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5.3 気象海象予測の影響
 気象海象予測値が時間と共に更新される影響を調べるため、Fig. 9に示す通り、気象海象の当初予測値(FC at dep.)とデータセット値(FCDS)とで推定される燃料消費量の違いが最大となった2005年2月7日出発の状況について考察する。
 2005年2月7日18UTCにバンクーバー島沖を出発した場合、大圏航路上で4〜5日目に遭遇する海象は、当初予測値(GCR/FC at dep.)に対し、データセット値(GCR/FC DS)では波高が大きく、運航限界に近い状況を示している。これから、海象が当初予測値よりも荒天側に大きく変化したことが分かる。
 GCRの場合、気象海象予測値にデータセットを使用した場合の燃料消費量は、当初予測を使用した値に比べ20.0ton(全体の2.0%)変動(増加)し、航海時間も2時間20分(全体の1.4%)変動(増加)となった。
 一方、WANを使用した場合、データセットを使用場合の燃料消費量は、当初予測を使用した値に比べ25.9ton(全体の3.6%)変動(増加)するが、航海時間は守られていることが分かる。さらに、WANを利用した場合は、上下加速度が小さく抑えられていることが分かる。
 以上より、気象海象予測値が時間と共に更新されることによる燃料消費量の変動量は、Fig. 9に示す程度の気象海象予測値の変化では、WANを使用することによる燃料消費量の削減量に比べて小さく、出発時の予測で燃料消費量の削減効果を事前に推定できることが分かる。
 
Table 2 Average of simulated results.
Route GCR WAN
Weather forecast (FC) DS at dep. DS at dep.
Time enroute [hr] 161.8 161.6 180.0 180.2
Distance sailed [NM] 3,992 4,027 4,031
Fuel oil consumption [ton] 994.2 992.6 734.8 733.7
Reduction rate of fuel oil consumption [%] - - 26.1 26.1
 
5.4 効果の評価
(1)WANの運用について
 実際のWANの運用では、気象海象予測が更新されると同時にWANを再実施し、航路、主機回転数を再設定する。この場合の燃料消費量は、気象海象予測が急変しない限りは、出発地点で得られている気象海象予測値を用いて実施した場合と、気象海象データが既知として気象海象データセットを使用して実施した結果との間になる。今回の結果から、この両者で燃料消費量の差が平均1.1ton(0.2%)と小さいことが分かる。
 一方、Table 1に示すように、気象海象が当初予測よりも荒天となることもある。安全性の観点からは気象海象予測が更新されると同時にWANを再実施する必要がある。
(2)年間平均削減量
 今回行ったシミュレーションは冬季(2月)の1週間の評価である。年間を通じた燃料消費量の削減率の評価は気象海象データ入手の関係から行っていないが、別途著者ら1)がサンフランシスコ―東京航路のばら積み貨物船(Lpp=180.0m、MCR=8,250kW)に対し行った結果では、燃料消費量の年間平均削減量は、冬季(西航)の削減量の約63%である。また、動的計画法を用いて高嶋ら4)がサンフランシスコ―東京航路のコンテナ船(Lpp=247.85m、MCR=24,060kW)に対し行った結果では、秋季、冬季は春季、夏季に比べ燃料消費量削減率が高いこと、燃料消費量の年間平均削減量は、秋季、冬季の削減量の約60%であることが示されている。
 このことから、今回の場合、燃料消費量の年間平均削減量はGCRに対し15%程度と期待される。
(3)環境負荷低減について
 船舶からのCO2排出量は主機の燃料消費量が主であるので、CO2削減効果も燃料消費量削減効果と同等と算定される。
(4)アンサンブル予測について
 気象海象の数値予測は、海上風速などの初期値が十分分かっていないことから、初期値を変えてアンサンブル予測(現在25メンバ)が行われ、この25メンバの期待値を予測値としている。
 このことから、アンサンブル予測値の基となる各メンバの予測結果を用いてWANを実施すると、25種類の航路、主機回転数の選定結果、燃料消費量が得られる。この各結果から、燃料消費量の分布を求めることができ、これが気象海象予測での初期値変動に伴う燃料消費量の変動を示すことになる。
 ただし、この場合も航海が進むにつれて各メンバの予測結果が更新される影響を合わせて考慮する必要がある。
(5)航海時間が異なる影響について
 GCRの場合とWANを使用した場合とでは航海時間が異なる。そこで、大圏航路をある一定の主機回転数で航行し、航海時間が180時間であった場合(以下GCR180)の燃料消費量を以下により推定し、GCR、WANとの比較を行う。
 主機出力BHPが船速Uの3乗に比例すると仮定すると、燃料消費量Aは、航海時間t、燃料消費率λ、比例定数aを用いて
 
Λ=λ・BHP・t=aλt-2  (6)
 
と表すことができる。このとき、航海時間t0での燃料消費量をΛ0とし、航海時間をt'に修正したときの燃料消費量をΛ'とする。両者で燃料消費率λの変化が小さいとすると
 
 
となる。
 GCR180による燃料消費量を推定した結果をTable 3に示す。これから、GCR180の平均燃料消費量は約800tonであり、航海時間を延長することにより約19%の燃料消費量削減となる。次に、GCR180とWANの結果の比較から、航路及び主機回転数の最適化することで約8%の燃料消費量削減となることが分かる。
 設定航海時間を長くとれば、その分主機回転数を下げることができ、燃料消費量の削減が可能である。しかし実際には気象海象の影響があるため、航海時間に余裕を持たせる必要がある。このため、航海計画システムにおいて設定航海時間を十分長くとるためには、WANのように到着時間を確保する機能が必要となる。
 
Table 3  Estimation of fuel oil consumption of GCR 180.
Route GCR180
Weather forecast (FC) DS at dep.
Fuel oil consumption [ton] 803.5 800.2
Reduction rate of fuel oil consumption [%]
(from GCR to GCR180)
19.2 19.4
Reduction rate of fuel oil consumption [%]
(from GCR180 to WAN)
8.5 8.3
 
6. 結言
 燃料消費量を低減させることを目的とする海象適応航法(WAN)を開発した。
 シアトル―横浜航路のコンテナ船に対し、冬季の気象海象データを使用しWANによるシミュレーションを行った結果、燃料消費量の削減効果が大圏航路をNOR相当の主機回転数一定で航行する場合に比べ、平均26.1%と非常に高く、WANの有効性を示した。
 気象海象予測が時間と共に更新されることがWANによる燃料消費量の推定に及ぼす影響を調べた。その燃料消費量の変動量は、気象海象状態に依存するものの、今回の場合、WANを利用することによる燃料消費量の削減量に比べて小さく、出発時の予測で燃料消費量の削減効果を事前に推定できることが分かった。一方、実際のWANの運用を考えた場合、安全性の観点からは気象海象予測の更新と共にWANを再実施する必要がある。
 
謝辞
 本研究は(社)日本造船工業会「実海域性能維持管理支援システムの研究」の一環として実施したものであり、関係各位にお礼申し上げるとともに、応答関数を作成いただいた(株)川崎造船 齋藤泰夫氏、ベニックソリューション(株)杉本健氏、大阪大学大学院 飯尾和重氏、気象海象予測の影響について議論いただいた大阪大学大学院 内藤林教授、箕浦宗彦助手にお礼申し上げます。
 
参考文献
1)辻本勝, 上野道雄, 藤田裕, 廣岡秀昭:次世代型帆装船用ウェザールーティングシステムの開発とその評価, 関西造船協会論文集, 第242号, 2004, pp.25-36.
2)柏木正, 杉本健, 上田武志, 山崎啓市, 東濱清, 木村校優, 山下力蔵, 伊東章雄, 溝上宗二:波浪中推進性能解析システム, 関西造船協会論文集, 第241号, 2004, pp.67-82.
3)ASNOP研究会編:パソコンFORTRAN版非線形最適化プログラミング, 日刊工業新聞社, 1991.
4)高嶋恭子, 萩原秀樹, 庄司るり:ウェザールーティングによる燃料節約―コンテナ船の航海データを用いたシミュレーション―, 日本航海学会論文集, 第111号, 2004, pp.259-266.


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