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第91回 日本型終身雇用が復活する
PART1
(二〇〇四年一月一五日)
終身雇用をめぐる議論は思い込みだらけ
 おはようございます。こんな寒い日にようこそおいでくださいました。ありがとうございます。
 終身雇用をテーマにしようと思います。
 「復活する」というタイトルにしたのは、その兆しがあるのです。例えば、小泉首相の周りの人は、我々のやった改革の効果で日本経済は明るくなってきたと言っていますが、株がちょっと上がっただけです。株なんて上げようと思ったら上がるもので、またすぐ下がりますから、そんなことを議論している場合ではないと思います。
 むしろ面白いのは、株が上がってきた会社を見ると、終身雇用を残している会社です。そういう事実があって、終身雇用もよいのかなという議論が出てきました。それなら今こういうことを話したら、聞いてみようという人が来るだろうというわけです(笑)。
 そこで、まず整理をいたしますと、終身雇用については大きな間違いがある。一般の人が持っている「迷信」がたくさんある。
 第一は、日本の会社はみんな終身雇用だと簡単に思っている。アメリカ人がそう思っているのですが、日本でも新聞記者と学者と役所の人が特にそう思っている。いとも簡単に思っているが、そんなことはありません。
 この話をすれば、後が続きます。第二に、日本は昔からそうだったと思い込んでいる人が多い。そう思い込んで、思い込みに沿って論じる人が新聞社とか、学者、官庁にたくさんいる。
 しかし、みんな思い込みです。実際と違います。
 それから第三に、今は消えたと思っている人がいる。この一〇年間リストラとか、実力主義だ、成果主義だとさんざん言われたので、終身雇用はもう消えたと思い込んでいる人がいるが、終身雇用の会社はまだたくさん残っています。
 第四に、官庁は昔から終身雇用で、今も官庁にだけは根強く終身雇用が残っていると思われているが、これも間違いです。特に上級職は、昔から終身雇用ではありません。例えば、四十歳を過ぎるとどんどん肩を叩かれてやめさせられる。官庁のほうが民間よりよほど厳しかった。そのかわり次の世話をしてくれるので、あんまり目立たないのですが。ともかく最後は次官一人になって、同期は途中でどんどんクビになる。
 以上、この四つとも怪しい。その上これを論ずる人に偏りがある。特にアメリカ人の場合ですが、それは日本経済の長所短所を論ずるとき、たまたま日本経済が強いときは長所ばかり拾って、日本経済が悪くなると短所ばかり拾う。こんなのが学者だろうかと思います。
 日本の新聞記者も学者も同じようなもので、赤字になると終身雇用が悪いからだと言い、黒字になると終身雇用にもよいところがあると言う。
 解説がコロコロ変わる。その場の思いつきだけを言って、明日はまた違うことを言うが、どうせお客はみんな忘れていると思っているらしい。その時その日もっともらしいことを言っていればいいんだ、というような人が多いのは困ったものです。
 
 雇用なのですから、人間の使い方とか、人間の働き方という点から論じなければいけません。それからその仕事の特徴は何か、です。
 仕事は千差万別で、人間のタイプも千差万別、社長の個性もいろいろ。雇用形態はその組み合わせなのであって、もし日本に終身雇用が特有であり、日本でのみ広がっているとすれば、その原因をきちんと日本で探すべきなのです。それをいきなり室町時代や江戸時代までさかのぼったり、農耕民族だからと言ってしまうのは、解説でも何でもありませんね。私は終身雇用の会社に三〇年いましたから、怪しげな解説だなとずっと思ってきました。
 それから最近は、実力主義とか成果主義で良くなったとか悪くなったと簡単に言うが、それは時代に応じて良くなる場合もあるし悪くなる場合もある。社業の現実に即して考えるべきであって、理論的に割り切るのはおかしいのです。
 差と平等はどちらも意味があるのであって、交代することに意味がある。あるいは時代背景によって使い分けることに意味がある。さらには自社の状況によって、どちらに重きを置くか、リーダーの采配の妙に意味がある。
 どちらか片方だけを決定版のように言うのは浅薄な議論ですね。きょうお集まりの皆さんもそれぞれ経験があることでしょう。
 アメリカで、life long employment―日本型雇用関係の研究が大流行したことがありました。彼らが言った七不思議の第一は、一生働くなんて、それでは奴隷に近いじゃないか・・・彼らはもともと、日本人は封建的で野蛮で遅れていると思い込んでおりますから、奴隷になるのを喜ぶような国民性なんだろうと簡単に割り切る。そう簡単に国民性などを言うべきではないのであって、人間はもっと合理的なものです。国民性が原因という話もすればできるが、しかしその手前にもっと合理的な話がたくさんあるのです。それを飛ばしていきなり国民性に行くのは思考の省略です。
 それから、第二は年功序列賃金。みんな平等で、隣の人と差がない。それなのに全力投球をするというのが向こうは不思議でしようがなくて、よほど変わった人ばっかりなんだな(笑)。あるいは、子供のときから叩き込まれてそうなったのではないか?と考える。七不思議のうちの最初の二つはこれです。一生働くことをなぜ喜ぶのかということと、差がないのに全力投球する忠誠心、愛社精神の根拠はいったい何なのか。
 
 私の答は簡単で、その二つを一緒くたに議論するなということです。
 九〇年代中ごろから日本でも言われるようになりましたが、年功序列賃金を廃止すれば、おのずと終身雇用になります。つまり、年功序列賃金で四十歳になったからこれだけ、五十歳になったからこれだけ、という待遇がもし確立すると、働きのわりに給料が高い場合は、いずれリストラせざるを得なくなる。
 年功序列賃金を守れば、終身雇用はできない。
 しかし、実力で払ってもいいのなら、終身雇用に自然になる。年をとって、「あなたにはもう五〇〇万円しか払えない」と言えるのなら、そして本人も「はい、五〇〇万円で働きます」と言うのなら、何もクビを切ることはない。その後また四〇〇万円、三〇〇万円といくら下げてもいいのなら、長年のなじみをリストラすることはないわけです。
 しかし二つがセットだと、なかなかもちません。それはアメリカでも日本でも一緒です。アメリカだって、どんどん伸びていく会社は終身雇用です。それはそうです。わざわざ仲間のクビを切ることはないのです。かつて、IBMは終身雇用だといばっていた。ずうっと成長していたからで、業績が悪くなってくるとやはりファイアーをした。日本の会社でも赤字になったら、リストラが始まりました。何もかも当たり前のことです。農耕民族とか、そういう話ではなかった。合理性です(笑)。
 
 それからもう一つ、日本は年功序列賃金だから差がないとおっしゃるのは間違いです。差はあります。ものすごくあります。ただし刻みが長い。アメリカは一年刻みで勤務評定をして賃金を決めるが、日本は五年か一〇年か、もしかしたら三〇年刻みでボーナスを出す。
 勤務評定期間がものすごく長いのです。
 それから勤務評定権者が、アメリカではボスです。「私のボスはあの人です」とはっきりわかっている。私が飛行機の中でせっせと仕事をしていたらスチュワーデスが話しかけてきた。「飛行機の中でまで仕事をするとは、さすが日本人ですね」と言うので、「He is my boss(あそこにいる人が私のボスなんだ)」と言った瞬間に「あっ、ボスがいるのなら、働くのは当たり前だ」と(笑)。ボスには神通力があって、勤務評定はその人の胸先三寸で決まってしまうという意味がある。
 そのとき私は心の中で、これはアメリカ人にわかりやすく言ってるだけで、本当は日本は違う。我が銀行ではあのボスは怖くも何ともないんだ。私の上役だというからまあまあ立てているが、あの人が私をクビにする力はない。私のボーナスを下げる力も、あるようでない。日本では、そういうのはみんな仲間の評判で決まる・・・とまでは面倒だったので説明しませんでした。
 日本では、勤務評定権者が仲間の評判なのです。仲間の評判がたまるまで待っている。だから、五年に一遍勤務評定がある。あるいは、最後に三〇年勤めて辞めたとき、「次もいいところへ世話するぞ」「あなたは退職金ぽっきりで終わりだ」というようなものすごい差がそこにある。それがわかっているからみんな全力投球する。
 仲間の評判を大事にして働くのですから、社長の命令なんてだいたい聞かない(笑)。社長の命令を聞くのは重役までで、そこから下は聞きません。というのは、そのうちにいなくなってしまうのですから。もうじき辞める人の言うことは、正しい命令なら聞くが、曲がった命令は聞きません。最近は上に居座って粘る人がいるので、そこが少し揺らいでいます。
 ところで、アメリカで女性が部長になり、事業本部長になっていく。二〇年前の話ですが、彼女が出てくるあいだに、そこにいた男の人に「あの女性の部下か」と尋ねると「イエス」と言う。ボスが女性でやりにくいことはないかと尋ねたら、「特に意識いたしません」と言い切るが、ちょっとは気にしている気配が表情に出るので、これは建前の返事をしているなとわかる(笑)。そこで突っ込んで、「うわさによれば、あの女性本部長はナントカ副社長と怪しい。そのひいきで本部長になったといわれているが、どう思うか?」と聞いたら、彼の返事は「結構です、大いにやってください。彼女が出世してくれれば、私もついて出世する。女性を武器に使おうが何をしようが、私のボスが出世することは私の幸せです」となかなか合理的な答をした。はあ、なるほど、そこまで割り切れるのか、たいしたものだなと感動しました(笑)。人間の雇用関係を、ポジションと月給の関係に割り切っていくと、男女の問題がなくなるとは発見でした。
 その後、各省で偉くなった女性にときどき会うようになったので、これは面白い、聞いてみようとリサーチをしてみました。「あなたは部下に男性がたくさんいるだろう。どう?男性が女性の部下を持つと、美人ばかりひいきにするとか、そういう問題があるが、あなたは男性の部下をたくさん持ってどうですか?」と打ち解けて聞くと、「そんなことは同じである。当たり前よ。かわいくない男はいじめてやった、かわいい男はかわいがってやった」と言うので、アア怖いと思いましたが(笑)。人間だから、それは当たり前ですね。これからは男もかわいくならないと生きていけない時代です。







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