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サウジアラビアでの、本社との「闘い」
 しかし、これは民間の会社も同じことでした。たまたま今日は辻康義さんが来ています。現在は東京スター銀行の取締役をしています。日本長期信用銀行では一緒でした。サウジアラビアに赴任していましたので、いろいろ面白い話をたくさん知っている方です。少し教えてください。人事部の批判を言っても、いまならもう大丈夫ですよ(笑)。
 
【辻】 会社の本店なり人事部は、実態を知らないで人を勝手に送り出すというのはそのとおりです(笑)。もっとも当時は、サウジアラビアに詳しい人などは日本中でも少なかったので、情状酌量の余地はありますが。
 たとえば向こうに行って、私が出向先の銀行から与えられた車はパキスタン人の運転手付きでしたけれど、ラジエーターに穴があいておりまして、エアコンは使えず、二リットルの水を二本入れて走ると四〇分まで走れます。しかしそれ以上は走れません。仕事中は屋外に置いてありますから、帰りの車内は八〇度から九〇度の灼熱地獄です。仕方なく窓を開けますから、砂ぼこりが入ってきてザラザラになって、運転手が「さすがにこれはもう耐えられない」と言い出したので、それはそうだと長銀の人事部と国際業務部に何とかしてくれと訴えました。しかし、何をしてくれたかというと、「出向先の銀行に改善するようテレックスを打った・・・」、これでおしまいです。
 結局、たまたま出向先のイギリス人の人事部長が、深夜のホームパーティー帰りに一方通行を逆走し警官に見つかり、ウィスキーを持っていたのが発覚してつかまりまして、エアコン付きのその車が私に回されたので問題は解決しましたが、今の自衛隊の方と同じように、会社が私を「自分のかわいい社員」と思っていなかったのではないかと疑っています。かわいい社員だったら、まず銀行本社が適切な処理をして、お金の分担などの細かな話は組織と組織で後から交渉する、それが当たり前だと思うのですけれども。しかし、こんな話を始めると話題が尽きませんのでこの辺で(笑)。
 佐々木さんの話を聞いていて不思議に思ったのですが、なぜ日本政府は自衛隊のイラク派遣に民間の寄附を受け入れないのでしょうか。アメリカ軍でコカ・コーラ飲み放題、今はペプシなのかもしれませんが、要するに会社が無料で寄附するからですね。ですから、飲み放題なのです。日本で呼びかければ、食品に限らずおそらくいろいろな民間企業が喜んで寄附をすると思うのです。
 余談ですが、アジ一匹というのはとてもひどい話ですが、サウジにいた当時(一九八一〜八四年)はサンマ定食が一人前四〇〇〇円でした。これは冷凍のサンマを持ってくるわけですけれど、そういう状況ですから、現状の予算的には、それで仕方がないということになってしまうのでしょうか?
 
【日下】 ありがとうございます。アラブではサンマ定食四〇〇〇円とは驚きますが、そうでしょうね。自衛隊は北海道の旭川での予算でやっているそうです。話を伺って、皆さんどうですか? 要するに本社が型通りのことしかやらないと、出された人はかわいそうです。それなら現地人を雇えばいいだろうというのが、私の雇用問題における考え方です。生え抜きの本社の男を出すから、お金が幾らあっても足らなくなる。現地の事もよく知らないから面倒が増える。それなら現地スタッフを雇えばいいのですが、すると「使えない」となる。
 自衛隊でも同じです。「外国人傭兵部隊を使えばいい」と言うと、「使えません」と言う。だったら防衛大学校の教育から変えるべきです。防衛大学校の教育で、アラブ語でも、中国語でも、マレー語でも教えればいい。イギリスはやっている。そう言うと、「わが国は専守防衛で国内だけですから、そんな必要はない」と言う。
 そういうふうにでき上がっている軍隊だったら外国へ出すな、ということです。日本国民に対して非人道的な出動命令ですよ。日本のマスコミは、「外国へ出かけていって、人道的にいいことをしている」と言うけれども、日本の若者に対してものすごく非人道的なのはどうなっているのか?
 こんな国家があるか、こんな本社があるか・・・と、だから、みんな働かなくなったのです。働かないのは当たり前、不景気になるのは当たり前です。きちんとした処遇を考えずに、いいかげんな命令を出すからです。―ということが、下地にあります。
 ちょっと別な話ですが、寄附だから飲み放題だという件、それはコカ・コーラ会社の有名な戦略ですね。第二次世界大戦のとき、コカ・コーラはまだ二流の会社でしたが、「これは絶好の商売のチャンスである。世界中の人にコカ・コーラを飲ませる、それには軍隊についていけばよい」と考え、アメリカ軍の行くところ、コカ・コーラ会社はくっついて行って、自分の金でボトリング会社をつくって、現地で兵隊に「さあお飲みなさい」と配った。
 そして第二次世界大戦が終わった後、ヨーロッパにも、日本にも、コカ・コーラボトリングという工場が残った。そのあとは占領軍の圧力で、日本政府に対して、コカ・コーラボトリング会社の設立を認めさせた。もっとも日本人も「これがアメリカの味だ」とひとしきり喜んで飲んだのです。しかし、このごろはあまり飲まなくなっている。文化を強制しても根づく国と根づかない国がある。やはり日本はあまり根づかなかったらしい。だから、今、コカ・コーラ会社の自動販売機を見ると、コーラよりもいろいろなものを売るようになりました。あれは「現地化」したということなのでしょうね。
 ベトナム戦争のころは、戦地の第一線までコカ・コーラの社員がやってきて、「新製品です、ジャングルの中ではこっちのほうがおいしいですよ」と七種類開発して兵隊の間を売り歩いたという話がある。一番勇敢だったのは、コカ・コーラの社員であると言われた(笑)。最前線まで危険を惜しまず仕事をしたのです。会社への忠誠心は日本人のみならず、アメリカ人にもたいへんにあったらしい。命をかけて戦闘地域に行ったのですからね(笑)。その点、今や日本の会社員は大いにサマワに行くべきですね。特に土建会社。
 
 この話から雇用問題に行きますと、本社がしっかりしていないと、みんな働かなくなるということです。
 本社がきちんとした手を打ってくれないのに、なんで自分だけやらなければいけないのかと、モラルが崩壊する。
 直線的にあてはめれば、自衛隊のモラルが崩壊する。上役の言うことを聞かなくなります。そのうち二・二六事件みたいに、鉄砲を片手に反乱を起こす・・・とまでは予言しませんが、そうなるのが事の成り行きの自然です。「そういうことのための対策は」と聞いたら、「三カ月交代だから」と答えたので呆れました。こういうことを上の人が言うのはけしからんですね。
 それはビジネスの感覚です。サラリーマンになってしまっている。だけど、自衛隊はビジネスではないんです。尊い任務を果たしているのです。やるべきことがあるからやっている。やり残したら延長してでも、やらなければいけない尊い任務が国家にはある。「君たちにもある」と言ったほうが人間は奮い立つ。命をかけてやる仕事は任務であって、ビジネスではない。というような違いを、自衛隊の偉い人まで知らないということを、私はこの間、発見したのです。
 それで、こういう話をしたのです。アメリカはベトナム戦争に手をつけたときは、一年ぐらいで片づくと思ったのでしょう。ところが三年たち、四年たち、五年たってもらちが明かない。これは上が失敗している。上が「判断を誤った。悪かった」と言ってやめれば済むことを、ずるずるとやめない。ニクソンなどは「私がやめさせます」と言って当選したのに、四年間やめさせなかった。だから兵隊のモラルが崩壊したが、その対策として、あるとき「一年満期だ」と言った。一年たてばローテーションで本国へ戻してやるから、これでよかろうと考えた、愚かな総司令官がいた。これはビジネスマンの考えです。一年交代なら、まあ士気は崩壊しないだろうと思ったのでしょうね。
 しかし兵隊は、今までは自由主義と民主主義を守るために尊い仕事をしているのであって、たとえ死んでも意味がある任務だと思っていた。そこへ「一年たてば帰してやるからよかろう」と言われた。
 それでは、ただのサラリーマンの仕事と一緒です。“五時まで男”と一緒になってしまった。アメリカの兵隊は全部五時まで男になって、早く五時が来ればいいなと思うから五時が近くなったら危険なことをしなくなる。「あとひと月だから、危ないところへ行かない」と思うのは当然です。だから余計負けてしまう。実際、アメリカは負けてしまった・・・という話をしたら、みんな苦笑いして、しかしそれで終わりです。どう思いますか? これは、そもそもサマワへ行くのは何のためかという目的をはっきりしていないからです。
 自衛隊の人が今一番求めているのは名誉ある処遇です。本人たちは、死ぬかもしれないと思っているのですからね。しかし、名誉ある死に方なら仕方がないと言っているんですよ。文民統制とは何か。その真価が問われています。
 
 ところで、けさの産経新聞を見ますと、曽野綾子さんが書いていましたね。イラクの人は民主主義なんかには一文の価値も認めていない、そもそもどんなものかわからない。こちらは最高のもののように思って出かけていって、そういう社会思想とか、人生観とか、死生観とかを相手に分け与えるのが素晴らしいことだと思っているが、イラク人の「観」はまるで違うということを、曽野綾子さんは実際を知っているから、わかりやすく書いている。日本人が読むと、「そうなのか、知らなかった。そんなに違う人たちなのか。うかつにつき合えないな」とわかる。
 これに付け加えますと、私はこの前ロサンゼルスへ行ったとき、こんな経験をしました。日本人はそれで結論になるが、アメリカ人は結論にならないという経験です。
 アメリカ人を相手に講演をしたのですが、「イラク人の価値観はまったく違う」という話をしても全然反応がない。終わってから、あるアメリカ人に「おもしろくなかったんですか」と聞いたら、こんな答えでした。「違うことはわかっている。だが、どう違うかは知る必要がない。我々はやるべきことがあって出かけているのだから、食い違いがあって兵隊が何人死のうと、それは問題でない。アメリカは世界中に出かけて行って、しょっちゅう文化摩擦や宗教摩擦で何百人でも、何千人でも死んでいる。いまさら、なんでそんなことを気にするのか」と。
 なるほどと目からうろこが落ちました。日本人ぐらい気が弱いのは、外にいないのだとわかりました。やるべきことがあれば地の果てまでも押しかけていく、兵隊が死ぬのはしようがない・・・それが世界のスタンダードである、と改めて感じました。
 
 ところで、先日三人の日本人がイラクで人質にされて、日本政府への脅迫に使われました。その問題はほうぼうで盛り上がっていますから、そちらに譲るとして、私が注目しているのはこのごろ新聞に出てきた新しい流行語、「宗教的リーダー」という言葉です。宗教的指導者とも言いますね。
 当財団もアラブから宗教的リーダー一人と部族長一人、正確には「長」ではないのですがそれに匹敵する人を佐々木さんが見つけてきてくれて呼んだのです。
 彼らに講演してもらったところ、自民党とかその他で部族長ブームというのが起こったが、宗教的リーダーブームは起こらない。
 つまり、つき合いたくないらしい。そのための費用は出所がないらしい。外務省は機密費を三〇億円も持っているが、宗教的リーダーを呼んで勉強ということには出したくないらしい。宗教と聞いたら震え上がって逃げてしまう。鳥インフルエンザよりも宗教のほうが怖い(笑)、ということを発見いたしました。憲法に触れるからだそうです。しかし当財団は怖くない。それは国家でもないし、民間のビジネスでもないですからね。
 なるほど財団というものにはこういう意味があるな、と再発見をしました。







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