4. 計算結果と考察
Fig. 11、Fig. 12に大型客船とPCCの定常航行状態の計算結果を示す。図面中、U; 船速、β; 偏角、φ; 横傾斜角、δ; 舵角を示す。風向角ψは10度刻みで0度から180度まで計算した。風速UTは5m/s刻みで0m/sから30m/sまで計算した。ただし、風速0m/sの結果はUの場合のみについて図示している。
設定船速を大型客船は22knot、PCCは20knotとした。このとき、プロペラ回転数nは、無風時で設定速度を維持できる値に固定し、計算した(大型客船で119rpm、PCCで125rpm)。実際の船の運航時を想定すると、主機馬力の上限、下限が存在するが、風の影響と船体に働く流体力の関係を明確にするために敢えて主機制約条件を外して計算を行った。
舵角は限界角度を±40度としている。計算では、可能性のある様々な初期条件の組み合わせで定常解を求めたが、Fig. 11、Fig. 12で示された以外の解は存在しなかった。また、大型客船では風速UTが25m/s以上、風向角ψが140度付近で釣り合い状態が得られなくなる。
Fig. 11 |
Calculated results of ship speed loss, drift, heel and rudder angles for large passenger ship in steady winds |
Fig. 12 |
Calculated results of ship speed loss, drift, heel and rudder angles for PCC in steady winds |
Fig. 13、Fig. 14にUTが30m/sでの両船の船体に働く前後方向力、左右力、回頭モーメント、横傾斜モーメントの各構成成分を示す。「H0」は偏角、横傾斜角の無い場合の直進時船体抵抗成分、「H」は偏角、横傾斜角による船体抵抗増加成分等、凡例中の各記号は(3)式での成分を示す。
Fig. 13 |
Separated components of non-dimensional force induced by wind on large passenger ship in UT=30m/s (H0; Hull resistance, H; Drift and heel effect on hull resistance, KB; Buoyancy, R; Rudder, A; Wind) |
Fig. 14 |
Separated components of non-dimensional force induced by wind on PCC in UT =30m/s (H0; Hull resistance, H; Drift and heel effect on hull resistance, KB ; Buoyancy, R; Rudder, A; Wind) |
以上の定常航行状態の計算結果から明らかになったことを下記に示す。
・Fig. 11、Fig. 12のU図から風が強くなるにしたがって船速低下となる風向角の領域が拡大している。大型客船ではUが20m/s以上で、ψが160度を越えて初めて船速が設定船速よりも速くなり、風が推進力に寄与していることがわかる。PCCの場合も同様にFig. 12から風により大きく推進利得を得るのは、ψが150度よりも大きい場合である。一般に斜め後方から追い風に掛けて、風は推進力として作用すると思われているが、今回の結果から風の推進利得は非常に限られた風向角のみで発生することがわかる。強風下においては広範な風向角で抵抗が増加している。
・Fig. 11、Fig. 12のU図から風による抵抗は、正面風とは異なる風向角で最大となることがわかる。特に強風下ではψが20度から40度付近、120度から140度付近で船速が低下し、抵抗が増加していることがわかる。運航性能を評価する場合には、全風向を対象として検討する必要がある。
・大型客船を例に見るとFig. 13のX'図から風向角が小さい場合には、風による抵抗増加成分が大きく、ψ=90°以上の風向角においては、風圧力に代わって舵よる抵抗増加成分が大きくなっていることがわかる。
・Fig. 11から大型客船でUTが30m/s、ψが60度付近で船速が一時的に回復傾向にあることがわかる。これはFig. 13のX'図に示すように風による抵抗増加量が減少しているためである。Fig. 8に示されているように抵抗として作用する風圧力CXが正面風等に比べ非常に小さくなっている。さらにFig. 11の結果からβ、φとも非常に大きくなる状況であり、Fig. 6及びFig. 13のX'図から偏角と横傾斜に起因した主船体前後力Hが大きな推進力を発生させていることがわかる。これは、水面上及び水面下の両船体に作用する揚力が原因であると言える。Fig. 6からも明らかなように使用した流体力係数X'Hは、計測結果を外挿した値であることから、やや精度的に問題があると思われるが、強風下において偏角、横傾斜角が大きくなることにより風による抵抗増加量が減少する風向角の存在が明らかとなった。
・Fig. 11の大型客船でUTが25m/s以上の場合、ψが140度から150度付近の斜め後方からの風に対して収束解が得られなかった。Fig. 8に示すように風向魚140度付近では、風による回頭モーメントが非常に大きくなっている。このとき、釣り合い状態を得るために舵角を大きく切る必要があるが、Fig. 13から舵力は前後力、横力、回頭モーメントの3成分に関して非常に大きな影響を及ぼしている。前後力に関して、大きく舵を切ることは船速低下を引き起こし、舵力を減少させる。さらに速度低下、舵力の減少は、横力、回頭モーメントにも影響を及ぼしているため、大舵角としても釣り合い点が得られない状況にあると考えられる。
・Table 1及びFig. 2からわかるように水面上風圧側面積と水面下側面積の比としてAL/(LPPd)を両船で比較すると大型客船はPCCの1.68倍である。このため、Fig. 11、Fig. 12に見られるように、同じ風速であっても大型客船の偏角、横傾斜角はPCCに比べて非常に大きくなる。ただし、舵角は大型客船が2舵船であることから、結果としてPCCと同程度となっている。
・Fig. 11から大型客船ではUTが30m/sで最大横傾斜角が約23度に達することがわかる。また、Fig12からPCCの場合は約9度である。UTが20m/sの場合でもそれぞれ12度、4度となっており、風の影響により船が大きく横傾斜する。
5. 結言
実海域における船の運航性能評価を行う目的から、風の影響を受けやすい大型客船、PCCを対象として、前後、左右、回頭、横傾斜の4自由度MMGモデルを使い、船の定常航行に及ぼす風の影響について調べた。その結果は以下のようにまとめることができる。
・大型客船、PCCの設定風速で定常航行するための船体の偏角、横傾斜角、舵角が明らかになった。また、それぞれの船の風による抵抗増加量が明らかになった。水面上風圧側面積がPCCよりも大きい大型客船は運航状態に及ぼす風の影響が顕著である。
・抵抗増加のような運航性能を考える場合、正面風のみでは不十分であり、斜航、当て舵等の影響を含めた上で、様々な風向角に対して評価する必要がある。
・今回対象とした水面上大型構造物船の場合、風による推進利得が大きく得られるのは、およそ風速20m/s以上で、かつ風向角160度以上の条件下のみであり、他の風向角では風により抵抗が増加する。その原因としては、回頭モーメントを打ち消すための当て舵による抵抗増加が挙げられる。
・今回対象とした大型客船の場合、強風下、斜め追い風状態(風向角140度付近)で解が得られず、定常航行不能であることが明らかになった。
・大型客船のように風圧面積の大きい船で、強風下、斜航状態にある場合、風向角によっては風による抵抗増加が一時的に減少する可能性があることを示した。
本論文において実海域では波だけではなく、風も船の運航に大きな影響を与えることを明らかにした。今後、波の影響も含めた複合外乱下での運航評価を実施する予定である。
謝辞
大阪府立大学での横傾斜時斜航流体力計測試験では同大学工学部海洋システム工学科片山徹講師、大学院生木本亮氏、金子武史氏に協力頂いた。ここに深く感謝致します。
参考文献
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