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私はこう考える【公営競技・ギャンブル】

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


1996/03/28 産経新聞朝刊
日本財団を平和的戦略のために
作家 曽野綾子
◆会長職に就任して4カ月
 今まで一作家で暮らして来た私が、俄かに日本財団(日本船舶振興会)の会長職を勤めるようになって四カ月が過ぎた。どうなったか、と友人は皆心配してくれている。定期的な記者会見の席にかなり昔からの知人の顔が見えるのは、一つには私が主務官庁である運輸省の記者クラブ以外のマスコミにも広く広報と付き合って頂きたいとお願いしたので、各社の文化部、雑誌記者、テレビ・ラジオ局、外人記者まで混じるようになったからである。しかし古くからの知人は私の密かなPTAとして出席してくれているのだと思う。
 財団の仕事は、すべて原則が単純ではっきりしていた。着任早々、私は笹川陽平理事長に尋ねたことがあった。
 「笹川さん、今まで取引のある会社を変えていいんですか? 中に深い経緯があって続けている所があったら教えてください」
 私は業者にいささかの人情で報いて行く日本的関係を、ただ悪いものと思っていない。しかし理事長の答えは簡単明瞭であった。
 「何一つ、どこともありません。どこへ変えてくださってもけっこうです」「ああ、そうですか」と私は答え、深く考えずその通りすることにした。後は、財団にとってためになるような経費節約の目的に合致する業者を、常に(阿漕にならない程度で)数字の上から流動的に決めて行けばいいことになった。
 日本財団は、何をするところかといえば、競艇の売上げの三・三%を受けて、それを長期・短期的に見て、日本人のためになることに使う仕事をしている。高速貨物船の実用化に向けての実験、北極海航路の開発、海上に巨大な浮遊平面を敷設して多目的に使うメガフロートの研究、マラッカ海峡の航行の安全のための標識の確保もある。WHOが決め、ユニセフが承認した十三種類の基本的医薬品を途上国に配布する仕事もある。中国からは毎年百人の医師を研究のためによんでいる。
 老人ホームやホスピスの開設、障害者施設の援助は、当然の任務である。ハンセン病の撲滅は、前会長の長い年月の執念で、その結果、二千年にはだいたい終息宣言を出せるようになった。
 若い日に、私はハンセン病を少し学んで産経新聞に連載小説「人間の罠」を書いた。当時インドには推定五百万人いたとされた患者が、今では百二十万人に減ったという話を聞くと、ふと涙ぐみそうになる。生きているうちに、そんなふうに顕著に社会の一部が幸福になることがあるとは、考えていなかったのである。
◆「官」のやり残しを「民」で
 日本財団が年間に使うお金は六百から七百億の間で、それは予算としては、フォードやロックフェラー財団を抜いて世界第一の財団だという。それならなおのこと、そのお金は日本の一つの平和的戦略として使わねばならないし、また使えるのである。
 四カ月前にはまだ吹き荒れていたマスコミの、会長人事に関する低俗な興味・・・官庁の天下りはいけない、笹川一族はいけない、という二つの点にだけ絞られた幼稚な関心・・・などにかまけていていい問題ではないだろう。今後誰が会長として適任かというと、それは一切の制約を離れて、誰であろうとただこのお金を冷静に正当に有効に日本のために使える人、という点に尽き、そういう人材を静かに選べるまでに周囲の空気が成熟する期間、私が仮に受けただけのことである。
 これだけの大きなお金となると、使い方には、勇気と哲学と自制心が必要とされる。しかも財団は官庁ではないのだから、官庁とはむしろ正反対の姿勢から、お金を出していかなければならない。
 第一は、素早く柔軟に人間的に、ということである。関西の大震災の時には、すぐ翌日に職員が現場に駆けつけて、一年間に予備費をも含めて十三億使った。使ってくださった方々に深く感謝している。小さな草の根的なボランティアのグループは、被災地の高齢者などのか細い声に対して、子供か孫がするような態度で個々の希望に応えてくれた。
 第二は、公平・平等ではなく、重点的に集中してお金を出す、ということだ。薄くばらまくのではなく、選択と決断を恐れず果実を生むようにする。これらは決して官庁のやり方を批判するものではない。機能はそれぞれに補完性を持ってこそ効果が上がる。官が仕残すことを民がしてこそ、お互いの存在が確認される。
 私の生活は今、週に大体三日ほど出勤している。そしてできるだけ多くの人に会うことにしている。しかし私に頼みごとをしてもほとんど何の役にも立たない。私は知人の申請ほど黙っていて、何も応援しないからだ。会長の権限というものがもしあるとすれば、それは腐敗が匂った時の拒否にのみあり、決定にはほとんど関与しない、と初めから態度を決めているのだから楽なものだ。
 先日もインタビューに来た記者の一人から「頼みごとをされて困りませんか」という意味のことを聞かれた。
「いいえ少しも」と私は答えた。「私は断ることが、全く平気な、冷酷な性格なんです」
 今はその点だけで生きている。
(その・あやこ)
曽野綾子(その あやこ)
1931年生まれ。
聖心女子大学卒業。
作家。日本財団会長。
 
 
 
 
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