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意識までも不安にする
 リスク化、二極化の影響は、生活状況を不安定化させるにとどまらない。人々の社会意識までも不安定なものにするのである。高度成長期から1990年頃までの社会では、生活基盤が安定しており、予測可能性が高く、生活目標が明らかであり、かつ、ほとんどの人がその目標に到達可能であった。だから、多くの人々は、「希望」をもてた。それゆえ、日本社会は、1990年代半ばまでは、犯罪率が極めて低かったのである。
 しかし、社会がリスク化し、二極化が明白になってくると、人々は、将来の生活破綻や、生活水準低下の不安をもつようになる。すると、多くの人々が、苦労しても報われない、よりよい生活を求めて努力しても無駄であると諦めはじめる。希望の喪失による、やる気の放棄である。そしてリスクフルな現実からの逃走が始まる。こうして「量的格差(経済的格差)」は「質的格差(職種やライフスタイルの格差、ステイタスの格差)」を生み、そこから「心理的格差(希望の格差)」につながるのである。特に、時代変化に敏感で、不安定化の影響を真っ先に受けている若者たちの中には、未来に対する不信感、そして、将来の自分の人生に対する絶望感にとらわれるものも多くなる。
 ここ数年、増大するフリーターにインタビューやアンケート調査を行った結果からみると、「将来の不安におびえているが、その不安を感じないために、実現可能性のない夢にすがっている」という姿が見えてくる。その結果、ひとつ歯車が狂うと、やけになって異常な行動を起こしたり、将来を考えることなく享楽的になったり、引きこもったりする若者、青少年がこの時期から増え始めている。
 こうした流れは、一時的な現象ではない。それは、世界史的転換期の一環として生じているものである。経済の分野ではグローバリーゼーション化が進み、モノ、カネ、ヒトの国際移動が活発化し、情報社会が世界をリードしている。
 同じ不安定な状況でも、高度成長期のように少し努力すれば安定した生活(職業、結婚)が描ける状況と、現代日本のように、努力してもしなくても、この先、一生不安定な状態が続くと見込まれる状況では、若者に与える心理的影響が異なってくる。一昔前、社会は時代と共に進歩し、未来の生活は今より豊かになるという神話が信じられていた。そんな時代には、青年は、「集団的に」社会革新の担い手であると評価することが可能だった。
 しかし日本は、1990年代からはゼロ成長といってもよい状況である。社会が全体的に発展しないということになると、若者の革新的価値は低下し、これから社会に出て行く若者たちの存在意義が失われていく。この状況では若者たちが「将来の希望」をもちにくい。「社会意識」というのは、かなりの程度経済・社会的状況の反映である。特にこれから社会に参加しようという若者にあってはなおさらである。
 社会心理学者のランドルフ・ネッセは「希望(hope)という感情は、努力が報われるという見通しがある時に生じる」と述べている。希望とは、心が未来に向かい、現在の行動とつながっている時に生じる感情と言えよう。そして、希望をもつ人が多い社会は、発展し、活力がみなぎるだろう。一方、絶望する人が多い社会は、停滞し、堕落し、「社会秩序」が保てなくなるだろう。
 
 
若年層の無業者数
総務省統計局『労働力調査(詳細集計)』(労働経済白書より)
 
フリーターのままでも安定できるシステムを
山田昌弘氏に聞く
(東京学芸大学教授)
 
 青年をサポートする団体や組織は彼らをどう支援すればよいのでしょうか?
山田 今、多くの若者にとって希望が持てない社会となっています。がんばって学校に入ってそこそこ勉強して卒業した。でも、正社員になれない。専門学校に行っても全員が学んだ専門を生かせる職に就けない。教育だけして後は知らない、という社会は若者の多くを絶望に追い込みます。すべての人が正社員になるというのは不可能。そういう時代になったという現実をまず受け止めるところから出発しなければならない。フリーターではあるが、そこそこの収入とそこそこの将来が保証されているというシステムをつくっていくことです。
 よく「青年の居場所を」と言うが、居ればいいというものではない。若者が求めているのは回りがきちんと自分の活動を認めてくれているということです。「ニート」と呼ばれる人たちもそうですが、やったことが評価されない状態に置かれると引きこもりますよ。そこで、彼らを対象に数ヶ月間「頑張れ」と鍛え直す研修をする。その後に、さあ社会に出ましょうとやる。でも個人の力ではどうしようもない。むしろ、フリーターのままでも生活を安定させるシステムをつくるような運動をすることの方が大事なのではないでしょうか。







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