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マンガの物語ができるまで
 
マンガ家 森川久美
 
 こういうところに立つのは初めてなのでどきどきしていますが、少し「作る」ということについてお話しいたします。
 午前中、アニメ教室を皆さんやられて、面白かったですか。見ていると、すごくうれしそうに喜んで絵を描いている人もいっぱいいたし、ちょっと嫌そうに椅子にはすかいに座っていたような人もいました。
 皆さんの作品が講評のときに幾つか映っていましたが、大人になってしまうと作れないものばかりです。大人になるとどうしてああいうものが作れなくなるのかなとふと考えて、大人になるというのはすごくいいところもあるのですが、すごくつまらないこともあるのかな、何か捨ててきてしまったかな、という気持ちもしました。
 絵を描いたり何か作ったりするのは面白いですよね。というか、好きなことをやるのはすごく面白いですよね。私は小さいときから絵を描くのが好きでずっとやっているのですが、それは多分、ほかのいろいろなものをするのも同じだと思います。例えば、運動するとか、お料理するとか、サッカーをするとか、好きなことを思い切ってやるのは本当に楽しいと思うのです。
 人は誰でも、すごく好きなことをやっていると、とても面白いから幸せな気持ちになります。面白いからやっているという次の段階になると、今度は人に見せたいとか、人に褒めてもらいたいと思うようになります。そうすると、マンガの場合は、例えばコマ割りなど、いろいろなテクニックを身につけ人に読んでもらおう、読んでもらって人に喜んでもらおう、人を驚かせよう、とだんだん思っていくのです。
 それはマンガだけではなくて、小説もノートや原稿用紙に書いて、誰かに読んで褒めてもらいたい、サッカーでうまくドリブル、シュートをして試合に勝ち、「ああ、君が素晴らしかったのだ」と褒めてもらいたい、自分一人だけではなくて周りの人と何かやろう、周りの人を巻き込んで何かやろう、という気持ちは全部同じだと思うのです。
 自分一人から周りの人を意識するような段階にステップアップするには何が必要かというと、テクニックが必要です。とにかく人より技術を持つ、高めるにはどうしたらいいかという段階に昇っていかなければいけません。いろいろなジャンルがありますが、私はマンガを描いているのでマンガで説明すると、まず絵の訓練をします。あと、物語を作ることを訓練します。マンガの場合は二つやらなければいけないのです。
 今回、マンガの物語ができるまで、というタイトルをつけましたけど、物語は自分一人でいろいろ考えなければいけません。「ドラえもん」のようなお話がいい、あるいはハリー・ポッターみたいに、どこか魔法の世界に行って大冒険をしようと想像します。でも、仲間は隣の何とか君をモデルにして、悪いモンスターはお母さんをモデルにしよう、などと勝手に物語を考えていくわけです。
 絵はやはり好きだから描いていました。本当に絵が好きでどんどん絵ばかり描いていって、最後は画家になる人もいるかもしれません。好きでないとテクニックの訓練はできないのです。好きなことだと苦労ではないし、むしろ本当に好きなことをやっているから幸せになります。
 もしその道が続いて、好きなことを職業にして食べていけるようになる日が来たとしたら願いがかなって幸せなことですが、職業にした分すごくつらくなることも出てきます。
 例えば、趣味でマンガを描いているのだったら、ストーリーが浮かばない、うまく描けないといってほうり出して、別のことをしてもいいわけです。しかしプロになると締め切りがあって、ストーリーが全然できないのにあしたの朝までに何かを作らなければいけないというので、もう七転八倒するわけです。
 そういうつらさは、どの世界でもあると思います。本当に好きなことを仕事に選んでしまったら、多分そのせいで苦しむことも多くなってしまいます。でも、好きな世界だからそれでも幸せなのかなと思います。
 だからやはり大人になっても好きなものを作り続ける、ずっとそういう心は持ち続けていく、ということは素敵なことだと午前中、アニメ教室を見ていて思いました。
 
「マンガ・アニメが育てる物語力」
 
日下公人(くさか・きみんど)
[東京財団会長]
 1930年生まれ、兵庫県出身。東京大学経済学部卒業後、日本長期信用銀行入行。同行取締役、(社)ソフト化経済センター理事長を経て、現在東京財団会長、三谷産業(株)監査役。著書に「五年後こうなる」「日本経済新聞の読み方」「人事破壊」「そして日本が勝つ−精神から見た世界史」など。
 
峰岸恵一(みねぎし けいいち)
[映像作家、東京工芸大学非常勤講師]
 1954年生まれ、栃木県出身。多摩美術大グラフィックデザイン卒。現在、(有)グラフィックモルフ社クリエイティブ・ディレクターおよび東京工芸大学写真ワークショップ・ビデオワークショップ担当講師。日本アニメーション学会会員。
 
新井 浩(あらい・ひろし)
[金城大学短期大学部講師]
 1974年生まれ、兵庫県出身。京都精華大学マンガ専攻卒。現在、金城大学短期大学部美術学科で、デザイン・マンガ・キャラクターコースの講師を務める傍ら、作品を制作。
 
森川久美(もりかわ・くみ)
[マンガ家]
 石川県金沢市生まれ。東京女子大学文理学部卒。1976年に白泉社「花とゆめ」でデビュー。代表作に『ヴァレンチーナ・シリーズ』『南京路に花吹雪』『Shang-hai 1945』
などがある。歴史を題材にした作品が多い。
 
マンガ・アニメは自分を表現する技術
 
(司会)皆様、お越しいただきまして大変ありがとうございます。本日は「マンガ・アニメが育てる物語力」というテーマで、午前中のアニメ教室をふまえて、物語を作る意味について話し合っていきたいと思います。
 まず峰岸さんにご質問です。峰岸さんは今までもいろいろな場でアニメ教室をされているわけですが、今回行った物語を使ったアニメの教室について、感想を述べていただきたいと思います。
 
(峰岸)先ほど森川先生のお話を伺って、話すことがあまり得意でない人が自分を表現する技術として持っているもの、それがマンガや絵を描くというものではないかと改めて思いました。スポーツの得意な人はスポーツで自分を表現します。ちょっと話すのは苦手、引っ込み思案だなという人はそれに代わるものを持たなければ人間として生きていくのはすごくつらくなると思うのです。そういうときに、絵やマンガというのがあるのです。
 マンガの物語力を育てようとしているのは、そこからさらに広がっていこうとしているものではないかと思います。マンガを描く、絵を描くということは、自分を表現する能力の技術、自分をプレゼンテーションする技術です。子供たちが物語力を身につけることによって、この先それを利用して自分をもっと堂々と主張できる。そういう時代にしていかなくてはならないと思います。
 
(司会)ありがとうございます。
 新井先生は京都精華大学でマンガを勉強して、その後、金城大学で実際に教えていらっしゃいます。そこで大学で若い人たちにマンガを教えていく意味をお話ししていただければと思います。
 
(新井)マンガやアニメーションの授業をやることによって自分でも気づかされることが多々あります。
 マンガを大学で教える意義はいくつかあります。マンガやアニメーションをお金に換えるといいますか、仕事にしていくための方法を教えているのも一つです。さらに、先ほど峰岸先生がおっしゃったような、自分のアイデンティティの確立、といった要素はものすごく大きいのではないかと思います。特に、学生と話をすると、マンガやアニメーションを好きな子というのは、高校時代にどちらかというとちょっと迫害されているようなところがあると思うのです。でも、自分は絵を描くのが好きで、絵はちょっと得意だということが心の支えになっていたりします。
 うちの学校もマンガキャラクターコースは、マンガ・アニメが好きな学生が多いのです。本人たちはどう思っているか知りませんが、学校ではみんな楽しそうにのびのびとやっています。自分を表現する一つの手段という側面はとても大きいと思います。
 
(司会)分かりました。森川先生は、まさにそういう立場で自己を確立させるためにもマンガ家になったのではないかと思います。しかしテクニックが必要だということで、絵の訓練と物語の訓練、どちらも必要ですと先ほどおっしゃっていました。森川先生は、どちらが得意で、どちらを一生懸命訓練しましたか。
 
 
(森川)私は絵も物語も同じぐらい好きでした。ただ、人によっては絵を描くのばかり好きな人もいるし、ストーリーがすごく好きで、無理して絵を描いているマンガ家志望の人もいました。でも、片方の力が度外れて優れている人というのは、それだけで人気マンガ家になれるのではないでしょうか。
 
(司会)新井先生は、教えていらっしゃる生徒さんでそういう経験はございますか。
 
(新井)学生を見ていますと、両方備わっている子というのはなかなかいないです。もうやめろといっても話を書き続けるような子は、絵が下手くそで、逆に割と器用にイラストレーションをうまく描ける子は、物語を入れたマンガであったり絵本であったりというものを描かせると、アイデアが浮かばないということが多いのではないかと思います。自分もどちらかというと物語を考えるのが不得意なほうです。絵の技術に走っていく子というのは割と構成力がないとは思います。
 
(司会)今回のアニメ教室で、子供の物語を作る力はよく出ていましたか?
 
(峰岸)物語は、やはり自分の経験が豊富でないとなかなか考えることができません。先ほど絵を描く力と物語を考える力と森川先生はおっしゃっていましたが、アニメの場合には、さらに物語をアニメで表現するために絵の構成の中にその物語を変換する、絵の表現でその物語の意図を相手に伝える技術も必要になってくるのです。単純にしゃべっているだけだったら小説やラジオドラマでもいいわけです。
 そうすると、そこに今度は物語力ではあるのだけども、それを同時に絵に変換する映像言語、言葉がなくても映像を見ているだけで分かるようにしていく変換能力が必要になってきます。
 なかなか難しいのですが、そこまでいかないと、人に伝わる面白いアニメにはなってきません。







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