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5. 海外調査の概要
 平成16年度「新たな概念に基づく海洋の安全保障に関する調査研究」事業の一環として、下記の通り海外調査を実施した。
 
5.1 調査の趣旨
 東京宣言「海を護る」の普及と、提言実行のための意見交換を目的として、地域海の多国間管理に先進的に取り組んでいる、連合王国およびフィンランド共和国に在する国際機関・研究所を訪問し、併せて、それぞれの機関や研究所の事業について資料を収集する。
 
5.2 調査機関等
(1)調査期間
 平成17年2月20日(日)〜27日(日)
(2)調査者
 秋元 一峰(SOF海洋政策研究所 主任研究員)
 ヴィヴァル・カテリン・リー(SOF海洋政策研究所 研究員)
 
(3)調査機関・研究所
(a)連合王国首都ロンドン
(1)国際海事機関(International Maritime Organization : IMO)
(2)国際商業会議所国際海事局(ICC International Maritime Bureau : IMB)
(3)北東大西洋海洋環境保護委員会(Oslo Paris Convention : OSPAR)
 
(b)フィンランド共和国首都ヘルシンキ
(1)バルト海海洋環境保護委員会(Helsinki Commission : HELCOM)
(2)フィンランド海洋研究所(Finnish Institute for Marine Research : FIMR)
 
 調査日程表を表5-1に示す。
 
表5-1 調査日程
月日 調査機関
2月20日(日) 東京・成田空港発−ロンドン・ヒースロー空港着
2月21日(月) 国際海事機関(IMO)訪問
国際商工会議所国際海事局(IMB)訪問
2月22日(火) 北東大西洋海洋環境保護委員会(OSPAR)訪問
2月23日(水) ロンドン・ヒースロー空港発−ヘルシンキ空港着
2月24日(木) バルト海海洋環境保護委員会(HELCOM)訪問
2月25日(金) フィンランド海洋研究所(FIMR)訪問
2月26日(土) ヘルシンキ空港発
2月27日(日) 東京・成田空港着
 
5.3 調査結果
 各訪問先において、研究の概要と東京宣言「海を護る」を紹介し、新たな海洋安全保障の概念の重要性と、普及と実施のための提言について説明すると共に、今後、「政策提言グループ」を設けてフォローしていく計画であることをブリーフィングした。
 
5.3.1 ロンドンにおける調査結果
(1)国際海事機関(IMO)
 当方からのブリーフィングの後、海事安全部部長の関水康司氏と意見を交換した。提言の実行において、国連の機関であるIMOの支援は重要であり、頻繁に進捗情況を伝える等して接触を継続していくことが必要であろう。
 意見交換の概要は以下の通りである。
関水氏;重要なテーマを取り上げ、貴重な成果を得られたものと思量する。民間の研究所が主体となって広く普及することが適切であろう。
秋元;民間レベルでは限界がある。ファーストトラックとセカンドトラックが一体となって取り組むことが是非とも必要である。また、国家或いは国際の公的な機関で海洋問題に取り組んでいる方々の意見は貴重である。
関水氏;宣言書を詳細に拝読し、必要に応じIMO内に配付する。
秋元;フォローアップ活動を実施していく所存であるので、支援をお願いしたい。
関水氏;可能な範囲で協力したい。
 
(2)国際海事局(IMB)
 当方からのブリーフィングの後、副所長であるJayant Abhyankar氏と意見を交換した。IMBは海賊問題への取り組みを通して地域海の治安・警備について豊富な情報と知識・経験を有している。「海を護る」概念を地域に醸成していく上において必要な機関であると思量した。
 意見交換後、最近の海賊被害状況についてブリーフィングを得た。被害が減少している理由として、ISPSコードの効果が出始めている、津波で海賊も被災し能力が減少した、津波被害支援のための各国海軍の展開が抑止効果を生んでいる、といったことが考えられるとの説明があった。なお、帰国後、マラッカ海峡で津波後初となる海賊事件が発生している。
 意見交換の概要は以下の通りである。
Abhyankar氏;海洋管理は統合的かつ総合的に取り組まれるべきであり、安全保障面からの貢献は重要である。宣言を関係各所に配付する。
秋元;本概念は、海賊対策においても適用できると考える。
Abhyankar氏;以前提唱のOPK構想等が発展し、このような形の成果を得たのであろう。安全保障の概念を拡大し、それを多国間協調のステージに持ち込んだ日本の貢献は貴重である。貴殿の海賊対策の論文を読んだことがあるが、紹介された新しい概念が底辺にあることが理解できる。
秋元;海賊に限らず、海上テロ対策などを通じても、この新たな海洋安全保障が促進されることを期待しており、支援を得たい。
Abhyankar氏;そのように配慮したい。
 
(3)北東大西洋海洋環境保護委員会(OSPAR)
 面会を依頼していたものの担当者が急用で不在のため、事務局員に東京宣言を渡し、担当者への配布と以後のフォローを依頼した。
 
5.3.2 ヘルシンキにおける調査結果
(1)バルト海海洋環境保護委員会(HELCOM)
 ブリーフィングの後、Anne Christine Brusendorff事務局長と意見を交換した。HELCOMは、「海を護る」概念に賛同し、東京宣言にも大いに興味を示した。訪問の翌週、HELCOMのホームページに東京宣言の全文が掲載された。
 意見交換の概要は以下の通りである。
Brusendorff氏;海洋は、さまざまな面から総合的に管理されなければならず、如何にして実行するかが、今日の国際社会における最大の課題である。説明を嬉しく伺った。提言は大変興味深いものである。これら実現に向けて挑戦して頂きたい。
秋元;ご存知の通り、バルト海や北東大西洋に比べると、東アジアにおける海洋管理への取り組みは遅れている。海洋管理に関して参考となる意見を伺いたい。また、提言を実行に移すため、政策提言グループを作って活動を続ける所存であり、その在り方に関してご意見を得たい。
Brusendorff氏;海洋の問題はグローバルな問題であり、地球的規模で連携し協力し合うことが必要と考えている。ご意向を当委員会のArturas Daubaras会長に伝える。普及の方法としては、国際会議を定期的に開催して具体化を促進することが推奨される。当委員会は、バルト海における環境保護に関する年次会合を毎年3月に開催しており、委員会所属国に限らず、広く世界から参加を募っている。
秋元;貴委員会にとどまらず、関係する他の研究所等にも本概念と東京宣言を広報して頂ければありがたい。
Brusendorff氏;ご意向に沿いたい。なお、次回から、貴研究所にも当委員会年次会合の案内を出すこととしたい。また、当委員会のホームページに貴研究と東京宣言を掲載するようにしたい。
秋元;バルト海海洋環境保護委員会の活動に対して関係諸国の海軍は協力的か?
Brusendorff氏;海軍活動において環境への配慮があり、また、環境や資源に関する資料収集で協力を得ることがある。協力的であると言え、うまく連携している。海洋管理に安全保障面も協調されていると言える。
 
(2)フィンランド海洋研究所(FIMR)
 ブリーフィングの後、Markku Viitasalo 生態系部部長他と意見交換した。当初、1時間の予定であったが、午前9時30分から午後3時までの長時間にわたり真摯な対応を得た。FIMRの研究活動について説明を受け、また、当研究所が運用する海洋観測船にも案内された。
 海洋管理に関しては、今回訪問したバルト海および北東大西洋は東アジアの海域に比して先進的である。HELCOM、OSPAR、FIMRといった研究所と緊密に連絡を取り、事業内容や情報を収集していくことにより、SOF海洋政策研究所の先進性を促進することができるものと考える。
 意見交換の概要は以下の通りである。
Viitaslo氏;バルト海の生態系は環境の移り変わりと共に変化している。環境の移り変わりの原因は未だ不明のところが多い。さまざまな要因が複雑に絡んでいると考えられ、環境・生態系の保護には、やはり、総合的で横断的なアプローチが重要である。海洋の管理を安全保障の視点から捉えるアイディアは斬新である。重要な視点であると思う。
秋元;関係する箇所に宣言文を配り、広報して頂ければありがたい。
Viitaslo氏;ご意向に沿いたい。当研究所では、海潮流・海象部門、海洋生態系部門、海水組成部門、海洋環境部門についての基礎的な研究を実施しており、目的とするところは、“海を護る”概念と同じであろう。関係する研究所等に貴研究について伝える。
秋元;この新しい概念を普及し諸施策を推進することについて助言を得たい。
Viitaslo氏;提言を実行に移すシステムを構築し、国際的に運用することが必要であろう。
 
5.4 面会者および収集資料
 今回の調査における面会者および収集資料の一覧を付録1に示す。
 
6. 成果と今後の取り組み
6.1 成果
 平成14年度から実施してきた、新たな概念に基づく海洋の安全保障に関する調査研究を集大成し、東京宣言「海を護る」−新たな海洋安全保障の提言−を採択した。3年間に亘る研究の成果である。
 経緯をたどれば、研究一年目の平成14年に、新たな概念の重要性について国際認識を得ることを目的として国際会議を開催し、二年目の平成15年の国際会議では、概念を明確化し普遍性ある構想とすることについて検討、最終となる平成16年の国際会議において、構想を実現するための提言を纏めるに至ったものである。
 研究の当初、何故、防衛や治安といった平和に係わる問題と環境に係わる問題を同一のステージに持ち出さなければならないのか、といった疑問が提示された。『平和への課題』、『開発への課題』そして『21世紀の課題』が採択されてから既に10年以上が経過しているが、世界は今もこれらの課題を克服できずにいる。海洋に目を転ずれば、資源や管轄海域の境界画定を巡っての国家間の対立、海賊や不法取引等による治安の悪化、資源乱獲や環境汚染が顕在化し、平和と開発・環境の問題はむしろ深刻さを増している。第一回の国際会議において、海洋を巡る問題は相互に密接に関連し合っており、海洋を総体として捉えて統合的に取り組むことが必要である、との参加者総員の認識が一致し、国防や治安と言った狭義の安全保障に囚われず、環境の問題も包含した新たな海洋安全保障の意義と、その概念を普及していくことの重要性についての意識が形成された。
 三年間の討議の過程において、大小様々な異論が提出された。概念の根本に係わる大きなものとして、「ガバナンス」という言葉を冠することについての議論があった。現状、国家間の問題を解決する制度的枠組みは、具体的なテーマについての個々のレジームであり、主体が国家や特定の団体といったように明確にされているのに対し、ガバナンス論は未だ概念的であって国際社会の中でシステムが確立されておらず、「マネージメント」の言葉を使用した方が適切ではないか、との意見などがあった。しかし、海洋の問題は総合的に捉える必要があり、個々のレジームを何らかの形で束ねることなくして解決できるものではない。いみじくも、栗林忠男議長が閉会に当たって示したように、われわれは、「国際社会と人類社会の狭間の中で海を護っていかなければならない」のではないか。そこにおいて、海洋管理のために個々のレジームを束ねる枠は何かと言うと、それはガバナンスに行き着くのである。そもそも、国連海洋法条約とアジェンダ21体制において海洋を管理するという文脈には、ガバナンスの概念が明確にあるいは暗黙に想定されていたと言える。本研究においても、当初から、ガバナンスこそが、新たな海洋安全保障の概念の原点としてあった。意見の交換を重ね、海洋のガバナンスによって新たな海洋安全保障を推し進めることが合意された。
 議論を尽くし、様々な意見の相違を克服して、“海を護る”精神を具現化するための国家と国際社会そして人類社会への提言を作成することに合意した。二日間に亘る作成作業を経て、10項目の提言を含む、「東京宣言「海を護る」−新たな海洋安全保障の提言−」を、参加者の総意として採択した。会議後、策定した提言を実行に移すための「アドボカシー・グループ(政策提言グループ)」(Securing the Oceans Advocacy Group: SOAG)を構成することについても合意された。
 東京宣言「海を護る」は、東アジア海域海洋環境パートナーシップ(PEMSEA)、国際海洋研究所(IOI)およびバルト海海洋環境保護委員会(HELCOM)のホームページにおいて紹介されるなど、反響を呼びつつある。
 
6.2 今後の取り組み
 今後は、提言として取り上げた諸施策を実行に移し、「海を護る」ための社会的・政治的意識を高め、構想を具現化していく必要がある。提言は、「I. 政治的意志の形成」と、「II. 「海を護る」の実行」、の二本柱で構成し、それぞれ、1-1から1-5、2-1から2-5までの各5項目、計10項目を掲げている。
 「1-1各国および国際組織への提案」は、各国政府と国際機関に対して、新たな安全保障の概念の普及と実現に向けて取り組むことを提唱している。アドボカシー・グループ、あるいは1-2で提唱する海洋シンクタンクの活動などを通して働き掛けていく必要があるだろう。
 「1-2 国際的な海洋シンクタンクの設立」は、「海を護る」ために活動するシンクタンクの設立の呼び掛けであり、特に地域においては海洋の情報センターとなることを想定している。
 「1-3 アウトリーチ・プログラムの確立」は、「海を護る」ことの社会的意志の形成を目指すものであり、学校教育の促進や市民レベルの意識の向上に貢献する「海洋大使」制度や表彰制度の導入を提唱している。この1-2と1-3については、当面は、SOF海洋政策研究所がその活動を通して鏑矢を放っていくことを考慮する必要があるだろう。
 「1-4 海洋問題に係わる調整メカニズムや横断的組織の設置」は、縦割り行政の是正と統合的アプローチの推奨である。アドボカシー・グループや前述の海洋大使などの活動に期待するところが大きい。
 「1-5 「海を護る」国際会議の定期的開催」では、官民学界といった枠に囚われない幅広い参加を募る国際会議の開催を提唱しており、同時に、各国首脳による海洋サミットなども開催することを呼び掛けている。これについても、SOF海洋政策研究所がイニシアチブを発揮していく必要があるだろう。
 「2-1 紛争予防・環境保護システム」では、信頼醸成と紛争予防及び生態系と環境保護のためのシステムの構築を呼び掛けている。「海を護る」政治的意志が形成されれば、自ずと構築されていくものであると思量する。
 「2-2 監視・モニタリング・法執行システム」では、「海を護る」ために必要となる情報収集システムを、そして「2-3 情報の共有」では、収集情報の各国の共有とそのための配布・交換システムの設置を提唱している。これらは、必要性についての国際的認識が高まったとしても、技術力や資金が伴わなければ実現は難しい。そこで、
 「2-4 利用国による応分の分担」と、「2-5 能力構築のための国際協力」を提唱している。政治的意志を高め、国際会議を定期的に開催し、国家、国際社会そして人類社会に働き掛けていく必要があるだろう。
 
7. あとがき
 人類社会の持続可能な発展のためには、地球表面の70%を占める海洋の開発ともに、海洋の平和維持と自然環境・資源の保護が必要不可欠であるとの認識に立ち、従来の軍事を中心とした海洋安全保障の概念を見直し、海洋環境の視点を包含した新たな総合的海洋安全保障の概念“海を護る”の構築を提唱し、さらに、その概念を実行に移していくための法的・政策的枠組と行動計画について検討してきた。
 本年度は、平成14年度から実施してきた3カ年計画の締めくくりの年として、内外から海洋法および海洋政策の専門家を招聘して3回目の国際会議を開催し、そこで参加者の総意として「東京宣言“海を護る”」を採択した。この東京宣言では、新しい海洋の安全保障の概念“海を護る”の意味と意義を明確に定義し、その概念を実現するための政治的意志の形成とその実行について、10項目にわたる具体的な提言をした。
 今後は、この宣言に盛り込まれた提言を実行に移していくことが重要と考えており、機会あるごとに関係方面へ訴えていくとともに、海洋政策に関係する機関や大学等の関係者に「アドボカシー・グループ」への参加を呼びかけ、政策提言を実行に移すための活動を行っていきたいと考えている。


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