日本財団 図書館


温度成層条件における海洋肥沃化装置「拓海」の放流水貫入深度
正員 板東晃功*     桜澤俊滋**
梅木雅之*  正員 大内一之***
池上康之*
 
* 佐賀大学海洋エネルギー研究センター
** (株)ゼネシス
*** (株)大内海洋コンサルタント
原稿受理 平成17年2月24日
 
Intrusion Depth of Discharged Water from Ocean Nutrient Enhancer "TAKUMI" into the Se a with Temperature Stratification
by Akiyoshi Bando, Member
Shunji Sakurazawa
Masayuki Umeki
Kazuyuki Ouchi, Member
Yasuyuki Ikegami
Summary
 In this paper, model experiments and numerical calculations were performed in order to clarify the behavior of the discharged water from the ocean nutrient enhancer "TAKUMI" into the sea with temperature stratifications. The results demonstrate that temperature stratification prevents the discharged water from sinking to the bottom, and the calculation in this paper can estimate the intrusion depth of the discharged water from "TAKUMI".
 
1. 緒言
 世界規模で食糧不足が一段と深刻化しており、その解決策の1つとして漁業資源の増産が望まれている。しかし漁業資源は、乱獲などの問題を抱えているのが現状である1)。一方、世界の漁業資源の半分が、全海洋の0.1%の面積の湧昇域にあると言われている2)。湧昇域は、栄養塩の豊富な海洋深層水が表層に湧き上がる海域である。2000年に社団法人マリノフォーラム21は、漁業資源の増産を目指し、湧昇域を人工的に作り出す海洋肥沃化装置の開発計画を開始した3)。海洋肥沃化装置は、深層水取水管の検討4)5)、放水ポンプ試験6)、設計・製作7)などの過程を経て、「拓海」と命名され、2003年5月に相模湾中央に設置8)、現在稼動中である。「拓海」は、日量10万m3の深層水を取水し、放流水の沈降を防ぐため表層水で密度調節後、水深20mの有光層に日量30万m3の放流を行っている。「拓海」設置海域では湧昇域と同様に、有光層に滞留した深層水の栄養塩により、植物プランクトンが増殖し、食物連鎖に従って好漁場が形成されることが期待されている。「拓海」を用いて効果的に海洋肥沃化を行うためには、放流水の挙動が最も重要である。しかし、実海域が深さ方向に温度勾配を持つ温度成層を有するため、放流水は熱拡散を含んだ複雑な挙動となる。
 現在までに「拓海」の放流水に関していくつかの研究が行われてきた。「拓海」設計時に大内ら9)は、塩分成層を作成した2次元および3次元の水槽で、拓海模型を用いた放流実験を実施した。この実験では重力流の拡散挙動を確認し、「拓海」から放流された放流水が直径500m、厚さ12mの範囲で広がると予測している。また、「拓海」稼動後に大村ら10)、池谷ら11)は、「拓海」設置海域における海洋調査を行った。この調査では水温・塩分濃度計測などにより、「拓海」からの放流水が海域に滞留していることが確認されている。その他、「拓海」の放流水と関連する研究として、馬場ら12)の成層流体中を進行する重力流の研究がある。この研究では可視化実験と2次元計算を行い、重力流の進行速度と構造に及ぼす成層の影響の調査を行っている。重力流に関して現在まで数多くの研究が行われており13)14)、現在では、数値計算により重力流の先端部を詳しく調査した研究も実施されている15)
 現在、これらの研究に加えて、より詳細な放流水の挙動の検討が必要とされている。しかし、深層水放流に関して、実海域の温度成層を考慮した研究は少なく、「拓海」実機に適用可能な研究が必要である。本研究では、海洋肥沃化装置「拓海」の効果的な海洋肥沃化のため、温度成層条件下の放流水挙動の解明を目的とした。本論文では、特に「拓海」の技術課題である放流水の有光層への滞留に必要な、放流水の貫入深度に着目し、温度成層を作成可能な実験水槽での模型を用いた放流実験と、温度成層を考慮した3次元の数値計算を行った。
 
2. 温度成層中の放水実験
 実験は、Fig. 1に示す佐賀大学海洋エネルギー研究センターの海洋深層水環境模擬実験水槽16)に「拓海」の模型を設置して行った。この水槽は、長さ10m、幅1.0m、水深1.2mで、深さ方向に温度の異なる5℃〜35℃の温度成層を作成し、5℃〜42℃の水を放流することができる。拓海模型の写真と概略図をFig. 2に示す。本模型は、「拓海」の1/100の縮尺で、模型上部の管より供給された水を、間隔2.78mmの放水口より8方向に放水することができる。放流水の可視化のため、放流水中にフェノールフタレインを入れた水酸化ナトリウム水溶液を混ぜ、水槽側面の観察窓よりハイビジョンデジタルビデオカメラによる撮影を行った。実験時間は放水開始から5分間とし、動画より5分後の静止画像を取り出し放流水の挙動を評価した。実験条件をTable 1に示す。全ての実験は潮流のない静止流体中で行った。一方、水鳥ら17)は、均一密度場への放流水拡散現象を模型実験で取り扱う場合、内部フルード則を用いる必要があり、内部フルード則を成り立たせるためには、実機と模型で式(1)の放出内部フルード数Froを揃えれば良いとしている。
 
 
 ただし、uo: 放出口での放流水放出速度、g: 重力加速度、d: 放水口間隔、β: 流体の体膨張係数、ΔTo: 放流水温度と放水口位置の周囲流体の温度差である。そこで、放出内部フルード数Froを、「拓海」実機と模型実験で一致させ、全ての実験で放流水放出速度を0.043m/sとした。水槽の水温は、温度成層がない場合とある場合を設定した。温度成層がない場合には20℃の一定水温とした。一方、静止流体層全体の成層強さとして、池畑ら18)と同様の式(2)のリチャードソン数Rigを定義した。温度成層がある場合、実海域と水槽でRigを一致させた。本実験では夏季の温度成層を想定し、深さ120mまでの実海域を深さ1.2mの水槽内に再現する。相模湾で8月に計測された水温の鉛直分布のデータ19)を基に、水槽内に表層から25℃〜13℃の直線的な水温を設定した。
 
 
 ただし、ΔTs: 成層上端と下端の温度差、h: 成層厚さである。なお、本実験では成層厚さhは深さとなり、実海域でh=120m、実験でh=1.2mとなる。放流水水温は、10℃、15℃、20℃、25℃の4種類とした。ここで、10℃は深層水のみの放流水水温に、20℃は「拓海」と同比率で深層水と表層水を混合した放流水水温に相当する。
 
Fig. 1 Deep Ocean Simulation Water Tank
 
Fig. 2 Photograph and layout of TAKUMI model
 
Table 1 Experimental conditions
Case Initial temperature of discharged water Water temperature in the tank Internal Froude number
Fro
Richardson number
Rig
A-1
A-2
10℃
10℃
20℃
25〜13℃
5.8
5.1
0
16
C-1
C-2
20℃
20℃
20℃
25〜13℃
-
11
0
16
 
 温度成層のある場合の水槽の設定確認のために、水槽に実験条件と同じ25℃〜13℃の温度成層を作成し、水槽中央で測温抵抗体による水温測定を行った。Fig. 3に水槽の設定水温と水温計測結果を示す。この図より、本水槽は、温度成層がある場合にほぼ設定水温どおりに直線的な水温分布を作成できることを確認した。
 
Fig. 3  Setting and measured water temperature in the water tank with temperature stratifications


前ページ 目次へ 次ページ





日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION