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6. ニッポンマリタイムセンター(Nippon Maritime Center; NMC)
(1)概要
 NMCは、平成14年4月、シンガポールに設立された非営利法人である。組織としては、(財)マラッカ海峡協議会(Malacca Strait Council; MSC)、日本財団および(社)日本海難防止協会(The Japan Association of Marine Safety; JAMS)の実質的な現地事務所としての活動を行っている。NMCの主要な業務は、マラッカ・シンガポール海峡を含む東南アジア海域全般における航行安全対策、海洋汚染防止対策および海上安全治安対策を推進するための調査研究、情報の収集・分析・発信及び国際協力であり、日本の海運界の協力や、国土交通省及び海上保安庁の指導の、もと、民間機関として積極的な活動を展開している。
 また、NMCには国土交通省及び海上保安庁の現役職員が出向しており、民間組織でありながら、場合によっては日本政府機関の活動を側面的にサポートできるという一面を持つ。そのため、様々な他の機関・組織から支援を求められる、世界的にも特長的な組織として定着しつつある。加えて、業務の一つである協力プロジェクトの調整においては、国単位で調整を行うのではなく、プロジェクト単位で国境を越えた調整や民間レベルの調整も行うことができ、非常に活発かつ機能的に行動できる体制となっている。
(2)職務内容
 マラッカ・シンガポール海峡(以下「マ・シ海峡」という。)を含む東南アジア海域全般における航行安全対策、海洋汚染防止対策及び海上治安対策は、基本的には、マ・シ海峡沿岸国や東南アジア諸国の政府関係機関(海事局、港湾局、沿岸警備隊、海上警察、環境省など)が主導的役割を果たして実施すべきものであると、NMCは認識している。
 一方で、マ・シ海峡では、海峡沿岸国が実施する航行安全対策に加え、日本の民間団体である日本財団や(財)マラッカ海峡協議会などが、海峡沿岸国関係当局と協力の上、過去30年以上にわたり、独自の航行安全対策を実施してきている実績がある。近年ではまさにこの受益者(国)負担の考え方が海洋管理上のスタンダードになりつつある。
 NMCでは、マ・シ海峡を含む東南アジア海域の沿岸国が実施する各種施策に対し、その概要、有効性などに関する調査研究や情報収集・分析・発信を幅広く実施する一方で、日本を代表する一機関として相応しい協力分野のあり方を探求している。
 以下は、NMCの具体的な実施事業の概要である。
(1)マ・シ海峡で発生した海難事故情報の収集・分析
(2)マ・シ海峡沿いの港湾、航路標識等に関する現地調査
(3)マ・シ海峡沿岸国の航行安全対策の責任者を招聘して実施するNMC非公式会合の開催
(4)マ・シ海峡電子海図共同刊行のための側面的支援
(5)アセアン諸国の海洋汚染対策に関する情報交換ネットワークの構築
(6)東南アジア海域で発生した海賊事件情報の収集・分析
(7)海賊対策に係る専門家会合、連携訓練のための側面的支援
(8)政府関係当局との定期的な意見・情報交換
(9)アセアン事務局、PEMSEA事務局などの国際機関事務局との定期的な意見・情報交換
(10)航行安全、海洋環境、海上治安に関するシンポジウムなどでのプレゼンテーション
(11)定期情報誌の発行
 
マ・シ海峡周辺位置図
(拡大画面:146KB)
 
(3)東南アジア海域の治安
 航行船舶の海難事故の発生の頻度という狭い観点で東南アジア海域の安全性をとらえた場合、船舶のための航行環境の改善および海難発生時の捜索救助体制の整備などにより、海域の安全性をある程度向上させることが可能となる。
 一方、この海域では、海賊および船舶に対する武装強盗(以下「海賊」という。)事件が頻発している。特に、重要な海上航路であるマ・シ海峡では、海賊問題に加え、同海峡を航行するタンカーや同海峡にある石油精製施設等を攻撃対象とするテロ活動の潜在的脅威が存在し、付近の航行船舶に与える影響も懸念されている。
 これらの問題に対処する責務を有するのは沿岸国の海上警備機関等の治安機関となるが、各機関が有する海上警備力については、装備・予算的および制度的に地域毎に不均衡や欠如が生じており、東南アジア海域をトータルで見た場合、まだまだ改善の余地が残されている。また、それらの問題の性格上、各地域の海上警備機関が連携・協力して対処する必要性が指摘されている。それに伴い、2002年4月の「海賊対策国際会議」以降は、日本の海上保安庁が主導的役割を果たし、連携訓練や専門家会合の開催など、積極的な連携・協力活動が行われている。しかし、海賊問題やテロリズムは、警察力では解決できない社会構造上の問題を原因とする場合や、各国間の政治外交・安全保障バランス上に存在する場合もあり、解決をより困難なものとしている。
 海賊問題については、東南アジア地域海上警備機関と海上保安庁との海賊対策連携訓練の定期的な実施、海賊対策専門家会合の開催、各国海上警備機関からの研修生の受け入れなど、様々な海賊対策が講じられてきてはいるものの、海賊問題は根強く、発生件数においては、なかなかその効果が現れていないのが現状である。また、イスラム過激派のテロリストの関与が疑われているものとして、イエメン沖でフランス籍のVLCCがテロ攻撃を受け爆発・炎上するという事件、インドネシア・バリ島の繁華街で、爆薬を積んだ乗用車が爆発炎上し、付近の建物が爆風で倒壊、多数の死傷者が出た事件等が発生している。
 これらのことを併せて考えると、東南アジア地域には、海賊や国際犯罪組織に加え、イスラム過激派のテロリストが活動を行っており、マ・シ海峡通航中の船舶が海賊のみならず、テロ攻撃の対象にも十分になり得るということが予想される。また、マ・シ海峡を通過中の船舶がテロ攻撃を受けるという事件が発生した場合には、同海峡の安全性を根本から見直す動きが一気に高まり、アジア太平洋地域における海上輸送活動に多大なる影響が生じ得るという可能性もある。このことから、東南アジア海域をめぐる治安状況は、同海域の広い意味での安全性に甚大な影響を与えるものとして、決して見逃すことのできない意味を有している。
 NMCでは、「新しい国際協力の仕組・枠組の構築」を最重要課題とし、関係各国を側面的に支援していきたいと考えている。
 
NMCの職員の方々と国際会議室にて
 
(4)質疑応答
Q1 日本の国土交通省、特に海上保安庁との関係について教えてください。
A1 国土交通省所管の公益法人という一面もあり、安全対策などの職務に関して積極的に指導を受けています。また、国土交通省及び海上保安庁の現役職員の派遣(出向)を受けており、国の政策に対する側面的支援も行っています。
 
Q2 シンガポールと日本の業務に関する協力について教えてください。
A2 シンガポールは自国周辺海域を中心としたマ・シ海峡の安全対策にとても積極的で、日本の技術支援に対しても非常に協力的です。ただし、他のマ・シ沿岸国同様、沿岸国の主権問題については非常に敏感であるため、プロジェクト等の調整にあたっては臨機応変の対応が必要となります。
 
Q3 予算についてはどのようになっているのですか。
A3 予算は直接的には(社)日本海難防止協会の本部から支給されています。額的には年間約8,000万円で、一部、政府関係のプロジェクト等に関係する政府からの収入もありますが、予算のほぼ100%が日本財団の支援によるものとなっています。
 
7. 終わりに
 この度のシンガポール渡航における各機関の訪問の結果、シンガポールが、いかに自国の港のセキュリティに力を注いでいるかを知ることができた。日本では見られない警備体制やセキュリティのための新しいシステムなど、日本の海運業界および海上保安機関にとって参考となるものも多かった。また、NMCのような国際協力に力を入れている機関にも訪問でき、さらに大きな視点で物事を捉える重要性も再認識できた。シンガポールでのこの経験は、海上保安業務を担っていく我々にとって、非常に大きな糧となったと思う。
 最後に、海事セキュリティについて研究している我々に対して、このような有意義な海外渡航研修の機会を与えてくださった日本財団、海上保安協会に深く感謝申し上げる。また、現地施設調査の調整に快くご協力してくださった日本海難防止協会シンガポール事務所市岡卓所長、施設見学に際し同行し色々な助言を下さった同事務所喜志多健史所長代理、Capt Mathew Mathai氏および同事務所の職員の方々、並びに調査にご協力いただいたPCG、CISCOおよびMPAの職員の皆様、加えて、事前準備の際に協力していただいた関係機関の方々にあらためて感謝の意を表し、本報告の結びとする。


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