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'05剣詩舞の研究◆4
青年・一般の部
石川健次郎
 
剣舞「偶成」
詩舞「春日山懐古」
剣舞
「偶成(ぐうせい)」の研究
大鳥圭介(おおとりけいすけ) 作
〈詩文解釈〉
 作者の大鳥圭介(一八一七〜一九一一)は赤穂の医師の家に生まれ、始め蘭学を学んだがさらに江川太郎左衛門について西洋兵学の知識を得た。慶応四年に戊辰戦争が起こると圭介は五百人の伝習隊を率いて江戸を脱出し、同じ反官軍勢力の榎本武揚らと共に函館に赴いた。彼等は王政復古と江戸城明け渡しに反対し、明治元年十月から翌年五月にかけて北海道函館の五稜郭にたてこもり官軍に抵抗した。大鳥圭介は指揮官として勇ましく戦ったが、このときの戦(いくさ)の様子を、この詩で生々しく述べた。
 
五稜郭(俯瞰写真)
 
 詩の内容は『敵は海と陸との両方から三千人の大軍で攻め寄せてきて、今日こそは勝敗を決しようと云う意気込みがみえた。一方丘の上から四方を見渡せば、敵は近くまで攻めこんで来ており、弾丸は雨あられの如く音をたてて軍服の袖をかすめていった』というもの。
 
〈構成振付のポイント〉
 この作品は近代の戦いだから、いわゆる刀剣による斬り込み戦ではなく、銃撃戦の様子が述べられている。しかし剣舞の場合は銃砲を剣に置きかえて振り付けするのが定石だから、この作品の場合も全体の起伏を次に述べるような序破急の三段に分けて構成するとよい。まず「序」にあたる前半は敵が攻撃してくる様々なパターンを展開する。例えば前奏で下手から攻めたてられ、後ずさりして登場してきた幕軍(大鳥圭介方)が、役変りして上手から舟を漕ぎよせる官軍方の攻めの様子を見せてもよい。また銃砲の型を取り入れた場合は、剣技につなげる流れを計算に入れて欲しい。起句の詩文からは剣技の型を格調をもって演じ“輸贏(ゆえい)(勝負)を決す”などの詩文にこだわらず、前後の流れによっては抽象的な表現を考えてもよい。「破」の転句は、作者であり指揮官の大鳥圭介の血気盛んな様子を詩文通りに一人称で表わせばよい、あまりむずかしい注文は付けないで、丘に登る仕草や、敵に発見されないようにして四方を窺う(うかがう)といった表現でもよい。さて「急」にあたる結句は、詩文上では転句の情況下で敵の弾丸が大鳥圭介の軍服をかすめたと云う“弾丸”が主役となるが、剣舞としては盛上らない。そこで結句は再び剣技で、身近の激しい修羅場を充分に演じ、最後は敵の流れ弾に当って、手負のまま後奏で退場する。従ってこの人物は作者圭介と特定せず、幕府軍の一人と考えればよい。
 
〈衣装・持ち道具〉
 激しい戦闘の様子が主になるので、稽古衣または地味な紋付との重ね着がよい。扇は転句などで必要とする場合は、いぶし銀のような地味なものがよい。
 
詩舞
「春日山懐古(かすがさんかいこ)」の研究
大槻磐渓(おおつきばんけい) 作
 
 作者の大槻磐渓(一八〇一〜一八七八)は仙台藩士だが幕末明治期の儒者としても名高い。ところでこの作品は、作者がかって上杉謙信の居城があった春日山(現在新潟県高田市)を訪れ、この地で急逝した戦国時代の名将上杉謙信を偲んだものである。内容は『春日山の居城跡に来てみれば、山頂は一面に夕焼けで美しいが、昔名馬がいなないた面影もなく、ただ鴉(からす)がもの淋しく鳴くばかりである。こうして昔を偲んでみると、上杉謙信ほどの武将が“越山併せ得たり能州の景”などと空しく僻地の月をめでただけで、都の花をたたえる事もなく没したことは、大変気の毒なことであった』というもの。なお参考のために、戦国時代の名将上杉謙信は武田信玄との川中島合戦の後、天正五年に織田信長の援軍等を撃破、金沢、能州の七尾城を攻め落とした。この時に謙信が詠んだ「九月十三夜陣中の作」は大変有名で、この「春日山懐古」にも引用されている。さて謙信は翌年再び信長本隊と決戦を挑むべく春日山の居城に五万の大軍を集めた。しかし謙信は決戦を前にして三月十三日に急逝して天下統一の望みは消え去ったのである。
 
〈構成・振付のポイント〉
 この作品は作者の大槻磐渓が、上杉謙信の生涯を同情的に述べたものだから、本来なら作者の一人称で全部を通すべきだが、舞踊構成に変化をもたらすために、前半は作者の春日山城跡での情景描写、後半は上杉謙信を幻想として登場させるなどの工夫をこらした構成にしたい。一例として、前奏からは作者の立場で登場し、起句は春がすみの風情などを三人称的に描くか、または作者が一人称で夕映えの山を眺めた振りを併用する。いずれも扇による基本的な振りに変化を持たせればよい。承句は、かっては名馬のいななきが聞こえたであろうに、今はただ鴉の鳴き声しか聞こえないという詩文をそのまま動作にしたのでは単なる当て振りに終ってしまうので、馬のいななきという幻想の部分を次の転句の振りの流れで考えたい。転句はこの作品中最も幻想的な部分だから、例えば前句の後半で、乗馬の謙信に役変りして、ここからは謙信が十三夜の月を眺めて勝利の喜びを舞うイメージ振りを見せる。同じように結句も、実際には成就できなかった謙信の都の花見を象徴する舞を、桜模様などの扇に持ち替えて幻想的に見せる。結句は後半から後奏にかけて、例えば扇を取り落とすきっかけで、役変りして春日山城跡の暮色を眺める作者の立姿で終る。
 
上杉謙信(肖像画)
 
馬上の上杉謙信(芳年画)
 
〈衣装・持ち道具〉
 春にふさわしい作者の着付けが、そのまま謙信の幻想にも併用したいので、淡い色のグレー、ブルー、グリーン。女性なら更に藤色や紫系のものを基本にして、それと調和のとれた袴を選ぶ。扇は霞模様などが無難だが、前述のように、桜の絵柄のものを持替えてもよい。


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