日本財団 図書館


船絵馬入門
船の科学館叢書 4
石井謙治・安達裕之
 
発刊にあたって
 江戸時代の弁才船を知るための資料としては、建造関係の記録、木割書、雛型(模型)、図面、船絵馬などがあります。その資料の中でも現存数の多さは文献や雛型、図面の比ではなく、さらにほとんどに年紀がある船絵馬は、弁才船研究の絶好の資料です。
 近年、この船絵馬に関心を持つ人が増え、各地の博物館などで特別展が開かれる機会も増えています。しかし、美術史的な知識と技術史的な知識が無ければ、船絵馬のもつ船舶画としての価値を理解していただけないのではないでしょうか。そこで、船絵馬の資料的価値が確立される以前から各地の寺社等を歩かれ、調査を重ねてこられた石井謙治氏(元日本海事史学会会長)にこれまでの研究の集大成として一般の方々に船絵馬の価値をご理解いただける入門書の執筆をお願いしました。ところが、執筆も半ばに差し掛かった時、体調を崩され執筆を続ける事が難しくなったため、石井氏に学生時代より師事されてきた安達裕之氏(東京大学教授、日本海事史学会会長)に、急遽、お手伝をお願いし、今般、船の科学館叢書の一冊として本書を発刊することができました。
 船絵馬に興味・関心をお持ちの多くの方が、本書によってさらに一歩進んで船絵馬に船舶画としての価値を見出していただければ、本書の発刊者として幸いに存じます。
 最後に本書の発刊に当たり、ご協力をいただいた寺社や教育委員会、博物館をはじめ、多くの方々に深く敬意と感謝の意を表し発刊の挨拶といたします。
 
平成十六年九月
船の科学館
館長 神山榮一
 
ご協力いただいた機関と方々(敬称略・順不同)
すさみ町教育委員会/寺泊町教育委員会/加賀市役所住民協働課/近江八幡市教育委員会/河野村教育委員会/輪島市教育委員会/富来町教育委員会/庵治町教育委員会/中条町教育委員会
加賀市北前船の里資料館/岡山県立博物館/石巻文化センター/青森県立郷土館/新潟県立歴史博物館/石川県立歴史博物館/福井県立歴史博物館/京都府立丹後郷土資料館/大阪歴史博物館/瀬戸内海歴史民俗資料館/多度津町立資料館/堺市博物館/高知県立歴史民俗資料館/東かがわ市歴史民俗資料館
丸谷一成/升山政幸/辻野 實/坂本照雄/西出寛一/工谷健次/久野晴彦/松村忠紀/山口安住/南 比登志/大鶴大宗/齋藤政光/塩崎博司/大宮和正/昆 政明/川崎弘海/荻野憲司/幸山美紀/成田 暢/岩佐伸一/野堀正雄/濱岡伸也/坂本育男/井之本 泰/中田利枝子/中村淳子/山形裕之/小出克治/徳山久夫/安井貴幸
 
 日本に海洋美術は存在するのだろうか。一口に海洋美術といっても、あいまいな概念にすぎない。試みに海洋をテーマにした日本美術、それも絵画にしぼってみると、該当する作品はごくわずかしかないし、海を描いてさえあればよしとすると、山水画をはじめほとんどの風景画が入ってしまうことになる。したがって、近世以前の日本絵画のなかで宗教画・人物画・花鳥画・風俗画といった分類に相当する海洋画というジャンルは成立のしようがないのではなかろうか。
 しいて求めたところで、中世末期から近世初期にかけて土佐派によって描かれた数点の「浜松図屏風」のほかには、近世の等伯や宗達あるいは応挙などが描いた「波涛図(はとうず)」くらいしかないであろう。しかし、これらの絵画にしても白砂青松の海浜や波涛そのものがテーマであるから、海洋美術と呼ぶには躊躇(ちゅうちょ)せざるをえない。また中世の絵巻物では物語の展開につれて海、それも主として航海や漁撈(ぎょろう)の場としての海が描かれることがあるが、これとても海はあくまでも従で、主役ではない。
 このようにみてくると、厳密な意味で海をテーマにした美術はほとんどなく、画家の興味は緑の松と白い砂浜と群青の海との対比や巌頭(がんとう)にくだける波の迫力に向けられており、海そのものではなかった。というのも、海とは無縁の貴族や寺社や武士の庇護のもと、ほとんどの日本の美術が京都や奈良を中心に展開されてきたからである。例外的には近世初期における日本の海外進出と西欧文化の導入で海洋美術らしきものの萌芽はあったけれども、江戸幕府の鎖国政策のために途絶え、以後は箱庭的か空想的な海しか描けない江戸美術に移行してしまう。というわけで、日本には海洋美術の名に価するような美術の育つ基盤がなかったといわざるをえないのではあるまいか。
 しかし、海洋美術はとぼしくとも、船舶画と呼べる部門が日本にもあった。航海安全を祈願して船主や船頭たちが社寺に奉納したいわゆる船絵馬がそれである。風まかせの帆船、それも内航の弁才船を主力とした江戸時代の廻船は、暴風で海が荒れ狂うと自然の猛威の前には無力にひとしい存在であった。とりうる対策としては、帆を下げ、碇と綱でたらし(シーアンカー)を曳かせてつかせるよりほかはなかった。そこで船乗りたちは、「苦しい時の神頼み」というわけで、ひたすら神仏に加護を求めた。というよりも、いつ怒り出すかわからない海のため、常日頃から神仏への祈願をおこたらなかった。
 船絵馬は、奉納者が船に詳しい人たちだけに、いい加減な船の絵ではすまなくなり、一八世紀末期から船絵馬を専門とする絵馬師が登場する。専門の絵師の出現によって船絵馬は年とともに写実的となり、一九世紀に入ると彼らは自らを「船画工」とか「船絵師」と称するようになる。たとえ絵馬師という全く無名の職人的な存在ではあるにしても、これは彼らの胸中にこと船に関しては一流の絵師にも負けないという自信が生れた結果に違いない。
 もっとも、船絵馬といい、船絵師といったところで、それらは社会的にも美術史的にも全く無視されてきた存在だったから、浮世絵における山東京伝の『浮世絵類考』のようなすぐれた著述や、明治時代から今日まで絶えることなく続いた膨大な浮世絵研究に類するものは皆無というのが現状である。したがって、研究方法としては船絵馬自身に語ってもらうよりほかはないが、船絵馬と違って船絵師となると落款(らっかん)の入った作品は多くはないし、とくに時代が上るほど少なくなって、一九世紀初期には文化八年(一八一一)を上限に数点を数えるにすぎない。
 
図1 北斎の描く弁才船
千葉県立上総博物館蔵
 
図2 二代目吉本善京の描く辰吉丸
粟崎八幡神社蔵
 
 船絵師研究のむつかしさはともかくとして、ここで一流絵師の葛飾北斎と船絵師の吉本善京の作品をとりあげて比較してみよう。傑作として有名な北斎の『冨嶽三十六景』の「上総の海路」(図1)には船が描かれており、これはどうみても弁才船(べざいせん)(いわゆる千石船)である。一方、粟崎(金沢市)の粟崎八幡神社に奉納された善京筆の絵馬(図2)に描かれた辰吉丸も同じ弁才船である。弁才船は年代によって船型や上廻りの様式を変化させるが、両者とも一八三〇年前後の文政末年から天保初年にかけての作品なので、変化を考慮に入れる必要はない。
 両図を比べてみても、船に無関心なら同じように見えるかもしれない。しかし、弁才船に関心があれば、北斎がいたるところで間違いをおかしていることは一目瞭然だろう。北斎の間違いをいちいち指摘していたらきりがないからやめておくが、ともかく出鱈目(でたらめ)の一言につきる。それに反して善京の船は、船全体のプロポーションはむろんのこと、船体や艤装の細部に至るまで図面に匹敵するほどの出来栄え(できばえ)で、比較される北斎が気の毒になるくらいである。
 とはいえ、北斎は広重とともに好んで船を描き、それだけに江戸時代の絵師のなかではもっとも上手に船を描く一人なのである。その北斎にしてこの有様、また広重にしても同様だから、他はおして知るべしといっていいであろう。
 もとより、船の描写の正確さと絵画としての芸術性とは別物であるから、北斎の「上総の海路」としがない船絵師善京の船絵馬を芸術的に比較するつもりは毛頭ない。ただ船舶画というジャンルを設定した場合、船の正確な描写は第一の条件となるはずだから、この点で軍配はどちらに上がるか、あえて比較を試みたわけである。要するに船絵師の描く船絵馬の価値をできるだけ多くの方に知っていただきたかったための比較であって、他意はない。
 船絵馬に描かれた船はさまざまであるが、やはり国内海運の主力であった弁才船が圧倒的に多い。なかでも一八世紀末以後の絵馬に見られる弁才船の船体描写は、同時期の図面や雛形(ひながた)(模型)と比較しても遜色(そんしょく)がないほどの正確さをもっている。前述の善京の船絵馬は、そうした意味での典型的な作品であり、しかも美術的にも観賞に耐え得る点、第一級の船絵馬といってよい。
 船絵師の描く船絵馬は正確であるばかりでなく、現存数の多さは一等資料である図面や雛形の比ではなく、しかも年紀が明記されていることもあって、弁才船研究の絶好の資料である。また海運資料としての価値も少なくない。北陸在住の牧野隆信・刀禰勇太郎・西窪顕山の三氏共編による『日本の船絵馬』(柏書房、一九七七年)が出版されたのも各地の博物館などで船絵馬が展示されたり、船絵馬展が開催されたりするのも、こうした船絵馬の資料的価値が評価されたからこそであろう。
 船絵馬とても絵画である以上、単なる民俗的資料として扱われるよりも、船舶画という観点からするアプローチによってそれなりの美術的価値ないしは資料的価値を付与されてしかるべきと思っている。船絵馬にはそれに価するものがあるわけだし、そうなると船絵馬の流派の様式やその変遷あるいは船絵師の系統などがわからないことには、学問的興味も価値も半減してしまうことになる。さらに弁才船の技術的な変遷を知れば、船絵馬を見るポイントがわかって面白さも倍加しよう。
 近ごろ船絵馬に関心を持つ人がふえたことは、それ自体は誠に喜ばしいことだと思う。しかし、美術史的な知識と技術史的な知識を欠けば、船絵馬のもつ船舶画としての本当の良さや造船資料としての価値を理解してもらえないうらみがある。船絵馬を作品として観賞するにしても、造船技術史の資料とするにしても、その正しい把握のためにはこうした基礎的な研究が必要であり、それは一般の美術史と少しも変るところがないのである。
 そこで本書では船舶画としての面と造船技術史の資料としての面の両面から船絵馬にせまってみよう。







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