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4. 最終強度評価式の提案
 本章では、前章で説明した円錐形の腐食ピットが発生している鋼板の最終強度の解析結果をもとに、腐食ピットが発生している鋼板の最終強度評価式を提案する。
4.1 従来の研究例
 腐食ピットが発生している鋼板の最終強度評価式について検討した研究例としては、Paikらのものがある[17],[18]。彼らは、円筒形の模擬腐食ピットを設けた正方形板の圧縮試験を実施する[17]とともに、FEM解析により圧縮[17]及び純せん断最終強度[18]に及ぼす円筒形の腐食ピットの影響について検討し、それぞれの荷重条件について最終強度の評価式を検討しており、円筒形の腐食ピットが発生している鋼板の圧縮最終強度については、等価板厚評価式として式(6)を、最終強度評価式として式(7)を提案している[17]
 
 
 ここで、A0及びArは、それぞれ腐食ピットが発生する前の断面積及び最小断面における断面積の減少量であり、σu及びσu0は、それぞれ腐食ピットが発生している鋼板の圧縮最終強度及び腐食ピットが発生していない鋼板の圧縮最終強度である。また、円筒形の腐食ピットが発生している鋼板のせん断最終強度については、評価式として式(8)を提案している[18]
 
 
 ここで、τu及びτu0は、それぞれ腐食ピットが発生している鋼板のせん断最終強度及び腐食ピットが発生していない鋼板のせん断最終強度であり、ピット面積率DOPの単位は%である。
 本研究とPaikらの研究[17],[18]で用いられた板の寸法、ヒット形状及び材料特性を比較のためTable 1に示す。この表から、Paikらは薄板でピット形状が円筒形の場合を解析対象としているのに対して、本研究では、大型ばら積み貨物船倉内肋骨ウェブと同程度の板厚・板幅をもつ板でピット形状が円錐形の場合を解析対象としていることが分かる。
 
Table 1  Geometric and material properties of plate in FE analysis
This study Paik et al.[17],[18]
plate breadth b 450 mm 800 mm
plate aspect ratio a/b 1 1, 2 and 3
plate thickness t 10, 13 and 16 mm 10, 15 and 20 mm
pit diameter D 20, 30, 40 mm 40 mm
pit shape circular cone* cylinder**
DOP 0 to 78.5 % 0 to 33.2 %
Young's modulus E 205.8 GPa 205.8 GPa
Poisson's ratio v 0.3 0.3
yield stress σY 313.6 MPa 352.8 MPa
Note:
* The ratio of pit diameter to maximum pit depth is 8 to 1.
** pit depth: 0.25t, 0.5t, 0.75t and t (through thickness)
 
 藤久保[26]が述べているように、腐食ピットの発生している部材の最終強度評価式については、対象とする腐食ピットの面積率や深さ分布の違いにより、適用範囲について吟味する必要がある。また、その適用性は、板厚や幅厚比などの部材寸法や腐食ピットの形状や大きさにも依存する可能性がある。以下、本研究で得られた結果と上記の研究例を比較した結果について簡単に述べる。
 まず、前章で説明した円錐形の腐食ピットが発生している鋼板の圧縮最終強度のFEM解析結果を最終強度と最小断面積比(A0-Ar)/A0の関係でFig. 12に示す。これは、板厚10mmの場合の解析結果である。図中の実線は、データの下限値を式(9)により評価したものである。αは定数であり、その値は図中に示した通り1.6である。
 
 
 Paikらの研究[17]では、式(7)及び図中の破線で示した通り、α=0.73となっており、本研究で取り扱っている大型ばら積み貨物船の倉内肋骨ウェブと同程度の板厚・板幅をもつ板で腐食ピットの形状が円錐形の場合とは異なる傾向を示している。この原因としては、前述のように、本研究とは取り扱っている部材寸法や腐食ピットの形状及び大きさが異なることなどが考えられる。解析結果を詳しく見てみると、白抜きシンボルで示したデータ、すなわち、ピット分布をFig. 4に示すType Ajとした場合のデータは、式(7)で表される破線に近い値となっている。それに対して、黒塗りシンボルで示したデータ、すなわち、ピット分布をFig. 5に示すType Bkとした場合のデータは、式(7)で表される破線から下側に大きく外れる傾向がある。Paikらの研究[17]で扱っているピット分布は主に本研究におけるType Ajに対応することを考えると、最小断面積比(A0-Ar)/A0で整理した場合、圧縮最終強度は、部材寸法や腐食ピットの形状及び大きさよりも、ピット分布の差異の影響の方が大きく受けることが分かる。
 
Fig. 12  Relationship between ultimate strength and (A0-Ar)/A0 under uni-axial compression (t0 = 10mm)
 
 次に、前章で説明した円錐形の腐食ピットが発生しているせん断最終強度のFEM解析結果を最終強度とピット面積率の関係でFig. 13に示す。これは、板厚10mmの場合の解析結果である。この図から分かるように、せん断最終強度は、ピット直径に依存し、ピット直径が同じ場合、ピット面積率の増加とともに直線的に低下する。各ピット直径における最終強度の低下傾向を直線(実線)で表したものを図中に合わせて示す。Paikらの研究[18]では、式(8)及び図中の破線で示した通り、せん断最終強度はピット面積率の増加とともに指数関数的に低下しており、本研究で取り扱っている大型ばら積み貨物船の倉内肋骨ウェブと同程度の板厚・板幅をもつ板で腐食ピットの形状が円錐形の場合とは異なる傾向を示している。これは、前述のように、本研究とは取り扱っている部材寸法や腐食ピットの形状及び大きさが異なるためと考えられる。例えば、DOPが等しく、また、円筒形と円錐形のピットの直径と深さが等しいと仮定すると、円筒形のピットが発生している板の体積欠損は円錐形のピットが発生している板の場合の3倍となる。従って、DOPをバラメータとして整理した場合、せん断最終強度はピットの形状や大きさに強く依存するものと考えられる。
 
Fig. 13  Relationship between ultimate strength and degree of pitting intensity under shear (t0 = 10mm)
 
 以上のことから、腐食ピットが板要素の最終強度に及ぼす影響は、板厚や幅厚比などの部材寸法や腐食ピットの形状や大きさに依存することが分かる。そのため、本研究で取り扱っている大型ばら積み貨物船倉内肋骨ウェブと同程度の板厚・板幅をもつ板でピット形状が円錐形の場合について、新たな最終強度評価式を検討する必要がある。
4.2 等価板厚評価式の提案
 Paikらの提案式(式(6)〜(8))に見られるように、最終強度を評価する方法としては、最終強度を直接評価する方法と等価板厚を評価する方法の2通りが考えられる。元厚t0と等価板厚teの差t0-teを考えれば、一様衰耗の場合の許容衰耗量との直接的な比較が可能であることから、現場検査での利便性を考え、本研究では、等価板厚の評価方法について検討することとする。また、評価パラメータとしては、最小断面の断面積、平均衰耗量、ピット面積率やピット直径といったものが考えられるが、最小断面の断面積や平均衰耗量は、凹凸の激しい腐食ピットが発生している場合、現場検査での同定が困難なことから、現場検査での利便性を考えると、部材表面の観察結果から決定できるパラメータによる評価の方が望ましい。そこで、本研究では、部材表面の観察結果から決定できるピット面積率やピット直径といったパラメータを用いることとした。
 Fig. 10に示した解析結果をもとに、円錐形の腐食ピットが発生している鋼板の圧縮最終強度に対する等価板厚の評価式として下式を提案する。
 
 
 ここで、Bは定数である。Fig. 10に示した通り、圧縮最終強度に対する等価板厚teの低下量は、ピット面積率DOPに比例し、また、ピット直径D及び元厚t0に依存する傾向が明確に見られる。この結果をもとに実験データを精査した結果から、上式のD、t0及びDOPに対するteの依存性を表す項(右辺第2項)を決定した。Fig. 10には式(10)による等価板厚の予測結果を合わせて示した。これらの図から、式(10)は円錐形の腐食ピットによる圧縮最終強度に対する等価板厚の減少傾向を精度良く表現できることが分かる。これらの予測結果は、Bの値を1.2×10-3とした場合のものである。ピット個数が片面でn個、両面で2n個存在すること、ピット深さがピット直径Dの1/8であることを考えると、
 
 
と表すことができる。式(11)〜(13)を式(10)に代入し、Bの値を1.2×10-3として整理すると、式(14)が得られる。
 
t0-te=1.44taw  ・・・(14)
 
 式(14)は、円錐形の腐食ピットが発生している鋼板の圧縮最終強度に対する等価板厚を精度良く予測するには、腐食ピットによる平均衰耗量を1.44倍して評価する必要があることを示している。
 次に、圧縮最終強度に対する等価板厚の解析結果から提案した式(10)を用いて、せん断最終強度に対する等価板厚評価への適用性を検討する。式(10)による等価板厚の予測結果をFig. 11に示した。この図から、式(10)は円錐形の腐食ピットによるせん断最終強度に対する等価板厚の減少傾向についても精度良く予測できることが分かる。
 以上のことから、本評価式は、円錐形の腐食ピットが発生している鋼板の圧縮及びせん断最終強度に対する等価板厚を精度良く予測可能であることが分かる。


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