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不思議(ふしぎ)な話(はなし)おそろしい話(はなし)
人をさらう恐ろしい天狗の面
〈原岡・紺屋歴史資料館蔵〉
 
竜王(りゅうおう)の子(こ)の約束(やくそく)
 昔(むかし)むかしのある日(ひ)、漁師(りょうし)たちが沖(おき)に仕掛けた(しかけた)網(あみ)を引き上げて(ひきあげて)いました。
 しかし、なぜかその日(ひ)は不漁(ふりょう)で、雑魚一匹(ざこいっぴき)掛かって(かかって)いないのです。最後(さいご)の網(あみ)もあきらめながら引き(ひき)ますと、こんどは大きな(おおきな)手応え(てごたえ)があって、頭(あたま)が竜(りゅう)のような怪魚(かいぎょ)が一匹(いっぴき)上がって(あがって)きたのです。
「魚(さかな)の獲れねえ(とれねえ)のは、こいつのためだっぺ。叩き殺して(たたきころして)しまえ。」
「いや、見た(みた)事(こと)もねえ気味(きみ)の悪い(わるい)奴(やつ)だ。持ち帰って(もちかえって)見世物(みせもの)にでも売る(うる)べえ。」
 漁師(りょうし)たちが勝手(かって)な言い合い(いいあい)をしていますと、驚いた(おどろいた)事(こと)にその魚(さかな)が口(くち)を利いた(きいた)のです。
「私(わたし)は海(うみ)の底(そこ)に住む(すむ)竜王(りゅうおう)の子(こ)です。うっかり網(あみ)に掛かって(かかって)しまいましたが、逃がして(にがして)くれたらお礼(れい)をします。」
 漁師(りょうし)たちは魚(さかな)に答え(こたえ)ました。
「竜王様(りゅうおうさま)は俺(おれ)たちを海(うみ)から守る(まもる)神様(かみさま)だ。その子(こ)なら逃がして(にがして)やるよ。お礼(れい)と言った(いった)が、お前(まえ)にできる事(こと)なら何(なん)でもいいよ。」
「お礼(れい)は、時化(しけ)が近づいたら(ちかづいたら)、海(うみ)の底(そこ)から太鼓(たいこ)を叩いて(たたいて)知らせ(しらせ)ます。約束(やくそく)しますよ。」
 逃がして(にがして)もらった魚(さかな)は大喜び(おおよろこび)で海底(かいてい)深く(ふかく)消えて(きえて)行き(いき)ました。その時(とき)から、時化(しけ)が近づく(ちかづく)と、「ドドーン、ザザー」と音(おと)がして、波(なみ)が船(ふね)に当たる(あたる)ようになったそうです。
 
 
海坊主(うみぼうず)
 明治(めいじ)の頃(ころ)までの話(はなし)ですが、漁師(りょうし)が沖(おき)に出て行き(でていき)ますと、不思議(ふしぎ)な事(こと)がありました。時々(ときどき)ボヤーッとした薄赤(うすあか)の明り(あかり)をつけた、大きな(おおきな)船(ふね)に出会う(であう)のです。
 その船(ふね)は外国(がいこく)の蒸気船(じょうきせん)みたいな形(かたち)で、船(ふね)の上(うえ)の方(ほう)は、ボーッとしていて、下(した)の方(ほう)は透けて(すけて)薄く(うすく)なっていました。それが遠く(とおく)でもなく、近く(ちかく)でもないように漁師(りょうし)の船(ふね)をめがけて走って(はしって)くるのです。
 若い漁師(りょうし)は、
「でっけえ(大きい(おおきい))船(ふね)が来た(きた)から、かわすべえ。」
 と言って(いって)逃げる(にげる)のですが、その船(ふね)はどこまでも漁師(りょうし)の船(ふね)を追って来て(おってきて)離れない(はなれない)のです。
 その(とき)時、船(ふね)に年寄り(としより)の漁師(りょうし)が乗って(のって)いますと、
「あ、海坊主(うみぼうず)だ。」
 と叫び(さけび)、急ぎ(いそぎ)海面(かいめん)を竿(さお)でパンパン叩いた(たたいた)のです。海面(かいめん)を竿(さお)などで強く(つよく)叩く(たたく)のは、幽霊船(ゆうれいせん)を追い掃う(おいはらう)呪(まじない)いだからです。
 すると、その大きい(おおきい)船(ふね)はスーッと消えて(きえて)しまいました。船(ふね)は海坊主(うみぼうず)に間違い(まちがい)なかったのです。
 
 
御岳様(おんたけさま)の小人(こびと)
 むかし豊岡(とよおか)の漁師(りょうし)が、お盆(ぼん)になりますと子供(こども)に聞かせた(きかせた)話(はなし)です。
 南無谷(なむや)の豊受神社(とようけじんじゃ)の西方(せいほう)に御岳様(おんたけさま)と呼ぶ(よぶ)小さな(ちいさな)山(やま)がありますが、そこには行者姿(ぎょうじゃすがた)の小人(こびと)が隠れ住み(かくれすみ)、不思議(ふしぎ)な術(じゅつ)を行って(おこなって)、人(ひと)を驚かせた(おどろかせた)そうです。
 本当(ほんとう)の話(はなし)ですよ。豊岡(とよおか)の漁師(りょうし)たちが夜中(よなか)に沖(おき)の方(ほう)で漁(りょう)の最中(さいちゅう)、南無谷(なむや)の方(ほう)を見ます(みます)と、ときどき、ボーっと大きな(おおきな)火の玉(ひのたま)が、御岳様(おんたけさま)から空高く(そらたかく)浮き上がり(うきあがり)、南無谷崎(なむやざき)の方(ほう)へ行ったり(いったり)来たり(きたり)するのが見えた(みえた)そうですからね。
 「小人(こびと)の仕業(しわざ)に違い(ちがい)ない。いったい何(なに)をしているのだろう。」
 「小人(こびと)が火の玉(ひのたま)といっしょに、空(そら)を飛んで(とんで)いるのだろうか。」
と話し合い(はなしあい)ながら見て(みて)いますと急(きゅう)に恐ろしく(おそろしく)なり、漁(りょう)どころではなくなるというのです。
 子供(こども)を怖がらす(こわがらす)話(はなし)となった南無谷(なむや)の御岳様(おんたけさま)は、古来(こらい)から修験道(しゅげんどう)のための霊峰(れいほう)で、山頂(さんちょう)には国常立尊(くにのとこたちのみこと)(転地開闢(てんちかいびゃく)と共(とも)に現れた(あらわれた)神(かみ))・大巳貴命(おおなむちのみこと)(大国主命(おおくにぬしのみこと)の別名(べつめい))・少彦名命(すくなびこなのみこと)(小人(こびと)だが敏捷(びんしょう)で忍耐力(にんたいりょく)に富み(とみ)、大国主命(おおくにぬしのみこと)に協力(きょうりょく)して国土(こくど)の経営(けいえい)に当たった(あたった)神(かみ))の三神(さんじん)を合祀(ごうし)した石塔(せきとう)が立って(たって)います。
 今(いま)は廃れて(すたれて)いますが、昭和(しょうわ)の初め(はじめ)までは御岳様(おんたけさま)を信仰(しんこう)する人(ひと)が南無谷(なむや)にたくさんおりましたので、御岳構(おんたけこう)の籠もり(こもり)を行ったり(おこなったり)、正月(しょうがつ)にはお供え(そなえ)の餅(もち)を奉納(ほうのう)する人(ひと)で賑わい(にぎわい)ました。眺め(ながめ)の良い(よい)山頂(さんちょう)は、美しい(うつくしい)庭園(ていえん)のようになっていました。
 
亡者船(もうじゃぶね)
 昔(むかし)むかし、ある浜(はま)の漁師(りょうし)が、お盆(ぼん)の夜(よる)に漁(りょう)をしていますと、急(きゅう)に海上(かいじょう)が荒れ出して来(あれだしてき)ました。すると、そこへ万灯(まんどう)をこうこうと付けた(つけた)大きな(おおきな)船(ふね)が近付き(ちかづき)言った(いった)のです。
 「柄杓(ひしゃく)を貸して(かして)くれー。」
 なんだか恐ろしく(おそろしく)なった漁師(りょうし)が、言われる(いわれる)ままに柄杓(ひしゃく)を渡し(わたし)ますと、それで海水(かいすい)をいっぱいに汲み込まれ(くみこまれ)、漁船(ぎょせん)が沈没(ちんぼつ)しそうになってしまいました・・・。
 この話(はなし)は、房州中(ぼうしゅうじゅう)の漁師(りょうし)に伝わる(つたわる)有名(ゆうめい)な亡者船(もうじゃぶね)(船幽霊(ふなゆうれい))の話(はなし)ですが、昔(むかし)の海(うみ)は、ときどき不思議(ふしぎ)な事(こと)が起きた(おきた)のですね。
 亡者船(もうじゃぶね)はお盆(ぼん)にかぎらず、東京湾(とうきょうわん)のどこへも出没(しゅつぼつ)しましたから、富浦(とみうら)の漁師(りょうし)も出会う(であう)事(こと)がありました。
そんな時(とき)は、
 「これを使え(つかえ)ー。」
と、かねてから用意(ようい)してある、穴(あな)の開いた(あいた)柄杓(ひしゃく)を投げ(なげ)つけたのです。
 亡者船(もうじゃぶね)は、その柄杓(ひしゃく)でこちらの漁船(ぎょせん)に海水(かいすい)を汲み(くみ)こみ、沈没(ちんぼつ)させようとするのですが、柄杓(ひしゃく)に穴(あな)が開いて(あいて)いるため、それが出来ない(できない)のです。亡者船(もうじゃぶね)は諦めて(あきらめて)、遠く(とおく)の方(ほう)へ去って(さって)行き(いき)ました。
 
 
神隠し(かみかくし)に会った(あった)男(おとこ)
 昔(むかし)むかし、団次(だんじ)という若い(わかい)男(おとこ)が、平群(へぐり)の米沢(よねざわ)(今(いま)の富山町米沢(とみやままちよねざわ))から、八束(やつか)のある家(いえ)へ百姓奉公(ひゃくしょうぼうこう)に来て(きて)いました。
 その団次(だんじ)が、ある日(ひ)の夕方(ゆうがた)、馬(うま)に餌(えさ)を与え(あたえ)ていますと、見知らぬ(みしらぬ)男(おとこ)が来て(きて)言い(いい)ました。
 「今日(きょう)、山兎(やまうさぎ)の狩り(かり)をしたが、大猟(たいりょう)だったので山(やま)に置いて(おいて)きた。暗く(くらく)ならない内(うち)に運び出し(はこびだし)たいから、手伝って(てつだって)もらえないか。」
 団次(だんじ)は、その男(おとこ)に付いて(ついて)山(やま)へでかけました。しかし、山(やま)がだんだん深く(ふかく)なりますので、
 「おい、山兎(やまうさぎ)はどこに置いて(おいて)あるんだ。」
と言い(いい)ながら、男(おとこ)の肩(かた)をつかみますと、不思議(ふしぎ)なことに二人(ふたり)の足(あし)が地(ち)から離れた(はなれた)のです。
 「あぶないから地面(じめん)に下ろして(おろして)くれ。」
 団次(だんじ)がふるえながら叫び(さけび)ますと、男(おとこ)は、
 「しっかり肩(かた)につかまっていろ。俺(おれ)は今(いま)、神様(かみさま)の使い(つかい)をしているのだ。この下(した)は那古(なご)(館山市(たてやまし))の山(やま)だ、次(つぎ)は米沢(よねざわ)のお前(まえ)の家(いえ)の上(うえ)に飛んで行く(とんでいく)ぞ。よく見ろ(みろ)。」
 団次(だんじ)が首(くび)をのばすと、闇(やみ)の中(なか)になつかしい自分(じぶん)の家(いえ)と、隣り(となり)の家(いえ)の灯(あかり)が見えた(みえた)のです。
 どのくらい時間(じかん)がたったかわかりませんが、
 「今(いま)、青木山(あおきやま)の雷松(かみなりまつ)の上(うえ)を過ぎた(すぎた)、もうすぐ下ろす(おろす)ぞ。」
 男(おとこ)の声(こえ)が終って(おわって)間も無く(まもなく)、団次(だんじ)の下ろされた(おろされた)所(ところ)は奉公先(ほうこうさき)の家(いえ)の庭(にわ)でした。家(いえ)では団次(だんじ)の姿(すがた)が突然(とつぜん)消えた(きえた)ので、神隠(かみかくし)しに会った(あった)のではと大騒ぎ(おおさわぎ)しているところでした。


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