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第9回海洋文学大賞受賞作品集

 事業名 海洋文学大賞の実施
 団体名 日本海事広報協会 注目度注目度5


第九回海洋文学大賞特別賞
受賞者
作家 内藤初穂
 
受賞理由
 「狂気の海」後に改題の「太平洋の女王浅間丸」や「軍艦総長・平賀譲」など優れたノンフィクション作品を通じ、海や船についての歴史的史実を一般国民に知らしめた功績。
 
プロフィール
内藤初穂(ないとう・はつほ)
 大正十年(一九二一年)一月、東京生まれ。一九四二年九月、東京帝国大学工学部船舶工学科卒、海軍技術科士官として海軍航空技術廠科学部勤務、敗戦時海軍技術大尉。戦後、岩波書店編集部、PR会社自営を経て一九七五年より著述業。主な著書に、『狂気の海』(中央公論社、後に『太平洋の女王浅間丸』と改題して中公文庫)、『桜花―非情の特攻兵器」(文藝春秋、後に『極限の特攻機―桜花』と改題して中公文庫)、『軍艦総長・平賀譲』(文藝春秋、後に中公文庫)、「トーマス・B・グラバー始末』(アテネ書房)。主な編著書に『星の王子パリ日記』(グラフ社)、『平賀譲遺稿集』(出版協同社)、『戦艦武蔵建造記録』(アテネ書房)など。神奈川県鎌倉市在住。
 
特別賞推薦のことば
選考委員 作家 半藤一利
 
 まことに不躾なことながら、“他人の褌で何とやら”を地でゆくことで、推薦のことばにかえることにする。いずれもこの海洋文学大賞特別賞を受けられた方々の文章である。
 第三回受賞の阿川弘之氏。(『軍艦総長平賀譲』の中公文庫解説より)。
 「・・・もともとエンジニアのはずの作者が、どうしてこれだけの文学的大作をものにすることが出来たか、不審を抱く人が、或はあるかも知れないので、一つ書き添へておくと、内藤初穂さんは、サンテグジュペリ『星の王子さま』の翻訳で名高いフランス文学者、故内藤濯氏の長男にあたる。血すぢ並びに育った環境からして、エンジニアの、中年以後の志向が文筆の方へ向くのは、実は自然の成り行きだったのであらう」
 第四回受賞の吉村昭氏。(『太平洋の女王浅間丸』の中公文庫解説より)
 「・・・いわゆる船舶に対する専門家なのだが、専門家がそれぞれの分野の知識に関してつづった文章は、とかく生色を失っているきらいがある。つまり文章言語としては死んでいて、それは専門用語に対する過信からそれを検討することなく一般にも通用する言語と思い込んでいるからである。
 この点について私が内藤氏の文章に感心したのは、氏が巧みに専門用語の正確さを失うことなくかみくだいた上で、一層的確な表現を産み出していることにある。独自の表現で音楽的な快さすらおぼえ、氏の文章に身をゆだねながら読み進んだ」
 ちなみに、吉村さんの傑作『戦艦武蔵』はそもそもが内藤氏の強い勧めと、氏が保管していた膨大な「武蔵建造日誌」が基礎になって書かれたものであった。
 あと内藤さんをよく知るわたくしが、内藤さんについて書かなければならないのは、その最初の著書『桜花』について、つまり、この特攻部隊に集まった男たちと、その死ぬための兵器を造った技術者の物語についてであろう。体当たりを小さな文字で「希望」する搭乗員、「こんなもの造れるか」と言いながら必死に建造に努力する技術者、これを元海軍技術科士官の内藤さんは、民族の「組織的狂気」と辛そうに言い切った。そしてわたくしに、「ここには架空なものは一切書いていません」と小声で付け加えた。ともあれ、いままで賞と名のつくものに無縁であった内藤さん、おめでとうと心から申し上げる。
 
海洋文学賞部門選評
十川信介選考委員長
 大賞の「なんてーの紳士たち」は、気象庁担当の記者の南方定点観測船(現在廃止)同乗記。貧困な設備と低予算で、荒天下、観測にはげむ下積みの生活が、時にユーモアを交えて達意の文で描かれている。記者としては充実感を欠いていた筆者が「定点ゴロ」の人々の誇りややさしさに惹かれ、自分を変えていく過程も好ましい。
 「人魚のいた夏」は半島の少年と出稼ぎの韓国の海女(チャムス)との交情。海中に輝く少女の裸身は美しいが、時間の流れにそった単調な展開に、しまりが足りない。力点の置き方に工夫が欲しい。「閉じる島」は、宮古島の通信員が報道した「幻の大陸・ヤビジ」に関する騒動。素材は悪くないがその後の展開がやや平凡である。
 
北方謙三委員
 大賞受賞作は、海の厳しさを、客観的な眼で捉えていた。洋上の定点観測がどれほどの激務か、取材で乗船した記者の眼から描いてあり、またそこに人の哀歓なども滲み出している。海の仕事というものを、またひとつ教えて貰った。
 佳作の『人魚のいた夏』は、甘い哀しみの漂う恋愛小説であった。描写すべきところをもっと深く描写すれば、さらに印象は強まったと思う。起承転結の骨格がしっかりしているところは、評価できた。
 もう一編の佳作『閉じる島』は、自然保護、資源保護の志が感じられた。自然の怒りに対する畏怖もあり、海を守るという点では意味のある作品に仕上がっていた。
 
半藤一利委員
 前にも書いたが、松本清張さん直伝の極意「簡潔な文章、はっきりとしたテーマ、かっちりとまとまった構成、そして読後のいい余韻」に新人賞選考の基準をおいている。こんどの『なんてーの紳士たち』は、それらをほぼ満たしてくれたノンフィクションのいい作品である。それに海洋でしか味わえない貴重な体験が丁寧に、過不足なく書かれていて文句なしに推した。小説では『人魚のいた夏』が他を抜いていた。ただし小説として最大の「山」とすべきところがアッサリ描かれていて、読者の感動をはぐらかせる。何を書こうと作品には「山」がなくてはならない。これは、その昔、夏目漱石や高浜虚子たちが集まってやっていた文学批評会「山会」の命名の由来であり、その大切さをあらためて思い出した。
 
鈴木光司委員
 候補作全部を通して、物語の流れが平板過ぎ、起伏が乏しいのがなんとも惜しい。
 『なんてーの紳士たち』の作者はさすがに元通信社記者だけあり、文体が安定していて読みやすく、情報の質、量ともに価値がある。ただ、乗船前と後で、精神の持ちようが大きく変わったと書かれているにもかかわらず、変容していく描写がないのが残念だ。ノンフィクションではなく、小説という表現形式にすれば、肝心の部分が書き込めたはずである。
 『人魚のいた夏』は、描写のところどころに詩的なムードがあって、子ども時代を思い起こさせる。ところが、この作品もまた起伏に欠ける。少女から「一緒に泳ご」と誘われ、夜の海に入っていくクライマックスで、「眩暈を覚えた」というあやふやな表現で終わるのは実にもったいない。
 『閉じる島』は、自然の逆襲という興味ある題材を取り上げたにもかかわらず、生かしきってない。五十枚という枚数なら、シーンを三つぐらいに絞り、時間の進行を濃密にして粘り強く描出すべきであった。
 時間経過にメリハリをつけ、濃密に描写するシーン以外はあっさりと流す。全作品とも、この点を直すだけで、より小説らしくなる。
 
海の子ども文学賞部門選評
十川信介選考委員長
 大賞の「ウミガメのくる浜辺」は、海の民宿で知りあった二人の少女、くるみ(わたし)と夏希の心のひだひだが巧みに描かれている。二人はともに実母を失っているが、難病に取りつかれてなかば捨てばちになりつつ、海に帰ろうと懸命に砂浜を歩く子ガメに自分を重ね、生きていこうとする夏希と、ぶっきらぼうな彼女の底にひそむ悲しさや優しさを理解する「わたし」との交流が美しい。
 「げん爺の白い帆船」は、伝統的なクルマエビ漁(稚エビ飼育法)が変更を余儀なくされる中で、「けた打たせ漁」を守り抜こうと思う老人と孫たちの物語。漁の現場をもう少し具体的に書いて欲しかった。「ちいさなうみ」は低学年向け。「子供の海」という発想が斬新である。
 
木暮正夫委員
 今回に限ったことではないのだが、「海の子ども文学賞」の名にふさわしい“海”の捉え方や生かし方に弱さを感じた。
 大賞の『ウミガメのくる浜辺』は確かな筆力で情感が織り上げられており、読後感もよく、題材、構成、文章力の総合点で筆頭の作。佳作二篇のうち『ちいさなうみ』はハンカチの海を海にかえすという奇想天外なアイディアと、たくまざるユーモアで読ませ、みごとな幼年童話に仕上げている。『げん爺の白い帆船』は八代の海で昔ながらの“けた打たせ漁”を守るげん爺の一徹ぶりがよく描かれており、好感が持てた。
 なお、選外作については、ストーリー設定の類型化からの脱却や、発想を消化吸収した上での文章表現と構成の工夫を望みたい。
 
上 笙一郎委員
 「ウミガメのくる浜辺」(とうや・あや)は、避暑地の浜辺を舞台に、三人の子どもの姿を描き分けていて美事だと思った。特に、わずかな字数で三人の子の境遇=生活事情をとらえ切っていて、大賞に推した。
 「ちいさなうみ」(中崎千枝)は、まず発想が面白く、そして低学年向き童話としての創作技術も巧みである。さらに精進あられたし。「げん爺の白い帆船」(季巳明代)は、過不足なく書けてはいるが、しかし、〈白い手の職業〉へのあこがれが強い現代、〈漁師〉を継ぐと言う少年主人公には、実在感が乏しいと思わざるを得なかった。
 選には洩れたが印象に残った作品として、生命誕生のドラマを抒情的な物語に展開しようとした「宇宙のゆりかご」(中川千佳子)、一枚の油絵の制作過程をミステリアスにスケッチした「マリン・ブルー」(林元子)があった。そしていまひとつ、海の家出と帰球という奇妙な話を展開してみせた「海を買いませんか」(比嘉稔)も。
 
木村龍治委員
 私は児童文学の専門家でないので、自分の感性だけで作品を評価せざるを得ない。今回は私の好みと受賞作品にずれが生じた。最終選考に残った十二作品の中で、もっとも感動したのは、「いつか海のかなたに」である。この作品は、海に対する作者のイメージをよく伝えている。他の作品が、海または海浜を舞台にした人間ドラマであるのに対して、海の特性を主題にした点がユニークであり、まさに「海洋文学」であると思った。次に印象に残ったのは、「マリン・ブルー」である。主人公の子供のころの想い出が、未知の画家によって次第に描かれていく不思議と、最後の謎解きが面白かった。欲をいえば、不思議さをもっと強調してほしかった。


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