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円柱の焼入れにより生じる残留応力について
第2報 相変態で生じる応力の数値解析方法について
 
正員 寺崎俊夫*  正員 福谷理明***
川上博己**     長谷川弘毅****
 
* 九州工業大学工学部物質工学科
** 九州工業大学工学研究科学生
*** 日本鋳鍛鋼株式会社
**** 九州工業大学工学研究科学生(現 東プレ株式会社)
原稿受理 平成17年10月26日
 
Study on Residual Stress of Cylinder Generated by Quenching
Second Report Numerical Analysis Method of Stress Caused by Phase Transformation
 
by Toshio Terasaki, Member
Michiaki Fukuya, Member
Hiroki Kawakami
Kouki Hasegawa
 
Summary
 The authors have established an accurate good analysis technique for presuming the experimental value of the stress and the deformation caused by phase transformation through the finite element method. Because it is necessarily method to prevent from the quenching crack which is dominated by stress and deformation caused by phase transformation accompanied with the he at treatment. By using the steel transforming to fully martensite during the quenching, the experiment of heat cycle, residual stress and transformation were carried out, followed by the comparative study of the experimental and the numerical analysis value concerned with the residual stress and the deformation. Consequently the notable factors were made clear on the numerical analysis. As a result, the following conclusion was obtained. The accurate good analysis of the temperature change, the linear expansion coefficient by considering the phase transformation strain and the yield stress of each phase during quenching process are important to analyze the phase transformation stress and the deformation by the numerical analysis.
 
Key words: axisymmetric cylinder quenching. phase transformation strain, residual stress, finite element method
 
1. 緒言
 前報1)において,円柱焼入れで生じる残留応力の発生原因である温度上昇を数値解析で精度良く取り扱う上での注意点を明確にした.本報告では舵の軸やプロペラシャフトの中間軸の材料を完全焼入れした場合に生じる残留応力を対象とする.
 一般に焼入れ,焼戻しは鋼に高強度,高靭性を付与するために広く用いられている.熱処理中に発生する応力は,1)温度変化によって生じる熱収縮が原因で起こる熱応力と,2)組織の変態膨張・収縮により生じる相変態応力である.
 鋼材を焼入れし,相変態を生じた時の残留応力に関する研究は多く存在するが2)-4),相変態による変位についても同時に検討した報告は少ない.また,残留応力の発生に大きく影響を及ぼす線膨張係数,降伏応力の温度依存性の実験値を使用して,残留応力・変形を詳細に検討した研究報告もほとんどない.
 本報告では焼入れ過程の残留応力分布を系統的に整理する研究の第2報として,焼入れ過程でマルテンサイト変態を生じる材料を使用して,焼入れ後の残留応力と変位を検討した.始めに相変態により生じる応力並びに膨張・収縮が相変態ひずみを考慮した熱弾塑性解析にて精度良く解析できるかどうかを理論解が得られる単純モデルで検討した.次に,相変態膨張量が大きいマルテンサイト変態を生じる中実円柱材を用いて焼入れの実験を行い,残留応力分布と変位に大きく影響を及ぼすと考えられる温度変化,膨張係数,及び降伏応力について検討し,相変態により生じる残留応力を数値解析で精度良く予測するための重要な因子を明らかにした.
 
2. 数値解析条件
2.1 相変態ひずみと線膨張係数
 多くの鋼は室温からオーステナイト相(以下,γ相)に加熱し,γ相から冷却すると,熱膨張・熱収縮に伴い相変態を生じる.Fig. 1にγ相から冷却した時に,マルテンサイト変態が生じると仮定した場合の温度と伸び・ひずみの関係を示す5).図では相変態開始温度()300℃から相変態終了温度()200℃で,相変態により0.007の膨張のひずみが生じると仮定した.γ相から冷却すると,マルテンサイト変態の開始温度Ms点までは温度低下による熱収縮を生じるが,Ms点より温度が下がるとマルテンサイト変態を生じ,結晶構造がfccからbccに変わるため,変態膨張によるひずみを生じる.マルテンサイト変態終了温度Mf点になるとマルテンサイト変態は終了し,それ以後は熱収縮のみが作用する.
 
Fig. 1 Relation between temperature and strain
 
 数値解析にて相変態応力を解析するには,相変態により生じる膨張・収縮を考慮しなければならない6).相変態により牛じるひずみ(以下,相変態ひずみ)を,線膨張係数にて検討する手法について述べる.
 鋼材をγ相から冷却し,相変態を生じない場合を考えると,熱収縮のみが作用するため鋼材の伸びはA点からB点に変化する.しかし実際は相変態膨張により鋼材の伸びはD3になるため,D1点とD3点の伸びの差が相変態によって生じた膨張量Dεとなる.
 鋼材の長さをlとし,線膨張係数をecとする.温度がからになった時の,温度変化による鋼材の長さ変化は次式となる.
 
 
 相変態により生じた膨張量DεはD3-D1であるため,相変態ひずみεtrは次式となる.
 
 
2.2 両端固定棒モデルによる過渡応力
 式(2.2)で求まる相変態ひずみを用いて,理論とおりの応力変化が数値解析できるかを単純モデルである両端固定棒モデルで検討する.
 温度変化により相変態が生じる材料について解析を行う場合,相変態ひずみεtrを温度の関数として与え,相変態ひずみを線膨張係数に換算する必要がある.線膨張係数の温度変化を取り扱う方法として,基準温度から任意の温度までの全ひずみとして考慮する場合と,熱膨張ひずみの微分を考慮する2通りの方法がある.本研究では任意温度での全ひずみで線膨張係数を考慮する方法を使用した.
 始めに相変態ひずみを考慮した線膨張係数を用いて加熱及び冷却過程の応力の過渡変化を検討した.0℃から1000℃まで加熱し,また1000℃から0℃まで冷却した時の鋼材に発生する応力変化を解析した.相変態温度範囲を加熱時は700℃から800℃,冷却時はFig. 1と同様に300℃から200℃の範囲とし,相変態ひずみは加熱及び冷却ともに0.007とした.相変態温度範囲以外では線膨張係数ec=1.0×10-5-1にしたがい膨張及び収縮すると仮定した.相変態ひずみの膨張・収縮の影響を考慮した線膨張係数をFig. 2に示す.
 
Fig. 2  The linear expansion coefficient by considering the phase transformation strain
 
 数値解析は有限要素法を使用した.解析は4節点1要素の軸対称要素を用い,半径5mm,軸長10mmの両端固定棒モデルとした.解析モデルをFig. 3に示す.ヤング率はE=210000MPaの一定値とした.降伏応力はFig. 4に太い線で示すように圧縮降伏応力と引張降伏応力の絶対値が同じで,0℃から200℃まで一定値240MPa,200℃から力学的溶融温度の830℃まで直線変化,830℃以ヒで20MPaとした.要素の温度変化はモデル全体が一様に加熱及び冷却されるとし,解析により軸方向の応力σz及び塑性ひずみεpzの変化を求めた.0℃から1000℃までの温度上昇過程の解析後,1000℃から0℃までの冷却過程を解析したが,図が複雑になるため温度冷却過程の過渡応力及び過渡塑性ひずみの解析結果のみをFig. 4に示す.
 冷却過程の軸方向応力σzの過渡変化は,温度の冷却に伴い引張応力が作用し,降伏曲線上を推移する.相変態温度範囲300℃から200℃で相変態による膨張により圧縮方向に応力が転じ弾性域で受け持つ.圧縮の降伏応力に達すると相変態による膨張を塑性域で受け塑性ひずみが圧縮側に移行している.
 図中に示した細い実線(line 1)は,1000℃からの冷却過程で圧縮降伏応力から引張降伏応力に移行し,傾き-Eec(-210000MPa×(1.0×10-5-1))から与えられる-2.1と一致しており,両端固定棒の理論予測線と一致している.また相変態後の200℃以下の細い実線(line 3)の傾きも-2.1となっており,理論予測線に一致している.更に,相変態開始直後の細い破線(line 2)の傾きは1℃当たりの熱膨張ひずみ-1.0×10-5と相変態ひずみ7.0×10-5(=0.007/100)より得られる6.0×10-5にヤング率を乗算した傾き12.6になっており,両端固定棒の理論予測線に一致している.これにより相変態を考慮した応力の過渡変化が両端固定棒モデルで表現できていることが分かる.
 
Fig. 3 Analysis model of fixed bar
 
Fig. 4  Transient stress and plastic strain produced by cooling process of fixed bar
 
2.3 自由棒モデルによる過渡変形
 次に,自由捧モデルを用い,相変態による膨張・収縮が解析できるか検討した,解析条件は前述と同じとし,加熱及び冷却中の自由棒モデルの軸方向変位uzを求めた,解析モデルをFig. 5に示す.また解析結果をFig. 6に示す.
 
Fig. 5 Analysis model of free bar
 
Fig. 6 Expansion of free bar
 
 加熱過程の700℃から800℃の自由棒モデルの膨張量の理論値は,相変態ひずみεtr=-0.007に線膨張係数ec=1.0×10-5-1によるひずみ0.001を加算し,軸長10mmを乗算した値の(-0.007+0.001)×10mm=-0.06mmとなる.また,冷却過程においては,相変態温度範囲の300℃から200℃の膨張量は,加熱過程と同様にして0.06mmとなる.Fig. 6の結果より,相変態ひずみを考慮した線膨張係数を用いることにより,相変態による膨張・収縮の数値解析結果は理論値と一致しており,精度良く解析できていることが分かる.


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