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日本におけるバラスト水輸出入量
 平成10、11および12年度の日本財団の助成事業として、当協会がロイズデータに基づいて実施した“日本沿岸域船舶航行環境調査”をベースとした、各船舶の事情などを考慮した、わが国各港におけるバラスト水輸出入(漲/排水)状況の試算結果(1997年日本寄港500総トン以上の外航船)によれば、年間約3億トン輸出し、約1,700万トンを輸入しているものと推定される。
 世界における外航船による国際間バラスト水移動量の15%以上を占めているものと考えられる。
 資源輸入大国であるわが国が、世界有数のバラスト水輸出大国である特徴が顕著に表れている。
 輸出入地域別によるバラスト水の漲排水量と延隻数を示したものが【図2-1、2-2】である。
 
図2-1 日本/外国バラスト水移動量推定量
 
図2-2 日本のバラスト水輸出入関連船舶数
 
バラスト水漲水域の海中生物
 海水中の水生生物数は、時期、場所などにより様々であるが、想像以上に多い。
 一例として、日本内湾の海水1リットルあたり植物プランクトン細胞数10万(30〜50種)、動物プランクトン個体数100(10〜20種)という数値があり、バクテリアについては1億、ウィルスについては10億とか100億の細胞数が存在するものと考えられている。
 同じ水域の海水についても、サイズ20μm以上の植物プランクトンの場合、海水1リットル中、少ない時で1万細胞、赤潮時で1,000万〜1億までのバリエーションがあり、20μm未満の植物プランクトンを含めれば、このバリエーションはさらに大きくなる。
 コップ1杯のバラスト水も海洋汚染物質であり、生態系に影響するという意見も否定し難い面がある。
 
バラスト水タンク内での生物の変化
 バラスト水漲水後のタンク内での水生生物の状況は、どのように変化するのであろうか。
 (社)日本船主協会による陸上実験結果によれば、1週間の連続暗闇貯蔵で、一部の例外を除き、植物プランクトンについては、光合成ができないため約96%が死滅し、植物プランクトンなどを食べて生きる動物プランクトンについても約82%が死滅する。
 しかしながら、プランクトンの死骸を餌とするバクテリア・原生動物については、餌がある間は、それらの死骸の増加に伴って増殖することになる。
 一般的には、100日間以上の暗闇貯蔵でほとんどの生物が死滅するといわれており、バラスト水暗闇貯蔵による効果の最少日数といわれているが、シストなど、生物によってはより長期間生存可能なものもある。
 一方で、単細胞植物プランクトンの麻痺性貝毒プランクトンなどは、有性生殖してできた細胞が水中のプランクトン生活をやめてシストとなり、タンク底に沈降して沈殿物内で休眠してしまう。
 当協会の調査結果によれば、シストは通常植物プランクトンに比べ、化学薬品に対し約30倍、オゾンに対し約20倍の耐性を持っている。
 この休眠期間は、種によって異なるが、多くの種は最短で数カ月、長い場合は数十年といわれている。シストは、水温や光量の変化を刺激として発芽し、また元のプランクトンに戻り増殖を始めるようになる。
 
外来水生生物の侵入事例
 外来水生種侵入の兆候が科学者により認識されたのは約100年前であり、1903年の北海におけるアジア産植物性プランクトンの集団発生後のことであるが、外来種侵入問題について詳細な再調査が開始されたのは1970年代である。1976年には、バラスト水による病気移動の危険性が高いという結論の研究論文が発表されている。
 五大湖へのバラスト水内の異国種による侵略は、多くの外洋船舶が五大湖に入り始めた1959年のSt Lawrence Seaway の開通まで遡るといわれている。
 発電所・工場の吸水パイプの周りに充満し、吸水パイプを完全に詰まらせたゼブラ貝は、プランクトンを介して土着魚類と競合し、土着魚類の個体数に影響している。
 また、黒海およびカスピ海からの急激な個体数増殖能力を持つ丸ハゼは、攻撃的魚類でかつ貪欲な大食漢であり生態系を脅かしているが、五大湖内のゼブラ貝を捕食することも明らかになっている。
 ミシガン、ウィスコンシン、ミネソタおよびオンタリオの各州法において所有が違法となっている、小型ながら攻撃的なRuffe(ヨーロッパ産のパーチ科の淡水小魚)も、1980年代に、バラスト水経由で五大湖に侵入している。
 黒海では、アメリカ大陸東岸を源としたクシクラゲ類が1970年代にバラスト水を通じて侵入し、貪欲に動物プランクトンや魚の卵・幼生を捕食し、アンチョビー漁業崩壊の主因となっている。
 地中海においては、1980年代に、熱帯緑色藻類のイチイズタが地中海に侵入したといわれており、土着の海草類を侵略し、魚類や無脊椎動物幼生のための天然生息地を制限してしまった。
 1984年、モナコ沖でちょうど1m2覆われているのが最初に観察されたが、1990年には3ヘクタール、1991年には30ヘクタール、1992年には427ヘクタール、1993年には1,300ヘクタール、1994年には1,500ヘクタール、また、1996年には3,000ヘクタールを超えて覆うまでに拡散した。今日では、フランス、スペイン、イタリアおよびクロアチア沿岸に沿って、数千ヘクタールを覆っている。
 豪州水域で発見された侵入種の中で、日本からのものとして、黄色ヒレハゼ、シマハゼ、日本産スズキ、アミ類、多毛類、マキガイの仲間、貝類を有毒化し食物連鎖により人間に至る有毒渦鞭毛藻、二枚貝類(ムラサキイガイなど)を捕食し貝産業に脅威となっている北太平洋産ヒトデなどが挙げられている。
 GESAMP(海洋汚染について科学的観点から助言する専門家グループ)の報告によれば、1979〜1993年の間に世界中で動・植物プランクトン、幼生など66種の非土着種侵入事例が発見されているが、現在では、豪州だけでも250種以上の非土着種侵入が確認されており、また、五大湖においては、1996年までに、130を超える異国種の存在が確認されていることもあり、潜在的事例ははるかに多いものと考えられている。
 各国による調査の進捗につれ、より多くの事例が明らかになっていくであろう。
 
日本への影響
 わが国においても例外ではなく、当協会試算結果によれば年間約900万トンのバラスト水が排出されている東京・大阪両湾内に、地中海原産のムラサキイガイ、オセアニア産のコウエンカワヒバリガイ、東南アジア原産のミドリイガイ、北米大西洋原産のアメリカフジツボやマンハッタンボヤ、地中海原産のチチュウカイミドリガニ、イッカククモガニなどが侵入しており、多国籍の水生生物が国産水生生物を駆逐しているといわれている。
 この他にも、東京湾では20種近くの外来動物が発見されている。クロマメイタボヤ、カサネカンザシなどの外来種の侵入も確認されている。
 
IMOにおけるバラスト水処理基準案の変遷
 初期の頃は、世界で話題になっている有害種の移動を防止・最小化することに主眼が置かれていた処理基準も、どのような外来生物の侵入も好ましくないということで、全生物を対象とした基準へと変化してきた。
 2001年3月に開催された、IMO関連組織GloBallast(地球バラスト水管理プログラム)主催による第1回国際バラスト水処理基準ワークショップには多くの海洋生物学者などが参加した。そこでは、処理システム自体の性能基準を、処理対象生物(大きさ)に対する殺滅/除去/不活性化率(95%又は99.9999%)で意見一致に至らず両論併記されたが、大勢(8割)は、バラスト水交換におけるバラスト水置換率が95%という調査結果を理由として、とりあえずは処理基準95%を条約スタート時の基準とすることに賛成していた。
 2001年4月のMEPC46以降2002年10月のMEPC48までは、この95%バラスト水処理装置の処理基準が一つの選択肢として残ったが、2003年3月の中間期バラスト水作業部会からは、船外排出時の生物濃度基準とすることで合意かつ審議されてきた。
 排出時の濃度基準となった主たる理由は、百分率排出基準では、バラスト水内の生物数すなわち分母にあまりの差(百万倍の場合も少なくない。)があるため、寄港国による臨検時に基準応諾が判定できないことにある。生物学上、非現実的な濃度基準処理に異を唱えている生物学者も少なくない。
 バラスト漲水時におけるプランクトン類の処理によりバラスト水タンク内で一般的には増加するバクテリア類についても、処理対象生物に含めると条約化が進展しないので、とりあえずは無視して条約化を図ることで半合意がなされたこともある。
 今回、採択された条約におけるバラスト水処理基準に関する重要な問題点は、実際の船舶からの排出基準と処理システム自体の処理基準との関連性が明確になっていないことにある。
 現時点においては、各国が処理技術開発中とはいえ、条約で求められている、環境的に許容でき、安全かつ実行可能で、生態学的に効果的なことに加え、費用対効果のあるバラスト水処理システムは存在していない。
 また一方には、生物学・環境的には、バラスト水内水生生物を100%処理しない限り、生物の移動を防止することにならないという国際的共通認識もある。
 かつては、まずは現在利用可能な技術をベースに水生生物処理基準を策定することで、少しでも水生生物移動量を減少させ、将来的に100%処理に近づけるという流れにあったが、最終的には、基準をできる限り厳しくし処理システムの開発を促すということと、技術的に可能な基準をもって実施していくという両趣旨の折衷案で最終化されたのが、最終的バラスト水処理基準決定の経緯である。
 最終基準については、動植物プランクトンについては外洋の水よりもさらに少なく、また、大腸菌については日本の海水浴場の基準よりもさらに厳しいものとなっている。


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