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(バルト3国〔ラトビア、リトアニア、エストニア〕)
 EU加盟は、ロシア、東欧から北欧、西欧へというバルト3国の造船業の方向性の変化を決定付けた。1997年に開始されたエストニアのEU加盟交渉をきっかけとして、このような変化が徐々に進展し、加盟実現までに、バルト海諸国は、既に北欧、西欧企業との協力関係を築き上げていた。
 
 バルト3国は、EU加盟により、第三国に対してはEUの保護貿易政策を適用することになるため、保護主義の適用範囲によっては今後の非EU貿易への影響があると予想される。EU内貿易に関しては、加盟以前に自由貿易協定が発効しているため、加盟による影響は少ないと考えられる。
 
 これまでバルト3国の関税率は、EU平均よりも低く設定されていた。リトアニアは、EU、ベラルーシ、カザフスタン等13カ国と個別の自由貿易協定を結び、自由貿易の適用範囲を制限している。ラトビアは、1994年12月に発効した関税法により、ラトビアの原材料、スペアパーツ、資本財への輸入関税は0.5〜1%に抑え、ラトビアの最恵国からの消費財の輸入関税は15〜20%と低めに設定している。一方、かつて最も開かれた市場であったエストニアは、EU加盟による非EU貿易への影響がさらに大きくなる。例えば、エストニアの非EU諸国に課す関税は、2000年までは皆無であったが、EU加盟準備のため、2001年には10,794種類もの異なる関税率が適用されている。
 
 しかし、バルト3国の海事産業関連の貿易相手国については、大部分がEU諸国とEFTA諸国であるため、非EU諸国への貿易障壁の影響は比較的少ないと思われる。デンマークのOdense Steel造船所が所有するエストニアLoksa造船所とリトアニアBaltija造船所を始め、外国企業によるバルト諸国造船所買収が進んでおり、顧客ベースも従来のロシア、東欧から、北欧、西欧、その他諸国へと広がっている。Odense Steel造船所所有の上記2造船所のビジネスは既に95%が西欧、北欧向けであるとされている。
 
 また、小規模造船所の多いラトビアでも、Riga造船所等は、東欧諸国向けの修繕業から、北欧造船所向けの船体建造に移行し始めている。
 
 ちなみに、エストニアのBLRT GruppとフィンランドWärtsiläによるジョイント・ベンチャーのOÜ Ciserv BLRT Balticaは、エストニア最大規模の総合舶用機器メーカーとなることが予想され、BLRT Gruppはエストニアを代表するサクセス・ストーリーといわれている。
 
 バルト3国のEU加盟によって問題となる影響としてEU法への統合に伴う法的影響が考えられる。一般的に、EU法への統合に伴う法的影響は、PECA(Protocols to the Europe Agreements on Conformity Assessment)により軽減されてきた。PECAとはEU加盟候補国の、既存EU法に基づくEUと候補国の相互承認に関する協定で、市場に合法的に出回っている工業製品の相互承認を含む。PECAにより、加盟候補国はEU市場へのアクセスを得ることができ、加盟以前にEU市場への統合やEU諸国と緊密な貿易関係を築くことを可能にしている。
 
 しかし、例えば、バルト3国の造船所の多くは、これまでの工業化によってサイトが汚染されている場合が多く、EUの環境法を完全に遵守することは不可能ではないかとの考え方がある。程度の差はあるが、バルト3国の造船所の環境管理は、EUの大造船所に比べて遅れている。また、健康・安全基準もEU造船所に比べて低く、従業員、管理者のための防御設備が整っていないことが多い。一方では、北欧企業に買収されたBaltijaとWestern造船所では、買収後に健康・安全基準が大幅に改善されたという事例もある。
 
 ポーランドの場合と同じく、バルト3国の造船所の強みは人件費の安さであった。EU加盟に伴うEU労働法の採用により、必然的に労働コストは高くなる。また、新規加盟国の経済成長率は約2%の増加が見込まれており、労働コストはさらに増加すると予想され、造船所経営への影響が懸念される。
 
 EU加盟により、バルト3国への外国からの直接投資は大幅に増加し、2004年の投資額は、2002年、2003年の合計を上回っている。2005〜2006年にも引き続き増加が予測されている。内訳をみると以下のとおり、エストニアが減少はしているものの金額としては多くの投資が行われると見込まれ、EU加盟に伴う問題解決にいかに振り向けるかが課題となる。
 
 2004年のラトビアヘの直接投資額は、前年の2.7億ユーロから大幅増の5.4億ユーロで、2005年も同水準の5.4億ユーロ、2006年は5.7億ユーロと予測されている。同年のリトアニアへの直接投資額も、2003年の4.2億ユーロから大きな伸びを示し、6.7億ユーロであった。2005年には8.7億ユーロ、2006年には10.7億ユーロと順調な増加が予測されている。一方、2004年のエストニアへの直接投資額は、前年の8億ユーロより低い7.3億ユーロにとどまった。2005年も6.4億ユーロと減少し、2006年にも同水準が予測されている。
 
(中欧3国〔チェコ、スロバキア、スロベニア〕)
 バルト3国の場合と同じく、EU加盟は、ロシア、東欧から西欧、特にドイツ市場へというチェコ、スロバキア、スロベニアの造船・舶用産業の方向性の変化を決定付けた。1997年のEU加盟交渉開始から加盟実現までの7年間で、このような変化が徐々に進展し、西欧企業との協力関係を築き上げてきた。
 
 これら中欧3国は、EU加盟により、第三国に対してはEUの保護貿易政策を適用するため、保護措置の適用範囲によっては今後の非EU貿易への影響があると予想される。EU内貿易に関しては、加盟以前に自由貿易協定が発効していたため、加盟による影響は少ないと考えられる。
 
 前述のバルト3国の関税率は、EU平均よりも低く設定されていた。しかし、中欧3国はバルト3国ほどには自由貿易を振興していなかったため、EU加盟による影響はバルト3国よりも少ないと予想される。例えば、加盟前のチェコの関税率は5%で、EU平均の4%よりも高かった。
 
 中欧3国の海事産業関連の貿易相手国は、大部分がEU諸国とEFTA諸国であるため、非EU諸国への貿易障壁の影響は少ないと考えられる。チェコ及びスロバキアの海事産業の主な相手国は、ドイツとオランダである。小規模なスロベニアの海事産業の相手国は、中東諸国が多い。
 
 中欧3国は、EU加盟以前にEU法採択を促進してきたが、これもバルト3国同様、法的な影響を生ずる可能性がある。例えば、バルト3国や世界の造船所と同様に、これら3国の造船所の多くは、これまでの工業化によってサイトが汚染されている場合が多く、EUの環境法を完全に遵守することは不可能である。程度の差はあるが、これら3国の造船所の環境管理は、EUの大造船所に比べて遅れており、サイトの浄化作業により、生産コストは1%上昇すると予測されている。また、健康・安全基準もEU造船所に比べて低く、従業員、管理者のための防御設備が不十分であることが多い。
 
 他のEU新規加盟国と同様に、これら中欧3国の海事産業の強みは安価な労働力であった。EU加盟に伴うEU労働法の採用により、労働コストは高くなる。また、新規加盟国の経済成長率は約2%の上昇が見込まれており、労働コストはさらに増加すると考えられる。
 
 EU加盟以後、これら3国への直接投資は増加している。チェコの2005年第1四半期の財政黒字は904億コルナ、対GDP比6.3%で、前年同期よりも402億コルナ、対GDP比2.6%増加した。同時期に国外からの直接投資は、主に外国企業による国営企業(Czech Telecom、Unipetrol等)の買収により、1,123億コルナ増加しており、財政黒字幅の拡大に寄与している。しかし、証券投資に関しては、チェコ投資家による外国証券投資が拡大しており、対外投資が対内投資を205億コルナ上回ったことが、前年との違いである。投資全体を見ると、前年よりも173億コルナ減少し、566億コルナの赤字となっている。大きな対内直接投資としては、前述の中国滬東中華造船所によるCSPL Kresice造船所への15億コルナの投資がある。
 
 スロバキアでは、経済改革の継続とEU加盟により、大手多国籍企業による投資が増加している。特に輸出志向の製造業への直接投資が拡大しており、外国からの新技術や管理手法の採用により生産性が向上した企業の競争力は増している。一方、これらの企業と競合できない国内企業は淘汰されつつある。スロバキア海事産業への外国企業による投資例としては、EU加盟以前に行われたオーストリアのEuropean American Investment Bank AG(Euram)によるKomarno Ship Yardの買収が挙げられる。
 
 東欧からのEU新規加盟国の中で、最も経済が発展していたスロベニアには、EU加盟後にチェコやスロバキアほどの直接投資は流入していない。2004年の外国からの直接投資額は7.75億ドルで、前年の7,630万ドルから大幅に増加したが、2005年に入ってからの投資は伸び悩んでいる。スロベニアの海事産業の規模は非常に小さく、今後も大きな投資は期待できない。
 
 他の旧社会主義国の場合と同様、チェコ及びスロバキア造船業は、西欧の造船所に比べて自己調達率の高い産業構造を持っていた。
 
 現在、スロバキアでは、鋼材の一部以外は国際市場から素材や機器を調達することが多いが、SLK造船所は破綻以前、その敷地内に甲板機器、配電盤、制御パネル、艤装品まで数多くの舶用子会社を有していた。同造船所は、船主からの特別な指定がない限り、これら子会社の製品を使用していた。これら関連企業は独立した子会社で、親会社以外に他の顧客とのビジネスも行っていた。
 
 破綻後のSLK造船所の所有権は、グループ企業であるSlovenske Lodenice Komarno as Bratislava(SLKB)に移譲されたが、舶用関連企業の所有権は当初、破綻したSLKに残された。現在の所有関係は明確ではないが、これら企業の今後の成功は、新生Komarno造船所の成功にかかっているといえる。
 
 スロバキアは、内陸国でありながら、東欧諸国の中でも最も発達した造船業を持っており、SLK造船所は、年間12隻の建造能力のある東欧唯一の造船所であった。現在、Komarno造船所の受注残は20隻、65,300DWTで、現時点での最終船は2007年末に竣工予定である。
 
 しかし、前述の中国滬東中華造船所によるチェコCSPL Kresice造船所への15億コルナの投資により、中欧地域でのスロバキア造船業の優位性は失われるおそれがある。滬東中華造船所とチェコ船社Ceske Lodniceのジョイント・ベンチャーであるKresice造船所は、当初500人体制でスタートし、年間建造隻数の予測は5〜50隻とばらつきがあるものの、今回の投資は、アジア企業によるEU内の造船所への初の大規模投資であることの意味が大きい。同造船所は河川航行用貨物船の建造から開始するが、いずれは海洋貨物船の建造に進出する可能性もあり、スロバキアSLKBにとっては脅威となる。


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