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図1 油膜厚さ実船計測対象機関「12K90MC」
 
図2 計測対象機関搭載船「NYK CASTOR」
 
SR801「大口径機関の信頼性向上と運航経費削減の研究」
要約
Ship Research Panel 801
Research for improving reliability and reducing operational cost for large bore marine diesel engine
Summary
 It has become evident that many of the trouble with a large two-stroke marine diesel engine are attributed to piston rings, cylinder liners and lubricants of them.
 Piston rings and cylinder liners (abbreviated as the ring and liner hereafter) are lubricated with cylinder oil supplied through the oil-hole in the sliding surface of the liner.
 For the cylinder oil, special oil is used, since it is exposed to severe high temperature conditions. The cost of cylinder oil is so high that the supply of cylinder oil in large quantity will lead to an increase in the operational costs of ships.
 In order to keep a good balance between the reliability of a large two-stroke marine diesel engine and a reduction in operational costs, therefore, it is necessary to obtain the optimal conditions where the ring and the liner can be lubricated well without supplying more cylinder oil than enough.
 This study demonstrates the lubricant's behaviors in a cylinder, which are the most critical subject for the current large two-stroke marine diesel engine, by means of simulations and the special measurement of an actual diesel engine, with the aim of overwhelmingly differentiating our diesel engines from the foreign products by assuring the on-time performance of ships, improving the long-term reliability and drastically reducing the consumption of cylinder oil.
 
1. 研究の目的
 現在の舶用大型2サイクルディーゼル機関の最重要課題であるシリンダ内での潤滑油の挙動をシミュレーション及び実際のディーゼル機関における特殊な計測により明らかにし、船舶の定時運航性の確保、長期信頼性の向上、シリンダ潤滑油消費の大幅低減により他国製機関との間に圧倒的差別化を図ることを目的とする。
 
2. 研究の目標とその達成度
 実際に運航している大口径機関の油膜厚さの計測結果および計算結果をもとに、大口径機関のリング・ライナの潤滑状態を評価し、最適な設計、製造、潤滑、運航、保守技術の改善を提言する。以上の成果を利用することによって、潤滑油消費量を現状の1.5〜1.2g/PShから0.7g/PShへの低減の目処付けを行う。
 
目標の達成度
(1)潤滑油注油量の節減(現行1.2g/PSh→0.7g/PShに低減)
 目標である注油率0.7g/PShは、実船計測および計算の両面から実現可能であることを確認した。また、油膜形成メカニズムを把握することが出来た。
(2)運航経費の節減(年間あたりの節減可能推定経費)
 以下の条件にて試算した結果、約5,000〜7,000万円の運航経費節減効果が期待される。
・出力 :70,000PS
・平均負荷 :85%
・年間運航時間 :8,000h
・比重 :0.86kg/litter
・潤滑油価格 :200円/litter
(1)1.2g/PSh→0.7g/PSh(Δ0.5g/PSh)に低減した場合、約5,540万円/年
(2)0.7g/PShに低減後、更に常用負荷域(運航時間の75%)において0.5g/PShに低減した場合、約7,200万円/年
 常用負荷域は油膜が安定しており、更なる低減の可能性があり、0.5g/PShまで低減した場合、常用負荷域は全体の約75%割合を占めており、更なる低減代約1,660万円/年、即ちトータル額約7,200万円/年の低減となる。
 
3. 研究内容
(1)シリンダ潤滑油のパラメータスタディの研究
 3次元油膜挙動を計算可能なシミュレータにて、注油率、注油方法及びリング・ライナ仕様等をパラメータに油膜形成に有利な仕様につき検討を実施する。また、試験装置及び試験機関のシリンダ油挙動を3次元油膜挙動シミュレータにて計算し、結果の妥当性確認とともに精度向上を図る。更に実船条件での計算結果と計測結果との対比をベースに油膜形成メカニズムについて検討し、注油率0.7g/PSh達成の可能性について評価を実施する。
(2)大型機関運転中のライナ変形、油膜厚さ計測
 ライナの変形はリングとライナの位置関係を変化させるため、油膜形成に影響を及ぼすと考えられる。ライナの変形を大口径機関で測定し、FEMによる計算結果と合致するかどうかを調べる。
 大型機関運転中のシリンダ油挙動を把握するために、油膜厚さ計測を中心とした計測・評価システムを構築し、試験機関にて作動確認及び妥当性検証を実施する。また、本計測システムを用いて大口径機関を搭載した実船上で計測を実施し、かつ諸条件(注油率、注油方法、海象等)との関連性について考察し、注油率0.7g/PShで安全運航が可能であるか評価を実施する。
(3)事故統計分析
 過去の事故統計を分析し、影響因子のリストアップを行い、諸因子の発生頻度、重要度を明確にする。また、具体的な損傷事例を基に、損傷発生までの経緯、損傷状況、原因推定、対策等について調査を行う。
 
4. 得られた成果
 大口径機関を搭載した実船を対象とした油膜厚さに着目した計測及びシミュレーションより得られた成果を下記にまとめる。
(1)ライナ変形の影響
 大口径機関のシリンダライナ変形を陸上設置の発電用実機で計測した。
 この結果、変形はほぼ計算値と合致すること、熱による変形が大きいこと、油膜に与える影響は小さいことなどが明らかとなった。
(2)注油率
 注油率が、0.7g/PSh〜1.2g/PShの範囲において、油膜厚さに与える影響は小さい。
(3)計測方法
 油膜厚さの計測は、計測センサとのなじみ、油膜の安定性の関係から1500h以降が望しい。但し、センサの製作・組付け精度・錬度の向上、センサ組付け後のホーニング仕上げ、等の対策を行えば、さらに早い時期から精度の良い計測が可能になることが予想される。
(4)ALPHA、SIP、従来型の注油方法の差
 SIP、従来型については油膜厚さは十分に確保されている。また、注油率の変更によって影響を受けているようには見えない。ALPHAについては、注油率減で油膜減になる箇所が一部見られる。しかし元々の油膜厚さが若干厚いので、SIP、従来型と同様に、その影響度は低いといえる。
(5)シリンダ・ドレン分析結果
・鉄分含有量は注油量と反比例する傾向にある。
・補正鉄分(鉄分含有量×注油率)は、出港時と低速航行時(スエズ通過時)に上昇しやすい。
・補正鉄分はエンジン全体で同じように変化する傾向にある。
(6)摺動状態
 計測シリンダのシリンダ・コンディションは、注油方法、注油率に関わらず良好であった。また、リングの溶射皮膜計測、ライナの内径計測の結果からも良好な摺動状況が確認された。
(7)特殊海域の油膜の変化
・荒天時(風力階級8):負荷変化、ライナの温度変化に対し、油膜の変動が見られた。
・エルベ川、スエズ、出・入港時:油膜厚さは回転数に影響を受けている。
多くのセンサにおいて回転数を下げると油膜は薄くなる。ただし、注油孔付近では逆の現象が起っている。
・出港の増速後、油膜厚さは一時的に厚くなる。
(8)リング間圧力との相関
 4ヶ月間の計測で、リング間圧力とライナ温度と最小油膜厚さ(以下MOFT)に相関がある箇所がまれに見られた。なお、リング間圧力とMOFTとの相関は#4リングにおいて顕著である。
(9)リング合口の検知
 MOFTによりリングの合口は検知することが可能である。それによるとリングは必ずしも規則的に回転していない。また、リング合口の位置によってライナの温度は影響を受けている。
(10)計算値と計測値の比較
 3次元油膜挙動シミュレータを用いて実船条件(回転数、ライナ温度等)での油膜挙動計算を実施した結果、計測された油膜厚さと計算値とが概ね一致することを確認した。
(11)注油量
 従来注油による1.22g/PShと従来注油の0.78g/PSh、ALPHA注油の0.7g/PSh、SIP注油の0.7g/PShについて潤滑性能を評価した結果、ALPHA注油とSIP注油の0.7g/PShでは注油の1.22g/PShよりもライナの摺動面に掻き残される潤滑寄与分が多くなる(約2倍)ことが分かった。その結果、潤滑油膜が蒸発や燃焼によって破断した場合や潤滑油が劣化した場合でも、ALPHA注油とSIP注油では従来注油よりも同等以上の油膜形成能力と潤滑油の入れ替わり効率を持ち、0.7g/PShでも潤滑性を損なわれないと考えられる。
 
5. 成果の活用法等
 上記得られた成果の活用法について下記にまとめる。
(1)リング・ライナ状況のセンシング技術について
 リング・ライナ間の油膜厚さのモニタリングについては技術的には可能であるが、当初期待していた「注油率低減の目安」、「最適注油状態の維持」のモニタリングとして使用することは難しいといえる。何故なら、両者(注油率、注油方法)の変化に油膜厚さがあまり追従しないからである。但し、リング間差圧、ライナ温度及び油膜厚さの3つの間には相関関係が見られるため、これらの応用によりリング・ライナ状況のセンシング技術構築の期待が持てる。
(2)実船での油膜挙動予測について
 計測値と計算値が概ね一致することより、3次元油膜挙動シミュレーションは実船条件における油膜厚さに着目した潤滑特性予測に適用可能であると考えられる。
(3)更なる注油率低減の可能性について
 本研究を通じて、目標である注油率0.7g/PShは実船計測及び計算の両面から実現可能であることを確認した。また、油膜形成メカニズムを把握することが出来た。実船計測結果と油膜挙動シミュレーション検討結果より考慮すれば、注油率を更に低減できる可能性があり、実現するためには更に以下の技術的進歩が必要である。
 
(1)油膜形成面だけに着目すれば、理論上約0.3g/PShレベルまでのポテンシャルを有する。但し、実船のリング・ライナ挙動を考えた場合には、上記油膜形成面に加えて、中和性、清浄分散性の考慮が必要であり、これらを総合的に潤滑性能として成立させる必要がある。
(2)電子制御による注油量調整の可変性向上、並びに低負荷時の燃焼改善。
(3)CPP(Controllable Propeller Pitch)適用による定回転数制御で低回転数域を回避。
(4)荒天時に於いては、燃焼安定性を図る為のポンプラックのリミッタの活用。
 
 本成果報告書は日本財団の助成事業として、日本造船研究協会第801研究部会「大口径機関の信頼性向上と運航経費削減の研究」において、平成14年度から平成16年度の3ヵ年計画で実施した研究成果を取りまとめたものである。
 
第801研究部会委員名簿
(敬称略、順不同)
部会長 岡實(日本海事協会)
代表幹事 大谷武己(三菱重工業)
副代表幹事 田中正紀(三井造船)
委員 稲住元気(三井造船) 鍵本良実(三菱重工業)
黒瀬康弘(商船三井) 佐々木千一(日本海事協会)
阪口勝彦(三菱重工業) 関昌芳(川崎汽船)
田山経二郎(日本内燃機関連合会) 古澤博司(日本郵船)
前委員 岡部雅彦(三菱重工業) 岡山透(日本海事協会)
川嶋民夫(日本郵船) 田中孝雄(三井造船)
古野啓二(三菱重工業) 村上喜光(川崎汽船)
討議参加者 宇佐美俊(商船三井) 加藤直也(三菱重工業)
小林正和(商船三井) 中山真実(商船三井)
西田英朗(三菱重工業) 文挟克実(日本郵船)
三井田靖央(川崎汽船)
事務局 横山勲(日本造船研究協会) 村上好男(日本造船研究協会)







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