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4. 基調講演
「子供の脳が危ない」講演録
講師:森 昭雄
 ただいま紹介していただきました、私、日本大学の森昭雄です。今日は「子どもの脳が危ない」ということで、話の内容は「ゲーム脳」、ゲームが脳にどういうふうに影響を及ぼすか。一部、テレビの影響等についても触れたいと思います。それではスライドを使いながら話を進めたいと思います。
 それでは、「ゲーム脳」について少し話を進めたいと思います。この「ゲーム脳」と言う言葉、2002年7月8日、ちょうど3年前の今ごろですけれども、毎日新聞1面に「ゲーム脳ご注意」ということで掲載されたわけです。キレやすい、集中できない、付き合いが苦手。毎日2時間以上ゲームを続けている子供たちは、人間にとって最も大切なおでこの所に位置する前頭前野が機能しなくなった。そういったことが載ったわけです。2日後、NHK出版から「ゲーム脳の恐怖」と言う本が出たわけです。
 先程紹介ございましたように、私の研究というのは、猿を使った動物実験が主なのですけれども、例えば手の神経が切れてしまうと、脳の中の神経回路がどういうふうに再構築されていくか。そういった研究をアメリカで研究生活をしていることを含めて、二十数年やってきたわけです。ですから手の神経が切れてしまいますと、手からの感覚情報、それから脳からの命令が出ても手が動かない。そういう状態にあった場合に、どういうふうに手を動かす場所、新しいものがそこに再構築されるか。そういう非常に地味な研究をずっとやってきたわけです。
 現在の職場に換わりまして、動物実験ができないということで、痴呆の研究、現在は「認知症」と言う名称に変わっておりますけれども、その認知症について脳波を一つの指標にして研究できないだろうかという問題に1999年ごろから取り掛かったわけです。そういったことで、高齢者の認知症について研究を進めてきた。それにあたって、認知症を数値化する脳波計がないものですから、それをまず開発しました。現在、これは特許を取っていますし、医療認可も取っています。そういう機械を開発しまして、認知症の程度を調べる。そういったことを、大友栄一先生と言う痴呆の研究では日本では著名な方ですけれども、その先生と2年ほど研究をしてきた。
 そういう装置を使いまして、たまたま大学生の脳波を採ったところ、認知症と同じ、あるいはそれ以下の大学生がたくさん出てきた。どうなっているのだろう。そういったことから、これについての研究が始まりました。この研究はずっと続けるつもりはなかったのですけれども、やればやるほど、いろいろな問題が出てきまして、それで現在に至っています。
 ここに子供が3人いるのですけれども、子供同士はほとんど会話がない。そしてこの空間で子供たちは数時間、非言語性のコミュニケーション、機械と人間、ゲームによって時間を費やす。そういったことが今の子供たち非常に多くなってきている。これが問題なければいいのですけれども、そういうことを毎日毎日続けていると人間らしさが欠落してくる。要するに表情がない、あるいは相手の表情を読み取ることができない。そういうことが起こってくる。そういういろいろな問題が出てきたわけです。それについては実例を挙げながら説明をしていきたいと思います。
 昨年は、講談社から「ITに殺される子供たち」が出版されました。インターネット、携帯電話、コンピューターゲームは脳の働きをこんなに低下させる。そういった内容の本が出たわけです。まさに21世紀というのはIT社会に突入したわけですけれども、生まれてすぐ子供たちは、非常にきれいなテレビ、ゲーム、そしてコンピューターなど、いろいろなものが目の周りにあって、そういうもので生活をしている。
 これは私たちが経験していないことで、現在の子供たちはそういったものにさらされる。そういうものは非常に便利にできていますし、そしてITそのものも非常に速いスピードで進化している。ITと人間の脳について、ほとんど世界的に研究がされていないというのが現状ですから、それについてやはり考えなければいけない。
 例えば、洗濯機が日本に普及した時、主婦はどうなのだろうということが社会問題になったことがあります。掃除機が出て、洗濯機が出て、主婦は時間をどうやって費やしたらいいのだろう。あるいは自動車が普及して、足が弱くなるのではなかろうか。そういった問題が出たことがあるのですが、このITに関してはそういった懸念は全くない。そういったことが、知らず知らずのうちに子供たちに非常に影響を与えているというふうに思うわけです。
 これは2月に起きた事件で、17歳の子供、親子関係は非常にいいほうだったわけです。それはどうしてかというと、子供がゲームソフトを買いたい場合には親がお金を出してくれる。ですからやりたい放題です。小学校時代はある意味ではゲーム三昧で、24時間ゲーム漬けです。こういった子供たちの親は、当然その影響についてほとんど知識がない。このゲームに関しての知識もない。私もこの研究をする前は、当然そういう知識がなかったわけです。
 そして子供がゲームに没頭してしまう。小学校時代はいいのですけれども、小学校の特に高学年、6年生、そして中学生になりますと、頭が働かなくなります。どうしてかというと、大体僕の所へ全国からたくさん相談が来ますけれども、いくら本を読んでも何を書いているか分からない。インターネットでそういう質問が来ます。何度も何度も本を読んでも何が書いてあるか分からない。そういう相談が多いのです。
 ですから、小学校時代はまだ脳の発達段階で、この発達曲線でいきますと10歳で95パーセントです。そのあと徐々に20歳まで5パーセント脳が発達していく。「三つ子の魂百まで」という格言がありますように、3歳までに大体70パーセント、この神経回路が完成していく。幼児期、そして児童期で大体95パーセント。100パーセントまではいきませんけれども、大体脳の働きが完成する。ですから中学、高校になると、逆にもう柔軟性はない。頭が働かなくなる。そういったことが起こってきます。
 まさに学力低下というのは、こういったゲーム、テレビ、ビデオを長時間見ることによって機能低下を起こしていると私は考えております。
 この少年の事件は、関係のない男の先生を刺し殺し、そして2名の女性の先生に重症を負わせた。そして本人は殺傷したあと、部屋でたばこを吹かしていた。従来の事件と違って、普通は逃げるのですけれども、殺して満足感に浸る。これが今の少年犯罪の傾向です。ですから殺しても反省しない。何で殺したか分からない。最近の事件はそういう事件がほとんどです。反省は起こらないのです。
 最近の事件は大体そういう事件です。そして事件の多くはゲーム、パソコン、これが必ず加わっている。場合によっては携帯メールです。こういったことから、それが大きい事件を起こす一つの要因だろうと思っております。
 この子の場合は要するに、善悪の判断ができなかった。善悪の判断というのはどこでやるかというと、脳のおでこの所でやるわけです。これは前頭前野と言われる所で、一言で言うと「人間らしさ」という表現ができますけれども、ここが善悪の判断をする場所になるわけです。ですから理性とか道徳心、反省、未来に対する夢、将来における計画性、ものごとの手順、意思決定。これらはすべて前頭前野がやることです。
 ワーキングメモリー。作業記憶と言いますけれども一時的な記憶です。例えば、番号案内の電話番号「104」を掛けて、その番号を聞き取って、相手に電話する。話が終わったあと、その電話番号は記憶から消えてなくなる。要するにこれが一時的な記憶、これが作業記憶、ワーキングメモリーという記憶です。これもやはり前頭前野がやっているわけです。ですから、認知症の場合はこのワーキングメモリーがほとんど機能しない。お会いして5分もすると、会ったことすら記憶にない。食べたことも10分前のことはもう記憶にない。こういったことというのは、人間にとって非常に大切な場所です。これが前頭前野になるわけです。
 それともう一つ大切なことは、古い脳に対して抑制を掛ける。ブレーキを掛ける場所になるわけです。これがゲーム漬けになりますと、そこが機能しなくなる。なぜ機能しなくなるかというと、あとで詳しく話します。そこが機能しないと古い脳に対してブレーキを掛けることができない。ですから動物的になる。嫌なものを見ると、殴る、ける、刺して殺す。そういうことが平気になってしまう。そして反省は起こらない。道徳心もない。善悪の判断もない。これが前頭前野で非常に大切な場所です。それが結局、麻痺した状態です。
 ここで簡単に脳の話をしますけれども、脊髄があって、その上に頭が乗っている。そして頭の幹の部分、これは「脳幹」と言う名前が付いていますけれども、別名「生命の中枢」と言います。なぜ「生命の中枢」という言い方をするかといいますと、これは生命にとって最も大切な場所をいう意味になるわけですけれども、そこには呼吸のリズムを作る神経細胞が存在します。ですからここの細胞が壊れてしまいますと、呼吸が停止する。すなわち死に至る。そういった意味で、生命に直結する神経細胞がここに存在する。血圧を調整する神経細胞もやはりここに存在します。
 例えば、恐竜は脳の中でも脳幹だけを持った動物です。ですから恐竜の場合は、自分の子供も食べてしまう。そういう生き物です。脳幹だけで生きている動物の場合はそういうことをやるわけです。
 そして、この脳幹を取り囲むかたちで二重の皮質構造があります。この皮質というのはどういう意味を持つかというと、神経細胞の集まった所を意味します。そして発生学的に古い。そのあと進化したのが新しい皮質。別名「大脳皮質」という言い方もします。この二重の皮質構造によって、私たちは機能しているということになるわけです。
 この古い皮質はどういうことをやっているかというと、本能行動です。のどが渇くと水を飲む。敵が来ると攻撃する。おなかがすくと獲物を捕らえて食べる。そういう本能と直結した神経細胞が古い皮質に存在する。そして、別名「動物脳」という言い方もします。
 そういう古い皮質があって、そして更に進化した新しい皮質があります。これはものを考えたり、計算したり、あるいは人間らしさ、要するに動物的にならないように、この新しい皮質は古い皮質を常に抑制を掛けている。ブレーキを掛けている場所なのです。そしてこの新しい皮質は環境、育児、教育によって大きく変わる脳の場所です。ですから、教育が悪ければ、この新しい皮質のネットワークはいいネットワークが組まれないということになってきます。
 ですから、今アメリカで14歳の医学部の学生がいて、飛び級してIQ200です。長男がIQ200で、その妹さんもIQ200です。お父さんは日本人で、お母さんは韓国人、普通の両親です。どういう教育をしたかというと、8カ月から毎日10冊ずつ本を読ませて聞かせたそうです。
 要するに、人間というのは五感があっても、その中の視覚で生きている生き物です。ほかの動物ですと嗅覚が発達している動物もいますが、人間の場合90パーセントは視覚で処理されます。人間の赤ちゃんの場合、家庭でテレビを垂れ流しにすると、赤ちゃんが毎日毎日、訳の分からない映像を見る。訳の分からない音を聞く。そうするとその赤ちゃんの脳は正常に神経回路が組まれない。
 そういうことで、アメリカの教育の場合は、2歳まではテレビ・ビデオを見させないという教育をしています。日本でも昨年、日本小児科学会が、あまりにも変な子供が増え過ぎているということで、2歳まではテレビを見させないということを提唱した。特に2歳まではそういう映像は見せないというのが基本なのです。語りかけ、それによって子供は集中して聴く能力を高める。そういう教育が人間の脳にとって非常にプラスになるということを意味しているということだろうと思います。
 そして新しい皮質は、「オギャア」と生まれて仮に90歳まで生存した場合、20歳を過ぎますと1日約10万個の神経細胞が死滅していきます。今日10万、明日10万、毎日死んでいくのです。これにアルコール中毒が掛かりますと、1日20万ずつ死んでいく。ですから、普通は20歳代と80歳代の人の脳を比較しますと、20パーセントぐらい高齢者の場合は軽くなってしまう。
 しかし、お年寄りの脳は駄目かというとそうではない。私の知人は92歳です。記憶はとても素晴らしいです。僕より記憶力はあります。何をしているかといいますと芸術家なのです。名前を言ってもほとんど知らない。世界的な作家ですけれども、萩原英雄と言います。作家です。世界の50以上の美術館に彼の作品は所蔵されています。現在92歳で、作家活動はまだやっていますけれども、この方は80年前、50年前、10年前、1年前でもお会いした人の名前が必ずフルネームで出ます。そのぐらい記憶力がいい。「あの、その」は一切ないです。「あの、その」という言葉を聞いたことがないです。もう10年以上お付き合いがありますけれども、必ず人の名前がフルネームで出ます。そのくらい記憶力がいいです。
 なぜ記憶力がいいのだろうと思ったら、その先生は暇なしに仕事以外は本を読んでいます。トイレでも本を読んでいます。寝るときでも本を読んでいます。そのくらい本が好きなのです。ですから、読書というのは脳を非常に活性化します。その証拠はあとで映像で皆さんにお見せしますけれども、頭を使えば使うほど良くなる。
 今週の月曜日、みのもんたさんのエンターテインメントで、4倍速で速聴、速い言葉を聴く能力について放送をしていました。73歳の方がテレビに出ており、私もそこに出てきたと思います。脳の働きを解説したわけです。ですから70歳になっても能力は訓練することによって高まるのです。
 円周率の桁数の記憶力で、ギネスの今最高記録を持っている方は6万4千桁です。彼も僕の実験室で実験をやりました。彼は40歳から始めたのです。ですから、脳というのは使えば使うほど良くなる。あの方は、例えば「5万1千桁から言ってください」と言うと、すっと出ます。「1万8千桁から言ってください」と言うと、すっと出るのです。それだけ記憶力がいいのです。ですから、頭は使えば使うほど良くなるということです。
 新しい皮質の表面はここでは平らになっていますけれども、実際はたくさん溝があるわけです。脳の表面というのは、こういうふうにしわがたくさんある。このしわは何をしているか。狭い頭蓋骨から新しい皮質を取り出して伸ばしますと新聞紙1ページくらいの広さになります。逆にそれだけ広い面積を持っている新しい皮質、すなわち大脳皮質を狭い頭蓋骨に収めようとすると、しわにしないと入らないということです。
 ですから、私たちの脳のしわは広い面積を持つために存在しているとお考えになればいいと思うのです。そして厚さはわずか2.5ミリから3ミリぐらいしかないのですけれども、1層から6層構造を成していて、新しい皮質、すなわち大脳皮質を構成しているわけです。そしてこれらは相互に神経連絡があるわけです。
 そこで、幼児の話を少ししたいと思います。幼児というのは生まれてゼロ歳の赤ちゃんで、何も分からないだろうとは思ってもそうではないのです。例えば、赤ちゃんを抱っこしないでテレビをつけたまま放っておくとします。テレビを子守代わり、あるいはビデオを子守代わりにしますと、目から入った情報は視床を通って感覚中継核になりますけれども、そこから後頭部の視覚野に入るのです。訳の分からない映像が、暇なしに入ってくる。耳からは訳の分からない音が聞こえる。これでは脳の神経回路が作られないのです。そういうことを家庭で毎日毎日赤ちゃんにやっていると、その赤ちゃんは脳の神経回路が組み上がらない。言葉をかけても反応しない。そういう赤ちゃんに育っていく。
 ですから、幼児に語りかけが大切ということは、例えば耳から「象さんというのは鼻が長い」という話をしてあげると、「象さんは鼻が長い」と、これはウェルニッケの感覚性言語野になりますけれども、そこにファイルされる。記憶としてとどまる。ですから聞こえたものは何であるか。象さんの声はこういう声。そうするとここに全部ファイルされて、そこから今度ブローカの中枢、運動性言語野と言われている場所に情報が入って、聞こえたことに対して「象さん」という言葉を作って、運動野、要するに口の筋肉を動かすための出力系の運動野に情報が送られて、時系列的な変化として、口の筋肉あるいは舌が動いて発声する。声を出す。
 赤ちゃんというのは抱っこして語りかけると口元をよく見ている。赤ちゃんは自分なりに、お母さんが語っている口の動きをまねしてしゃべろうと一生懸命努力するのです。それは聞こえたことに対して、赤ちゃんなりに脳のネットワークを自分で作ろうとしている。ですから、家庭で基本的にそういう育児をしておかなければ駄目なのです。
 赤ちゃんが親に抱っこされて、一生懸命目を見ているときに目をそらす。あるいは母親がテレビを見ている。あるいは携帯をやっている。そうすると、その赤ちゃんは赤ちゃんなりに「人間は目と目を合わさないものだ」という刷り込みをしてしまう。そういう赤ちゃんは大きくなって、幼稚園になっても小学校になっても目と目を合わさない子供に成長していく。ですから、必ず目と目を合わせて語りかけるということを少なくとも3歳までは、やっておかないといけないということになるわけです。
 それと、絵本を見せながら語りかける。例えば、象さんの絵本を見せて「象さんとはこれだよ」と語りかける。そして「鼻が長い」と語りかける。そういうことが脳の中で「象さんというのは鼻が長い」とファイルされる。そしてこれを口でしゃべろうとするために、このブローカが働いて言葉を作り出す。そして目から入った情報は視床を通って視覚野、それから角回、側頭連合野のほうへ送られて、そこから見えたものに対して言葉に置き換えるということをやるわけですから、ウェルニッケ、そしてブローカという神経回路が組み上がっていく。
 従って、絵本を見せただけで「象さん」と答えられる。あるいは「象さんどれ」と言ったときに、赤ちゃんは、赤ちゃんがゼロ歳では無理かも分からないですけれども、「象さんというのはこれだ」と分かるようになる。そういうふうに絵本を見せて語りかける。こういったことが非常に大事なのです。それをやらないで、ビデオ、あるいはテレビということをやりますと、子供の脳は発達していかないということになるわけです。
 そこで、前頭前野について少し話をしていきたいと思います。これは人間の脳、ここではおでこの所が赤くなっていますけれども、実際は赤いわけではなくて、前頭前野と言われる所を赤マークにしてあるということです。これはほかの動物と比較すると、人間が最も広い面積を持っている。そしてここは先程お話ししたように、一言で言うと人間らしさに関係する場所です。
 いろいろな少年の犯罪がありました。長崎で中学1年生の子がゲームセンターで4歳の子供を見つけて体に傷付けて、屋上から放り投げて殺したという事件がありました。次の日は平気で学校に行って勉強をしている。その子は学校の成績はトップクラスで非常に頭のいい子です。しかし人間的にはおかしい。そして趣味はゲームとパソコンなのです。そういった事件があったわけです。人間らしさは、ここが最も大切になるわけですけれども、ゲーム、パソコンを長時間やることによって機能しなくなってくる。ですから人間らしさが欠落してくる。
 しかし、IQ、知能指数というのは、頭半分後ろです。記憶の場所です。ですからいろいろな知識、いろいろな体験というのは頭半分後ろに蓄積されていくわけです。そしてノーベル賞を取るような人たち、私のアメリカの大学では100年で22人、ノーベル賞が出ている大学ですけれども、そういう所の人たちというのは夜になるとお酒を飲んだり、けっこうユニークな話をしたりします。アインシュタインなどは、有名な大学者でありながら、ベロを出しておどけたような顔をする。これは右脳も左脳も健全なのです。ですから、偉そうにしている人は、そういうジョークというか、ふざけたりはしない人が多いですけれども、アインシュタインぐらいになると右脳も左脳も前頭前野も非常に多分活性化していたのだろうと思うのです。ですから非常にユニークです。
 こういうふうにいろいろな知識、体験は前頭前野に送られて、ないものを作り出す。要するに創造性です。創造豊かな教育というのは、前頭前野が健全でなければ全く意味がないのです。朝から晩まで5時間、6時間、テレビを見る、あるいはゲームをやっている。そしたらここが働かないですから情報が来ない。
 例えば、生まれながらにして神経細胞が欠落していると必ず凶悪犯罪を起こす、人を殺すというような犯罪を起こすということが医学的に知られているのです。それが今、IT機器等に長時間にわたってそういうことをやることによって機能しなくなる。そういったことが現在起こっている。従って、ここが健全でなければいいアイデアもひらめきも起こらないのです。
 ですから、人生疲れた、くたくたになってると前頭前野は働かない。要するに自分の生き方、将来の計画、そういうものもどんどん欠落していく。そういうことが起こるわけです。ですから非常に大事だということです。それと先程話した通り、古い脳に対して抑制を掛ける場所です。ですからここが働かないと抑制が利かないですから、人間の顔をしていてもこれは動物と変わらない。人を平気で殺せる。そういうことが起こりやすくなる。
 猫はどうかというと、人間はいろいろな失敗をして反省するということをやりますけれども、猫は見た通り「猫の額ほど」という言葉がありますけれど非常に狭いです。ですから、理性とか道徳心とか反省とかそういうものは全くないわけです。猫は叱られても反省はしない。猫に聞いてみないとニャンとも分からないというお話をしますけれども、ほとんど猫というのはその場限りです。ネズミになるともっとひどいようです。
 猿は猿まねと言うぐらい、多少は賢いのですけれども、将来に対する計画性とかそういったものはないわけです。ですから反省というと反省のポーズをひょっと取りますけれども、それも訓練すればです。私が猿を使って実験をやっていた時、バナナ2本をやると全部口の中に入れてしまいます。リンゴでも何でも、取られないように全部口に入れてしまう。人間の場合はもう1本は夕方食べるとか、次の日に食べるとか、そういう計画が生まれますけれども、動物の場合はそうはいかない。それはなぜかというと前頭前野が人間に比べると非常に小さいからです。
 遺伝的要素は60パーセントぐらいと言われています。あとの40パーセントは環境です。すなわち育児、教育、そういったものによるということになるわけです。ですから40パーセントというのは、これは人間にとって非常に大きな要素になるわけです。
 その一つの例として、オオカミ少女の話がよく出てきます。化け物2匹とオオカミがほら穴で生活をしているということ発見しまして、よくよく見たら人間だった。そして人間としての教育を施したいということで村に連れてきた。髪の毛を切って、背中、お尻のほうまで真っ白になっていますし、手足は黒いです。食べ物を与えると皿に口を付けて食べる。体は人間、頭も脳も顔も人間なのですけれども、行動はすべてオオカミと一緒です。
 この子は推定8歳と言われていますけれども、すべてオオカミを見てまねて育ったということで、行動はすべてオオカミと同じです。歩くときは手とひざを突いて歩く。走るときはひざを立てて非常に素早い動きをした。昼は壁に向かってうとうと寝て、夜になると起きて遠ぼえを出す。そういう生活がずっと続いた。そして、この子が2本足で歩けるようになったのはその5年後、13歳になってやっと人間と同じように歩けるようになった。しかし、とうとう走ることはできなかった。この子は17歳まで生存したと言われていますけれども、走ることはできなかった。
 そして覚えた言葉は40語足らずだった。普通人間であれば、3歳で大体900語ぐらい覚えます。ですからオオカミと生活をして言葉を発しない、そういう環境下で育ったために言葉も覚えられなかった。すなわち脳のネットワークが作られなかった。オオカミの環境で育ったために、遠ぼえは出すことができるけれどもしゃべることはできない。そういう不幸な事件があった。


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