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 北朝鮮が、「制裁は宣戦布告とみなす」等の脅迫を行った場合、国民心理を支える最も有効な方法は、日米関係の強化である。現在日本は、日米安保条約に防衛を依存しながら、米軍との共同行動において実効性の確保ができていない。それは、集団的自衛権の憲法解釈問題があるからである。これまでの政府の解釈では、日本は集団的自衛権という「権利を保有するが行使はできない」とされてきた。北朝鮮から米軍への攻撃があっても近くにいる自衛隊が何の協力もしないということでは、米軍が日本を同盟国として本当に信頼するだろうか。
 集団的自衛権の憲法解釈問題が現状のままでは、そもそも有事への対応など考えられない。憲法解釈の変更は政府が決断すればできることだ。これで日米同盟が非常に強化され、逆に北朝鮮の脅迫は迫力がないものとなる。北朝鮮は日本を脅迫するに当って、米軍も含めた数百倍の反撃を予想せざるをえなくなる。これが国民心理を安心させる最も重要な支えとなる。平成16年3月17日に「読売新聞」が公表した、全衆院議員に対する基本政策に関するアンケート調査では、回答した議員の83%が憲法改正に賛成し、9条の改正の是非は70%が賛成している。今こそ、時勢に合わない解釈を政府が勇気をもって変更すべき時である。憲法や法律は国民の人権と国家の主権を守るためにある。今こそ、世論に遅れた仕組みの改善を急ぎ、その上で北朝鮮が誠実な対応を見せない場合は、政府は経済制裁を断行すべきである。
 
北朝鮮産品不買運動で飢餓輸出を防げ
 最後に、北朝鮮の非道・違法行為に対し、民間による経済制裁を行うべきことについて述べたい。
 一般に、わが子をさらって返そうともしない隣家と人・者・金の交流を絶つのは消極的対応ではあるが自然の人情であろう。人さらいに米を支援するということがどんなに異常なことかも明白である。これは隣家でも隣国でも同じことだ。このような非道に対し、怒りを持たない方がおかしい。我々は、日本人の怒りの意思を、北朝鮮産品の不買運動で表すべきだ。人さらいと商売は別という日本人の行為が北朝鮮に甘く見られ、また見て見ぬふりを続けた結果、一人の拉致が百人の拉致にまでなったことを反省し、民間でもできる経済制裁を行うべきである。北朝鮮産品による外貨が、金正日ファミリーの贅沢品や北朝鮮の武装強化に役立っているとすればなおさらではないか。
 なお、北朝鮮から輸出される貝類は、飢えた子どもたちが海で採ったものであるが、彼らはその貝類を食べることはできない。これは典型的な飢餓輸出である。金正日は北朝鮮の子どもたちを動員してアサリやハマグリなどを採取させ、それを外貨獲得のために全量輸出している。飢餓輸出に加えて児童労働の強制であり、その製品を輸入することは児童労働禁止条約に反する。
 近海漁業も貧しい漁民が収穫したものであるが、これも不当な対価で輸出用に収奪されている。植物性蛋白の供給がままならない中で、動物性蛋白まで収奪されているのである。これにより北朝鮮国民、とりわけ子供たちの貴重な蛋白源が失われる。かつては裂いた棒鱈をポケットに詰めてチューインガム替わりにしていたが、70年代以降はそんな光景も消えてしまった。日本政府は北朝鮮の子どもたちの栄養失調(とくに蛋白質不足が深刻)を改善するためにも北朝鮮からの魚介類輸入は全面停止すべきである。
 北朝鮮からは稲藁も輸入されている。北朝鮮の痩せたたんぼには、肥料の素になる有機物が必要だ。化学肥料が少なく、またそのほとんどすべてを韓国からの輸入に頼っている北朝鮮であるのに、土に戻すべき稲藁が輸出に利用されている。これも典型的な飢餓輸出である。日本人はこのようなことに無関心でいいのであろうか。我々は飢餓輸出を受け入れるべきではない。そして、経済制裁は北朝鮮の人民に有利であると知るべきである。
 日本が経済制裁を実施しても、北朝鮮が貿易相手国を中国・韓国にシフトすれば意味がないという意見もあるが、それは品目による。日本でしか輸入できない製品が多いからである。これが北朝鮮に対する「圧力」となる。既に述べたように、北朝鮮軍を支える大半の部品は日本製で、容易には代替がきかない。従って制裁効率が高い。しかし、飢餓輸出に関しては、制裁効率の問題ではない。人道上の問題として飢餓輸出を受け入れるべきではないのである。そのために日本の業者が損害を受けるなら、別の問題として対応すべきではないか。
 
(平田隆太郎)
 
全会一致の国連安保理決議1441号
(対イラク)の規定を対北朝鮮政策にも適用せよ
 
拉致を制裁決議に含めるのは当然のこと
 イラクのサダム・フセイン政権に対し、国連安保理が2002年11月8日に成立させた決議1441号は、中国、ロシアも賛成し、全会一致で成立したものだけに、「国連重視」を唱える日本政府が、同じくテロ国家である北朝鮮に対する政策を考える場合、当然、基礎にしてしかるべきものである。
 同決議には、北朝鮮との関連で、具体的に注目すべき点がいくつかある。
 まず、同決議は、明確に拉致問題を取り上げている。
 すなわち、湾岸戦争中に起きたイラク当局によるクウェート人らの拉致拘束事件である。同決議はいう。
 「安保理は、イラク政府が、イラクによって不当に拘禁されたクウェート人や第三国国民を、送還あるいは消息確定に向け協力すべきとした(累次の)国連決議をないがしろにしてきたことを遺憾とする」
 安保理は、拉致問題を理由の一つとして、イラクに経済制裁を課しつづけてきたわけだ。決議1441号においては、さらに軍事的解決への道も開いた(もちろん、この点に関しては、米・英・スペイン・日本政府らとフランス・ドイツ・ロシア・中国政府らとの間で解釈が異なる。しかし、少なくとも、日本政府がどちらの解釈を取っているかはいうまでもない)。
 拉致問題を、経済制裁の理由の一つとすることに、中国やロシアも反対してこなかったという実例がここにある。
 北朝鮮の拉致についても、当然、安保理ひいては国際社会は同じ判断を示さねばならない。日本政府は、その旨、各国に向かって、あらゆる機会を捉え強く主張すべきである。
 
首相は北の人権蹂躙を明確に非難せよ
 安保理決議1441号は、イラク政府による人権蹂躙全般、人道支援への妨害行為も取り上げている。同決議はいう。
 「安保理は、イラク政府が、一般民衆に対する弾圧をやめ、援助を必要とするすべての人々に対する国際人道支援機関のアクセスを保証すべきだとする(累次の)国連決議をないがしろにしてきたことを遺憾とする」
 日本の歴代首相は、北朝鮮政権による凄惨な人権蹂躙、人間破壊行為を一度もおおやけに非難したことがない。これは不名誉な話である。
 日本政府が、拉致問題に言及するのも、真に許せない人権侵害という意識があってのことではなく、世論に押されてやむなく取り上げているだけと、諸外国が見ても無理はない。
 日本政府は、首相自身が自分の言葉で、北の人権蹂躙一般に対し、強い嫌悪感、怒りの念を表明せねばならない。
 日本の国会も、米議会で審議中の「北朝鮮自由化法案」と同様のものを作るべく動かねばならない。東北アジアの人権問題でアメリカに先を越されるのは恥というぐらいの意識が必要だ。
 
「入って調査」から「出して調査」へ
 安否未確認の拉致被害者(北は「死亡」あるいは「未入国」と主張)に関し、外務省の田中・藪中訪朝団が北に打診したという日朝「合同調査委員会」は、拉致問題をうやむやに葬ろうという北の陰謀に加担する以外、何の積極的効果も期待できない代物である。
 外務省には、過去、コメ支援に関連し、配布状況の調査と称して、同省職員を北朝鮮に派遣し、相手の案内する場所のみを見て回り、保育所で手渡された日本製米袋を記者会見の場でわざとらしく掲げて見せるなど、北の隠蔽工作に協力してきた「合同調査」の悪しき実績がある。
 無為無策という批判を免れるため見せかけの進展を得たい首相官邸、外務省幹部と、日本側調査係を「事故現場」や「自殺現場」に案内し、当時の状況を知る「証人」や「目撃者」に会わせるなど「協力姿勢」を見せて、問題をごまかし切ろうという北朝鮮当局、その両者の思惑が隠微に絡み合っての「合同茶番劇」を許してはならない。
 意味のある調査を行うには、「入って調べる」ではまったく不十分であり、「出して調べる」にまで踏み込む必要がある。
 ここでも安保理決議1441号が参考になる。大量破壊兵器の査察に関連し、同決議はいう。
 「安保理は、以下のように決定する。イラクは、国連監視検証査察委員会(UNMOVIC)と国際原子力機関(IAEA)に対し、すべてのイラク当局者その他に対する即時の、妨害のない、無制限の、そして内々に行われるアクセスを許さねばならない。・・・さらに、UNMOVICとIAEAは、聴取を受けるイラク人が、家族ともどもイラク国外に出られ、かつ、これら機関のみの判断に基づき、イラク政府当局者の同席なしに聴取を受けられるよう取り計らえるものとする」
 北朝鮮の核兵器開発についても、「完全かつ検証可能、不可逆的な廃棄」を実現するためには、当然同じ地点まで踏み込む必要がある。
 また、この規定は「拉致査察」にも準用されねばならない。
 すなわち、日本政府は、拉致に関わり、また拉致被害者を管理する立場にあった北朝鮮の人間を、家族ともども国外に出させて事情聴取させるよう北に要求すべきである。北が受け入れなければ、その分締め付けを強めていくと宣言すればよい。
 繰り返すが、安保理決議1441号は全会一致になるものである。日本が、その規定を準用し、北朝鮮当局者の国外聴取を要求しても、何ら国際常識に反した話とはならない。あとは政府の意志の問題である。
 
(島田洋一)







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