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4 職業税への非難と相次ぐ是正措置
 しかし、根本的な改革をもたらさなかったとはいえ、改革による税負担の変動は著しかった。大まかにいって、小規模事業、特に手工業者が税負担を大幅に軽減されたのに対して、大企業は増税となった。これは、折から石油危機後の不況によって弱体化していたフランス産業にとって重大問題であった。職業税に対する非難を前に、政府は改革の初年度から、税負担の変動を抑制する措置を講じざるをえなかった。不幸にも職業税は、その生誕から、経済に悪影響を与える税という烙印を押されることになったのである。
 しかも、税負担の調整は、改革初年度の経過措置に終わらなかった。長引く景気停滞とEU統合に向けた国際競争力強化の命題を背景に、フランス経済界が職業税に非難を集中させたからである。職業税に向けられた批判は、税負担の持続的増大は別として、主として次の3点であった。(1)地方団体間の不公平(税負担格差)、(2)業種間の不公平(特定産業への負担集中)、(3)雇用・投資を抑制する悪影響。このうち(3)は、後述のように、雇用・投資への悪影響はないというのが学界の定説となっているものの、「支払給与」標準の段階的廃止(1999〜2003年)につながった非難である。
 これらの批判の高まりは、政府に負担緩和措置の継続を強いるとともに、ついには一大改革を告げさせることになった。1980年1月10日法が、職業税の課税標準を「付加価値」標準に一新すると定めたのである。同法に規定された付加価値は、売り上げから仕入れを差し引くことで算定され、減価償却も控除を認めない広範な付加価値であった(4)
 ただし、この大改革には前提条件が付されていた。納税者の1割に相当する大規模なシミュレーションを行い、改革の影響をみた上で、改革の施行日を定める新たな法律を制定しなければならないという前提条件である。実際、当時の政府は改革に及び腰であった。付加価値標準への変更は、わが国でも指摘されているように大いなるメリットを持つが、同時にデメリットも抱えていることを認識していたのである。
 フランスで特に問題とされていたのは、理論的な問題点ではなく、きわめて現実的・政治的な問題点であった。すなわち、税負担が再び大規模に、地方団体間、業種間で変動してしまうのではないかという問題である。
 この点について、わが国の議論(事業税への付加価値標準の導入)では、外形標準課税と消費税の類似性ないし重複が問題とされるが、フランスでは一切そのようなことはない。課税標準が似ていても、一方は事業課税、他方は消費課税であり、税の性格はまったく異なるとされている。EU税制調和との関係においても、EU指令により禁止されているのは付加価値ベースの消費課税なので、法人課税である職業税に付加価値ベースを導入するのは問題ないとされているのである(5)
 さて、シミュレーションの結果は、政府の懸念を裏付けるものであった。1975年の営業税改革とは逆に、大企業から小規模事業者へ大幅な税負担の移動が生じると予測されたのである。後述のように、「付加価値」標準への改革はその後も繰り返し提唱されているものの、政府は、とりあえず1980年法を棚上げにするしかなかった。
 しかしそうはいっても、このまま職業税の問題を放置しておくこともできない。残された道は、税負担調整のための「ツギハギ的な是正措置」の連発であった。この是正措置は、あまりに数が多いので、ここでは列挙しておくにとどめよう。
 

1979年―納税額を付加価値額の一定割合でうち切り。(事質的な付加価値標準の導入)
1980年―(1)「事業収入」標準に算入される収入の割合を1/10へ引き下げ、(2)最低限納税額(Cotisation mimimum)制度の導入(6)。(3)課税標準の算定年度を、前年度から前々年度に変更、(3)全国平均の2.5倍での制限税率の設定。
1982年―(1)「支払給与」標準に算入される給与総額の割合を18%へ引き下げ、(2)「投資減税」(物価上昇を上回る「資産賃貸価格」標準の増大は、初年度に増大分の50%を削減)の導入。
19863年―新規に開業した事業の2年間の免税(地方団体の任意の免税)。
1985年―納税額の1割削減。
1987年―課税標準全体の16%削減。
1988年―「雇用・投資減税」(物価上昇を上回る課税標準の増大は、初年度に増大分の50%を削減)の導入。
1991年―施設の新設・拡張・郊外分散に対する5年間の免税(地方団体の任意の免税)。
1996年―付加価値額の一定割合での最低限納税額(Cotisation mimimale)制度の導入。

 
 これら毎年度のように追加された是正措置は、地方団体の任意の免税を除き、すべて国の負担で行われている。フランスでは、国の政策で地方財政に負担が生じる場合、地方税収減であれ地方歳出増であれ、すべて全額が国から地方へ補償されるのである。その結果、第2表に示されているように、職業税の3割は、地域の納税者ではなく、国によって納税されているのである。
 このように膨大な補償額を負っている以上、国としても職業税の問題を放置し続けることはできない。しかし、どのように改革すべきなのだろうか。
 
第2表、職業税税収に占める国の補償の割合(単位%)
年度 1993 1994 1995 1996 1997
国の負担割合 29,3 30,4 32,1 30,5 31,1
(資料)フランス財政・経済・産業省
 
5 課税標準のオータナティブと「支払給与」標準の廃止
 職業税の改革を巡っては、すでに四半世紀にわたり様々な意見が百花繚乱である。職業税の全廃を唱える意見もあれば、地方団体間の極端な税率格差を緩和するために、職業税をデパルトマンの税(わが国の県に相当する地方団体)とする、あるいは国税にして地方には税収を譲与するといった意見もある。
 本稿のテーマである課税標準についても、改革の選択肢は多岐に渡っている。資産の再評価をすべきとの意見、現行の「賃貸価格」を「減価償却を認める簿価」に変更すべきとする意見、営業税改革で提示された「事業純益」を押す意見、「税引き前利益」ないし「営業粗利益」が望ましいとする意見、1980年に告知された「付加価値」がやはり最善であるという意見など、まさに多種多様である。ちなみに、付加価値税の父として有名なモーリス・ローレは、「付加価値額を基準とした課税標準額の上限設定」を推奨している。
 このように議論は増殖を続けるものの、具体的な出口は一向に見えないまま時が過ぎてきた。現状維持のまま新世紀を迎えるのかと思われたその時、劇的な決断が下された。1999年からの5年間で、「支払給与」標準を段階的に廃止するとの決定である。「支払給与」標準は、第3表から分かるように、職業税の課税標準の3割以上を占める重要な存在である。しかもこの割合は、大都市団体では45%近くにも達しており、廃止の決定がいかに大きな影響をもつか理解できるであろう。
 
第3表、職業税の課税標準の構成と人口別の状況(1997年度)
(単位%)
課税標準の構成 団体別・職業税種に占める「支払給与」標準の割合
支払給与 33.6% 人口700人未満 700〜2千人 2千〜5千人 5千〜1万人 1万〜2万人
事業所得 3.2% 20,4% 25,0% 28,5% 29,6% 32,2%
償却資産 12.5% 2万〜5万人 5万〜10万人 10万〜30万人 30万人以上 平均
固定資産 50.7% 38,5% 40,9% 38,6% 44,6% 33,6%
(資料)フランス財政・経済・産業省
 
 ただし、廃止の決定は、理論的に確たる根拠を持つものではない。「支払給与」標準が、租税論からみて不適切な課税標準というわけではないのである。この決定は、あくまでも政治的な失業対策の「アピール」である。フランス税制に権威を誇る「租税評議会」(7)は、1997年、職業税について大統領に報告書を提出したが、その報告書の中で、「職業税が労働コストを高める程度はきわめて小さく、雇用を阻害しているわけではない。職業税を失業対策の手段として使うべきではない」(8)と言明しているのである。
 現政権にとって、景気状況をさほど懸念せずにすむ現在、最大の課題は失業問題である。週35時間労働の導入・ワークシェアリングの普及によって雇用拡大を図りつつ、それと引き替えに企業の労働コスト軽減になりふり構わず取り組んでいる。2001年度から導入する予定の環境税(炭素税)も、その税収は、雇用主の社会保障負担の引き下げ(未熟練工についての社会保障掛金の軽減)に充当することにしている。職業税における「支払給与」標準の廃止も、まさにこの「雇用対策キャンペーン」の一環として位置づけられるのである。
 また、ここでいま1つ力説しておきたいのは、このフランスの政治状況を無視して、形式的な現象のみをわが国に都合良く取り入れるのがいかに危険かということである。わが国の外形標準論議において、しばしば「国際的には外形標準が廃止の傾向にある」と指摘され、それが議論の発展を妨げる根拠の1つとすらなっている。
 その指摘にある「国際」とは、フランスの「支払給与」標準の廃止を指しているわけだが、政治・社会情勢の異なるわが国で、「廃止」という現象は何らの意味も持たない。参考に値すると声高に叫ぶのは、事態の本質を歪曲したこじつけである。「支払給与」標準の廃止は、租税論から導き出されたものではなく、あくまでも深刻な雇用情勢と政治的思惑のみに基づくものなのである。
 
おわりに
 本稿の冒頭で述べたように、外形標準は、税制や行財政、社会・経済システムと相互に関連しており、正しく国際比較を行うのは難しい。この点で本稿も、設定された課題にすべて応えられたとはいいがたい。ただそうはいっても、外形標準を巡る理論については、わが国でも参考にしうる点を明らかにできたのではないだろうか。
 しかしそれよりも、本稿を通して明らかになった一番重要な点は、外形標準を取り巻く環境・基礎条件の中でも、やはり政治の影響が著しく大きいことであろう。外形標準の基礎理論は、フランスでもわが国でも普遍的に通用するが、現実の「制度」においては、理論よりも政治判断が優先する。1980年の「付加価値」標準が実現しなかった理由は、理論ではなく、もっぱら税負担の変動、小規模事業者の負担増という難点である。「支払給与」標準の廃止は、失業率の低下・企業の労働コスト削減と国際競争力確保を名目とした政治アピールである。
 このような政治判断が悪いといっているわけではない。あらゆる社会システムは、最終的には国民の多数意見に従って政治の場で決断されるのが当然である。しかし、政治判断が理論までもゆがめる場合は、やはり異議を唱えねばならないだろう。
 そもそもフランスの課税標準論議では、「事業の活動規模を反映し、地方団体間で容易に分割でき、地方がみずから税率を決定でき、伸張性を備えた課税標準」が模索されてきたはずである。ところがその結末は、地方税の縮小であり、自主財源の依存財源への振り替えである。地方の基幹税たる職業税は、今や単なる資産べースの税に変質され、地方税収のおよそ13%相当(「支払賃金」標準による税収)が国の交付金に置き換えられようとしているのである。
 これは、単に課税標準にとどまらず、地方財政の理論において重大な問題であろう。この点で本稿は、フランスから何かポジティブな参考を得たというよりも、参考にしてはいけない教訓を示したといえるのかもしれない。
 

(注)
(1)給与税の税率は、給与の金額により3段階に分かれており、累進性を備えている。
(2)フランスの地方税、地方財政の全般については、青木宗明「フランスの地方財政」『現代の地方財政』有斐閣、1999年、及び同「フランス地方財政の動向」『分権化時代の地方財政』敬文堂、1994年を参照していただきたい。
(3)地方不動産税とは、地方既建築地税と地方未建築地税の2税のことを指している。前者は構築物の建設された土地にかかり、後者は構築物のない土地に課税される。
(4)租税論の分類でいえば、控除法のよるGNP型の付加価値。
(5)Conseil des impôts, La taxe professionnelle, Quinzième rapport au président de la République, Tome I, Journaux Officiels, 1997, pp.45-47.
(6)職業税として最低限納めるべき納税額。金額は、所在コミューンにおける住宅税(Taxe d'habitation)の平均値の2/3。
(7)租税評議会は、租税制度の調査を任務として1971年に設置され、以来毎年度、テーマを設定して大統領に報告書を提出している。評議会の委員長は会計検査院長であり、メンバーの多くも、会計検査院やコンセイユ・デタといった司法界の人々である。
(8)Conseil des impôts, op.cit., p.184.

 
(参考文献)
BLANC J., MORAUD J-C., VIRIEUX J-M., La taxe professionnelle, L.G.D.J., 1997.
BOGAERT J,. UTHEZA H., Valeur ajoutée et taxe professionnelle, La documentation française, 1991.
BOUVIER M., Les finances locales, 5e édition, L.G.D.J., 1998.
Conseil des impôts, La taxe professionnelle, Quinzième rapport au président de la République, 2 Tome, Journaux Officiels, 1997.
FRANÇOIS M., LENGEREAU E., L'avenir de la taxe professionnelle intercommunale, L.G.D.J., 1998.
REVUE FRANÇAISE DE FINANCE PUBLIQUES, No.67, La taxe professionnelle: quell avenir ?, L.G.D.J., septembre 1999.
(参考ホームページ)
フランス公務員・行政改革省、http://www.fonction-publique.gouv.fr/
フランス国立経済研究・統計局、http://www.insee.fr/
フランス財政・経済・産業省、http://www.finances.gouv.fr/


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