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2. Goal-based Standards for New Ship Constructionの国際動向
2.1 IMOの動向
2.1.1 背景
 エリカ号事故、プレスティッジ号事故と、欧州海域で引き続いて重大海洋汚染事故が発生した。特に2002年11月にスペイン沖で発生したプレスティッジ号の事故は、老朽化したタンカーが荒天中に船体損傷を起こし、最終的には船体が折損して沈没した。
 この事故では、船体損傷を起こした時点でプレスティッジ号が至近の港へ避難することを申し出たが、スペイン海事当局はむしろスペイン沿岸から同号を締め出して北大西洋の真ん中へ曳航させ、結果として沈没したという経緯がある。
 この事故ではさらに、同号が適切に検査されたか、その船体強度の査定が甘かったのではないか、という指摘もある。これに対しては、SOLAS条約では船体構造については、その第II-1章第3-1規則に、「船体構造については、旗国が承認した船級協会の規則に従うこと」と記されているのみで、船舶の安全に責任を有する旗国(この場合はバハマ)が船体構造に関して評価する手段を持っていないことが指摘された。我が国は勿論、船舶構造規則を制定しており、このような事態にはなっていない。
 これらのタンカーはいずれも、船齢が25年を越える老朽船であった。船舶の安全及び船舶からの油の流出の防止を確保することは、一義的にはその船舶の旗国にある。一方で、船舶の安全を国際的に規定する海上人命安全条約(SOLAS)では、船舶の構造及び構造については第II-1章に規定があるが、船体及び構造の強度に関しては、そのPart A-1の3-1規則に、「主管庁が承認した船級協会の規則に従うこと」という規定があるのみである。
 旗国として多くの船舶を登録しているバハマ及びギリシャは、「主管庁には、実質的に船舶の船体及び構造強度について検査・監督する基準が無いことは問題である。IMOは新船建造に係わる基準の決定に重要な役割を担うべきであり、そのような基準をIMOが定めるべきである。」とし、「北大西洋の荒天を25年間航海しても壊れない船体であるべき」という目標指向の基準、すなわちGoal Based New Ship Construction Standardを制定すべきとIMO理事会に提案した(2003年)。この提案は、技術的検討というよりも「IMOが船体及び構造強度を定めるか。」というIMOのポリシーの問題と認識され、IMO理事会はそのような方向の是非を検討するようMSCに要請した。
 
2.1.2 MSC77における議論
 MSCの第77回会議(MSC77)においては、バハマがIMOに詳細な基準の策定を求めているのではなく、ゴールベース新船構造基準の基本的要件を定めるべき(例えば、船体全体の縦強度や基礎部材の強度等)と説明した。これに対しIACSは、十分な検討を経て船級規則を定めており、専門性を有していること、及び構造等に係る規則作成において、Formal Safety Assessment等の手法を用いて全般的なリスクレベルを定めているので、今後も従来同様にIACSが詳細な規則を策定していくべきであると主張した。また、同時にギリシャがMSC76で提案したメンテナンスフリーの“頑丈な船舶”構想については、船舶のメンテナンス責任は一義的には船主にあり、かつ、船舶毎に航行環境が違うため、一律に頑丈な船舶とすることには懸念があるとの発言が複数の国から示された。議論の中で、大勢は原則的にバハマ及びギリシャ提案には賛同するが、これまでのIACSの技術的な規則・要件に対する貢献は大きいことも認めるものであった。また、IMOは全体の枠組み及びゴール(一般的なデザイン哲学)を決めるべきで、その技術的な詳細な基準・標準的な規則/要件は、IACSが行なう様にリードするべきであると主張した国にも多くあった。IMOとIACSの関係に関しては、従来通りとすべきと主張したいくつかの国と、変えるべきと主張したそれ以上の国があった。
 MSC77は、本件を今後も検討することとし、理事会へもそのように報告することとなった。
 
2.1.3 MSC78における議論
 従来、各国、船級協会毎に異なっていた船舶の構造基準について、今後は、ある一定の目標を定め、国際的に合意された要件を設定していくことがMSC77にて合意されており、MSC78から実質的な議論を開始した。
 バハマ、ギリシャ、IACSの共同提案文書MSC78/6/1(基本概念、目標、機能要件等を階層毎に規定している)が、多くの支持を集め、今後の議論のベースとすることが合意された。
 その他ポーランド、AWES(欧州造工)、日本、仏が文書を提出しており、簡単な説明を行った。各国から以下のようなコメントがあった。
 ポーランド及びAWES(西欧州造船所連合)は、RO(Recognized Organization: 旗国の代行として船舶検査を行う団体。船級協会など)をIMOが認定すべきとの提案を行っているが、従来通り、旗国の権限であるべきとの意見が多く、支持を得られなかった。
 我が国は、船舶の安全性を確保するためには、構造要件だけではなく、船主のメンテナンスやオペレーションが重要であるとの立場から、構造基準の策定に当たっては、メンテナンス及びオペレーションの基準も策定すべきとの提案を行った。これに対しては、支持する国と、それらは船主等に任せるべき事項であり、また、詳細ではなく、設計思想をまず検討すべきとする慎重な意見も出された。
 GBS作成の基本方針については、以下を基本的に合意した。
(1)基準のTier Iとして設定するGoal(目標)は仕様的な規定ではなく、目標指向型基準として本質的なものであること。
(2)目標は、メンバー国が達成を望むことを明示すること。
(3)目的は、明確で計り得るものであること。
(4)基準は、目標へ至る段階(step)を明示すること。
 MSC78は時間が不足していることから、基準の中身自体の議論をすることができず、次回MSC79においてWGを設置してさらに詳細を検討することとなった。なお、MSC78に提出された文書はそのまま、次回のWGでも使用されることとなるが、今次会合の結果を踏まえた新たな文書の提出が求められた。
 
2.1.4 ロシア船級協会による国際GBSセミナー
 2004年10月初旬に、ロシア船級協会がザンクト・ペテルスブルクで国際セミナー「Substandard Shipping -Solution Through Partnership. Goal-Based Standards: New Concept for Maritime Industry」を開催した。ここでは、IMOの海上安全部長の関水氏、MSC議長のT. Allan氏が、IMOにおける目標指向型新船構造基準の議論の経緯を紹介した。また、INTERTANKO、INTERCARGO、BIMCO、ICS、IACSがそれぞれの考えを主張した。
 IACSは、IMOでは基本理念を定めるべきであるが、詳細基準はIACSで定めたいと主張した。
 筆者はこのセミナーに出席し、我が国の意見である「船舶の安全性を確保するためには、構造要件だけではなく、船主のメンテナンスやオペレーションが重要である。」を一層周知させた。また、目標指向型新船構造基準の骨子は、
(1)構造上必要な構造部材寸法(Net Scantling)を建造時に明示すること。
(2)如何なる検査においても、次の検査までに船体構造部材が構造上必要な構造部材寸法を保持できることを確認すること。
(3)(1)の構造上必要な構造部材寸法及び(2)の検査時に実際に測定した構造部材寸法を、その船舶の生涯にわたって、その船舶に保持すること
の3点であると主張した。
 業界側(INTERTANKO、INTERCARGO、BIMCO、ICS)は、一様に目標指向型新船構造基準に基本的に賛同するが、船舶の構造保全は船舶建造時だけで決められるものではなく、また保証できるものでもないこと、就航後のメンタナンスが重要な鍵を握ることを述べた。これらは我が国の意見に近いものである。
 
2.1.5 MSC79における議論
(1)MSC議長の問題提起とMSC79本会議における議論
 MSC79における議論のため、MSC議長は、問題提起する文書MSC79/6/1を2004年の8月に提出し、各国に意見を求めた。その問題提起とは、
(1)GBSをどのように理解しているか。GBSは仕様的であるべき/あってはならないか。安全と環境汚染防止に対して、ハイレベルの目標を示すべきか。
(2)安全の目的としてTier Iを構成するものとして示された項目に合意するか。
(3)機能要件としてTier IIを構成するものとして示された項目に合意するか。
(4)GBSというアプローチは新船構造基準以外の他の事項にも当てはめ得るか。
(5)Tier IIには、安全と環境保護に関する数量的基準値を含むべきか。
(6)IMOのGBSに合致していることをどのように検証・証明するか。
(7)船級協会その他の船舶構造基準がIMOのGBSに合致していることをIMOが検証すべきか。現存の小委員会のWG、MSCあるいはMEPCのWGがそのような作業を行うべきか。
(8)Ship Construction Fileを規定することに合意するか。もしそうなら、どのような事柄がこれに含まれるべきか。
(9)Ship Inspection and Maintenance Fileを規定することに合意するか。もしそうなら、どのような事柄がこれに含まれるべきか。
(10)IMO GBSに合致するために、新造船及び就航船に対する既存の検査制度を変更する必要があるか。
 この議長の質問状への回答を含め、MSC79へは我が国を含む多くの国が文書を意見提出し、その数は26となった。従って、MSC79の本会議では、これらの文書を個別に紹介することをせず、これらの質問について回答を得るという方向で議論を開始した。この議論の中で、新船構造GBSを作成するための方途として、以下のような大筋の合意が得られた。
(a)国際海事業界的でそろったレベルを得るために、GBSの性能要件は、船級協会が世界的に同一に実行できるような均一の使用基準を作成できるに十分なものでなければならない。
(b)船舶の建造、修繕及び運行において、その船舶がGBSに合致していることを評価し得るものでなければならない。
(c)船舶の建造場所や建造者によって基準が変わらないことを確保できるものでなければならない。
(d)IMOが作成するGBSは、世界的に均一に理解されるものであって、不明瞭ではなく、これを実現するための仕様的基準が作成され得るものでなければならない。
(e)ゴールは長期間の目標として設定されるものであるが、許容基準は技術の進展に従って替え得るものでなければならない。
 これらの基本方針の下に、議長の10の質問について議論し、以下の大筋の合意を得た。
(1)船舶の安全が建造段階及び就航中でも評価できるよう、GBSは広範で包括的なゴール(目標)を設定するものでなければならない。
(2)Tier Iは安全目標とすることは大枠で支持されたが、提案されている枠組みはさらに充分な議論が必要である。メンテナンス、修繕、運航、残存強度、建造材料及びリアイクリングなど、さらに追加すべき項目が示された。
(3)Tier IIは機能要件とすることは大枠で支持されたが、さらに議論が必要である。また、設計のaccessibility、構造強度とその信頼性、及びメンテナンスなど、さらに追加すべき項目が示された。さらに、Tier IとTier IIはさらに整合を取る必要があり、総合的に検討する必要があることが理解された。
(4)長期的には、GBSは船舶の多くの機能に適用可能すべきであるが、そのような作業は、新船構造についての適用が出来上がった後の作業であろう。
(5)Tier IIには、解釈の差異を避けるために、安全と環境に対する明確な量的許容基準が示されるべきである。しかし、これは建造における柔軟性を損なう恐れがあり、WGはこのことについて特段の注意を払う必要がある。
(6)GBSへの適合性は、主管庁及び/またはそれが承認した機関による船舶の設計の審査、建造検査及び船舶の生涯にわたる定期検査によって実証されなければならない。
(7)(GBSの下で作成された実行基準がGBSに合致していることを)審査するシステムが必要である。この議論の過程で、これを実行するのは、主管庁か、IMOか、あるいは船級協会か、意見が分かれた。本件はGBS作成の過程で、後に議論すべきである。
(8)Ship Construction File及びShip Inspection and Maintenance Fileの開発は理解された。その詳細内容は、後の段階で検討する。
(9)船舶検査制度を変更する必要がある。但し、現段階で議論することは時期尚早である。
 さらに、IMOにおけるGBSの役割やその基本理念(所謂Tier 0)については、後の段階(新船構造GBSを作成した後)で充分議論することに合意した。また、MEPCが海洋環境保護の面からGBSを検討する必要があることに合意した。
 GBSとその下で作成される諸基準との整合については、IMO Member State Audit Schemeと関連することが理解された。
 
(2)安全に関する総合的リスクレベルの検討
 船舶の安全に関する現状の諸規則によるリスクレベルを把握し、FSAによって将来のあるべきリスクの許容値を検討し、これらによって船舶構造に関する目標指向型規則を包括的に検討すべきであるというドイツの主張(MSC69/6/3)については、その考え方に多くの支持があり、IMOの現状の諸規則が具現している安全レベルを掌握する必要性に対して基本的に合意したが、これは膨大な作業となると思われるため、今すぐに議論して推進することは困難である一方、FSAに関連した将来の規則作成システムの議論に中で取り扱うこととした。
 
(3)FSA及び人的要因関連
 安全の目標の把握においては、リスクレベルを認識・把握する必要があることは、大筋の合意を得た。但し、安全目標あるいは許容基準をリスクレベルで表現することには、意見が分かれた。リスクレベルを算定して判断する手段としてFSAが有用であることは基本的に合意した。そこで、本件は当分の間はFSAの議題の下で検討することとなった。
 船舶建造段階及び運航段階で、人的要因は船舶建造の品質管理、運航及びメンテナンスに深く係り、船舶の構造安全性に関係することにMSC79は合意した。
 
(4)作業部会(WG)
 MSC79本会議は本件を討議する作業部会(WG)を設置し、米国のランツ氏をその議長に指名し、以下の作業を寄託した。
・GBSの基本原理の概要を用意すること
・MSC78/6/2を基に、5つのTierからなる新船構造GBSを開発すること
・新船GBSに関連して考えるべき他の基本的な検討項目を抽出すること
・新船GBSをIMOの規則にどのように組み込むかを考察すること
・将来の作業計画を立案すること
・口頭報告を今次本会議にして、報告文書はMSC80へ提出すること
 
 WGでは、以下の議論があった。
(1)GBSの基本原理については、固定的に規定しないほうが良いという意見、リスクレベルを中心に考えるべきという意見などが示されたが、結論には至らなかった。なお、Goalを達成する方途には柔軟性を持たせるべきであるという意見が大勢を占めた。
(2)新船構造GBSの構成については、ギリシャ、バハマ及びIACSがMSC78/6/2によって提案した5段階構造(Tier I〜Tier V)の形をとることを合意した。但し、IMOのGBSとしてはTier IからTier IIIまでを定めるものとし、Tier IV及びTier Vは船級協会あるいはその他の機構が制定するものとなる方向を取ることに合意した。
(3)Tier Iについては、MSC78/6/2が提案している「Safety Objective」ではなく、あくまでGoalを簡潔に提示するものにすべきであることに合意し、またそれは、すべての船種に適用するものであることに原則合意した。その内容について、一応以下のように合意した。
 
 船舶は、設定された使用期間にわたり、想定される運航及び環境海象条件のもとで適切に保守され運航されるとき、健全時及び想定される損傷時において、安全を保持しかつ環境を汚染しないように運航されるよう、設計され建造されなければならない。







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