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5 改善対策の有効性評価
5.1 ヒューム濃度5mg/m3以上のエリア抑制の効果
 通常の一日8時間作業または週40時間の作業において、毎日反復して吸入しても殆どの作業者が健康上悪影響を蒙ることがないと考えられるヒューム濃度は5mg/m3である(ACGIH勧告の許容濃度)13)程度であると考えられる。なお、最近では管理濃度として日本溶接協会がヒューム濃度3mg/m3を勧告している6)。ここでは、ヒューム濃度5mg/m3以上のエリアが立体ブロック内容積に占める割合を算出し、これを“高濃度ヒューム占有率”として、労働環境改善のためのヒューム濃度低減効果を比較するための指標として用いる。これにより各改善対策の有効性を評価した。
(1)PUSH-PULL型およびPUSH型換気のよる効果
 PUSH-PULL型とPUSH型換気について高濃度ヒューム占有率の時間変化を換気流速(0〜6.0m/s)ごとにFig. 12に示す。これにより両型の換気を比較すると、PUSH型換気の方が換気効率が良いことが分かる。これはPUSH-PULL型換気の場合は排気箇所がPULL気流を生成している開口部に限定されること対し、PUSH型換気の場合は流れに拘束が少ないためと推測される。
 また縦軸に高濃度ヒューム占有率をとり、横軸に換気流速をとったグラフをFig. 13に示す。これから換気気流速3m/sと3.5m/sを境に大きく換気の効率が変わり、この差は時間が経つほど顕著になることが分かる。
 
Fig. 12  Variation of space ratio occupied by fume as time proceeds
(拡大画面:29KB)
 
Fig. 13  Variation of space ratio occupied by fume corresponding to flow speed of ventilation
(拡大画面:39KB)
 
(2)アーク点への送気の効果
 アーク点への送気する場合について、高濃度ヒューム占有率の時間変化を各ファンの気流速(2.0〜6.0m/s)ごとにFig. 12に示す。これでは、ファンの気流速が2.0〜4.0m/sの場合には換気をしていない状態よりも占有率が大きくなっている。これはファンによりアーク周辺の比較的濃度の高い領域がファン気流により拡散したことによると推測される。
 換気流速と高濃度ヒューム占有率の関係を時間経過に沿ってFig. 13に示す。これより、この方法はファンの気流速にあまり関係なく高濃度占有率が大きく、換気効率が悪いことが分かる。
(3)ヒューム発生量の低減による効果
 ヒューム発生量と高濃度ヒューム占有率の関係をFig. 14に示す。ヒューム発生量を削減するとヒューム濃度が許容濃度を超えるエリアが減少し、ヒューム削減が大きいほどヒューム濃度低減効果は高い。
 
Fig. 14  Variation of space ratio occupied by fume corresponding to generation ratio of fume
 
5.2 ヒューム濃度60mg/m3以上のエリア抑制の効果
 溶接作業に対応する防塵マスクの粒子捕集効率は国家検定により95%以上と定められている11)。よって防塵マスク着用時でもヒューム濃度が60mg/m3以上のエリア(以降、危険エリアと呼ぶ)では、ACGIHの規定をもとに日本溶接協会が定めた管理濃度(3mg/m3)を超えるヒュームを溶接作業者は吸入する可能性がある。
 そこで防塵マスク着用時における“危険エリア率”として、危険エリアが立体ブロック内に占める割合を算出した。これより各改善対策についての危険エリア抑制効果について考察した。
(1)PUSH-PULL型、PUSH型換気アーク点送気の効果
 危険エリア率の時間変化を換気流速ごとにFig. 15に示す。対策を施さない場合には250秒後から急に危険エリアが拡大するのに対し、この抑制にはPUSH-PULL型換気が最も小さな換気流速で効果を示し、次いでアーク点への送風、PUSH型換気の順となっている。
 
Fig. 15  Variation of space ratio occupied by risky fume corresponding to flow speed of ventilation
 
(2)ヒューム発生量低減の効果
 ヒューム発生量と危険エリア率の関係をFig. 16に示す。これから、ヒューム発生量を削減すると確実に危険エリアを削減できることが分かる。また、その効果はヒュームの削減量が大きいほど高く、危険エリアの抑制に対して効果的であるといえる。
 
Fig. 16  Variation of space ratio occupied by risky fume corresponding to generation ratio of fume
 
5.3 溶接欠陥防止を考慮した効果的な換気気流について
 溶接アークは高い気流速に曝されるとアークが撹乱され、ブローホールやピットなどの溶接欠陥が起こり易くなる。特に、現在造船所において最も普及しているマグ溶接に代表されるシールドガスを用いる溶接方法は、高い気流速に溶接アーク点が曝らされるとシールドガスが乱され、他のアーク溶接法に比べて高い気流速の暴露に弱い。日本溶接協会の溶接作業管理基準(WES9007、WES9009)6)7)では、アーク溶接時にはアークに1.0m/s以上の気流が、シールドガスを用いる溶接時では0.5m/s以上の気流が当たらないように指示している。
 よって、4.1で解析を行った改善対策についてアーク点付近の気流速に関する考察を行う。
(1)PUSH-PULL型およびPUSH型換気
 気流速0.5m/s以上のエリア率が最高となる70秒時点において、床面直上の気流速が0.5m/sおよび1.0m/s以上のエリアを換気流速に応じてFig. 17に示す。PUSH型換気によるアーク点付近への撹乱気流の影響はPUSH-PULL型換気に比べ小さく、溶接欠陥の防止の点でより優れている。しかし、共に2.0m/s以下の換気流速ではアーク点付近への撹乱気流の影響が少なく、ヒューム濃度低減効果がある換気流速3.5m/s以上でもアーク点付近で気流速が1.0m/s以上になることは少ない。よって、マグ溶接作業時には何らかの防風対策が必要であるが十分適用可能なヒューム濃度低減対策であると云える。
 
Fig. 17  Distribution of diffusing fume above the floor of block model with Push-Pull type ventilation
 
(2)アーク点送風による対策時の溶接点、付近の気流速
 気流速0.5m/s以上のエリア率が最高となる70秒の時点において、床面直上における気流速0.5m/sおよび1.0m/s以上のエリアをFig. 18に示す。これでは、換気流速の大小にかかわらずアーク点付近への気流速影響がみられ、アーク点付近の気流速が1.0m/s以上となっている。よって、溶接欠陥の防止を考える上でアーク点付近へ送風することはあまり好ましくないと云える。
 
Fig. 18  Distribution of diffusing fume above the floor of block model with Blower towards welding point
 
5.4 溶接ヒューム低減化対策の効果と実現性
 各対策の効果と実現性について解析を行い、次の結論を得た。
1)PUSH-PULL型換気
 ヒューム濃度が5mg/m3を超えるエリア、危険エリアの削減効果はともに高く、溶接アーク点付近の気流速も1.0m/s以上になることはない。しかし、送気と排気を同時に行う必要があり、改善対策の準備に手間がかかることが難点と云える。
2)PUSH型換気
 ヒューム濃度が5mg/m3を超えるエリア、危険エリアの削減効果はともに高く、溶接アーク点付近の気流速も1.0m/s以上になることはない。さらに改善対策の準備に関してみても送気を行うだけでよく、十分に実用に即した対策であると云える。
3)アーク点への送気
 アーク点付近の濃度が60mg/m3を超えるヒュームのエリアを減らす効果は高いものの、5mg/m3を超えるヒューム・エリアの拡散を早めることになる。よって単独で適用するのではなく、PUSH-PULL型換気やPUSH型換気を併用すると良い。またアーク点付近の風速が1.0m/sを超えているので何らかの防風対策が必要である。
4)溶接ヒューム発生量削減
 ヒューム濃度が5mg/m3を超えるエリアの削減効果はそれほど高くないが危険エリアを減らす効果は高い。従来よりヒューム発生量を削減した低ヒューム溶接材料の開発が期待されている。
 
6 結論
 高濃度のヒュームに作業者が曝露する恐れがある二重化立体ブロック内において、様々なヒューム濃度低減化対策を施した状況を模して、渦粘性モデルを用いたヒュームの拡散状態を解析し、各対策の有効性、実用性について調べて以下の結論を得た。
1)PUSH-PULL型換気およびPUSH型換気は、ヒューム濃度の削減効果が高く、溶接アーク点付近の気流速は1.0m/s以上になることは殆どない。なお、実用上はPUSH型換気が有利である。
2)アーク点への送気は、アーク点付近の危険エリアを減らす効果は高いが、濃度5mg/m3を超えるエリアの拡大を早めることになり、他換気法の併用が必要がある。またアーク点付近に何らかの防風対策が必要である。
3)溶接ヒューム発生量削減よる対策は、危険エリアを減らす効果が高く、低ヒューム溶接材料の開発が期待される。
 
参考文献
1)福地、篠田、胡、西浦、村田:造船内業工場における金属ヒュームの拡散と換気に関する実験的研究 西部造船会々報, 第104号, pp.267-279(2002)
2)福地、田中、和泉、胡:労働環境安全のための工場内溶接・切断ヒュームの拡散制御に関する研究(その1 内業工場内ヒューム濃度計測), 日本船舶海洋工学会論文集, 第1号, pp.85 95(2005)
3)財団法人日本規格協会:溶接作業環境における粉じんの濃度測定方法 JISZ3950(1994)
4)Y. Shi, M. Toyosada: Investigation Fume Particle Size Distribution of Shielded Metal Arc Welding, 西部造船会々報, 第100号, pp.237-243, (2000)
5)西田隆法:溶接ヒュームと防御対策, 溶接学会誌, 第62巻, 第7号(1993)
6)社団法人 日本溶接協会:溶接作業環境管理基準WES9007(1982)
7)社団法人 日本溶接協会:アーク溶接の安全衛生管理 WES9009(1998)
8)社団法人 日本溶接協会:溶接ヒュームなどに関する注意書の標準表示 WES9002(2002)
9)中野俶明:新しいヒューム吸引システム・QTACSとその応用, 溶接だより, 技術ガイド, 301号(1995)
10)堤紳介:溶接ヒューム対策の現状と今後の課題, 溶接だより, 技術ガイド, 301号(1995)
11)労働省:防塵マスクの規格(昭和63年労働省告示第19号)の改正規格(平成12年9月11日付)
12)中野俶明:マグ溶接北における溶接作業環境の改善, 溶接だより, 技術ガイド, 291号(1994)
13)ACGIH: Threshold Limit Values for Chemical Substances and Physical Agents, (2000)


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