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私はこう考える【中国について】

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


2004年12月号 経営労働
中国産業をめぐる新たな動向
一橋大学大学院商学研究科教授 関満博
 
 皆さん、こんにちは。昨年も「東アジアの経済について」お話しました。今回は1時間半弱いただきましたのでこの表題に従って、一つぐらい記憶に残る話ができれば成功と思っています。
1. 「日本を買う中国」大企業集団について―解説―
 最初にアンケートを取りたいのですが、今年の1月末、半年以上前です。NHK教育テレビの土曜日夜10時から45分番組で「日本を買う中国」というタイトルの番組をやりました。ご覧になった方はいらっしゃいますか。
 お2人ということは、40人ぐらいですから、かなり視聴率は高いですね。ほかで聞くと1%以下なのです。教育テレビという名前を付けるものだから、社会人はなかなか見てくれないです。名前を変えたほうがいいのではないかと申し上げております。(中略)
 「日本を買う中国」というタイトルで作ったのですが、2カ月ぐらい前から準備を始めまして、私も向こうと会う時間がなくて、メールでやり取りしながらだんだん全体の流れが見えてきたということで、来てくれということで行きました。だれが相手かなと思ったら、とてもすてきに成熟された黒田あゆみさんでした。
 2人でビデオ映像を見て、どういうふうに組み立てるかということになったのですが、この映像は私にとってはすごくショッキングな映像でした。ここ数年、中国映像はずいぶんありますが、よくぞここまで撮ったというすごい映像が撮れていたということで、ちょっと緊張してこの番組を進めることになったということで、その話から始めていきたいと思います。
 「日本を買う中国」というタイトルですが、2年半ほど前にある日本企業が中国企業に買収されたというところから話が始まりまして、それが2年たって現在どうなっているのかということを克明に追った番組です。買収された企業はアキヤマ印刷機という会社です。どういうものをやっているかというと、4色・4色の8色機です。オフセットのカラー印刷機の最高機種をやっている会社ということです。本社は東京で、工場が茨城県の水海道にあり、従業員が約200人の中堅どころの専門メーカーであります。
 日本にはこういうメーカーが結構あります。ある特殊な範囲で非常にレベルが高い。あまり知られていないけれども、その世界では一番。ここもまさにそうです。この両面8色機の印刷機を造ることができるメーカーは世界で6社だそうです。こういう機械の世界では、どんな機械でも世界で5〜6社といった場合、日独半々ずつというのが多いです。こういうものについては見事に日独が強いです。この印刷機もまさにそうで、日独3社ずつの6社が世界で競争していたわけです。
 日本ではアキヤマのほかには小森印刷機、これは日本の印刷機のクジラです。印刷機の総合メーカーです。もう1社が三菱重工です。重工さんはいろいろ造られている中の一つですが、印刷機もやられて、この領域でも世界の6社に入るということです。これに対してドイツ勢はローランド、これは日本にずいぶん入っています。それからハイデル、これも日本にたくさん入っています。あと1社はわからないのですが、とにかくドイツ勢は3社、この6社で8色機という最高機種を世界で争っていたという事情がありました。
 ところで、どうですか。このような最高級印刷機はこの10年ぐらい日本の印刷屋で買える印刷屋はありますか。悲しいかな、日本の印刷屋は買えないのです。金がない。日本企業は本当に悲しい。この種の印刷機をいま世界で買えるのはだれかというと、中国のローカル企業です。従業員200人規模のアキヤマさんは中国営業があまり得意ではないということで、この5〜6年業績が年々悪化したということでした。2年半ほど前に大きな不渡りを食らってしまったのです。これで関連企業もだめだ。銀行さんもちょっと面倒を見きれないということで、倒産ということになったわけです。
 そうしましたら、うちが買いましょうといってきた企業があります。それが中国の企業であったということです。何という会社かというと、上海電気集団という名前の会社が、うちが買いましょうといって2年半ほど前に買収してしまったという話です。一部アメリカの資本が入っていますが、ほとんどこの電気集団が出してアキヤマを買い取ってしまったわけです。
 この上海電気集団はどういう存在かといいますと、今はこういう名前ですが、少し前は名前が違っていまして、正確な名前は覚えていないのですが、いずれにしてもここは上海市政府の局だったのです。重電から産業機械にかかわる上海における国営企業を統括する局で、国営企業200社が傘下にある大企業集団であります。今どき中国はみんな民営化するという流れがありまして名称を変えています。市とか局という字を取って集団という名前にするのです。いかにも民営にしているようですが、実は中身はほとんど変わっていないのです。ガバナンスは何も変わっていないのですが、見てくれは完全に変わっています。
 ここは従業員全体が35万人もいるという大企業集団です。どんな製品が得意かというと、だいたい三菱重工がやっているような製品で、重電が中心です。例えば、三峽ダムの70万キロワット級の水力発電機は取れなかったのですが、ここが最近取れたのは30万キロワット級のガスタービン等で大物の電機機械を一番得意としています。その他産業機械を多方面にわたってやっているという企業です。
 中国にはこういう会社が3社あります。一つはこの上海電気集団、もう一つはハルビン電気集団、それと東方電気集団がありまして、中国にはこの三つの大型電気集団があります。これは四川省の徳陽です。私も行ったことがありますが、すごいです。この3社が大型電気集団、いずれも従業員30万人級の大電気集団のうちの一つです。
 ここが買ったので、今やアキヤマは中国企業です。こちらの傘下に入ったわけですが、そこから52歳の社長が単身送り込まれてきました。この人はもちろん日本語がわかりません。通訳を1人連れてきて赴任しました。52歳と聞いた時、おい、大丈夫かというのが私の正直な印象でした。
 というのは、いま中国は若返りがすごいのです。私の個人的な印象では、40歳ぐらいのところで、その上と下では同じ中国人ではないのです。失礼だけど、40歳以上はもうゴミなのです。計画経済のなごりがしみついていまして、もう世の中からいなくなったほうがいいぐらいの存在が多いのです。逆に35歳ぐらいから下は資本主義そのものです。ものすごくビジネス感覚の鋭い連中が多いということで、40歳あたりで線が引かれます。ですから、52と聞いた時に、おい、大丈夫か、こんなやつが来ていいのかと思ったのですが、いま申し上げたのは一般論でありまして、中には70歳でも頭が若い人はいるし、30歳で大丈夫かという人もいますから、個人差があります。
 この人はキンキンのやり手でした。どういう人かというと、電気集団は200社もありますから、当然浮き沈みがあります。この52歳の彼は建て直しの専門家なのです。集団の中の企業が危なくなった時に、彼が乗り込んでいって建て直しをするというのが彼の主たる仕事で、実績十分の方ということであります。それがアキヤマの建て直しに投入されたという事情でありました。
 そのようなうわさを聞いて、残った200人の従業員はどうしていいかわからないわけです。何が起こるかわかりません。半分クビと言われるのではないかと思って、みんな戦々恐々として待ち受けたということです。着任早々、彼は食堂に全社員を集めて、一発目の演説をぶちかます。最初に何と言ったかというと、「心配するな、私はリストラはしない」と言ったのです。「ところで、この会社はここ数年業績が悪かったからリストラをしてきただろう。その連中を戻して、元の仕事をさせなさい」と言いました。数年前にリストラされていた年配の方たちが戻ってきて昔の仕事を実に生き生きとやっているという映像が映りました。そういうところから始まるのです。
 そういうことになって、この上海電気集団は当然印刷機工場もありますので、そこの若手を十数人研修に送り込んできます。これはわが協会が扱っているような中国人研修生とは違って、本来の意味の研修生かもしれません。次の時代の電気集団の印刷機工場の担い手をつくるための研修ということで送り込んできます。彼らはみんな若い20代前半ぐらいの人たちです。その人たちが、リストラで1回出て戻ってきた人たちにマンツーマンでつくのです。
 印刷機は相当難しい機械です。金属ですと材料はある程度安定していますが、印刷機は紙ですから温度・湿度に対する反応が極めて敏感で、ちょっとしたことで動かなくなります。コピー機を触ってもわかりますね。微妙なノウハウがあるのです。それがベテランの職人の体についているものなのです。それをマンツーマンで若い中国人研修生に教えていくということです。
 彼らは夜集まって、きょう習ったことをお互いに情報交換する。デジカメで写真を撮って、この場合はこうしろと言われたということをお互いに情報交換しているという姿が映像で映りました。そこにカメラが入ってマイクを差し出します。茶髪の男の子に、どうですかと尋ねたら、彼はこう言いました。「いつか我々が世界最高の印刷機を造る」。
 まさに今、歴史をつくっているアジアや中国の若い人にはそういう深い思いが積み重なってきているということです。逆に、日本の若い人にそれだけの激しい思いがあるかというと、たいへん疑問が残ります。このあたりがこれからの日本と中国の間の大きな落差ではないかとさえ思えるということでありました。
 上海電気集団がアキヤマを買収したということですが、これは電気集団固有の事情で買収したわけではありません。これは中国の国家戦略の実験プロジェクトの第1号であると説明を受けました。どういうことですかと聞いたら、これまで中国は二十数年、改革開放以来四半世紀たちました。世界の先進国から特許を買ったりいろいろな技術を導入しました。どうもうまくいかないというのです。言われたとおりにやっても、どうもうまくいかない。何か違うということを数年前から深く議論をするようになって、結論が見えてきました。紙に載っていない技や熟練や技能が最後に効いているということに気がついたということです。
 それは売ったり買ったりの簡単な世界ではなさそうだ。もっと深いものだ。中国側から日本を見たら、いま日本はそれをどんどん捨てているというのです。これはそれを拾いにきたプロジェクトなのです。良質な日本の先輩たちが築いた技や技能や熟練という日本におけるものづくりの一番良質な部分だと思うのですが、それを日本は捨てているではないか。それを買いにきたのが事業であります。このプロジェクトが成功すれば、今後どんどんそういうものを日本から買うということを明言しております。
 また、3月にこの集団の連中が来まして何か動いていました。私は直接会う時間がなかったのですが、うちの若い人に会わせて、聞いてこいと言ったら、年内に何社かを買う予定である。どこを買うのか聞いたら、上場企業も含まれているから、株価に影響を与えるので言えないと言っていました。実際に7月の末ぐらいに一つ買いました。どこでしょうか。それは池貝鉄工です。池貝鉄工を買ってしまいました。
 池貝鉄工はご存じですか。ここ15年ぐらいヨタヨタで、確かツガミにしょってもらっていた格好ですけれども、池貝というのは実はいろいろなことを考えていくときには極めて重要な会社なのです。ここはどういう会社かというと、本社は品川だったのですが、日本の旋盤の第1号機をここが造ったのです。つまり、日本の工作機械の母なる企業なのです。日本はハイテク国家なんて偉そう顔をしていますが、意外と最近のことなのです。旋盤を最初に造ったのは大正の初めですから、まだたった100年なのです。旋盤がすべての近代工業のベースです。これがなかったら何もできないわけです。その国産を池貝が大正の初めに実現したのです。
 それまでは旋盤も欧米から買っていたのです。ところが、日清、日露戦争と2つ勝ってしまったので、欧米が輸出を少し渋り始めました。そして、軍事国家を形成していくという当時の強い意思の下で、基本は工作機械です。その場合、最初は当然旋盤ですから、旋盤の国産化が急がれました。それを担ったのが池貝です。最初アメリカから買ってきた旋盤をバラバラにばらして、そっくりの部品をつくって組み立てて動かしたらバリンと壊れてしまいました。部品それぞれによって強度が違うのですが、そういうことはわからないのです。そういう試行錯誤をして、やっとまともに動く旋盤を造ったのが大正の初めの池貝だったということですから、日本近代工業の母なる企業なのです。それが買収されてしまったのです。話題にもならないのが、今の日本の現状であると考えるべきだと思います。
 十数年前に似たようなことがアメリカで起こりました。ムーアという会社をご存じですか。ムーアはアメリカの工作機械の母なる企業なのです。それが調子が悪くなった時に、日本のファナックが買収するという動きがありました。それはえげつない話ではなくて、ファナックにしてみれば、ムーアは世界の工作機械の母なる企業の一つだ。これをつぶすわけにはいかないということで、ファナックが買収するという話になったことがありました。
 その時、アメリカはどう動いたかというと、米議会が大反対です。ムーアを日本企業に譲るのかということで大反対にあいまして、これは表向きは実現しませんでした。ただ、実質的にはファナックが今でも支援をしています。表向きのきちんとした買収はできなかったということがありました。
 池貝が似たような話になった時、何のリアクションも日本にはないということですから、日本はもう止めたというふうに思わざるを得ないのではないかと思います。これが第2番目の買収で、まだ年内にいくつかやると言っておりまして、そういう良質な企業を狙ってくるわけです。このようなところには何か蓄積があるでしょう。ここ数年は景気が悪かったにしても、何か違う文化があるはずで、そういうものを狙い撃ちにしてきているというのが実態です。そういう意味では、技術とか技能をめぐって、日本と中国の間で少し事情が変わってきたのではないかと考えたほうがいいかもしれません。
 そんなことで動き出したこの話が次にどういうふうに展開したかというと、この社長はたいへん忙しいですから、彼は日本と中国で半々ぐらいでスケジュールをこなしています。なぜ中国に行くのか。市場が中国だから営業に行くわけです。彼はもともと政府の人間ですからインサイダーです。中国の仕事はほとんどインサイダーです。彼には圧倒的な力があるから、三菱重工も小森も勝てません。ここ2年ぐらいは中国市場ではアキヤマが圧勝なのです。だって、政府の人間である抜群の営業マンがいるわけです。そういうことでこの2年間でアキヤマは完全に回復しました。
 そういうことでとにかく忙しいということで、自分の代わりになるような日本人社長を置いておく必要があるということで、彼は従業員200人から1人選びます。だれを選んだかというと、35歳の男を社長に選びます。200人で35歳というと、ランキングからいうとちょうど真ん中ぐらいでしょう。100人抜きで社長に就けるということになりました。当初、彼も戸惑いましたけれども、地位は人をつくりますね。2年たった現在は立派な社長であります。いま中国は35歳の社長は普通です。40歳以上は本当にゴミですから、そういう感覚からいけば当然のことです。
 ちなみにこの電気集団は35万人いますが、社長は35歳です。この全体の総裁も35歳です。いま中国はそれだけ変わってしまいました。そんなことで日本人の35歳が社長に据えられました。理由は何か。理由は一つだけです。買収劇がありまして、内部が相当揺れました。この話が進んでいる間、ほとんどの日本人はしょぼんとしてしまったらしいのです。1人だけ反発した男がいました。それが彼です。その彼を指名したのです。見どころがあるということで、何の実績もない彼を社長に据えました。これだけのことです。しかし、地位は人をつくります。いま、見事に社長を演じているということであります。
 昨年末には業績回復ということでボーナスを出すことになりました。35歳の社長は幹部職員だけを集めて通達します。今回はきちんとボーナスを出す。人によって7倍の差をつける。中国は15倍ぐらいの差をつけるのは当たり前だからです。最初からではかわいそうだから、今回は7倍にしておく。査定はおれがやると通告します。そして、12月末のボーナスの支払日に幹部を集めて、35歳の社長は幹部職員だけに一人ずつ手渡します。昔の上司が、ありがとうございますともらうシーンが映ってしまうという複雑な心境になるような場面がありました。
 そういうことで動き出して立ち直ったのですが、やはりこの世界は競争は厳しいです。だから、コストダウンをしなければいけないということになります。いろいろ考えます。いろいろな側面でコストダウンをやるのですが、いろいろやるうちの一つが、協力工場に協力してもらうことです。アキヤマの協力企業は関東地区で約70社あります。この70社の社長を35歳が呼びつけて、ホテルで、わが社の最近の状況、今後の方針を通達します。その中で最後にこう言います。ということで、うちはコストダウンをしなければいけない。1ヵ月で30%やる。半端なことではない。皆さんも1ヵ月で30%下げてくれ。下げることができないところはもう来なくていい、付き合わないと通告します。乾いたぞうきんみたいになっているところに、さらに3割というわけです。みんなどうしていいかわかりません。
 カメラはこのうちの1社を追いかけます。その1社をA社にしておきますが、実は私がよく知っている会社なのです。従業員が15人ぐらいの墨田区の機械加工屋さんです。そこをカメラがずっと追っていきます。この会社はアキヤマの依存が6割ぐらいです。アキヤマの仕事がなくなったら成り立たないのです。社長は悩んでしまいまして、3割下げなければ来月から取引停止だ、どうすればいいんだ。困ってしまいました。
 何日か悩んだ後に、彼はあることを思いつきます。翌日、十数人の従業員を全員呼んで通告します。明日、うちは休みを取る。あなたたちみんな職安に行ってきなさい。職安に行って自分の値段を聞いてきなさい。プラス3万円は払う。それを飲めなければ、うちは解散するという通告をします。昨日までは、賃金が安いとかブースカ言っていた連中が、職安に行って自分の値段を聞いてびっくりするわけです。30万もらっていた人は20万、40万もらっていた人はむしろ少なくて15万、50万もらっていた人は0円ということを知ります。ショックですね。でも、自分の値段を聞いてくるというのは一番わかりやすいですね。それで翌日彼らは全員がん首をそろえて、よろしくお願いしますということで、一発で3割下げました。そんなふうにえらいことが起こっているということであります。
 これを見ていてしみじみ感じたのは、先程、技能・技術をめぐって日中の間で少し事情が変わってきたという話をしましたが、その後の展開を見ていると、なるほどと思うことがあります。それは何かというと、日本はどうも世界的に見て最も成功した社会主義だったということです。日本は社会主義なのです。終身雇用制、年功制、これは社会主義の理念そのものでしょう。ところが、社会主義を看板にしているほかの国はみんな失敗して、いまだに看板は社会主義だけど、中身は資本主義に変えているわけです。
 ところが、日本は資本主義を看板にしているけれども、中身は社会主義で成功して、あまりにも居心地がいいために自分たちで変えようがないのです。ある時期までこの仕組みはすごくよく、参加意識も嵩まって、日本人は頑張れる仕組みだったのです。ところが、ある時期から、たぶん1985年ぐらいだろうと思うのですが、この仕組みが世界的に見て一番競争力がないということになったのです。鎖国をこれから続けるのならこれでもいいのでしょうけれども、日本はそういうわけにもいかないでしょう。鎖国で生きていける国ではありません。
 そうなると、どこかで世界標準に合わせなければ日本は崩壊です。しかし、あまりにも居心地がいいものですから、自分たちで変えようがないのです。居心地がいいですね。金持ちもいなければ貧乏人もいない。みんな平等です。これは社会主義の理念です。それでどうしていいかわからない。おそらく何かこういうタイプの外圧でも入らない限り日本は変わらないということを象徴しているのです。そこを突いてきた話ではないかと私には見えます。(中略)
 こんな形で映像は進んでいくのです。
 厳しいでしょう。日本は何か知らないけれども、ボーッと仲良しクラブみたいにやっていますけれども、ちょっと国境を眺めてみると、これだけの厳しさがあってしかるべきなのですが、日本人はなかなかそういう厳しさを持っていないということです。今後国際競争を考えていく時に、考えていかなければならない部分だろうということを痛感させられた番組でありました。
 これはその後、4月に1回再放送をしました。この種の番組は視聴率は低いけれども、見た人はすごく反応がよくて、そういう場合には2回ぐらい再放送をやります。もう1回やるのではないかと思っているのですが、なかなかやらない。やるとしてもBSの夜中の2時か3時ですから、また視聴率は低い。しょうがないですね。ただ、この続編をこれからやろうと考えています。この延長上の話をもう1回映像でやろうということで若干進めているところでして、その時はぜひご覧になっていただきたいと思います。テレビ番組を通じた中国の一つの側面をご紹介しました。
2. 中国産業をめぐる新たな動向について
 この先は私がこの1年間ぐらい取り組んできたお話を少しご紹介したいと思います。私は対中関係を20年ぐらいやっておりまして、中華料理も一生分食べたのではないかと思っています。この1年はある特定テーマをずっと追っていました。それは何かというと、台湾企業の中国進出です。これを追っていました。変なテーマだなと思っておられる方もいらっしゃるかもしれませんが、私はこの1年間ぐらいこれに命をかけていたという感じです。
 どういうことかと言いますと、私も20年中国で仕事をしています。中国で1500社ぐらい見ています。日系、ローカル、台湾系、韓国系、欧米系、香港系、いろいろな企業を1500社ぐらい見ています。ここにきてしみじみ感じるのは、中国という舞台で日本企業と台湾企業が同じものをつくったり売ったりするということがたくさんあります。その場合、日本企業はかつて勝ったことがない。見事に全敗です。だれも勝てない。必ず台湾勢にやられるのです。徹底的にやられてしまうのです。
 やられる理由はいくつかあります。基礎的条件がまず違います。中国の内規にこう書いてあります。外資の中では台湾系は特別優遇すると書いてあります。これは見せてくれませんが、あります。特別優遇とは何をするのかなと思うと、税金が安かったり、土地代が安いんです。保険もどうもいいかげんなのです。そういうことを認めているのです。つまり、基礎的条件において日本企業は台湾企業に比べて確実にコスト高なのです。
 でも、それだけではありません。最大の理由は、日本の、特に中堅・中小企業が中国に工場を出す場合に、社長が赴任しているケースがまずないということです。これが最大の問題だと思います。台湾企業の場合は、中堅・中小は必ず社長が中国にいます。日本は、社長が日本に居て、従業員のだれかを駐在員として置くでしょう。中国のように日々刻々状況が変わるところでは、意思決定能力のある人間が現場に居て状況を把握して、すぐ判断しなければいけないのです。これは基本です。
 悲しいかな、日本の駐在員はそれだけの権限もありません。もちろん、能力も権限もありませんから、ボーッとしているだけです。ときたま電話で日本に知らせてもよくわからないじゃないですか。結局、だれも判断しないまま時間がたって、はっと気がついたら台湾勢にやられている。これが一般的なパターンです。勝ったためしがないのです。
3. 台湾企業の中国進出について
 私は1500社ぐらい中国で企業を回りましたが、そのうちの700社ぐらいは日系です。700ぐらいの日系を回って、社長および息子が駐在しているケースは5例ぐらいしか知りません。700分の5ぐらいです。台湾系企業はことごとく社長か息子が確実に居ます。この違いは圧倒的に大きいと思います。ああいう場所で仕事をするのなら、そこは生命線ですから、生命線に意思決定能力のある人間がいなければ勝負になるわけがないということを痛感していました。(中略)
 1年間追ったのですが、まず台湾のことを少し振り返っておきたいのです。台湾は人口が2200万人ぐらいです。日本は1億3000万人、約6倍です。日本企業の中国進出の件数はどれぐらいかというと、いろいろな数字はありますが、私が理解している範囲では約2万5000件です。これが多いと見るのか、少ないと見るのかわかりませんが、件数で2万5000件です。企業数ではありません。1企業で50件もやっているところがありますから、企業数はたぶん半分以下だろうと思います。プロジェクトの件数が約2万5000です。
 同じ尺度で台湾を見た場合どうかというと6万8000件です。約3倍近い。人口は6分の1で、進出件数は3倍ぐらいですから、15倍ぐらい出ている感じではないですか。例えば、日本で自分の周りを見て、あいつとあいつが出ている。それが15倍いるという感じです。台湾はすごく出ているわけです。日本人はこれを見ていて、日本でも空洞化の議論があるのに、台湾ではえらいことになっているね、台湾はもうつぶれるのではないか、空洞化で大変ではないかと、余計なお世話だけど考えてしまいます。(中略)
 こういう状況を見ていて、昼間、彼らに聞くわけです。「台湾は大変ですね、空洞化で沈没するんじゃないですか」と聞くと、付き合いがいいから、とりあえず昼間は、「そうなんですよ」と言うのです。それで、ずっと飲んで12時を過ぎたあたりで、「本当ですか」と聞くと、「いや、それほどでもない」と言うわけです。私もそれほどでもないと思って見ています。どうしてそれほどでもないのですかと聞くと、理由は二つあると逆に教えられるのです。何と言われるかというと、「日本は大変な国ですね」と逆に言われるのです。どうしてですかと聞くと、「だって、50歳でリストラされてごらんなさいよ。日本人はどうするんですか」。
 50歳で大企業をリストラされました。職安に行っても、おまえの値段は15万円と言われるのです。昨日まで50万円もらっていた人が15万円になるのです。そうすると、その年というと住宅ローンがまだ2000万ぐらい残っています。中学生か高校生の子供がいたりします。学費もかかるわけでしょう。15万というとローンの返済で終わりです。困ってしまって奥さんをパートに出すということになります。でも、そんなのはしれています。どうしようか、こうしようかと両親はいつも頭を抱えているわけです。
 それを見ていた高校生の昨日まで茶髪でわけがわからないような変な娘だったのが、その現実を見て急にしおらしくなるわけです。そして、「パパ、私、高校を辞める」と言い出すのです。「辞めてどうするんだ」「アルバイトをする」「ああ、そうか」。昨日まで不良だったのが急にまじめになったと親はちょっと喜ぶわけです。「どこでバイトをするの」と聞くと、「キャバクラよ」と言われるのです。エーッと思うわけです。おれもキャバクラヘ行くのやめたと思いますね。娘がキャバクラでアルバイトするのを聞いただけで、男親としてはどうしていいかわからないですね。
 どうしますか。この場合、親はもう頼れませんね。兄弟も似たような状況です。日本は豊かさの中で徹底的に核家族化しているのです。家族4人以外に頼るものがないのです。日本はそういう社会をつくってしまった。これを改善するにはどうするかというと、住宅ローンの免責を受けるしかないでしょうね。そういうことでの自殺が増えているのです。ですから、豊かになった反面、日本はこういう時代なのです。空洞化なんて言うものではありません。えらいことになっているということです。
 逆に、台湾で同じことが起こったらどうなりますか。台湾は全然平気です。だって、家族は20〜30人いますから、お父さん1人ぐらいそのへんでぶらぶらしていても何も痛くありません。よほど困ったら、みんなでリヤカーを引いて屋台でもやればいいと思っていますから、少しも困っていない。ある意味でたくましい。どうということはないのです。日本のほうがよほど深刻だと言わざるを得ない。これが指摘されます。
 もう1点あります。何かというと、いま2万5000件ぐらいの日系企業がプロジェクトをやっています。では、日本人で中国に駐在している人はどれぐらい居るか。はっきりはわかりませんが、我々の試算ではだいたい8万人です。では、台湾はどうでしょうか。台湾人でいま中国に駐在している人はどれぐらいか。これもはっきりわからないのですが、いくつか試算がありまして、40万人というものもあれば、100万人というものもあれば、200万人という説もあります。どれでもいいですけれども、日本人に比べるとはるかにたくさん行っているのです。例えば、真ん中を取って100万人としても、全人口の4〜5%でしょう。だから、失業率は低いんです。
 お金や企業は都合によってすぐ国境を渡ります。本来は人間も渡って初めてバランスがとれるのです。それが開かれた労働市場なのです。ところが、日本は完全にクローズです。心のクローズです。外国人労働力をクローズしている面もあるけれども、それよりも我々自身が国境を越えて働きに出たり、住んだりすることに対して心の鎖国がありますから、日本人は中国にビジネスチャンスがあるからと単身で乗り込む人がいますか。悲しいかな、日本人はいないのです。
 ヨーロッパですと、例えばドイツがすごく景気がいいというと、スペインとかポルトガルという慢性的に不景気なところから人がどんどん行きます。それで労働市場がEUの中でバランスしていくわけでしょう。ところが、アジアはそうではない。台湾人、韓国人、中国人は動きます。日本人だけは動かないのです。ですから、日本から企業とお金がどんどん中国へ行っても、日本人は自らの意思で向こうへ行こうとしない。このことが日本の最大の弱点になってくるのではないかというのが私の懸念です。
 いまアジア全体で40万人ぐらいの日本人が行っているという話です。この人たちはどちらかというと付加価値の高い人です。国は盛んに日本国内で付加価値の高い産業をやりましょうというけれども、悲しいかな、残った我々は付加価値が低いのです。付加価値の低い連中を集めて付加価値の高いことをやれというのですから、ムチャクチャな話であります。このような心の鎖国を解いて、少なくとも若い人たちが東アジアのどこに住んでも、どこで働いても平気だというふうにしていかないと、この国は本当に危なくなるというのが私の懸念であります。
 ですから、個人的なことですが、私のゼミの3年生は夏休み3週間、中国の製造業の現場でワーカーと一緒に働かせています。そうでもして少し認識を変えていって、若い世代がどこで働いても、どこに住んでも平気だというふうにしていかないとこの国は危ないと私は思っています。
 そういうことでずっと追いかけてやっているのですが、けっこう大変です。中国という外国で、日本人という外国人が台湾企業という別の企業を現場で調査をするとなると大変です。まず、拒否です。相手にされません。電話で、よろしくお願いしますと言っても、何の用だと言われて、まともにこちらの目的を言うと、完ぺきに断られます。ビジネスではないのか、用はない、忙しい。それで終わりです。
 そこを突き破って向こうに入っていかないといけないでしょう。どうすると思いますか。最後、我々はこうやっているのです。例えば、ホテルで朝起きて、きょうはどこも決まっていない。名簿を持っていますから、次々電話をする。全部断られる。最後はどうするかというと、買い付けに来たと言うのです。例えば、USBケーブルを買い付けに来たと言うと会ってくれるのです。そうやって少しずつ情報を重ねていって全体を見ていくというやり方をとるしかありません。けっこうしんどい思いをしています。それでも、この1年で60社ぐらい回りました。大変でしたけれども、何とかやりまして、いま書籍にしようと思って、ぼちぼちやっているところです。
4. 中国ビジネスの現状と展望について
 昨年の11月末にたいへん興味深い経験をした。たぶんこの1年間ぐらいでこれが一番重大な出会いであったということで、この話をご紹介しておきたいと思います。昨年の11月末に我々は広東省の広州で調査をしておりました。そこでたまたまめぐり会ったのが靴のメーカーです。500人規模です。社長は39歳の台湾人です。そういう企業にめぐり会いました。彼の39歳までの人生を振り返ってみると、台湾人はこういうパターンなのかというのがよくわかりますので、ちょっとご紹介したいと思います。
 彼は高校までは普通に生活します。台湾人というのは一生サラリーマンで終わろうなんて思っていません。みんな社長になることが当然だと思っています。サラリーマンで終わろうなんて考えていません。高校生ぐらいの時に自分の人生についてだいたいの設計をするそうです。何の業種をやろうかということを高校生の時に考える。彼が高校生の時に台湾で一番盛んだった産業は靴なのです。神戸の靴がドーッと向こうに流れて、台湾が当時世界最大の靴産地でした。
 高校生は単純です。おれも靴をやりたいとなるわけです。そういう格好で彼は靴屋になることをイメージします。それで、高校を卒業してどうするかというと、それを実現するのに一番近い道ということで、靴の専門学校に入ります。偏差値で学校を選んだりはしません。3年制の靴の専門学校に入ります。そこで彼は靴のデザイン、製造技術、生産技術を学び、3年たって社会に出ます。当然靴屋に就職します。ただ、彼らは1社3年と考えています。3年以上いません。3年の間にその会社のいいところを学んで次に移っていきます。渡りなのです。
 日本も大正まではみんな渡りです。大正の初めぐらいに、さっき工作機械が生まれたと言いましたけれども、あの頃に日本は大きく変わるのです。何かというと、日清・日露の戦争に勝ったから問題なのです。勝ってしまったので、それまで欧米がなんでも技術をくれていたのですが、日本人は危ないということで少しセーブし始めました。日本は自力で近代工業化に踏み込まないといけなくなったのが大正の初めです。
 そこでいろいろなことが起こったのですが、一つは近代技術をどんどん入れなければいけないけれども、簡単に譲ってくれないという枠組みの中で、そこそこの企業は社内に養成校制度を持つわけです。学校を持って職人の養成に入るのです。この連中はお金がかかったのだから、辞められたら困るわけです。そういうことで年功制と終身雇用制をその時に導入したということですから、日本の年功制、終身雇用制は実は100年の歴史しかないということですから、そんなに古いものではありません。だから、瓦解する時は意外に早いかもしれないと思っていたほうがいいですね。
 台湾は相変わらずみんな社長になる気ですから、3年で辞めていきます。それは当然のことなのです。そうやってキャリアを高めていった時に、彼が32歳の頃ですから、96〜97年の頃でしょう。時代がぴったり合います。台湾には渡る会社がなくなったというのです。台湾の靴メーカーはみんな広州に行ってしまったのです。ですから、今や広州は世界最大の靴産地になりました。台湾国内で渡るための会社がないのです。普通、日本人ならここであきらめて転職です。
 ところが、彼はそうではありません。そうかということで、単身で広州に乗り込むわけです。ビジネスがあるところに台湾人は動くのです。32歳ですから、ぼつぼつ独立しないと時間がない。ところが、まだ全然金がありません。広州に渡って台湾系の靴メーカーに勤めても、サラリーマンではしれています。そうなるとどうなるかというと、32歳ですから、もう10年ぐらいやっていて相当キャリアを積んできましたので、広州へ渡った時は彼は従業員で入りません。顧問とか契約で入るわけです。一発当てたらおれに分け前をどれぐらいという契約で入ります。
 彼はこの数年の間に見事に二山を当てるのです。一山目は、最近見なくなったけれども、少し前までキックボードというものがあったでしょう。あれを100万個売ったというのです。もう一つは、小学生が今でも履いていますけれども、靴の底にローラーが付いていてヒューッと滑っていくものがあるじゃないですか。あれを200万個売ったのです。彼はこの二山を当てたのです。そこで分け前をもらった彼は、昨年の8月に500人規模の新工場を建てた。こういうストーリーです。台湾人の成功物語の典型です。これが典型的な台湾人の生き方であります。
 まず工場を案内してもらいました。新築のすばらしい工場です。入ってまだ4ヵ月ぐらいです。わかっていましたけれども、礼儀だから聞いてあげました。これはずいぶんお金がかかったでしょう。お金なんかかかっているわけがないのです。「いやあ」と言うわけです。当然なのです。日本人はずっと土地担保主義できたものですから、外国へ行っても最初から土地と建物は自分のものでないと不安でしょうがないのです。だから、そこでお金を使ってしまって、さあ設備という時にお金がないのです。だから、日本は海外進出というと本当に貧弱です。ところが、台湾人とか韓国人は土地・建物は最初から買うなんていう人はいません。必ず借りるのです。相当資産を形成してからやらと土地です。それが当然です。だから、土地・建物にお金を使わずに、お金はすべて設備に投入です。最初から競争力が違います。
 台湾人と韓国人はまた違います。韓国の人はどういうパターンかというと、韓国の人は山東省あたりに多いのです。だいたい古い郷鎮企業のボロボロの工場を借りるのです。倉庫を改装して、そこに家族で住んでいます。韓国人はたくましいです。日本人はとても住めません。日本人は高級ホテルか高級マンションでないと生きていけません。韓国人はボロの倉庫の内装をきれいに直して家族で住んで、子供はローカルの小学校へ入れるのです。これが基本です。ですから、そういう意味でのコストがまるで違います。
 では、台湾人はどうかというと、彼らは中国語ができますからもっと巧妙です。どういうパターンかというと、自分が欲しい工場の図面を描いて、村長を口説いて、これを建ててくれたら自分たちが借りてやるからと言うのです。村長は喜んで建てますよ。それを借りてやるのです。だから、士地・建物は全然お金がかかっていないのです。しかも、自分の思いどおりです。あとは設備をすればいいということですから、話が違うのです。
 日本人はまず土地を買って、工場を建てて、悲しいかな、そこで力尽きてしまうわけです。このあたりは日本人も発想を変えていかないと勝負にならないということを痛感します。当然、彼も村長に建てさせた工場であるということであります。
 そんなことを工場を回りながらいろいろ話して、部屋に戻って、さあ、これからじっくり話をしましょうと持ちかけたら、彼が、去年の私の活動の中では一番衝撃的な発言をしてくれたのです。何と言ったと思いますか。彼はこう言いました。「我々台湾企業の中国ビジネスはもうそろそろ終わりです」。日本人はこれからだと思っているわけでしょう。ところが、台湾人はもう終わりだと言うわけです。
 どういうことですかと聞いたら、この種の仕事はコスト的に中国ローカルに勝てなくなったというのです。どんな感じかと聞いたら、中国ローカルの連中は社長が35歳以下だそうです。学歴があり、頭がよくて、エネルギーがあって、技術もお金もあるのです。とてもじゃないけれども、我々は勝てません。日本企業は台湾企業に勝てないのですよ。とても勝てない台湾企業が、中国ローカルに勝てないと言い始めました。これは新しい現象です。日本企業はまだそう思っておりませんが、台湾企業の前線にいる人たちはそういうことを言い出したわけです。
 ローカルに勝てないというから、どういうことになっているのかということでいろいろ調べてみたら、まだ全ぼうを解明しているわけではありませんが、ある程度わかったので報告します。えらいことが起こっているのです。特に、南のほうでそういうことが起こっています。例えば、上海があります。揚子江があります。このへんを広州とします。こういう位置関係です(地図をボードに書いて説明)。これは実際にあったケースでご報告します。
 四川省があります。山奥です。どちらに行くにも2000キロです。2000キロというと札幌・沖縄ぐらいの距離があります。では、四川省の理工系の大学を出た大卒の学生は就職をどうするのでしょうか。彼らはネットで就職先を探します。ターゲットは上海か広州の外資系企業です。私の知っているある青年は、広州の日系の企業に勤めます。何をやっているところかというと、フレキシブル回路板です。いわゆるフレキです。携帯などに入っている回路板を作っている日系のメーカーです。従業員が約2000人のところに彼は就職します。よくあるタイプです。
 先程から申し上げておりますように、中国の中身は資本主義だという話をしましたが、1点だけまだ注目すべき枠組みの中で社会主義が残っているところがあるのです。何かというと、大卒の扱いです。この国は依然として学歴社会です。日本は大卒なんてただのゴミでしょう。無価値です企業の。内部で育てていくしかありません。この国は一時期、大卒が同世代の1%ぐらいでしたから、100人に1.5人ぐらいしかいませんでした。大卒は貴重品なのです。だから、大卒は組織に入った瞬間に幹部になるのです。
 最近は10%を超え始めましたので、大卒の価値はドーッと落ちているのですが、とりあえず昔風の社会主義の概念が残っておりまして、大卒は偉いのです。だから、入った瞬間に製造課長ぐらいになるのです。この国はそういう国です。これはいずれ崩れます。でも、まだ残っています。ぼつぼつ崩れるだろうと、私は楽しみに待っているのですが、そういう状況です。
 彼は課長さんみたいな形で入ってきて、いろいろな設備を見ているうちに、タッチパネルももうかりそうだと思うわけです。タッチパネルとフレキシブル回路板はある部分製造工程が一緒なのです。ですから、いま持っている設備でタッチパネルはある程度できます。もう少し追加投資すればできるので、日本人工場長に進言するわけです。「これから中国はこれをやったら絶対にもうかりますよ。中国では爆発的に売れますよ」と進言すると、工場長はどうしますか。
 そんなことは判断できないでしょう。彼はサラリーマンです。彼はフレキシブル回路板を安く、クレームが出ないように作れと言われているだけなのです。そこで新規事業を考えてやれとは言われていない。権限がありません。彼はフレキをうまく作ることだけに全力を投球するのが任務だから、若い課長からタッチパネルをやりましょうなんて言われても聞けないですよ。そういう立場ではないのです。
 これが社長なら、「そうか。市場動向の資料を持ってこい」と言って、見て、「よし、やろう」となるわけです。社長がいればそういう判断ができます。しかし、ただの従業員ではそういう判断は全くできません。それが日本の限界なのです。ですから、社長あるいは意思決定能力を持っている人間が駐在しているか、していないか。特に、中国みたいな社会はそれが非常に重要だというのはこういう点にあるのです。
 何度言ってもらちが明かないということが彼はわかります。ああ、そうか、日本の企業はこんなものかと思うわけです。日本の工場長なんて偉そうにしていたって、何も決められないんだ、こいつはということになって、自分でやることを考えます。ところが、彼は25〜26歳で、まだ全然金なんかありません。さっきローカルは金があると言ったけれども、彼にはないのです。
 そうすると、どうするかというと、特に広州周辺に顕著なのですが、このあたりには不動産でもうけたとか、何か工場をやってバカもうけしたというマル金のおじさんたちがいっぱいいるのです。日本には金持ちというのはいませんけれども、このあたりには信じられないぐらいの金持ちがいっぱいいるのです。年もみんな40歳です。40歳ですごい資産家というのはゴロゴロいるのです。彼らはお金を持て余しているわけです。そして新規の投資先を探しているのです。あのあたりにはそういう連中がいっぱいいます。特に広州には多いのです。
 ある人の紹介で彼は1人のマル金を紹介されて、連絡を取ったら、食事でもしましょうかと言われました。彼は40歳の大資産家のマル金にお会いして、2時間、食事をしながら彼のビジネスプランを語ったら、「そうか。それで金はいくらいるんだ」、その場でそういう話になったそうです。1億円かかるととりあえず言ったら、「あっ、そう。じゃあ、おれが出してやる」と言って、その場で決まりました。
 日本には今こういう話はなかなかないですね。工場を造り始めたら、最初の見通しが甘くて、実際には3億円かかったのです。困って、また彼のところに頼みに行くと、「あっ、そう」と言って、マル金をあと2人連れてきました。1人1億円ずつ3億円出してくれました。これで工場が完成しました。こういう話なのです。そういう意味でこのエリアはお金があるのです。
 その25歳の彼はいま27歳になっています。オーナーが3人います。彼は工場長です。サラリーマンなら展望がないですね。この先どうしていいか、あまりよくわからない。ところが、彼らはそういうふうになっていません。27歳の工場長とマル金たちの間で契約ができています。利益の20%は彼に行くようになっています。頑張れば頑張るほど自分にリターンがあるのです。そういう設計になっています。彼に言わせると、3年でこの工場は僕のものですと言っています。3年で初期投資は十分回収できます。だから、この工場をそのままもらい受けるか、同じ規模のものを、その事業か、また別の事業かわかりませんが、同程度の事業を3年後に彼はできるのです。
 こういう仕組みが、特に南の広東省あたりではごく普通に成立しているということです。だから、ローカルはとにかく若くて、エネルギーがあって、技術もあって、お金もある。こんな連中とではとてもじゃないけれども台湾企業は争っていけないというのが彼らの実感ということです。これが一つ。
 2番目は何かというと、この39歳の彼が何と言ったかというと、「台湾も今は日本と同じです」と言うわけです。どうしてと聞いたら、若い人が豊かになってハングリー精神がなくなった。だから、今どきこんな靴屋みたいな商売をやって1人で中国に乗り込んできて苦労するなんてやつはいないと言うのです。
 広東省はとりわけ台湾系が多いのです。1万6000件ぐらいいるのです。その全部を彼は知っているわけではないでしょうが、彼いわく、私の周りの社長たちで私より若いのはいないと言うのです。39歳の彼が見渡した限りの台湾系企業の中で一番若い。ローカルは35歳以下だ。私の後ろがいない。社長の平均年齢が60歳近くになってきた。これではこの先戦えないというのが彼の実感なのです。台湾企業はそういう受け止め方をしているということであります。
 そこで、始めたばかりでそんなことを言ってどうするのと言ったら、彼はこう言いました。この事業を続けている限り、ベトナムかインドネシアの奥に行かないとたぶんだめだろうというのです。台湾企業はそういう認識の仕方をしているということであります。そこで、彼にもう1回聞きました。だいたい南の広東省の事情はわかった。台湾系はこのゾーンと、もう一つのゾーンである蘇州に多く居るのです。
5. 蘇州の現況について
 蘇州はノートパソコン、携帯電話、半導体系です。それ以外が全部こちらと思っていいのです。ですから、日用雑貨から家電、音響、ITでもデスクトップパソコン以下プリンタなどの周辺装置は全部こちらです。たぶんいま蘇州が一番にぎやかです。圧倒的な動きになっています。そこで39歳の彼に、「南のほうの事情はわかったけれども、こっちはどうだ」と聞いたら、「あっちはまだ若いのがいる。でも、置かれている構図は同じでしょうね」と言っていました。
 それを聞いて、こっちもやる気が出て、それ以後、今度は蘇州通いです。毎月蘇州通いです。このあたりはすごいですね。頭が痛くなります。いま世界で一番熱気のある場所はたぶん蘇州だろうと思います。上海、蘇州、無錫と続きます。ここに太湖という大きな湖があります。太湖というのは琵琶湖の4倍だそうです。こちら側に行くと杭州があります。このゾーンのことを長江デルタと言います。三角州です。山がほとんどない、ほとんど平らです。水の不安が全くありません。
 結局、都市のサイズは最後は水で決まります。例えば、福岡などはあれ以上人口が増えようがないでしょう。中国でも北京はあれ以上無理なのです。あそこは水がありませんから、あれ以上の規模の都市になり得ないのです。大連ももうだめです。あそこも半島ですから水がない。ここはどうですか。三角州ですから、掘ればすぐ水です。水の上に乗っているようなところですから、水の限界がない場所です。これで上海・無錫が約180キロ、上海・杭州が200キロですから、ほぼ200キロ近くほとんど平ら、しかも水の不安がないという世界でも例のない環境です。どれだけの都市になるか、だれも想像がつかないと言われています。
 私は92年から97年ぐらいはこのゾーンをフィールドにしていまして、このゾーンを根こそぎ調査しました。徹底して5年かけてやりました。90年代の長江デルタの証言は中国にもありませんから、私のやった仕事がたぶん歴史に残るだろうと実感しています。600ページの本を3冊出しました。3年で1500〜1600ページでありまして、たぶんこれは90年代のこのエリアを語る唯一の証言ということで、100年後に意味が出てくるのではないかと勝手に思っています。それだけの仕事をやりますと、普通は少なくとも20〜30年は放っておいていいのです。だから、ほかのところでやっていまして、ここは横目で眺めて、たまに見に行くだけで、あまり本気でやっていなかったのです。
 そうしたら、02年ぐらいからいろいろな情報が来るわけです。私のところには多方面の情報が来ますけれども、このエリアの情報が来るわけです。どういう情報かというと、ここに呉江(ウージャン)という場所がありまして、ここに台湾勢が大集積を始めたという情報です。規模が違うという話が多方面から来るわけです。
 先程、私はこのエリアは全部やってきたと申し上げましたけれども、一つうそがありまして、実は呉江だけやっていなかったのです。当時、90年代に呉江をやろうと思ったら、やっても意味がないと関係者がみんな言うのです。ここは何もないですよ、あんなところに行ってもしょうがないですよと言われました。もう一つ言われたのは、呉江というのは上海の金持ちの墓地があるところだよというのです。太湖があるから、ここはどん詰まりなのです。一番辺境なのです。だれも行かないところだから、先生も行く必要はないと言われたわけです。人の意見を聞いてはいけませんね。いちおう見ておくべきだったと、いま後悔しています。実は、90年代にここへ行ったことがないのです。
 ところが、02年ぐらいから大集積だという話になってきて、これは行かなければいけないなと思っても、ほかも忙しくてなかなか計画できないということで、実は02年の9月にほかの案件でこの辺にいたので、日曜日に次のテーマの偵察ということで行ってきました。我々はほとんど観光はしません。休日は次のテーマの偵察に行きます。
 そういうことでこの9月に行きました。ここまで国道で2時間半かかりました。そのエリアに入ったら、明らかに台湾企業ばかりなのです。日曜日ですからやっていませんけれども、台湾企業とわかります。どうやってわかるかわかりますか。簡単です。工場に国旗が立ってないのです。要するに、中国国内で台湾の旗を揚げられませんから、国旗のない工場です。これだけで台湾とすぐわかります。
 そのエリアは全部台湾です。中にはどう見ても100ヘクタールを超えているものがあります。100ヘクタールといったら、日本だと工業団地で、ここに50〜60社いるわけでしょう。ところが、1社100ヘクタールを超えているのがいくつもあるのです。とりわけ目を引いたのが華宇という会社です。横文字でいくとARIMAという台湾系の会社で、ノートパソコンと携帯を組み立てるEMS企業でした。これはどう見ても100ヘクタールどころではないのです。あとでわかりましたけれども、そこは165ヘクタールありました。
 鉄鋼メーカーとか化学のコンビナートならこんなのはいくらでもあります。例えば、水島の川鉄などは1600ヘクタールぐらいありますから、1社でこの10倍あります。鉄やああいうものは別格です。電気の組み立て屋さんでこんなのはないですよ。いま唯一の日本の希望の星である三重県の亀山のシャープの液晶の工場は33ヘクタールです。電気系で100ヘクタールなんていうのは日本では考えられない規模です。こういう工場があるのです。
 このARIMAさんにその後行きました。いま何人いるのかと聞きましたら、1期工事で7000人いるというのです。完成した暁にはどれぐらいになるのかと聞いたら、6万人と言っていました。6万人の組み立て工場が形成される。6万人というのはイメージが立ちませんね。しかし、いま台湾系で6万人の工場が中国にはいくつもあるのです。いま台湾のトップ企業のホンハイというコネクタメーカーがあるでしょう。あれは崑山と深に6万人の工場を一つずつ持っています。6万人の工場があるのです。ここも6万人になるのでしょう。
 私の知る限り、中国に出ている日系の単体の工場で一番人数が多いのは東莞のTDKでしょう。これは2万3000人ぐらいです。2交替ですから、常に半分が働いています。たぶんこれが日系で一番大きいのではないかと思って見ています。例えば、マブチは全体で5万人ぐらいいますけれども、工場はずいぶん分かれていますから、一つの工場はせいぜい1万人ぐらいです。ですから、6万人の工場というのは日本ではちょっと考えにくいのです。
 余分な話なのですが、世界のノートパソコンブランドがあります。HPとかデルとかIBM、富士通、NEC、いっぱいあるでしょう。ああいうメーカーで自分で造っているのは今や富士通と東芝しかありません。松下は一部造っていますけれども、本格的に自前でやっているのは国内では富士通の島根工場だけです。東芝も杭州に全部移管していますが、ダイナブック以来の伝統があるから離せないと言って頑張っています。
 世界の潮流はノートや携帯は台湾系に全部任せるのが一般的です。絶対に安いです。ですから、デルもヒューレット・パッカードもIBMも今や全部台湾系です。IBMも少し前まではソレクトロンだったのですが、今年の春から台湾系に変わりました。今やノートパソコンをやっている95%ぐらいが台湾系です。その台湾系の主要メーカーはいま全部蘇州にいます。ですから、現時点ではたぶんノートパソコンの世界の半分がこのエリアから、しかも台湾系が作って出しています。あと2年以内に世界の8割はここになるだろう。それも全部台湾系になるだろうという流れなのです。すさまじい限りです。
 具体的な例を申し上げると、昨年NECが自前のノートパソコンと携帯の工場をこのエリアに造ろうと思ったのです。あのへんの情報を教えてくれというから、私は呼ばれてある程度の話をして、おたくはこのARIMAに少し資本を出しているでしょう。1回見に行ったらどうですか。役員の皆さんは行ったことがないでしょう。1回行ったらどうですか。それから決めても遅くないですよと言ったら、西垣社長自ら行かれまして、ここを訪問して、工場を2時間視察して、応接に戻って座った瞬間に、うちは止めた、全部任せる。それで終わりです。NECは全部ARIMAに任せています。
 そういうことで大変なことになっています。これをはじめとして、いまノートパソコンは台湾系が、世界の10社と言われています。そのうちの9社が蘇州から呉江のこのエリアにいるということになっています。今このエリアに台湾系が4000社集積しているそうです。ノートパソコンに収れんする加工屋さんを含めて4000社の大集積を形成しているということです。一部の特殊な部品を除くと1時間圏内ですべて部品調達可能という集積がわずか2年でできたのです。たったの2年です。
 02年から始まったと言われていますから、2年でこれだけのことが起こってしまったということを日本側にはほとんど知らされていません。だれもわからない。私もやっと02年の9月に行って、えーっ、こんなことになっているのかということを知って、そこから掘り込んで、この1年ぐらい徹底的にやってきたのですが、そういう調子でした。
 そういうことで、やりながらどうしても会いたい人がいました。だれに会いたいかというと、蘇州台商協会というのがあります。この台商協会はどういうものかというと、中国にも日本人商工クラブとか日本商工会とかいっぱいありますが、これとは違うのです。日本の企業の場合、問題に遭遇した時に大使館、領事館に駆け込めば何とかなるじゃないですか。結論はわかりませんが、泣きつく相手はいるわけです。ところが、中国と台湾には国交がありませんから、大使館や領事館はありません。だから、台湾企業が中国で問題に直面した時に中国の中で文句を言える相手がいないのです。
6. 台商協会の働きと今後の見通しについて
 そういうことを中国側も配慮しまして、一つの都市に50社以上の台湾系企業がいる場合には、台商協会をつくってもいいと認めています。聞くたびに増えるのですが、03年末でそれが全国72と言っていました。今はもっと増えていると思います。当然蘇州は4000もいるわけですから、蘇州台商協会という大変なものがあるということで、ここの親玉のお話が一番いいだろうということです。進出企業の偉い人がその協会のヘッドになっています。この人をつかまえて聞くのが一番いいだろうということで、やっとつかまえた、なかなかいい人で食事までおごってもらって話を聞きました。
 いろいろな話を聞く中で、まずさっきの靴屋のおにいさんの話をしました。広東省では我々の中国事業は終わりだと言っていますけれども、こちらのほうはどうですかと聞いたら、「同じだよ。我々はあと2年だと思っている」と言うのです。「こんなに大投資をしているのに2年ですか」と言ったら、「そうですよ。ローカルに確実にやられる。背中に足音がひたひたと押し迫ってきている。あと2年しか時間はない」と言っているわけです。大投資をしているのです。そんなことを日系の企業はだれも考えていませんが、台湾勢はそう思っているのです。
 ところで、南の靴屋のにいちゃんは、そういう事態に対してベトナムかインドネシアに逃げるしかないと言っていたけれども、あなたたちは一体どうするのですか。見渡す限り台湾の企業ですからね。こんなに大投資をしていて、あなたたちはどうするのかと言ったら、何と言ったと思いますか。我々は中国企業になるしかないと思っていると言うのです。最近、よく現地化という話がありますが、現地化なんていうものではありません。我々自身が中国企業にならない限り、中国ローカルとは平手では競争できないと考えていると言うのです。
 そうですか。我々はせいぜい現地化をどうするかなんて低次元の話をしているところなのに、そうではなくて中国企業そのものになる。どうやってなるのかと聞いたら、あと2年の間にいろいろ考えるけれども、一つだけわかっているパターンがあります。それは中国で上場してしまうことだと言うのです。上場して、中国の普通の人の資本を入れていくということで、中国企業にならないとローカルとは戦えません。これは一つの手だ。ほかにもいろいろあるだろう。これから2年ぐらい考えながらいろいろな手を考えていきたいと言っています。
 悲しいかな、日本企業でそこまでの認識に至っている企業はゼロです。実感しているところがありません。ところが、台湾勢はそこまで来ているということでありました。ですから、日本企業より5年から10年先を行っているのではないかと思わざるを得ないということです。
 そこで、そのおじさんの話をいろいろ聞いて、たいへん貴重な経験になったのですが、皆さんの中でも蘇州に行かれた方がいらっしゃるかもしれせん。あるいは、仕事をされている方もいらっしゃるかもしれません。そういう人に共通する反応は、台湾企業はなぜあんなに金があるのかということです。わからない。バカでかいのです。規模が違う。ですから、世界的に無名な会社が日に日に大きくなるのです。
 その間に日系の世界的に有名な会社があるのですが、3年たっても全然変わらないのです。台湾企業なんて3年もたったら10倍になっています。世界的に著明な日本企業の工場の10倍ぐらいに一瞬にしてなります。日本人たちが行っていて、どうして台湾勢はあんなになるのかなとみんなが言うのです。その台湾勢が参っているというわけだからすごい話なのですが、なぜあんなに大きくなるのかという話が非常に重要でして、逆になぜ日本はだめなのかということだと思います。
 幸いなことに私の大学院の研究室には日本人は2人しかいないのですが、台湾、中国、韓国、マレーシア、ウズベキスタンとかいっぱいいるわけです。ですから、東アジアのいろいろな情報を取るのにすごく便利です。ある時、この種の問題を話題にしまして、諸君がいま1000万円もらったとしたらどうするかと聞きました。きみたちはもちろん住宅ローンはない、何もないというところに1000万円ポンと来た。きみたちはどうするかと各国の学生に聞くと、やはり返事は違います。
 日本人は何と言うと思いますか。半分は銀行に貯金すると言うのです。残りの半分で株を買うと言うのです。台湾と香港の学生はほとんど同じ意見でした。日本人というのはすぐ貯金しますね」「きみたちは貯金しないの」と言ったら、「いや、貯金なんかしません」「台湾の預金金利はどれぐらいなの」と聞いたら、5%ぐらいだと言うのです。日本と比べるとはるかにいいでしょう。
 日本はゼロです。1回夕方に引き出して手数料を取られたら1年分の金利がなくなるというひどい話です。5%というと、日本も15年ぐらい前にありましたが、今では夢のような金利です。台湾の人はこんな金利ではだれも預金しないそうです。イメージしているリターンはどれぐらいかと聞いたら、最低15〜30%、つまりお金は最低1年間で15%の果実を生む。普通3割ぐらいでなければ意味がありません。だから、銀行預金などする人はいないのです。(中略)
 そのお金はどうするのかというと、いろいろなパターンがあります。一つは、友人や親せきから集めます。だから我々はこれを友人キャピタルとか親せきキャピタルと言っています。そこからお金を集めて投入するのです。その時に、15%は絶対に保証する。友達との約束だから絶対に守ります。友達に、15%は必ず返すと言っているからいいかげんなことはできません。かえってそういうプレッシャーもかかるのです。最低15%のリターンを取るぞということで頑張ります。
 そういうことをやって3年目には1万人になるのです。その時は投資をどうするのか。もう友人、親せきでは足りないでしょう。こういう時のパターンとして、この台湾企業は台湾で上場して、金集めをして、それを投入して1万人規模にする。当然友達からも集めるというのです。
 もう一つあると言うのです。それは何かというと、バージン諸島とかフィジーとかタックスヘブンの国があるじゃないですか。ああいうところにまず投資会社をつくります。そこにネットとかいろいろな関係で15%保証するからそこに振り込んでくれというと、友人もそうでしょうけれど、もっと広い範囲で台湾からそこに投資してくるものがいます。それを背中にしょってドカンと投資をするのです。
 日本とは仕組みが違う。日本人は平行移動で、金が全然動きません。しかも、最初から土地・建物を買っていくから身動き取れずに塩漬けのままということですけれども、台湾企業はガンガンやってしまうというスキームになっているのです。
 心配なのは、タックスヘブンの国から投資していますと、リターンはここに来るわけです。ここから台湾に持ち込んだ時には当然課税されるという問題があります。それはどうなのかと聞くと、「えっ、先生、なぜそんなことを言うの」と言うから、「普通そう考えるけど」と言うと、「金なんかどこにあってもいいじゃないか。別に台湾に持ち込む必要はない。そんなことは考えたこともない」と言われて終わりということです。
 このフレキシブルな仕組みからすると、本当に日本はまじめすぎて、自分で自分の足を縛っている感じで少しも大きくならない。10年前は同じような会社が並んでいたのに、10年たったら日本は少しも大きくなっていないけれども、両脇の台湾企業はみんな10倍になっているということを、行かれると痛感します。
 あのへんに出られている日系企業の日本人は、どうしてなんだろうな、世界的に見ればうちの会社のほうが有名だけど、全然迫力が違うんだよ、どうしていいかわからない。それはあなたが日本人だからわからないのですと言うしかありませんが、これが今の中国における日本企業の位置ではないかということで、さてどうするものやらということを日に日に感じているところであります。
 いちおう3時50分ぐらいまでというお話でしたので、ご質問があればあとの交流会の時にでも出していただければと思います。一つぐらい記憶に残りましたか。大丈夫ですか。
 どうもご清聴ありがとうございます。
関満博(せき みつひろ)
1948年生まれ。
成城大学大学院修了。
専修大学助教授を経て現在、一橋大学大学院商学研究科教授。
 
 
 
 
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