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自由落下式救命艇の着水性能改善について
正員 荒井 誠*   正員 月岡 洋平**
正員 戸澤 秀***     山根 和之****
 
* 横浜国立大学大学院工学研究院
** 三菱重工業(株)(研究当時横浜国立大学工学部)
*** 独立行政法人海上技術安全研究所
**** (株)ニシエフ
原稿受理 平成17年4月13日
 
Improvement of Water Entry Performance of a Free-fall Lifeboat
by Makoto Arai, Member
Yohei Tsukioka, Member
Shigeru Tozawa, Member
Kazuyuki Yamane
 
Summary
 Recently, free-fall lifeboats have been widely adopted as efficient and safety life saving apparatuses for large merchant ships such as bulk carriers and tankers. However, because the increase of the size of mother ships leads to increases in fall heights, dangerous behaviours such as the occurrence of boat motion towards the mother ship after water entry and/or intensive acceleration to the occupants in the boat when it enters the water surface must be anticipated.
 In past studies, water entry performance has mainly been examined in terms of the launching conditions of free-fall lifeboats; the effect of hull shape has not generally been investigated. In this study, therefore, model experiments and numerical simulations were carried out, and a free-fall lifeboat system to be used for large merchant ships with 25 meter fall heights was examined. Improvement of the hull shape and optimization of the launching parameters were then conducted based on the issues found from the investigation.
 
1. 緒言
 自由落下式救命艇は、災害時における船舶からの迅速かつ安全な脱出装置として、ばら積み貨物船やタンカーをはじめとする大型船舶に対しても広く採用されるようになってきた。しかしながら、母船が大型化するとともに艇の落下高さも増大するため、着水後に母船に戻る方向に救命艇が運動したり、着水時に乗員に作用する加速度が大きくなるなどの危険な挙動の発生が予想される。ところで、自由落下式救命艇の着水時の性能については、従来は滑台上の滑降距離や滑台傾斜角等の進水開始時の発進に関係した条件について主に議論されてきたが船型についてはあまり検討されていなかった。そこで本研究では、模型実験や数値シミュレーションを実施して、大型母船を想定した落下高さ25m級の救命艇システムの実現を目指した検討を行う。また、その場合に存在する問題点を明らかにして、救命艇の船型の改良や進水条件の最適化を行う。
 
2. 自由落下式救命艇着水挙動の数値計算法
 自由落下式救命艇の母船からの離脱運動は、着水前の空中運動と着水後の水面付近での運動に分けられる。空中運動は滑台上の滑降から始まり、滑台端部での拘束回転、自由落下を経て水面に着水するまでである。着水後の救命艇は、水面でスラミング(着水衝撃)を起こした後、水中航走、水面への再浮上、浮上後の慣性航走の各段階を経て母船から遠方に離脱する。空中運動の計算法については田崎らの研究がある1)。また、著者らは更に着水後の救命艇の運動まで考慮した数値計算法を報告している2)-7)。ここでは本論文中の議論の参考とするため、論文[7]から着水以降の計算法の部分を引用して以下に示す。なお、実際の離脱時には着水と同時に艇の推進機が稼動するので、着水後の運動にはその影響もあるが本稿では無視する。
 
Fig. 1 Launching of a free-fall lifeboat.
 
 艇の質量をM、慣性モーメントをI、空間固定座標系に対する艇の重心の水平および上下方向の位置をxおよびz、静水面に対する艇の傾斜角(回転角)をθとすると着水後の艇の運動方程式は
 
 
と表せる。ここで、FmnおよびFmaは艇の上下方向および前後方向(Fig. 2のζおよびξ方向)の流体力学的運動量変化に基づく力の成分を表す。また、FdnおよびFdaは、それぞれ艇の上下方向および前後方向の抗力成分である。これらの流体力の成分は運動する艇に固定した局所座標系を用いて評価する。さらに、Fbは浮力、Mgは自重を示している。同様にして、Mmnは運動量変化によるモーメント、Mdnは抗力によるモーメント、Mbは浮力によるモーメントである。
 (1)式右辺の外力項の評価は、浮力(Fb,Mb)と艇の上下方向(normal direction)および回転方向の力の成分(Fmn,Fdn,Mmn,Mdn)に関しては、艇を長さ方向に40等分し前後端を含み合計41横断面での力を評価して、それらを艇の長さ方向に積分することにより求める。
 例えば浮力成分は
 
 
と表せる。ただし、Ai(ξ)は没水部分の断面積、ξは艇に固定した座標系において艇の長さ方向を表す局所座標である。なお、積分記号は艇の後端から前端までの積分を意味する。
 着水初期の挙動にもっとも重要な関係があるFmnおよびMmn
 
 
 
で求められる。ここで、mは各断面の上下(heave)方向付加質量、tanαは船首底部の傾斜を表す。Vaxは艇の前進速度で
 
 
である。
 次に艇の前後方向(axial direction)に作用する力の成分Fmaであるが、この評価には上下方向の力の成分の評価で用いたストリップ法的な考え方は適用できない。従って、艇全に作用する力としてFmaを評価することにする。まず、艇長の1/2(船体の前半部分)が没水した際の付加質量が無限流体中の回転楕円体の付加質量の1/2に等しいと仮定する。次に、lを船首端から測った艇の長さ方向の没水量として、lが1/2艇長以下のときは船首端からlの位置の横断面積と船体中央の横断面積の比で付加質量を評価することにする。lが1/2艇長以上のときは一定値(回転楕円体の付加質量の1/2)とする。以上のようにして、前後(surge)方向の付加質量をlの関数m(l)として表すと、前後方向の力は
 
 
によって評価することができる。ここでvaxは艇の前進方向の加速度を表す。
 水中航走時に救命艇に作用する抗力成分は以下の式によって評価する。
 
 
 ただし、ρは流体密度、CdaおよびCdnはそれぞれ前後および上下方向の抗力係数、Acmは船体中央の断面積、2Cmは各横断面の最大幅を表す。また、Vaxは(6)式に示した艇の前後速度成分、vnrは艇の各位置における上下方向の速度成分で
 
 
である。
 着水後の救命艇の時々刻々の運動は(1)式右辺に現れるm,m等の慣性項を運動方程式の左辺に移項して、時間積分法により数値計算する。本研究では運動方程式の時間積分にはNewmark-β法を用いた。
 以上の方法によって、空間固定座標系に関する艇重心の加速度成分が計算できるので、艇とともに移動する座標系における艇内各位置の加速度(すなわち、模型実験の際に模型に搭載した加速度計で計測される加速度、ないしは乗員が受ける加速度)を次式により評価する。
 
 
Fig. 2 Water entry parameters of a free-fall lifeboat.


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