4.3 実験結果に関する考察
(1)温熱指標と代謝量
実験において得られた種々の温熱環境要因の計測データと、それらから算出される人体蓄熱量との関係を明らかにするために、統計的手法を用いて温熱環境要因と人体蓄熱量の関係について考察する。
Fig. 8 |
Storage of body heat in experiment with/without operating cooling fans |
(a) In case of low skylight radiative heat
(b) In case of high skylight radiative heat
まず、温熱環境要因の中でも、屋外では直接的な制御が難しい気温、相対湿度、気流速などの気象要因と制御可能な代謝量に分け、各要因が人体蓄熱量与える影響を調べた。この際、気象要因の影響度を1つの指標で表すためにWBGTを採用した。WBGTは前述のように、気温(乾球温度)ta、グローブ温度tg、湿球温度twから算出され、気温、相対湿度、平均放射温度(全天日射量)、気流速を総合した指標である。
そして、各実験における計測データから1時間の人体蓄熱量を計算して、それぞれを0.1〜0.2、0.2〜0.3、0.3〜0.4、0.4〜0.5(MJ/m2・hour)に分け、WBGTと代謝量の関係を示すとFig. 9のようになり、この図から実線で示すような蓄熱量の境界が推定される。
Fig. 9 Relation between WBGT and metabolic heat
これから、1)休憩中や低労働の代謝量においては、蓄熱量はWBGTに支配される、2)中程度の労働の代謝量においては、2-a)WBGTが小さい場合には、WBGTと他の環境条件により蓄熱量は大きく変化し、2-b)WBGTが大きい場合には、WBGTに関係なく人体蓄熱量は多くなる、と考えられる。なお、Fig. 9を実活用するためにはさらに多くの温熱条件における実験により精度を高める必要がある。
(2)相関分析
温熱環境の各要因と人体蓄熱量の関係を明らかにするために相関分析16)を行った。相関分析を行う際には、温熱環境要因相互の重複を除去するために偏相関係数を用いて検証し、偏相関係数の計算においては、蓄熱量を目的変数にとり、代謝量、気温、相対湿度、平均放射温度、気流速、皮膚温度、全天日射量などの温熱環境要因を説明変数とした。なお、計算には被験者Aの実験データ203個を用いた。また、無相関検定における有意水準は5%とし、この相関係数の信頼性限界は0.138となる。
Table 9に偏相関係数と有意確率を示す。参考として、Table 10に各データの平均値および標準偏差を示す。
代謝量に従い蓄熱量も変化する実験的事実に加えて、皮膚表面での対流熱伝達や周囲からの放射熱交換に関与する気温(偏相関係数:0.95)および平均放射温度(0.92)の蓄熱量に与える影響は大きいと推測される。逆に、皮膚表面での放熱や周囲からの放射による熱交換に関与する気流速(-0.55)や皮膚温度(-0.90)が上昇すれば蓄熱量が減少するという負の相関が現れている。
Table 9 |
Partially correlation between thermal factors on storage of body heat |
Objective variable |
Storage of body heat |
Explanation variable |
Partially correlation |
Metabolic heat |
0.974 |
Air temperature |
0.949 |
Relative humidity |
0.417 |
MRT |
0.916 |
Air flow velocity |
-0.554 |
Skin temperature |
-0.900 |
Skylight radative heat |
0.319 |
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Table 10 |
Averages and standard deviations of thermal factors on experimental data |
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Average |
St. deviation |
Body strage heat [W/m2] |
80.75 |
36.53 |
Metlic heat [Met] |
2.18 |
0.52 |
Air temperature [℃] |
30.79 |
3.70 |
Relative humidity [N.D.] |
0.521 |
0.074 |
MRT [℃] |
52.42 |
12.71 |
Air velosity [m/s] |
1.579 |
0.812 |
Skin temperature [℃] |
35.77 |
0.94 |
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相対湿度(0.42)および日射量(0.32)に関しては、蓄熱量との間に強い相関関係は見られなかった。従って、日射量や相対湿度は熱的快適性対して大きな影響を及ぼす要因であるが、人体の蓄熱量に対してはそれほど大きな影響は与えない。
このことから、暑熱対策として人体蓄熱の抑制を行うには、代謝量や気温、平均放射温度、気流速を調整することが最も効果的である。これには、作業負荷を減らして代謝量を減少させたり、作業間に休憩を取るなどして蓄熱を抑制する他、ファンなどによる強制的な気流速の増加により放熱を促すことなどが対策として考えられる。なお、日射環境下における具体的な作業限界と暑熱対策については次報において述べる。
5 結論
造船所外業現場における暑熱環境下の労働安全の確保を目的として、艤装工事中の船舶の上甲板上において種々の環境要因の計測および作業内容、作業時間、採られている熱対策等に関する調査を行い、外業現場の熱的環境の実態を把握した。これによると、夏季の外業現場は温熱指標WBGTがISO7243の基準値を超える得る熱的に厳しい環境であり、遮光ネットの使用や冷却ファンによる送風などの熱対策が効果的であることを明らかにした。また、エルゴメーターを用いた実験により、作業負荷や環境要因に応じた人体の皮膚温度の変化を計測し、さらに日射による受熱の影響を加えた人体熱平衡方程式を作成して人体蓄熱量を計算した。これらの結果から、種々の温熱環境要因と人体蓄熱量の関係を調べ、蓄熱量の変化は時間的線形性が強く、個人差が少ないことがわかった。そして人体を熱的許容限界内に維持するための熱対策のあり方について考察した。
なお、日射環境下における具体的な蓄熱量予測と作業限界および暑熱対策の効果については次報において述べる。
参考文献
1)中山昭雄(編): 温熱生理学、理工学社(1995)
2)南幸治(編): 建築計画原論・建築設備、共立出版(1957)
3)人間−熱環境系編集委員会編: 人間−熱環境系、日刊工業新聞社(1989)
4)建築学大系編集委員会編: 建築学大系8、彰国社(1959)
5)中橋美智子、吉田敬一: 新しい衣服衛生、南江堂(1990)
6)ISO7933、Hot envirouments-Analytical determination and interpretation of thermal stress using calculation of required sweat rate (1989)
7)村山雅己、福地信義、中橋美智子: 暑熱環境下の海洋作業における熱的限界と温熱対策に関する研究(その1)、日本造船学会論文集、第179号、pp.239-251(1996)
8)村山雅己、福地信義、中橋美智子: 暑熱環境下の海洋作業における熱的限界と温熱対策に関する研究(その2)、日本造船学会論文集、第182号、pp.507-519(1997)
9)Nishi,Y., Gagge,A.p.: Humid operative temperature. A biophysical index of thermal sensation and discomfort, Jour. of Physiology, Paris, No.63, pp.365-368 (1971)
10)村山雅己、福地信義、中橋美智子: 海洋暴露作業における人体への熱的影響と温熱対策の評価、日本造船学会論文集、第183号、pp.499-508(1998)
11)井上宇市: 空気調和ハンドブック、丸善(1982)
12)空気調和・衛生工学会編: 空気調和・衛生工学便覧1基礎編、空気調和・衛生工学会(1989)
13)ISO7730、Moderate thermal environments-Determination of the PMV and PPD indices and specification of the conditions for thermal comfort (1994)
14)Fanger, p.O.: Thermal Comfort, 2nd ed., McGraw-Hill, New York (1972)
15)ISO7243、Hot Environments-Estimation of the heat stress on working man, based on the WBGT - index(wet bulb globe temperature) (1989)
16)菅民郎: 多変量解析の実践、現代数学社(1993)
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