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「津波が予想される場合の船舶安全確保に関する調査研究委員会」での検討概要
海上保安大学校 海上安全学講座教授 高橋 勝(たかはし まさる)
はじめに
 平成5年7月に発生した北海道南西沖地震に伴う津波で、奥尻島では一瞬にして数百棟の家と200人近い人命を失ったことは、記憶に新しいところです。また、平成15年9月の十勝沖地震に伴う津波では、北海道太平洋沿岸を中心に津波警報、注意報が発令され、漁船が岸壁に打ち上げられるなどの甚大な被害を生じ、地震発生から10時間以上も津波注意報が解除されない状況が続きました。
 通常の場合、ひとたび津波を伴う地震が発生すると、対応を検討する時間的余裕はなく、事前に十分な対応策を検討しておくことが必要ですが、現状では船舶の取るべき対応として詳細に例示しているものはありません。東海地震などの発生が予想されているなか、これらの地震に伴い津波が発生することは十分に想定されますので、このような場合の船舶の取るべき安全対策について検討しておくことが急務と考えられています。
 本委員会は、海上保安庁交通部安全課からの委託を受け、今後、各港において津波に対する船舶の安全対策を検討する場合の手引きとなるものを作成することを目的に、過去に各方面で検討された資料を調査し、港内における船舶の津波対策を検討する場合の手順と、検討すべき対応策の内容などについての提言を行いました。ここではその主な内容について紹介します。
津波の基礎知識
 津波対策を立てるためには、津波について知っておく必要があります。そこでまず、津波の高さ、津波の速度、津波発生の条件などの基礎知識について改めて簡単に整理し、まとめました。
 すなわち、「津波の高さ」とは、津波が来なかった場合に予想される水位との偏差で、最大の偏差を「最大の高さ」ということ。地震のマグニチュードと同じように、津波にも規模を示す「-1」から「4」までの津波規模階級が使われており、津波の高さ2m程度で海岸や船舶に被害が出始める規模が「階級1」、4mから6mで若干の内陸まで被害が及び、人的損失も発生する程度を「階級2」としていること。また、津波は震源が80km以上の深い地震では、殆ど発生しないと考えられること。
 発生した津波は、重力加速度(9.8m/sec2)と水深(m)を掛け合わせてルートした値の速さで伝わり、水深が100mの場合では時速約100kmにも達し、また、津波が進行していくときの海面の流速は、重力加速度(9.8m/sec2)を水深(m)で割ってルートした値に、波面の静水面からの高さ(m)を掛けたものになるため、水深10m、高さ2mの津波では約2m/secの流速が発生することなどが主な内容です。そのほか、津波の変形や特異現象についてもまとめました。
 さらに、過去に日本およびその周辺の沿岸で発生した津波、日本およびその周辺の沿岸に影響を与えた外国の沿岸で発生した津波を整理し、そのなかから特に新潟地震と日本海中部地震、平成15年の十勝沖地震の3ケースについて、津波の状況と具体的な船舶の被害状況を整理しました。
 いずれの場合も、船舶の被害については、漁船などの小型船の乗り揚げや転覆がほとんどで、大型船の係留索切断や船体と岸壁との衝突などは、発生しなかったのか、調査されなかったのかは定かではありませんが、報告されていません。
津波対策の現状
 港内における津波対策を考えるには、津波対策の現状を把握しておく必要があります。そこで、津波対策の現状について整理しました。
(1)津波情報の伝達
 気象庁が発表する津波情報は、防災行政機関や都道府県が行う災害応急対策の初動情報となるため、災害対策基本法や気象業務法の定めにより、関係の機関や報道機関を通じて、住民や船舶などに迅速に周知されるようになっています。津波予報のために、全国の海岸は66の津波予報区に分けられ、札幌・仙台・東京(本庁)・大阪・福岡・沖縄の6カ所の津波予報実施官署がそれぞれの区域を分担して担当し、予報業務を行っています。
 また、震源が日本列島や南西諸島の沿岸からおおむね600km以遠にある地震(遠地地震)による津波(遠地津波)の予報は、気象庁本庁が行うようになっています。
 1987年には地震活動等総合監視システム(EPOS)が気象庁に導入され、1993年までには地震津波監視システム(ETOS)が全国の津波予報中枢に導入されており、地震観測網の強化により、現在では地震発生後約3分で津波予報が発表されるまでになっています。さらに、これを30秒に短縮することを目指して、さらなる観測網などの整備が進められています。
 津波予報には、津波の高さが1m以上の場合の津波警報と、50cm程度の場合の津波注意報の2種類があり、津波警報はさらに、津波の高さが1m・2mの場合の津波警報と、3m以上の場合の大津波警報に分けられています。
 津波の情報には、津波の到達予想時刻や予想される津波の高さをメートル単位で発表するものと、各地の満潮時刻・津波の到達予想時刻を発表するもの、および実際に津波を観測した場合に、その時刻や高さを発表するものの3種類があります。
 津波予報や津波情報の伝達経路は、【図1】のようになっています。
 全国約1,000箇所で観測された地震波データは、常時最寄りの津波予報実施官署へテレメーターで伝達され、EPOSやETOSによって即時に自動処理され、震源地とマグニチュード並びに津波の大きさが決定されて予報文などが作成されます。予報文などは最も迅速な方法で伝達中枢に送られ、伝達中枢からはそれぞれの定められた方法により、市民や船舶などへ伝達されます。
 
[図1]津波予報、地震津波情報の伝達経路
 
 伝達中枢には、NTT、報道機関、都道府県、海上保安庁、警察庁および都道府県警察本部が含まれており、常設の専用回線で伝達されますが、回線に障害があるときは、緊急衛星同報システムが使用されます。
 海上保安庁は、災害対策基本法に基づく海上保安庁防災業務計画や気象業務法の定めにより、船舶や沿岸地域の住民および海水浴客などに伝達しますが、都道府県、報道機関、NTTなどの伝達中枢に伝わった津波情報は、最終的には市町村による、防災行政同時一斉通報無線・サイレン・半鐘・広報車により、また、放送機関による緊急放送やテレビ・ラジオ放送により地域住民に伝達されることになります。
(2)船舶への影響
 津波が船舶に及ぼす影響については、過去において分析されており、これに基づいて一般的な対応策が検討されています。その主な内容は以下のとおりです。
(1)岸壁係留船への影響は、津波の水位変動と流圧による船舶の移動による係留索(特にスプリング・ライン)の切断が主なもので、大型船は流速の影響を強く受け、小型船は水位上昇の影響を強く受ける。漁船やプレジャーボートなどは、前後各1本の係留索で係留していることが多く、津波による高水位強水流で係留索が切断する可能性が高く、無人のまま放流された船体は、岸壁や他の係留船に激突したり、岸壁に乗り上げる可能性が高い。
(2)錨泊船への影響は、流圧による走錨であるが、流速1m/secを超えると風速20m/secの中での錨泊に相当する流圧を受け、流速2m/secでは風速20m/secに対する正面風圧の4〜5倍の最大張力が錨鎖に加わる可能性があるとされている。さらに、流向が反転する時には、概略正面流圧の4倍の最大張力が錨鎖に加わる可能性があるとされている。
(3)浮標係留船への影響は、基本的には錨泊船と同様であるが、前後係留している浮標係留船については、45°方向から流れを受けた場合、正面流圧の80倍、90°方向からでは110倍以上の流圧が加わる可能性があることが試算されている。
(4)航行船への影響は、沖合いでは殆ど津波を感知することはなく影響はない。湾内や港内では、水流により偏位、偏針するとともに喫水に比して水深が十分でない場合は、操船に影響を受ける可能性が高い。漁船やプレジャーボートなどの小型船が浅水域を航行する場合は、水流力や津波前面の巻き波により、操船の自由が失われ横倒沈没するなど、大きな海難に発展する危険性がある。
 船舶の被害を左右する要素は、津波高、津波周期、津波流速、到達所要時間、津波の形状、来襲方向、港湾の形状、港内水面積、港口部通水断面積、泊地水深、防波堤・岸壁の天端高、係留場所などですが、水産庁漁港部の調べでは、漁船の被害率と津波高との間には大きな正の相関があり、波高1m位から被害が出始め、漁港の岸壁天端高に相当する1.5mを超えると被害が増加する傾向を示し、3mを超えると被災率が増大すると報告されています。
(3)船舶の対応
 船舶は、津波発生時には海上保安庁が実施する船舶に関する措置、指示、勧告などを把握し、支援要請を行うため、海上保安部署や巡視船艇との通信連絡手段を確保する必要があります。
 情報の流れと船舶の対応を【図2】に示します。
 
[図2]情報の流れと一般船舶の対応
 
 津波来襲の情報を得た場合や地震感知などにより津波来襲の可能性を察知した場合、緊急避難を実施するか、係留場所にとどまって津波に対処するか、あるいは乗組員・作業員だけ陸上避難するかを判断し、実行しなければなりません。その場合、津波の大きさ、津波来襲までの時間など津波に関する情報のほか、次のようなことを考慮することが必要となります。
(1)外的事項
イ. 海上保安部署長(港長)の勧告・指示
ロ. 港湾管理者、漁港管理者、漁港管理委託者(漁業協同組合など)、マリーナ管理者などの指示
ハ. 運航安全対策や荷役管理規定、各種協議会、社内の緊急時マニュアルなどに定める津波来襲時の対応
(2)港湾の状況など
イ. 潮高、岸壁の天端高、本船喫水
ロ. 津波シミュレーションなどによる港湾域における津波の挙動
ハ. 港内の収容可能隻数
ニ. 港湾の状況と至近の他船の状況
(3)自船の状況
イ. 避難準備に要する時間
ロ. 安全な海域までの所要時間
ハ. 緊急避難の方法と各々の安全性
ニ. 港内にとどまって津波に対処する手段と所要時間
ホ. 乗組員などの陸上避難場所と所要時間
へ. 自力緊急避難の可否
 さらに、沖出し避難について、二次災害の危険度などを考慮して避難順序が申し合わされている場合、時間に余裕があればそれに従う必要があります。
 本委員会の報告書には、避難準備所要時間について、過去に(社)日本海難防止協会と(社)東京湾海難防止協会が行ったアンケート調査の結果を紹介しています。また、災害の防止措置に関する関係法令についても、まとめて紹介しています。
港内津波対策の検討手引き
 本委員会では、各港(地域)における港内の津波対策の検討を促進することを目的に、津波警報が発令された場合に、港内の船舶交通の安全を確保するため、津波に対して船舶の取るべき対応の基本的考え方や港内の津波対策を策定する際の留意事項を検討手引きとして提示しました。
 このなかで、津波の来襲までは時間的な余裕がない場合が多く、津波の現れ方や船舶への影響などは港(地域)の形態、利用状況などによって異なることから、事前に港(地域)ごとの港内津波対策を検討し策定する必要性があることを示し、検討・実施の母体となる港内津波対策協議会(仮称)の設置を提案しています。また、港内の津波対策を具体的に策定する際の標準的な検討手順をフローチャートで示し、個々の項目について説明しています。港内津波対策検討フローは【図3】に示す通りです。
港内津波の影響調査
 津波対策を策定するうえでは、海底地形、海底勾配、水深、海岸地形、海象条件などの自然特性を把握するとともに、防波堤、岸壁などの港湾施設および危険物施設やドックなどの港内の施設の配置状況についても把握する必要があります。特に、危険物施設、貯木場、水産養殖施設などの施設は、流出などにより二次災害、航路障害などを招く恐れがあることから注意を要します。
 また、船舶の避難などの安全対策を検討するためには、港内在船状況や運航形態などの港内利用状況を把握しておくことも必要ですが、緊急時に短時間で船舶の状況を正確に把握することは困難です。
 従って日頃から、港内在船状況、運航形態、海上工事などの状況を把握しておき、これらの想定のうえで対策を検討する必要があります。このなかには、タグボートやパイロットなどの船舶の入出港援助態勢の把握も含まれています。
 さらに、津波の影響は各港(地域)によって異なることはすでに述べたとおりですので、各港(地域)ごとに津波防災情報図(津波シミュレーション)、津波浸水予想図、過去の津波被害状況などにより、津波が高くなりやすいところ、水流が大きくなりやすいところ、渦が生じやすいところなどなど、港内の津波特性を可能な限り想定して、適切な対策を立てる必要があります。
 ただ、過去の津波被害状況については、陸上のものがほとんどで、船舶に関するものは記録が少ないのが現状なので、船舶への影響評価の面で難しいところもありますが、シミュレーションなどで得られる資料をもとに、船舶への影響の度合いを区域ごとに検討・評価し、津波の発生が予想される場合の避難場所・経路、避難順序などを検討する必要があることを述べています。また、この際対策検討に資するため、この危険度を図示して、港内版津波ハザードマップを作成することも提案しています。
 
[図3]港内津波対策検討フロー


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