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超電導磁石を用いたバラスト水浄化装置開発への取り組み
(株)日立製作所 機械研究所 主管研究員
佐保 典英(さほ のりひで)
はじめに
 (株)日立製作所(本社:東京、資本金2,800億円)は6つの研究所を有し、従業員3万6,500人で、微小半導体チップから大型原子力発電機器までを製造販売し年間売り上げ8兆6,000億円(連結ベース)の世界規模の総合電機企業です。グループの会社数は956社でグループ総従業員数は32万6,000人です(数字は2004年3月期)。
 機械研究所は茨城県土浦市に所在し、約350人が上記製品群の主にハードに関わる技術、製品の研究開発を行っています。
 当社の超電導関連の製品には、医療診断機器のMRI(Magnetic Resonance Imaging)装置、心臓から発する微弱磁場を非侵襲で計測するSQUID(Superconducting Quantum Interference Device)磁気センサを使用し世界に先駆けて製品化した心磁計、時速580km/時を超えるスピードで走行する超電導磁気浮上方式鉄道用の超電導磁石や、海洋、河川、湖沼、生活排水などの環境水浄化に適用する磁気分離浄化装置などがあり、当研究所ではこれらの製品開発の一端を担っています。
 
超電導磁気分離方式の応用
 当社が開発した磁気分離浄化装置を使用することにより、湖沼や河川の富栄養化によって発生するアオコや油水中の乳化した油粒子を凝集前処理したのち、ろ過フィルターと超電導磁石の強い磁気力で高速に分離除去し、汚濁水を高水質に浄化することができます。
 水中の汚濁粒子を除去する方法としては一般にはフィルターろ過方式があります。これは、プランクトン採取用のプランクトンネットでろ過する手法と同様で、分離する汚濁粒子のサイズよりも小さな目開きを有したフィルターで汚濁水をろ過する方法です。フィルターの目開きサイズとしては、5μm(0.005mm)の非常に細かい目のフィルターがありますが、目開きサイズが小さくなるほど通水抵抗が大きくなり、また、すぐにろ過する汚濁粒子で目詰まりし、大量の汚濁水を処理することが難しくなります。
 そこで、小さな汚濁粒子を通水抵抗が小さなフィルター、すなわち荒い目のフィルターでろ過する方法として凝集ろ過方式があります。これは、陸上の下水処理場で使用されている凝集剤(一般に、鉄イオン系、アルミニウムイオン系の2種類)を使用し、フィルター目開きよりもはるかに小さな汚濁粒子を寄せ集めてフィルター目開よりも大きな塊(フロック)を形成させ、これをろ過する方式です。凝集剤を加えるとプラスの鉄イオンやアルミニウムイオンが汚濁粒子物のマイナスの電荷と結びついて粒子物間の反発性がなくなり、粒子物が集合しやすくなります。集合した汚濁粒子群を塊とする接着材の役目をするのが、凝集剤を原水中に添加して生成される水酸化鉄や水酸化アルミニウムです。
 しかし、このままでは、フィルターでろ過する際にフロックが壊れてろ過できないため、フロック補強剤として高分子ポリマーを添加し絹糸のようなポリマーでフロック群を絡め、ろ過時に壊れない強いフロックを生成します。
 フィルターでろ過したフロックを濃縮して回収する方法として、一般的には水とフロックの比重差を利用した沈降分離方法がありますが、分離濃縮に数時間かかり大型の沈降槽が必要となります。
 そこで、フロック中に鉄粉を混入させて磁性化(磁性フロックの生成)し、超電導磁石の強い磁気力でこの磁性フロックを瞬時に磁気分離する超電導磁気分離方式を当社で開発しました。当社の磁気分離浄化装置は、フロー図に示すように、凝集ろ過方式とこの超電導磁気分離方式を組み合わせた独自の構造となっており、汚濁水を装置内に取水し5分間以内に浄化するとともに高濃度の汚泥を回収することができます。図には、後述する船舶搭載用の動揺安定台と組み合わせた構成を示しています。
 
バルク超電導磁石を適用した船舶搭載型のバラスト水浄化装置のフロー図
 
バラスト水処理装置への適用
 国際海事機関(IMO)において平成15年2月に採択された「船舶のバラスト水及び沈殿物の規制及び管理のための国際条約」では、排出するバラスト水の水質を厳しく規制しており、この水質をクリアーするためには高度な処理技術が必要となります。バラスト水処理装置では、サイズが10μm以上の微細なプランクトン及びサイズが数μm以下のバクテリアのほとんどを除去もしくは殺滅できる性能が必要となります。
 当社の磁気分離浄化装置では、アオコを形成するサイズ数十μmの植物プランクトンやサイズ数十μmの乳化した油粒子を、高除去率で分離浄化できるのでバラスト水の浄化に十分適用できると考え、今回(財)シップ・アンド・オーシャン財団の平成15年度研究助成金の交付を受け基礎浄化性能を検討しました。
 
表 排出規制案と浄化性能による計数同定結果の評価
浄化性能 IMO水質規制値
プランクトン等の生物 10μm以上
50μm未満
<1細胞数/mL ×
<10細胞数/mL
<100細胞数/mL
10μm以上
80μm未満
<1細胞数/mL ×
<10細胞数/mL
<100細胞数/mL
50μm以上 <1細胞数/m3 ×
<10細胞数/m3
80μm以上 <1細胞数/m3
<10細胞数/m3
コレラ菌 <1cfu/100mL
大腸菌 <250cfu/100mL
<500cfu/100mL
腸球菌 <100cfu/100mL *
<200cfu/100mL *
○=達成、×=未達成、△=原水中に未出現だが達成可能性有
*=原水中は固体数未満だが除去率93%以上
 
 表に示す基礎浄化実験を実施した時点におけるバラスト水排出規制案は、平成14年8月の第49回海洋環境保護委員会(MEPC)において示された提案ベースであり、規制されるプランクトンサイズおよび出現個数は確定していませんでした。この排出規制案のプランクトンサイズごとの出現個数規制値と、冬季東京湾の海水を原水として使用した今回の基礎浄化実験(ビーカー試験)における浄化水の計数同定分析結果を表に示します。
 表中○印は排出規制値をクリアー、×印は排出規制値未達成を示しています。表中の枠内を着色で示した箇所が、今回の国際条約で決められた規制値です。
 基礎浄化実験の結果、バラスト水排出規制値の内プランクトンに関する規制値をクリアーすることができました。また、バクテリアの規制値に関しては、浄化水中の大腸菌に関して、250cfu/100mL 未満を確認しました。この場合の除去率は95%以上で、高い除去性能を示しました。腸球菌に対しては、浄化水中の出現数は100cfu/100mL未満でしたが、原水中の出現数が規制値の100cfu/100mL 未満であったため規制値のクリアーを検証できませんでした。しかし、原水からの除去率は93%以上であり、十分規制値を達成できる可能性があると考えられます。
 一方、コレラ菌に関しては今回の原水中には出現しなかったので、評価できませんでしたが、コレラ菌のサイズは大腸菌と同程度であるので、大腸菌と同様に、高い除去率で除去できるものと考えられます。
 
実海水の前処理水と浄化水の概観写
 
 写真には前処理水中の磁性フロックの生成状況および浄化水の概観を示します。本浄化技術では、写真に示すようにバラスト水中の生物のほか、微細な有機物もフロック内に取り込み同時に除去できるので、浄化した後、排水時まで浄化水を長時間貯留しても、再度プランクトンやバクテリアが増殖してしまう可能性が極めて低いと考えられます。このため、本浄化技術はバラスト水の処理技術として優れた技術であると確信しています。
 
高温超電導バルク要素磁石の試作
 本研究開発では、適用する超電導磁石として(財)国際超電導産業技術研究所(ISTEC)で開発されたガドリニューム(Gd)系の高温超電導バルク体(超電導:電気抵抗がゼロとなり、大電流が永久に流れ続ける状態)を使用した高温超電導バルク要素磁石を試作し、磁石として使用するために必要な磁場の着磁性能を検討しました。
 その結果、小型ヘリウム冷凍機(消費電力2.8kW)で約-236℃の低温に冷却された高温超電導バルク要素磁石に、励磁磁場7.5テスラの磁場空間内において4.8テスラの強磁場を着磁できました。この磁場の強さは永久磁石の約10倍あり、本磁石を適用することにより、磁気分離のために使用する鉄粉の量を大幅に低減できる見通しを得ることができました。なお、この強磁場は、磁石を冷凍機で低温に保持している限り半永久的に維持できます。
 なお、本稿で紹介した研究の一部は、競艇交付金により日本財団の援助を受けて(財)シップ・アンド・オーシャン財団が行う技術開発基金による補助金を受けて実施しました。
 
今後の課題
 今後は、昨年実施できなかったプランクトン濃度が高い夏季の海水を使用して基礎浄化実験を実施し、IMOバラスト水管理条約の排出規制値をクリアーできることを検証する計画です。また、自由水面を有する本浄化装置を船舶搭載するためには船舶動揺安定台の開発が必要であり、東京海洋大学の海洋工学部(工学部長:大津皓平教授)の協力を得て、(社)日本造船研究協会の平成15年、16年度委託業務により開発推進中です。さらに、同委託業務において船舶に搭載するための浄化装置の小型化を検討する予定です。
 
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