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1995/03/08 産経新聞朝刊
【主張】気がかりな中国の軍拡路線
 
 中国の全国人民代表大会(全人代、国会に相当)の第八期第三回会議が行われている。政府活動報告、予算報告の発表が終わった時点で見る限り、予想された通りの進行である。予想通りとは安定成長と国内引き締め、軍備増強の路線である。
 全人代は昨年初めて安定成長を打ち出したが、今年はそれに一段と拍車がかかり、今やトウ小平氏が掲げた高度経済成長路線の旗が完全に降ろされたことは明らかだ。これはトウ氏の肉体的衰えのみならず、政治的衰弱をもはっきりと物語るものであり、同時に保守派の存在感がいよいよ増してきたことを示す。言い換えれば中国は事実上、トウ氏なき過渡期の時代に入ったのである。
 インフレの抑制や腐敗の追放など安定成長路線の選択は、第一義的には政治的混乱を恐れる中国の内なる事情によるが、それ自体は国際的にも悪いことではない。文化大革命が端的に物語るように、中国には流血の事態を招いて初めてブレーキのかかる歴史がある。行き過ぎた経済過熱路線は必ずや破たんし、中国が大国であるだけに外界に及ぼす弊害も決して小さくないからである。
 とはいえ、気掛かりな点も指摘しなければならない。それは国防費が七年連続二ケタ増を記録し、二年連続で二〇%を超えたこと、さらに海軍力の増強に関連して「海洋権益の保持」を明確に打ち出したことである。九三年に石油輸入国に転落し、今後エネルギー需要のひっ迫が予想される中国にとって、そこには海上防衛以上の戦略的な意味合いもある。今後もスプラトリー(中国名・南沙)諸島をめぐる周辺国とのあつれきに対して中国が強硬姿勢で臨む決意が読み取れる。それは中国との間で尖閣列島領有をめぐる食い違いを抱える日本にとっても示唆的である。
 海外の民主活動家はポスト・トウ小平時代の中国において新保守主義の流れを受けて軍が力を増す新ファシズムが台頭すると警告し、その基盤の一つとして民族主義を挙げた。
 共産党の一党独裁下にあるものの、中国でもイデオロギーとしての共産主義は経済の改革・開放のダイナミズムにのみ込まれつつある。しかし十二億からの民をまとめて行く求心力をどこかに求めなければ統一を維持していくことは困難だ。カリスマ的指導者が不在となればなおさらであろう。海洋権益の保持がこうした危険な民族主義台頭の前兆ではないかという懸念が払拭(ふっしょく)されないのである。
 
 
 
 
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