4.2 溶接残留応力の影響について
溶接残留応力は疲労き裂伝播挙動に多大な影響を及ぼすため、その影響を考慮した解析が必要である。本き裂伝播シミュレーションプログラムでは応力重ね合わせ法により残留応力の影響を応力拡大係数に反映させることができる。本研究では船体縦通材の疲労き裂伝播挙動に対する溶接残留応力の影響を検討するために、次節で述べる実験に使用した試験体(Fig. 23)の残留応力分布を計測し、それを取り入れた疲労き裂伝播シミュレーションを行った。
Figs. 20,21に計測した試験体縦通材の残留応力分布を示す。溶接ビードの近傍ではかなり高い引張残留応力が存在し、フェイスの端部及びウェブの中央部ではそれと平衡するための圧縮残留応力が存在している。解析モデルは構造詳細形状(b)で境界条件は水圧荷重(50kPa)とし、残留応力は左右の平均値を与えた。Fig. 22にシミュレーション結果を示す。残留応力を考慮した場合、フェイス破断までは高い引張残留応力の影響によりき裂伝播速度は加速されているが、き裂がウェブに進展後はウェブ中の圧縮残留応力の影響によりき裂は遅延、停留している。
Fig. 20 |
Residual stress distribution in the face-plate of the longitudinal stiffener. |
Fig. 21 |
Residual stress distribution in the web-plate of the longitudinal stiffener. |
Fig. 22 |
Simulated crack propagation lives considering the effect of residual stress. |
5. 構造試験体による疲労試験
前節の疲労き裂伝播シミュレーションの結果より、船体縦通材の疲労き裂は水圧荷重下で特に興味深い伝播挙動を示し、構造詳細形状がスチフナ型の場合はき裂はスキン材に達するが、ブラケット型の場合はスキン材を逸れて進展する可能性が高いことがわかった。そこでこれらのシミュレーション結果の検証のために、船体縦通材を模擬した構造試験体を作成し、疲労試験を行った。
5.1 実験の概要
試験体の概要をFig. 23に示す(供試材の機械的性質及び化学成分はTable. 2参照)。縦通材の寸法は実寸大とし、ウェブスチフナの構造詳細形状がスチフナ型とブラケット型(それぞれFig. 13(a),(c)と同寸法)の2種の試験体を作成した。またき裂進展に伴う荷重再配分の影響を再現するため、隣接する部材を含めたモデルとなっている。本実験では実船構造に水圧荷重が作用する状態を想定しているので、着目部(Fig. 23の砂目部)の溶接止端部の曲げモーメントとせん断力の比が水圧荷重を受ける実船構造と同値となるようにスパンを調整している。この試験体は実験前に疲労き裂伝播シミュレーションを行い、実船構造とほぼ同様のき裂伝播挙動を示すことが確認されている。試験は100トン電気油圧サーボ型疲労試験機を用い、着目部のホットスポット応力範囲120MPa、応力比0.05の荷重制御で、繰り返し周波数3〜4Hz、室温大気中にて実施した。
Fig. 23 Schematic of fatigue tests.
Table.2 Material properties of the specimen.
Tensile test |
thickness (mm) |
Y.P. |
T.S. |
EL. |
N/mm2 |
% |
19 |
345 |
536 |
25 |
12 |
361 |
529 |
26 |
|
Chemical composition (%) |
thickness (mm) |
C
×100 |
Si
×100 |
Mn
×100 |
P
×1000 |
S
×1000 |
19 |
16 |
35 |
143 |
17 |
3 |
12 |
16 |
33 |
137 |
14 |
4 |
|
5.2 実験結果
疲労試験を行った結果、ブラケット型モデルではき裂はFig. 24のように伝播した。(1)き裂はブラケット側の溶接止端部より生じ、フェイスに進展。(2)フェイスに進展したき裂の前方のルート部よりき裂が発生し、フェイスのき裂と合体。この時点でフェイスのき裂は停留。(3)再びフェイスに進展。試験はこの時点で停止したが、この後も同様のき裂伝播を繰り返し、最終的にブラケット剥離型の破壊形態となる可能性が高いと考えられる。Fig. 25に溶接ルート部から生じたき裂の破面の様子を示す。溶接ルート部よりいくつものき裂が重なりあって生じており、ブラケットとフェイスの接合部に高いせん断応力が生じていたことが推察できる。以上の結果はシミュレーションでの推定とは異なったものとなったが、結果的にき裂はスキン材に達することはないので、実構造においては危険性の低いき裂であると考えられる。
スチフナ型モデルの疲労試験結果ではき裂はシミュレーションでの推定通りウェブスチフナ端部のフェイス側溶接止端より生じ、フェイスを破断してウェブ中をスキン材に向かって進展した。Fig. 26(a),(b)にそれぞれき裂の伝播経路とき裂成長曲線を示す。疲労き裂伝播シミュレーションの結果も同時に示してある。き裂伝播経路はシミュレーション結果と良く一致しており、き裂成長曲線についても一部を除いて概ね良い一致を示している。試験体のフェイスを伸びるき裂が左右非対称な伝播挙動を示した原因は試験体の複雑な溶接残留応力分布が影響していると考えられる。
Fig. 24 |
Cracks propagation in the bracket type specimen. |
Fig. 25 |
Fracture surface of the bracket type specimen. |
Fig. 26 |
Comparison between experimental and analytical crack propagation of the specimen; (a)Crack paths, (b) Crack propagation lives. |
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