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1.2 国際犯罪の刑事裁判管轄権の原則
 刑法の適用範囲を考察する上で、重要であり、一般的に認められている原則を上げ、それぞれについて簡単に説明する。
 一般原則はいくつもあり、時代の変遷とともに多少変化しているが、1935年ハーバードロースクールの国際法研究において、5つの一般原則としてまとめられたが、第二次大戦以後国際交流が増大し、刑法の基本原則である主権概念に基づく国家性の原則での対応が難しくなり、新たに代理主義という概念も導入されるようになった。
 以下に刑法の適用基準の主な原則について、説明することとする。
 
1.2.1 属地主義
 領土主義に基づき自国の領土内で行われたすべての犯罪行為に対して、その国籍を問わず自国の刑法が適用されるものであり、広く各国で基本的な原則として普遍的に承認を受けている。
 国外にある自国船籍の船舶・航空機の内部で行われた行為についても、自国の領土内で行われたものとみなし、適用する場合があり、わが国も採用している。
 また、国内で開始され国外で結果が完成する犯罪の裁判権と適用する主観的属地主義や逆に国外で開始され国内で結果が完成する犯罪の裁判権を適用する客観的属地主義についても、その犯罪の構成要件の一部が国内で実行されたとみなしうる場合には、国際法上もこれを属地主義に含めて許容している。
 特に、客観的属地主義は一般的な支持を受けており、フランスの汽船とトルコの石炭運搬船が公海上で衝突した「ローチェス号事件」では、常設国際司法裁判所で異論はあったもの、この主義を適用したものといわれている。(加害船舶の国籍国に裁判権ありとされた。)
 
1.2.2 積極的属人主義
 自国の国籍をもつ者が行った犯罪について、犯行地のいかんにかかわりなく自国の刑法が認められるとするものであって、一般的には積極的属人主義といわれる。
 属地主義との間で裁判管轄権の競合や重処罰の危険が生ずることから、わが国においても、法益の侵害程度が比較的大きなものについては積極的属人主義を取っており、刑法第3条で、国民の国外犯を規定し、放火、強姦、重婚、殺人、傷害、強盗、窃盗、誘拐、詐欺等の社会的法益及び個人的法益を侵害する犯罪のうち、比較的重大な犯罪が処罰の対象とされている。
 
1.2.3 消極的属人主義
 被害者が自国の国民であることを根拠にして、外国人の加害者が外国にあっても自国の刑法の適用が認められるものとするものであって、国民保護主義ともいうが、外国の刑事司法制度に対する不信感を募らせることになる場合が多く採用する国は少ない。
 当主義は、旧刑法(昭和22年刑法改正前)には外国人の国外犯規定として存在していたが、強烈な戦前の国家主義の名残りで、戦後の反省から、削除された。
 しかし、現在、2002年に発生したTAJIMA号事件の問題点の検討から、外国人による日本人に対する特定犯罪についての処罰規定が復活し、現在では当主義が貫かれているといえる。
 
1.2.4 保護主義
 国家保護の立場から自国の政治、経済等の重要な法益を侵害する犯罪に対して、加害者の国籍及び犯罪地の如何を問わず自国の刑法の適用が認められるものとするものであって、国家保護主義とも言われ、消極的属人主義が自国民の法益保護を図っているのと対比されるが、重大な国家法益を保護するためには外国人に対して刑罰を持って規制するもやむなしとし、多くの国で採用されている。
 わが国も、刑法第二条において国外犯を規定し、内乱、外患、通貨偽造、公文書偽造、公印偽造等の国家的または社会的法益の侵害に対する犯罪が処罰の対象とされている。
 また、刑法第4条において、公務員の国外犯として、公務員がその職を逸脱した場合に、犯罪地の如何を問わず自国の刑法を適用している。
 
1.2.5 普遍主義
 各国の共通の利益を守る立場から人権、海上交通・通商、通信、保険・衛生等の国際犯罪に対し、加害者の国籍及び犯罪地の如何を問わず、自国の刑法の適用が認められるとするものであって、世界主義ともいう。
 従来は国際慣習法上で海賊行為、奴隷取引等の特定犯罪について認めていたが、多国間条約により普及している。
 
1.2.6 代理主義
 ある国の刑罰法規に違反して、外国に逃亡した犯罪者について、何らかの理由により引渡しが行われない場合で犯罪者を処罰したいときに、国内刑法の適用がない外国に対して自国に代わって当該国の刑法を適用して処罰してもらうことと、逆に、自国民が外国で犯罪を犯し、自国へ逃亡した場合、自国民の不引渡しの原則に従い本来は国内法の適用のない犯罪について自国民を外国へ引き渡さず、外国に代わって自国においてこれを処罰することが認められるものであって、あまり重要でない犯罪を対象にすることが多く、ヨーロッパ理事会の構成国で定着している。
 従来の刑罰権を国内のみに属するものという原則を乗り越え、国際的な法共同体を構成しているが、その根底には地域的密接性のほか、文化的・経済的・政治的な類似性と利害共通という特別な状況がある。
 
1.3 主要国における刑事裁判管轄権の状況
 TAJIMA号事件の発生を踏まえ、国土交通省海事局は平成14年6月20日、外務省、法務省、海上保安庁の参加を得て「日本関係外国籍船内における犯罪に関する諸問題検討会」を設置した。
 同委員会において外務省より提供された資料には、外航海運に関係する主要国における刑事裁判管轄権の状況に関するものがある。そこで同資料に基づき、主要国における国際犯罪に関する刑事裁判管轄権の状況を以下に示す。
 
・主要国の、公海上の外国籍船における外国人による自国民を被害者とする殺人罪類似の事案に対する刑事裁判管轄権の有無(ただし、「有」の国には一定の場合に限るものもある)
 
米国   有
フランス 有
イタリア 有
カナダ  有
英国   無
オランダ 原則無
韓国   原則有
 
・主要なわが国への船員供給国の国内法における殺人罪等の重大犯罪に関する国外犯規定の有無
 
フィリピン  無
ヴィエトナム 有
中国     有
ミャンマー  無
インドネシア 有
 
1.4 わが国刑法における殺人罪・傷害罪の要件
 わが国刑法では、生命・身体に対する罪の中で、特に重大な殺人・傷害の罪について、第百九十九条と第二百四条にそれぞれ規定している。わが国の刑法においてそれらの罪が成立する要件について、以下に説明する。
 
1.4.1 普通殺人の要件
 刑法では、自殺関与罪・同意殺人罪を除く普通殺人について以下のように定めている。
 
第百九十九条 人を殺した者は、死刑又は無期若しくは5年以上の懲役に処する。
 
 ここで、普通殺人の客体は、行為者を除く自然人であり、「殺」すこととは、殺人の故意をもって、自然の死期に先立って、他人の生命を断絶することであって、手段・方法のいかんを問わない。よって、例えば重傷者に必要な手当を与えないで死亡させた場合には、不作為による殺人が成立するものと考えられる。
 
1.4.2 傷害の要件
 刑法では、傷害について以下のように定めている。
 
第二百四条 人の身体を傷害した者は、15年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。
 
 ここで、傷害の客体は他人の身体であり、自傷行為は本罪を構成しない。また、「傷害」の意義とは、複数の説があるものの、判例では人の生理機能を害すること(生理機能障害説)とされている。そして、傷害の程度については、判例では形式的には傷害に該当しても、軽微なものは傷害罪で処罰するに値する「傷害」にはあたらないとされ、小さな発赤、きわめて短時間の人事不省は「傷害」にあたらないとされる。
 また、傷害の方法については、暴行すなわち有形的方法による場合が一般的であるが、刑法は方法について何ら限定を加えていないので、無形的方法による場合(暴行によらない傷害)も可能である。例えば、病人に栄養・医薬を与えないで衰弱させる場合がこれにあたる。以下に、わが国の判例において、傷害と認められた例、認められなかった例について示す。
 
判例上傷害と認められた例、認められなかった例
傷害と認められた結果の例 有形的方法 胸部の疼痛、失神、めまい、吐き気、キスマーク、女性の毛髪の切断
無形的方法 病毒の感染、嫌がらせの電話により精神衰弱となった場合
傷害と認められず、暴行とされた行為の例 髪の毛を根本から切る行為、一時的(30分)に人事不省に陥らせる行為、太鼓を耳元で打って朦朧とさせる行為
 
1.4.3 傷害致死の要件
 傷害の故意をもって人の身体を傷害し、結果として人の死亡の結果が発生した場合(結果的加重犯)は、傷害致死が成立する。刑法では、傷害致死について以下のように定めている。
 
第二百五条 身体を傷害し、よって人を死亡させた者は、3年以上の有期懲役に処する。
 
1.4.4 暴行罪の結果的加重犯としての傷害罪
 刑法二百八条に定める暴行とは、人の身体に対して向けられた不法な有形力の行使において、傷害に至らなかった場合を指す。暴行は、殺人・傷害と比較すると法益侵害の程度が低いため、刑法三条、三条の二で定める国民の国外犯、国民以外の者の国外犯として処罰される罪には含まれていない。しかし、通説では傷害には暴行の故意で傷害の結果が発生した場合(結果的加重犯)も含むことになり、そのような場合は国外犯の規定が適用されることとなるので注意が必要である。


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