日本財団 図書館


 今日は奈良の方もいらっしゃっていると思いますが、実は奈良の連れ去り事件で、犠牲になった子どもの学校でもマップは作っていました。作っていましたが、これは不審者マップと犯罪発生マップの混合型でした。奈良市はどこでも作っていますが、全部大人が作って、大人が不審者マップと犯罪マップを作って子どもに配っています。それだけです。あの学校の校長先生は、事件直後にはっきり認めました。我々が作ったマップは効果がなかった。それもそのはずです。あの連れ去りポイントは地図に載っていないんです。なぜならば、かつてそこでは犯罪が起きたことがなかったからです。
 ところが、その連れ去りポイントはまさしく犯罪が起こりやすい、領域性、監視性が低い、入りやすくて見えにくいところでした。あの事件直後、まったく犯罪機会論を知らないレポーターは、こういう幹線道路で車の往来があるのになぜなのでしょうと報告していましたが、私から言わせれば、車を使った犯罪者からすると幹線道路は非常に使い勝手はいい。どこからでも入って来れてどこからでも逃げられる、入りやすい場所です。しかも両側にはまったく民家がない。通行人も歩いていない。マンションはあったけれども工事中でテントがかぶさっていて見えにくい状態である。入りやすくて見えにくい状況だったわけです。まさしく犯罪が起こりやすい場所です。そこに車が止まっていればもうそれは無視して、どんなやさしい言葉をあの犯人がかけてきても、あの子は無視して歩き去るべきだったのです。でも、残念ながらそういう教育をあの学校ではしていなかった。
 実は、あの犯人は最初大阪府の八尾市に行っています。八尾市で、子どもがいないものですから、地元の奈良県に戻って来ました。八尾市は大阪府の中では珍しく子どもによるマップづくりを推進している自治体です。八尾市では、入りやすく、見えにくい場所というポイントを子どもに教えて、子ども自身が街歩きをしながらマップづくりをするということを推進している自治体です。奈良市では、まったく正反対のマップづくりです。大人が作って、しかも中身は不審者マップと犯罪発生マップでした。非常に対象的なマップの作り方をしていた訳です。
 このように、犯罪が起こりやすい場所というのは、入りやすくて見えにくいところですが、明日皆さんが行うマップづくりのポイントは、その中でもこの領域性と監視性だけです。ここも結構間違ってしまう。特に大人が作ると間違ってしまう。領域性と監視性だけですが、抵抗性のほうも一生懸命地図にしようとするわけです。確かに家も同じです。空き巣に入られやすい家は、入りやすくて見えにくい家です。入りやすいというのは、例えば電信柱を伝わって入ってしまうとか、隣のベランダから入るとか、いったん入ったら、高い塀があって外からまったく見えない、確かにそういう家はごろごろ転がっています。
 でもそれを地図にして、写真に撮って地図に張ってどこかで掲示すると、今度はそれを泥棒が見ています。ですから、皆さんに作っていただく、あるいは子どもが作るマップというのはそういった抵抗性という点から見た個人の家については一切写真に撮って地図に載せません。あくまでも街並みです。街並みについて地図に載せるというだけです。ただ、もちろん町歩きをしていれば、この家はやられそうだという家はいっぱい出てきます。それは、住民の方だけの集まりのときにインフォーマルにそっと、お宅は危ないですよと教えてあげればいい。それを地図にして掲示すれば、そういった情報を犯罪者に与えることになってしまいますから、地域安全マップはあくまでも街並み、公共の場所、そこだけの地図にするということが必要になります。それだけでも、かなりの犯罪が防げるはずです。
 例えば、神戸の酒鬼薔薇事件のときの○○○○ちゃんが連れ去られたあの公園もこんな感じの公園ですから、そこでも犯罪を実行できるチャンスはいっぱいあったわけです。それでも、酒鬼薔薇少年はあえてここから連れ出して、今度は本当に見えにくい、両側に壁があって生垣があって、マンションからもまったく見えないところまでわざわざ連れて行って、そこで犯行に及んでいます。私から言わせれば、あの公園でもすぐに犯罪を実行できたのですが、そこでもあえてしなかった。もう慎重に慎重を重ねて、もっともっと見えにくい、もっともっと入りやすいところに連れて行っています。
 長崎の○ちゃん事件では、大型量販店で連れ去られました。大型量販店はだれでも入って行けるところです。しかもちょうど夕方の人がいっぱいいる時刻です。人がいっぱいいれば一見見えやすいようですけれども、しかし、お客さんは皆商品ばかり見ていて子どもを見ていません。だからだれからも目撃情報はないわけです。連れ去って立体駐車場に行く。立体駐車場もだれでも入って行けるところで屋上まで行きました。屋上に行けば見えにくい状況です。欧米では、屋上は非常に犯罪が発生しやすいところですから、ほとんど使わせていません。避難用としてのみ屋上は設けられているだけです。でも、日本では簡単に屋上まで行ける。ですから、あの○ちゃん事件の犯人も屋上まで連れて行って、見えにくい状況で子どもにいたずらをしようとしたらあの子が反撃したので、犯人がパニック伏態になって上から突き落としたというのが、長崎○ちゃん事件です。
 愛知県安城のイトーヨーカドーの事件は、イトーヨーカドーというスーパーマーケットはだれでも入って行けるところです。非常に不思議なのは、あの犯人はその前数日間は車の中で寝泊りしていた。お風呂に入っていないわけです。相当異臭があったはずです。ところが、どんな異臭を放ってでも入れるのはああいうスーパーマーケットです。店員さんは、あなたは臭いから入らないでくださいとは言えないわけです。だれでも入って行ける入りやすい場所です。しかも、子どもを襲ったところには店員がいない、見えにくい場所だったんです。ですから、やっぱり入りやすくて見えにくいところです。
 子どもたちは、やがて中学校、高校へ行くと、今度はインターネットがらみでいろいろな犯罪に巻き込まれていますけれども、このインターネットというのがまさしく、だれでも入っていける、入りやすい世界で、入ったらまったく匿名性で見えにくい世界です。あるいは、携帯電話の世界も非常に入りやすくて見えにくい。どうすれば入りにくくできるか。例えば、着信拒否にするというのは入りにくくしています。ナンバーディスプレイにする。相手の電話番号を表示する。これは見えやすくしています。ですから、犯罪が入りやすくて見えにくいところで起きるのであれば、入りにくくする、見えやすくする、これに尽きるわけです。それを社会が、あるいは行政がやると同時に住民もそういう意識を持てば、ほとんどの犯罪が防げるはずです。
 例えば、渋谷で連れ去られて監禁された事件もありました。渋谷という、誰でも入って行ける場所でまだそこには人がいるからまだまだ安全ですけれども、そこから連れ去られたとき、あそこのアパートヘ行こう、このアパートヘ行こうと言われた瞬間にあの子どもは安全センサーを働かせて、ここは見えやすいけれども、アパートヘ行ったら見えにくくなると気がつくべきでした。でも、すぐに連れて行かれてしまうわけです。催眠商法などでも、最初の場所ならいいけれども、ちょっとあそこに行きましょうと言われたらその段階で見えにくい状況になりますから、そこで断るべきです。ここで話をしましょうと言うべきです。ところがついついついて行ってしまう。見えにくい状況に行ってしまうわけです。そういう感覚を小さい頃から養うということが必要です。ところが、残念ながら日本ではそういう教育はしていません。子どもの安全というと、抵抗性だけです。最初に言いましたように防犯ブザー、抵抗性です。子どもに犯罪者が近づいたらどうしましょうということです。
 それから、今、あちこちで警察官が学校に行ってやっている防犯教室も抵抗性です。手をつかまれたらどうしましょう。一種の護身術です。これも最終的な局面です。でも、これは非常にリスクが大きい。非常に危険性が高いです。例えば、日本人はあまりにも防犯ブザーを信用しすぎています。過信しています。例えば、実際に襲われたときにどのくらいの子どもたちが防犯ブザーを鳴らせるか。あるセキュリティ企業では、これを女性で実験をやってみました。あらかじめ女性に防犯ブザーを渡しておいて、数週間たってから突然襲ってみる。ほとんどの女性は鳴らせなかったそうです。ましてや子どもです。鳴らせるかどうかわからない。防犯ブザーを鳴らしたがために未遂に終わったというのもいろいろ報告されていますが、だいたいは本人ではなくて友達が鳴らしています。
 普通は、被害に遭った瞬間は頭は真っ白です。ひったくりなどの被害者もそうらしい。そもそも110番をすること自体忘れてしまっている。家に帰って、あーあと思ってしばらくしてから、あっ、110番しなくてはというようなかたちで、その瞬間は頭が真っ白になるはずなんです。
 それから、防犯ブザーを鳴らしたがために、もっともっとひどい状況に子どもがおちいるという危険性もあります。つまり、子どもを狙う犯罪者というのは、子どもであれば自分よりも完全に力が下ですから、自分は完全にコントロールできる、そう思って子どもを狙うわけです。でも、ときには子どもだって反撃します。そうすると、想定が崩れてしまいますから、今度は犯罪者のほうがびっくりしてパニックになってしまって、殺すつもりはなかったけれども殺してしまうということもあり得るわけです。
 奈良の連れ去り事件もそうでした。長崎の○ちゃん事件もそうでした。最初は殺すつもりなどはさらさらないんです。でも、子どもに反撃されてパニックになってしまって、もうこれしか選択する余地がなかったということで殺してしまうわけです。ですから、防犯ブザーを鳴らすことが、かえって子どもを危険にさらすというような可能性もあるわけです。
 それから、そもそもだまされて子どもがついて行くときには防犯ブザーを鳴らそうとは思わないわけですから、防犯ブザーを持っている意味がないわけです。ですから、本当はそういう抵抗性だけにたよるやり方はおかしいわけです。ところが、昔の日本人はちゃんとこの領域性、監視性という考え方を実行していました。例えば、大事なお殿様をどうやって守ったか。お殿様を守るために、まず家来はお城を造りました。あのお城というのが領域性、監視性という点からもよくできています。お堀を造って、外堀、中堀、内堀とか造って石の塀を造って、道もあっちに行ったりこっちに行ったりしながらやっと本丸までたどり着ける。お城の石段というのは、一歩半ぐらいの間隔で造ってあるようです。だから駆け上って行けない。1歩で駆け上ろうと思うと広すぎる。2歩で駆け上ろうと思うと狭すぎる。途中つまずいたりするわけです。そういう造りをしています。
 道もあっちに行ったりこっちに行ったりしながら本丸まで行く。姫路城に行くと途中で道が二つに分かれています。片方は上っていく道、片方は下がっている道。どっちに行きますかということで、それは本丸に行くんだから上るんでしょう。上っていくと行き止まりです。いったん下がらなければならない。非常に領域性が高い造りです。しかも監視性も高い。本丸から見れば全部見渡せる。あの弓矢を放ったり鉄砲を撃ったりする小窓がお城にありますが、小窓は守るほうからすれば全部見えますけれども、攻めるほうからするとこんな小さな窓しか見えない。監視性も高い。そうやってお殿様を守っていたわけです。
 今、私たちが子どもの安全について防犯ブザーを渡して終わっているというのは、昔で言えば、お殿様のためのお城は造らないで、お城は造らないけれども、でも敵が攻めてくるかもしれないからこれを使ってくださいと刀を渡す。防犯ブザーというのはそういうことです。なぜ地域のお城は造らないのでしょうか。子どもにもお城の概念を教える。お城の中にいれば防犯ブザーもいらない、護身術もいらない。でもお城から一歩外に出たら防犯ブザーも護身術も使うかもしれない。では、どこにお城があってどこにお城がないのか。それを見極める力を付けさせるのがこの地域安全マップです。
 明日、皆さんにこれを作っていただきますが、いろいろな効果があります。ビデオでいろいろ紹介されていましたけれども、一つ紹介されていない効果は、最後にかかわった人皆が感動を味わえるというのがこのマップづくりの魅力です。子どもたちと一緒にやれば、子どもだけではなくてそれにかかわった大人たちも皆最後は感動して、よかったねということで終わります。この感動はものすごく大きいものがあります。
 明日は、皆さんにも、この地域安全マップづくりを学んでいただいて、今度は皆さんが地元に戻ったときに、こういう取り組みを広めていただければと思います。また明日お会いしますけれども、よろしくお願いします。今日は、ご静聴ありがとうございました。 (拍手)


前ページ 目次へ 次ページ





日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION