日本財団 図書館


5. 今後の動向
5.1 世界の造船業の動向
 世界の造船業は、近年の海運の需要増加と並行して、強い伸びを示して生きた。中国経済の成長に支えられ、海運需要は短・中期的には高い水準を維持するとして、コンテナ貨物輸出や原油、鉄鋼輸入の増加により収益率を高めた船社は、強気の新造船受注を行っている。
 
 しかし、現在の経済高成長が長期的に持続するとは考えられず、2007〜2008年には以前の需要レベルに落ち着くとの予測がなされている。このような状況を見越し、造船所の多くは建造能力の拡大を行っていないため、現在の受注状況は飽和状態にある。
 
 鉄鋼価格の急騰、米ドルの下落及び船価の低迷は、造船業の収益性に影響を与えている。英国コンサルタント会社Douglas-Westwood Limitedの予測では、新造船建造実績は2000年の350億ドルで底打ちした後、2004〜2006年期に450億ドルでピークに達し、2008年には390億ドルに後退し、その後長期的には緩やかな成長が見込まれるとしている。
 
 これまで世界の造船業は、年間約1,800隻の新造船を建造してきた。今後も船体は大型化し、またコンテナ船とタンカーへの需要が引き続き増加すると予想されている。2004年の世界の造船業の売上は380億ドル弱で、そのうち、欧州造船業の売上は130億ドルである。
 
 欧州造船業は、クルーズ船やフェリー等の高度技術を要する船舶建造のグローバル・リーダーで、潜水艦その他の艦艇建造にも強い。また、欧州の舶用企業は、ディーゼル・エンジンからエレクトロニクスまで、幅広い分野で世界をリードしている。
 
 2003年の欧州造船市場の特徴は以下のように要約される。94
●世界の造船能力の20%を供給。
●直接雇用129,000人に加え、サプライ・チェーンに50,000人を雇用。
●欧州造船業の年間売上は平均144億ユーロ。
●クルーズ船、ROPAX船等複雑な船舶建造及び船舶修繕に世界的に強い。
●欧州内の関連企業は約9,000社。
●売上の10%を研究開発に投入。
●船舶修繕・改造業の売上は22億ユーロ。(ドイツ5億5,300万ユーロ。英国4億2,000万ユーロ)
 
 欧州造船業は、単純な船舶建造では安価な東南アジア諸国に太刀打ちできないが、クルーズ船、小型タンカー、オフショア船等の付加価値が高く、市場の小さい船種建造での優位を維持している。2000〜2002年には、欧州の造船シェアは19%から7%に大きく減少した。一方、同時期に中国のシェアは7%から13%に急上昇した。2002年、EUは一時的防衛措置として、造船所への支援を決定した。
 
94 Association of Western European Shipbuilders and Shiprepairers(AWES)
 
5.2 さらなるEU拡大の動向
 2004年に新規加盟国10カ国を迎え、25カ国体制となったEUは、さらなる拡大に向けての準備を進めている。ブルガリアとルーマニアは既に加盟交渉を完了しており、2007年にEU正式加盟が予定されている。
 
 次のEU拡大は、バルカン諸国が焦点となる95。EU拡大により、バルカン半島諸国、即ちアルバニア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、クロアチア、マケドニア(旧ユーゴスラビア)、コソボを含むセルビア、モンテネグロに、地域平和と安定をもたらすことが目的である。
 
 EUは、上記諸国が将来的にEUに加盟することを想定し、まず「安定と加盟プロセス(Stabilisation and Associataion Process)」と地域復興援助により、EUへの統合準備を開始している。
 
 「安定と加盟プロセス」は、(1)EUとバルカン半島の自由貿易圏構築をめざし、バルカン半島西部諸国に対し特恵待遇を与える、(2)経済、金融、財政援助、(3)難民への援助、(4)EU法の採択を支援、(5)司法、内政面での協力、(6)政治ダイアローグが骨子となっている。同時に、バルカン諸国に対し、人権の尊重、民主化促進、法秩序の遵守を求めている。
 
 欧州復興局(European Reconstruction Agency)は、コソボを含むセルビア・モンテネグロとマケドニアのEU援助プログラム実施を担当している。バルカン諸国に対するEUの主な援助プログラムはCARDS(Community Assistance for Reconstruction, Development and Stabilisation)プログラムである。CARDS・プログラムは、当初、人道的支援と緊急支援を目的としていたが、その後、インフラ再建、平和の仲介、難民の帰還等を援助することとなった。現在、同プログラムは、政府及び司法機関の整備、国内法へのEU法採択等を中心に支援を行っている。優先課題は国ごとに決定されるが、主な共通課題は、民主化促進、人権の尊重、市場経済の促進である。2000〜2006年のCARDSプログラムの予算総額は、46.5億ユーロである。
 
 EUはバルカン諸国と自由貿易協定を締結しており、既に同地域からEUへの輸出の80%以上が関税を免除されている。
 
 現在のEU加盟候補国の加盟交渉の状況は以下の通りである。
 
 
(クロアチア)
 2005年3月に開始が予定されていた加盟交渉は、同国がハーグ国際司法裁判所での旧ユーゴスラビアの戦犯裁判に十分協力しないため、延期されている。
 
(トルコ)
 2005年7月1日から6ヶ月間、EU議長国を務める英国政府は、10月に開始されるトルコとの加盟交渉を優先課題のひとつに掲げている。正式加盟交渉開始は、トルコがキプロスを含むEU新規加盟国10カ国に対して関税協定を拡大することが条件となっている。
 
(マケドニア)
 マケドニアは2004年3月にEU加盟申請を提出。EU欧州委員会は、現在申請を審議中である。
 
 2005年6月にブリュッセルで開催されたEUサミットでは、バルカン諸国が将来的にEUメンバーとなる可能性を再確認し、その条件として、地域協力、改革促進、自由選挙実施、国際戦争裁判への協力を挙げている。96
 
 EUブリュッセル・サミットでは、EU拡大は議題ではなかったが、EUの憲法となる改正EU条約がオランダとフランスで否決されたことから、EU拡大に関してもEU内の意見の相違が懸念されている。しかし、ルーマニアとブルガリアに関しては、正式日程は決定されていないものの、2007年中のEU加盟予定が再確認された。
 
 シラク仏大統領は、EU憲法の趣旨は、拡大されたEUがよりよく機能することにあると述べ、早急なEU拡大に釘を刺した。シラク大統領は、EU拡大とEUの今後の方向性を議論するための特別EUサミット開催を提案したが、現在のところ、他のEUリーダーからの支持は僅かしか得られていない。
 
 
5.3 EU拡大に伴う中東欧諸国の海事産業の動向
(クロアチア)
 クロアチアは次期EU拡大の候補国であるが、正式加盟以前に同国の国営造船所への依存を軽減する必要がある。現在のクロアチアの状況は、EU加盟以前のポーランドに似ており、クロアチアの国営造船所の民営化には、10年を要すると予想されている。1980年代のピーク時には30,000人を雇用していたクロアチア造船業は、その後収益性改善のための人員解雇や、従業員が自らより高い賃金を求めて西ヨーロッパ諸国に移住したため、大幅に減少し、現在の雇用者数は約9,000人である。しかし、クロアチア造船業の賃金レベルは、ルーマニアやウクライナ等の東欧諸国と比較して格段に高い。
 
(ハンガリー)
 内陸国のハンガリーは、ドナウ川の内陸水路交通を中心とした小規模な海事産業を有するのみである。主要海運国へのアクセスと海事インフラの欠如により、EU加盟がハンガリーの海事産業とその競争力に及ぼす影響は少ないと考えられる。
 
 ハンガリーにとって、EU加盟の影響は、主にEU法制フレームワークヘのコンプライアンスである。内陸水路運営に関してもEU法が適用されるが、ハンガリーはEU加盟前の2002年には完全にEU法を採用しているため問題はない。
 
(ポーランド)
 2004年のポーランドへの対内直接投資額は、78.6億ドル、前年比23%増を記録し、企業民営化のピークであった2000年以来の高い水準となっている97
 
 この直接投資の拡大は、EU加盟の直接影響というよりも、世界経済の好況とポーランドの経済改革の進展によるもとのとされている。ポーランド政府は、EU加盟による経済安定化とこれまでのEU投資によって同国の構造及び経済インフラが整備されたことが、このトレンドの継続を可能にすると予測している。
 
 この国外からの直接投資の41%はポーランドの製造業に対するものであるため、造船・舶用セクターにも影響を与えていることは疑いの余地はないが、最近の同国造船業の受注の好況が、EU加盟の直接影響とは言い切れない。
 
 ポーランドの造船所の多くは、3年前からのコスト効率の悪い受注残を抱えており、安価で受注した新造船の建造に、最近の鉄鋼価格の急謄が大きく響いている。このような状況のため、EU加盟の効果が現われるには数年かかると予想される。
 
 経営コンサルタント企業A.T. Kearneyが実施した2004年10月時点での主要国際企業を対象とした調査では、ポーランドを含むEU新規加盟国への投資意欲は前年に比べて低下している。多くの企業は、EUの法体系適用による社会・経済コストの増加が、これらの国々の競争力を低下させることを懸念している。EU加盟による社会・経済の安定化は実現するが、これまでの魅力であった優遇税制や安価な労働力という利点がなくなることが、今後の対内直接投資に影響を与える可能性がある。
 
 EU法体制への準拠が、ポーランド造船業の問題となっていることは、最近EUがポーランドの造船所補助に関するコンプライアンスを調査し始めたことからも明らかであるが、他方、EU法へのコンプライアンスが、他の欧州造船国との協力関係を深めるという利点もある。例えば、安全性と環境基準に厳しいノルウェーとの協力関係強化により、ポーランド造船所の基準も高まっている。ポーランドは、EU加盟国としての地位を利用し、欧州及び他の海運諸国に、シングルハル・タンカーのフェーズ・アウトを促し、原油輸送が増加しているバルト海域の安全性を高めることを提案している。
 
97 Poland's Foreign Investment Agency (PALILZ)


前ページ 目次へ 次ページ





日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION