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1997/09/21 読売新聞朝刊
[社説]「難しい」時代を迎える中国
 
 中国を支配する中国共産党の五年に一度の党大会が終わった。
 「改革・開放の総設計師」とされたトウ小平氏の死去後最初の党大会だったが、「中国の特色ある社会主義」の所有制にかかわる「公有制」を柔軟に定義し、株式制の本格導入による国有企業改革の推進を打ち出したことで歴史に記憶されるだろう。
 「社会主義初級段階」論、「社会主義市場経済」論をそれぞれ打ち出した過去二回の党大会に続き、「社会主義」の看板を維持したまま、市場経済化、資本主義経済化の歩みをさらに一段階進めたと言える。
 新しい中央委員会と政治局などの指導部人事も全体として、この路線に沿ったものとなった。
 党の実質的最高指導部と言える政治局常務委員会から、序列三位の喬石・全国人民代表大会常務委員長と軍代表の劉華清・中央軍事委副主席が退き、喬石氏に近い尉健行・中央規律検査委書記と貿易問題に精通する李嵐清・副首相が入った。
 序列五位で、経済運営の手腕に定評のある朱鎔基・副首相は江沢民・総書記、李鵬・首相に続く序列三位となった。来年三月に全人代常務委員長に移る李首相の後任となるのが確実だ。
 政治局員では、賈慶林・北京市党委書記など、省、市レベルの経済通の若手実務家の登用が目立つ。国有企業担当の呉邦国・副首相は再任されている。中央委員や中央委員候補に、銀行や大型国有企業の幹部数人が選ばれたのも異例である。
 一連の人事は株式制の本格導入をはじめさらなる市場経済化に向け、また、国際経済との関係を重視するシフトと言える。
 江氏より中央での党歴も長く、いわば煙たい存在で、ライバルでもあった喬氏が政治局常務委員会から退いたことが、党内情勢にどんな影響を与えるのか、不透明な部分もあるが、どちらかと言えば、江氏の政治基盤が強化されたとみてよいだろう。
 江沢民氏を中心とする指導部は、トウ氏の死去、香港回復に続き、党大会もとにかく乗り切った。
 だが、これで江体制が安泰で、中国が安定的に富強路線を歩むことが保証されたとは言えないだろう。
 株式制の本格導入はリストラなどの痛みを伴うし、企業内の党の影響力を薄める側面もあるだろう。
 それを覚悟で導入を打ち出し、公有制の解釈をめぐる批判を抑えられたのも国有企業の危機的状況があったからだろうが、やはり、この国有企業改革の成否が、中国社会の安定を左右するカギとなるだろう。新指導部の力量が問われるところだ。
 ほかにも、所得格差、地域格差、腐敗・汚職、少数民族問題などの難題も山積している。政治改革が進まないことへの国民の不満にどう対処するか。
 市場経済化の加速という背景の前で、一党独裁体制の矛盾をはじめ、さまざまな問題が新しい相貌(そうぼう)をみせてきているのではないだろうか。中国は、新たな「難しい」時代を迎えつつあるように思われる。
 
 
 
 
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