃げたがいま、行くところがない。
・家を出たが相手の嫌がらせに困っている。
・家を出た後、相手の付きまといが怖い。
・学校のこと、住むところ、仕事のことなど見通しがつかない。
 こうした相談に対してどう展開するかが私たちの相談になります。
 よく聞くことが大切で、そのためにはトレーニングが必要です。「聞いてくれる」と感じたなと思ったら次は、話の内容の確認と、夫が暴力を振るうのは「あなたのせいではない」ことを、洗い直す。なぜ「あなたのせいではない」か、当事者に「そうだった」と感じさせることが重要。
 当事者の考えを尊重し、当事者のぺースでどうしたいか、を話し合い、これからの取り組みについて共有する。それには、経験を通して得たノウハウが役立つことが多い。「決心」したら動くことができるが、決心するまでに選択肢や情報をできるだけたくさん提供することが望まれます。
 日ごろの勉強に加えて、ネットワークとしての社会資源の使い方をどのくらい知っているか、がポイントになります。
 
◆相談の展開◆
4. 相談と援助について
 秘密は厳守です。相談者の自己決定を尊重し、暴力についての支援教育を提供します。このとき大事なのは、一般的なカウンセリングではなく、問題が当事者本人ではなく暴力を振るう夫にあるということを明確にすること。それにはカウンセラーがDVについての深い理解と人権意識を持つことが必要です。
 落ち着いて、子どもも自分も安全で生活の見通しが立つと、家庭から離れたというむなしい感情がわきあがります。夫のことがいつまでも頭から離れない、うつになったり、さ細なことで夫の暴力が甦る。いろいろなことに腹が立つ、周りの人との人間関係が悪くなって、「自分はおかしいのではないか」と考える時もあります。その時は専門家による心のケアが必要なこともあります。
 家にいて、危機的状況と思われるときには、介入・援助をしなければなりません。激しい暴力を受けている場合、マインドコントロールされているのと同じで、逃げなくてはならない、ここから離れようという考えにはなりません。
 本人が危険な状況と認識していなくても、母親が娘の家に行ってみたところ、壁には包丁の痕がある。部屋は暴力の跡がありありで、家から連れ出そうとしても自治会の班長をやっていて責任がある、からとか、子どもの学校の行事があるといって逃げようとしないこともあります。
 このように危機的状況を回避しようとする力がなくなっていたり、ものごとの優先順位をつけられなくなったりする。ところがシェルターに落ち着くと、「あのときの私は変だった」と振りかえる。おかしいのではなくて、暴力が激しく、ひんぱんになると、恐怖で動けなくなってしまったり、判断力がそがれていることがある。客観的に被害者の危機の査定をすることも必要です。
5. 対等に、女性の立場に立って
 相談では、スタッフと利用者の対等性を大切にします。支援者として、指導したり、指示する立場に立ってしまう。公的機関などで起きやすい関係ですが、それでは夫がすべてを決めて、それに従う関係を再現することになりかねません。中立ではなく、徹底して女性の立場に立った相談で進めます。フェミニスト・カウンセリングやフェミニスト・ケスワークに近い形で相談を進めます。
 暴力によってそがれている力を取り戻すためには、エンパワーメントが必要。一時保護で難を逃れて、アパートを借りるだけではエンパワーしたことにはなりません。
 当事者は家を出たとき、自分で思い描いていた将来を取り外したはず。つまり、ゼロのところにやってきたわけで、その時、大切なのは「自分が選択したことは意味がある」と思えるかどうか。別居し離婚するかも知れない、子どもに父親がいなくなるかもしれない、生活が困窮するかもしれない、そういうリスクを負っても、「これでよかったんだ」と彼女が思えるかどうかです。
 「離婚してはいけない、結婚を成功させなければ、子どもには両親がそろっていなくてはいけない」というじゅばくから逃れられなければ、新しい生活は苦しいだけになります。いい仕事は見つからないかもしれないし、今までの生活から母子の生活になるとリスクを負います。それでも「よかった」と思えるようなエンパワーメント、それが力になります。シェルターの役割です。
 その人の持っている力に注目し、問題解決をサポートする。社会福祉でいうストレングス視点。「強さ」です。
 もっと早く決心すればこんなにへとへとにならずに、生活をやり直すことができた、と言ってしまうと、これまでやってきたことの意味がなく、全部失敗だったという見方になってしまう。
 そうではなく、家を出てきたときには、疲れ果てているけれど、この人はDVの中で子どもを育て、子どもは成人して新しい家庭を築いている。この人はDVを受けながら、家庭の中でがんばってきた力があると考えます。その力に注目して、そこから問題解決へのサポートをします。
 当事者の持っている強さ、そういう視点を持つことが大切だと思います。


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