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競艇沿革史

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


伊丹市
一 初開催当時の伊丹市の財政
 伊丹市は兵庫県の東端、阪神間の北郊に位置し、東を猪名川、西に武庫川の二大河川にはさまれ後に六甲山系の山なみをひかえた土地高燥空気清澄の理想的な住宅文化都市で、大阪、神戸の二大都市にわずか数十分という交通の便利さ、又西の表玄関大阪国際空港々有するとあって各種産業も数多くの工場を持っている。
 第二次大戦中は飛行場の存在によって相当被害を受けるものと考えられたが直接の戦災は近郊他市に比較して少なかった。しかし近郊市が戦災を受け暫時転入抑制都市に指定されたため本市への転入者は急激に増加し昭和二十一年に四万二千八百二十九人だった人口は翌二十二年には五万三千二百九十六人と膨張した。これに伴って市民生活に必要な教育、住宅、交通、水道等各施設は早急に拡張充実をせまられた。かてて加えて昭和二十三年頃から毎年河川の決壊等による水害の洗礼を受け昭和二十五年九月三日ジェーン台風の襲来をみるに至って被害はその極に達し、これが復旧に要する経費は莫大に昇り、各施設の充実拡張経費とあいまって、思うにまかせぬ税収、極めてわずかな国庫補助等、市財政の窮迫は日を追って悪化していった。
 そのために昭和二十四年にこの打開策として、競輪事業の年二回開催権を確保し、西宮競輪場において昭和二十五年三月に初開催を行なった。
 昭和二十五年八月シャープ勧告による税制の大改革が実施され当初の市予算における市税はこれにより相当の増加をみることとはなったが一方、平衡交付金、補助起債等において多額の減少を生じ、しかも職員の給与ベースの改訂による人権費の急増、教育施設、特に新制中学校の建築等に特に多額の経費を要したため、千八百万円の赤字を生じた。
 昭和二十六年、競輪に続いて競馬の開催市町村の指定を受け、芦屋市、西宮市、明石市、宝塚市の阪神間五市事務組合により園田競馬場及び姫路競馬場で年二回開催することになった。
 競輪、競馬ともに財政好転を目的として開催はしたもののその収益思うにまかせず昭和二十七年に至って三千百万円の不足金を生じ、自立財政はその前途をあやぶまれた。
 
二 競艇開催への歩み
 昭和二十六年十月一日付で兵庫県モーターボート競走会が運輸省の認可を受け設立され、又競走場として尼崎市大庄の湿地帯に昭和二十七年五月着工された通称センタープールにおいて尼崎市が同年九月十四日初開催を行なった。ここに兵庫県の競艇史が幕明けするわけだが、この間尼崎市競走会の方々の苦労も並大低ではなかったと思われるがその間の経過は両執筆者にゆずるとして、前記の如く増加する一方の赤字をかかえて前途多難な伊丹市としては、新しいギャンブルとして多少の不安もあったがとにかく参加するべくして尼崎市と参加の件で交渉をもった。
 当時尼崎市は競艇場の建設費その他モーター等の購入費として一億三千万円の負債があり、その返済に苦慮していたのでこの一部五百万円を競艇場の借上料の前納の方法で貸してもらえたら競艇場の使用を承諾する旨の返答を得たが(当時伊丹市の他に神戸市、芦屋市、加古川市、豊岡市が参加の申込みをしていた。)昭和二十七年九月十三日市長は市議会協議会に参加の件で協議したが海のものとも山のものともわからぬ競旋を行なう事に相当強固な反対があったが市長は将来必ず収益の増加を期待出来る確信があることを説明、反対派を熱心に説得し、参加する結論をえて同日付の公文書により「本日市議会協議会において協議の結果是非これに参加したい結論を得ましたからよろしく御配慮願いたい、尚前渡金の五百万円は出来得る限り早急に御渡ししたい」旨、尼崎市長へ通知をした。
 昭和二十八年二月十一日、尼崎市内「むさし」において始めての競艇開催に関する打合会が開かれた。出席者は神戸海運局長、神戸市長、伊丹市長、芦屋市長、加古川市長豊岡市助役、尼崎市助役、兵庫県競走会理事長。
 初めに向井兵庫県モーターボート競走会理事長からモーターボートの将来性、現在迄の苦心についてのべられたあと施行者の協力が要請された。つづいて薄井尼崎市助役から開催計画について説明があった。要旨次の通り。
 一 尼崎競艇場の建設に際しては一億三千万円の経費を要しこの債務の返済を早急に行ないたいので参加各市から四千万円を使用料の前納としてお貸し願いたい、その内訳は
(一)神戸市 二千万円
(二)伊丹市、芦屋市、加古川市、豊岡市の四市各五百万円
 二 使用料率は売得金の百分の四としたい。
 三 開催回数は月間三回(一回六日)とし、年間三十六回、その内訳は尼崎市十八回、神戸市六回、その他四市が組合として十二回とする。但しこの開催回数は前記の前納金が納付された場合のことで、現在特に希望の強いのは伊丹市だけなのでその他の市が納入されない場合は、尼崎市が二十四回、伊丹市が十二回とする。  以上
 伊丹市としては競艇施行指定市町村としての指定を受けるべく準備を進めていたが神戸その他三市が態度を決定出来ず、そのため尼崎としても前納金の見通しが立てられず開催計画も立たぬままなので自治庁宛の申請書に添付する競艇場の使用承諾書が得られないので再三にわたって尼崎市に対して承諾の要請を行ない、ようやく三月二十五日に「この承諾書は自治庁に開催許可を申請するためのみ承諾したものであって実際に使用する場合は別途協議する、又使用料前納金は三月末迄に必ず前納する事」との条件付で承諾書を送付して来た。尚この件は後日五月二十二日付で正式に使用許可を貰っている。
 昭和二十八年三月十二日伊丹市議会は二十八年度予算案内競艇事業特別会計の設定を可決、三月二十八日前記使用料前納の件を認定、三月三十日年度末ぎりぎりに尼崎市へ納付し積極的に準備を進めていった。自治庁への申請に関しても自治庁は四市組合としての申請を希望していたが、新年度当初より開催を目標としていた伊丹市はにえきらない他市を待ち切れずに単独に申請書を提出した。
 昭和二十八年四月二十四日自治庁告示第十六号によって「モーターボート競走法第二条第一項の規定によりモーターボート競走の出来る市を次のように指定する。芦屋市、加古川市、豊岡市及び伊丹市」と告示され、五月六日、兵庫県より通知を受け、ここに指定市町村としての資格が出来たのである。
 五月二十六日、モーターボート競走の実施を市議会で可決五月三十日、兵庫県都市競艇事務組合設立案を上程即日可決、組合議員を選出、三名の議員が決定した。
 こうして伊丹市が着々とその準備を行なっていたにもかかわらず、他の三市及び神戸市は、各市の内部事情及びモーターボート競走の収益の見通しに対する不安、又前納付金の準備等もあり、指定を受けながらも開催に踏切れず結局尼崎市二十四回、伊丹市十二回、の開催回数で他市の参加はなく、又兵庫県都市競艇組合は日の目をみずに霧散、伊丹市の単独開催となった。
 
三 初開催は黒字? 使用料の減免
 昭和二十八年六月十八日、尼崎市主催の初開催に約一年遅れて伊丹市営として初めて尼崎競艇場にエンジンの音をひびかせた。当時現場で執行に当った職員はすでに在職者なくその模様は詳しくはわからないが、おそらく暗中模索尼崎市、競走会等の指導によったものと思われる。
 第一回開催の売上げ高は次の表による
第一日(六月十八日)  六、〇〇四、四〇〇円
第二日(六月十九日)  七、八一九、九〇〇円
第三日(六月二十日)  六、八九七、九〇〇円
第四日(六月二十一日)一〇、三七一、八〇〇円
第五日(六月二十二日) 八、二八一、五〇〇円
第六日(六月二十三日) 七、七二二、三〇〇円
計         四七、〇九七、八〇〇円
 第一回開催は前記の売上げを記録し無事に終了したが、その収支を精算してみると収益金はわずかに五六、三六二円にすぎなかったし以後第二回からは毎回収支は欠損となり、昭和二十八年度(五回三十日開催)の収支決算は一、二八九、九三八円の赤字を生じてしまった。当局はこの点についてあらゆる点から検討を加えた結果、(1)将来性はあるが創始後日が浅く競輪、競馬に比し社会各層への浸透度が足らないため、これの対策を講ずる。(2)競艇各般の改良と競艇場設備の改善、サービスの向上につとめる。(3)宣伝広告に新規工夫と努力を払い大衆ファンの獲得をはかる。(4)施行者の運営費の合理化。(5)国庫納付金の減免。(6)競艇場使用料の減免の六点について、具体的に改善していくという結論に達し、なかでも第六点については施設所有者尼崎市との関係もあるので、赤字を生じはじめた七月頃から尼崎市に対して再三にわたって減免の陳情を行ったが、予算等の関係もありなかなか色よい回答が得られず、十月に至って伊丹市より売上にスライドする方式の料率表まで作成して陳情につとめた結果、ようやく年度末ぎりぎりに承諾をえて第一回迄遡及適用されたので、その結果決算においてどうにか一、七一四、六七五円の実質収入を得る事が出来た。
 
四 市庁舎全焼す
 昭和二十九年一月十二日、午前零時十分、市庁舎北東隅の当時土木課のあったあたりから出火、またたく間に敷地内の庁舎七棟、四百六十三坪を全焼してしまった。急を聞いてかけつけた職員等により搬出された書類も黒くこげて満足に原型をとどめるものもなく完全に焼失したものも多数にのぼった。庁舎は旧近衛文麿公の代官屋敷跡でその建物をそのまま使用していたもので、建物も古く火の廻りも早く外部に火が出た時はすでに手のつけようがなかったといわれる。当沿革史料にも記録のあいまいな点が多々出てくるが、この火災により失われた資料も相当多いので、ごようしゃ願いたい。
 
五 開催日数の制限
 昭和二十九年五月、政府は競輪等の開催自粛により日程を縮小する方針から自転車競技法等の一部改正案を国会に上程したが、その附則中にモーターボート競走法の一部を改正し日程を一競走場月間十二日とすることが盛り込まれていた。当時尼崎競艇場は月間十八日を尼崎、伊丹両市で開催していたが、改正により縮小されると伊丹市としては開催の余地を失い、開催権を持ちながら開催が出来ない立場になり、無理に開催をすれば共に財政の苦しい尼崎市に迷惑をかけることにもなり、尼崎市としても赤字財政をかかえ四苦八苦の折柄、ようやく軌道にのりかけた競艇が日数を減少されることによって減収を来たすようでは伊丹市に開催を遠慮してもらうより方法がない・・・との声が議会から又、地元から聞かれ、今日迄両市話合いで円満に開催して来たものが危機に立たされるので、伊丹市としては尼崎市共々時の運輸大臣石井光次郎氏に対し、尼崎競艇場の特殊性、特に当時としては全国唯一の一競走場二施行者という立場、両市共に赤字に苦しんでいる実情を強く訴えた。
 しかし何分にも他に例のない事なので大勢は我に味方せずそのまま押切られる形成が強くなった。そこで両市が向井競走会長、笹川連合会長を通じ、せめて一競走場二施行者に限り十二日プラス二日の日程を承認してくれる様、運輸当局に強く働きかけて貰った結果ようやく七月から十四日開催が認められるに至った。
 今日約半数以上の競走場が二施行者をかかえ十四日開催を実施しているが当時一ヵ所のみの競走場として日数増加に努力した関係者の方々の苦労は並大低ではなかったと推測される。
 
六 地財法の適用を受ける
 市勢の膨張、災害、それに輪をかけるように市庁舎の焼失等、財政の窮迫は日を追ってつのり昭和二十九年度決算期には収支に不足金を生じた市は財政の健全性を確保するため、昭和三十年十二月に制定された地方財政再建促進特別措置法の適用を受けた。財政再建を目指して再出発し収入支出の均衡が実質的に回復するよう努力が始ったわけである。
 
七 坂上前市長死去、競艇存続運動
 財政的には一応立直りのきざしをみせて競艇事業も順調な売上の増加を記録し翌三十七年度には年間売上十億円の大台も確実視されていた折柄、昭和三十四年六月の騒擾事件に端を発したギャンブル廃止の声は全国的に波及し、遂には尼崎市地元の各団体もホコ先をそろえて市当局に競艇廃止をせまった。尼崎市議会もついにこれらの陳情を無視出来なくなり昭和三十五年の一月には競艇廃止条例を可決した。ここに尼崎競艇は昭和三十七年三月を以てあやふく姿を消さんとした、しかし関係者こぞっての存続運動を展開、伊丹市としても地財法の適用のもと収支の均衡に向って必死の努力を続けている時であり順調に収益を上げるに至った競艇事業をここで失う事は大きな打撃であり、又市財政の競艇収入への依存度がいかに大きいかを尼崎市当局に対してうったえ、競艇が存続されるよう繰返し陳情を行なった。
 このような状勢のなか、激務と心労に健康を害しておられた坂上喜穂前市長は昭和三十六年十月十五日、数ヵ月にわたる闘病生活の甲斐なく、大阪日赤病院で六十二才の生涯をとじられた。初開催当時、市民、市議会からも強硬に反対され、開催権を得た他市がその前途に不安をもち次々とザセツして行った競艇を断固として開催にふみ切った市長としてはようやく前途に光明を見出した今このまま失う事は身を切られる思いだったであろうと推測される。しかも、関係者の猛運動によって昭和三十八年十二月に存続が尼崎市議会で決定したことも、又今日、毎日のように億以上の売上を記録していることもしるよしもないままに発展途上で伊丹市営競艇の最大の功労者ともいうべき坂上前市長を失った事は我々としても誠に残念なことである。


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