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1994/11/12 毎日新聞朝刊
[社説]パチンコ社会 換金公認には慎重な対応を
 
 わが国は、とばくには寛大なようだ。もしかすると、津々浦々に公認のカジノが登場するかもしれない。
 というのは、警察庁生活安全局長の私的勉強会「生活安全研究会」がパチンコ業界健全化問題で報告書を作成し、公正な第三者機関設置・介在を条件にパチンコの景品買い取りを認める提言をしているからである。
 昨年の調査ではパチンコ店舗数一万八千。余暇開発センターの推計でファンは二千九百万人、売上高は十七兆五千億円にも上る。個人消費の約六%を占める。
 市場を支えているのは換金可能なとばく性にある。換金システムがなければこれほどの巨大市場にはならなかったであろう。だが、風俗営業法はパチンコ店経営者が現金または有価証券を賞品(景品)として出すこと、客に提供した賞品を買い取ることを禁じている。現実には景品交換所で換金され、景品がやがて店に還流するというルートによって形式的には違法性を免れているが、実質は違反の疑いが残る行為である。
 提言は法規制の見直しで景品買い取りによる換金を認めて、現実と法の著しい乖離(かいり)を埋めてしまおうというのである。
 報告書は「国民は換金に対して寛容になってきている」という認識のうえで(1)法規制が形骸(けいがい)化している(2)景品の還流過程などに暴力団が介入し資金源にしている(3)売り上げのごまかしが容易で脱税の温床になっている――と問題点を指摘し、換金公認と引き換えにこれらのグレーゾーンを取り払う狙いがあるという。
 「毒をもって毒を制する」の発想であろうが、種々の疑問を提示しておきたい。まず全国一万八千カ所を公認とばく場とも言うべき存在にしていいのか、という点だ。法が守られていないからといって、法の方で折れてしまうのは秩序維持の面からみて安易に過ぎるのではないか。換金公認という新たな毒が、射幸心を一層あおるという懸念も残る。
 刑法はとばく行為を処罰の対象にしている。その法益は「射幸心におぼれ、勤労によって生計を維持するという経済生活からの堕落を防ぎ、さらに賭博(とばく)に付随して生じる犯罪の発生を防止する」というのが、判例上の通説である。
 あまりにも干渉主義に過ぎる、という批判もこの見解にはある。しかし、判例の指摘は今の形態のパチンコ遊技においてすら当てはまろう。
 「パチンコ遊技で一日に使う費用」調査(社会安全研究財団)では半数以上の人が三千円未満だったが、八%の人が一万円から三万円と答え、わずかながら三万円以上と答えた人もいた。借金までして生活を破綻(はたん)させる人もいる、と聞く。本来、個々人の自制心の問題であるとしても、換金公認は短絡に過ぎよう。
 だからといって、報告書が指摘するグレーゾーンを放置することも問題が多い。パチンコ客の大半が換金しているという実態を一気に消すことも、また現実離れしていよう。
 警察当局は報告書を受けて、反響や意見を参考にしながら具体策の検討作業に入る、という。あり得ないとは思うが、報告書のいう「公正な第三者機関」の在り方について「警察の天下り先にするのではないか」「いずれ、政治献金を求められるのではないか」といった懸念が早くもささやかれている。こうした事態だけは避けなければならない。
 事の難しさからみて、急ぐことはない。疑義の出ないような慎重な対応をぜひ望みたい。
 
 
 
 
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